020 カムチェスター家の屋敷
ドイツにあるどこかの空港まで飛行機で向かい、そこからまたヘリコプターに乗った。
ヴァルトリーテから説明がないため、祐二はいまどこにいるのか一切分かっていない。
(意外と田舎? というか、あえて山の側を移動しているのかな)
ドイツといえば工業国をイメージするが、日本のように山岳地帯の隙間に町や道路が走っていた。
道幅の広い道路では、車がスピードを出して走っている。
オレンジ色や黄緑色など、少々変わった色をしたスポーツカーも見える。
となりでヴァルトリーテは、またもやメールを打ちはじめた。
祐二はヘリコプターのプロペラ音を聞きながら、眼下の景色を眺めることにした。
ヘリコプターに乗ること、一時間と少々。
祐二とヴァルトリーテは、ようやくカムチェスター家の屋敷に着いた。
なんと屋敷の裏手にヘリポートがあったのだ。
「座ってばかりで疲れたでしょう?」
「そうですね、ちょっと疲れました」
なにしろ、ケイロン島からここまでほぼ休み無しである。
どれだけの距離を移動したのか、まったく分からないが、いくつも国を跨いだことだけはたしかだ。
ヘリポートから屋敷までは一本道だった。
やたらと対人センサーが目に付いた。数十メートル間隔で設置されている。
屋敷の門を潜ってからもそうで、いくつもの監視カメラが目についた。
「どうしたの?」
首を巡らす祐二に、ヴァルトリーテも目を周囲に走らす。
「ずいぶんと防犯に力を入れているなと、思いまして」
思ったことを言うと、ヴァルトリーテは小さく笑った。
「いろいろとね、大変なのよ。屋敷の窓ガラスだってすべて防弾仕様なのよ。その辺はあとで説明するわね。まずは中へどうぞ。母を紹介するわ」
ヴァルトリーテは玄関扉の前に立った。
指紋と虹彩認証の合わせ技で鍵が開くらしい。石造りの重厚な屋敷が、まるで要塞のようだと祐二は思った。
「来たね。モニターに映った顔よりも、色男じゃないか」
「母のエルヴィラよ。ユージさんを連れてきたわ」
「はじめまして、如月祐二です」
「わたしは、この娘の実の母親さね。カムチェスター家へようこそ、ユージ」
上品な老婦人だが、目つきは鋭い。
佇まいもまるで、戦場帰りの兵士のようだ。
「それでお母さま、報告した通りだけど」
「叡智の会へは、私からも伝えておいたよ……まずは実際に見せてくれるかい?」
「そうね。これが証拠よ」
ヴァルトリーテはジュラルミンの箱を開け、中から光る魔導珠を取り出した。
「おお……見間違えるはずもない……ということはやはり」
ヴァルトリーテは頷いた。
「ユージは間違いなく我が家の血を引いているわ」
「そういうことだね」
いまだ半信半疑なのは、祐二のみ。
ヴァルトリーテだけでなく、エルヴィラもまた、魔導珠をひと目見ただけで信じてしまった。
「たまたま光ったってことは……ないですね、はい」
二人にジロリと見られ、祐二は首をすくめた。
「魔導船の継承問題は、我が家だけじゃない。どの家も頭を悩ませているんだ。近年は力を持った魔法使いが減ってしまったからね」
「血筋ではなく、科学の力でなんとかできないか、とても優秀な人たちが日夜努力しているんだよ。それでも無理。この魔導珠だけは、栄光なる十二人魔導師の血縁のみにしか反応しない。この意味、分かるかい?」
「つまり、いまのところ、同じ一族の血を引いている人以外には、絶対に反応しない?」
「そういうこと。しかもある一定以上の魔力を持ってないと、最後まで魔力を注ぎきれない。それが問題さね」
「その話はヴァルトリーテさんに聞きました。途中で止めて、別の日に継ぎ足しはできないと」
一度に最後まで魔力で満たさない限り、注がれた魔力はみるみるうちに抜けだし、霧散してしまうという。
「そういうこと。説明したいことはたんとあるんだが、まずはこれさね」
エルヴィラは奥を指差した。
あらかじめ用意しておいたのだろう。
テーブルの上に、多くの魔導珠が並べられていた。
「ユージさんが一度に注ぎ込められる量を測らないといけないものね。というわけで、お願いできるかしら」
「はい……分かりました」
ヴァルトリーテに促されて、祐二は魔導珠を手に取り、すぐさま魔力込めをはじめた。
「ふむ、一度に四つか。それなりの力量じゃないか。先代と先々代は一度に二個だったからね。倍とは恐れ入ったよ」
エルヴィラが感心して頷く。
「やはり、かなり近い血筋だと思うけど、分家を含めて、心当たりがないのよね」
ヴァルトリーテは困り顔を浮かべた。
「家系図は分家のものもすべて取り寄せて写してあるし、漏れはないはずだが……はてさて、どんなカラクリがあるのやら」
魔導珠を四つ一度に魔力を注いだ祐二は、急激に押し寄せてきた倦怠感にグロッキー状態だった。
「そういえば、日本の鴉羽家はどうでした?」
「ああ、統括会が事前に調べた資料を見させてもらったよ。結果は完全なシロ。我が家の痕跡は欠片もなかったさね」
「ではだれかが、旅先で……一夜の過ちとか?」
「そうかもしれないし、そうではないかもしれない。資料だけではなく、直接会って調べてこいと伝えてあるから、そのうち分かるだろうさ」
そんな話の横で、祐二はダルさと戦いながら、スマートフォンを取り出した。
「あれ? 電波が入ってない?」
アンテナが一本も立っていなかった。
「ああ、この家の屋根と壁は、中に分厚い銅板が仕込んであるんだよ」
「屋根と壁の中に銅……ですか?」
「盗聴無線対策よ。特定の電波だけ通すようにアンテナを立てているから、あとで専用の携帯電話を渡すわね」
「そうですか……厳重ですね」
「テロすら辞さない連中がいるからね。ちなみに、屋根には鉄板も入ってるよ。どこも頑丈だし、迫撃砲でも破壊できないさ」
「あの……ここにいるの、怖くなったんですけど」
そんな頻繁にテロの襲撃があるのだろうか。
「まあ、悪意を持ったヤツがいたとしても、ここへ来るまでに大体発見されるからね。問題は……ん?」
天井の赤いランプが瞬き、壁のディスプレイが自動で点いた。
監視カメラの映像だろう。車が一台、道を走っている。
「あれは、アルザス家の車さね。早速、来なすったか」
「アルザス家には、叡智の会で働いている者がいますから、情報を得るのが早いのでしょう」
「それにしても、事前連絡もなしにここに向かってくるってことは……」
エルヴィラは祐二を見た。
「な、なんですか?」
「狙いはユージさんですわね」
ヴァルトリーテも分かっているようだ。
「……?」
分かっていないのは祐二のみである。
「アルザス家の方々がいらっしゃいました」
数分後、執事のベラルドが、来客を告げに来た。
「こっちに来てもらいな」
「かしこまりました」
ベラルドが一礼して、去っていく。
「義姉さん、おめでとうございます」
ゆで卵のような肌をした老人がやってきて、両手をあげてエルヴィラを祝福した。
「一族にはまだ知らせてなかったんだけどね。ずいぶんとまあ、耳聡いじゃないか、メンロース」
明らかに皮肉と分かる物言いに、メンロースは苦笑する。
「まあまあ、今日はカムチェスター家の良き日ではないですか。それを義姉さんと一緒に祝おうと、とんできたんですよ」
「オマケつきでかい?」
「そうだった。ウチの孫娘をユージさんに紹介しましょう。おい、挨拶は?」
「はじめまして、ユージ様。わたくしはユーディットと申します。ぜひともお見知りおきください」
一歩進み出て優雅に頭を下げた少女は、十四、五歳くらいだろうか。祐二よりも若い。
庇護欲をそそりそうな柔らかな笑顔が眩しくて、祐二は直視できない。
ユーディットと名乗った少女は、日本のアイドルが裸足で逃げ出すほどの美少女だった。
そんな相手に面と向かって微笑まれたことで、女慣れしていない祐二の顔は、真っ赤になる。
「どうやら、気に入っていただけたようですな」
そう言うメンロースの声が、妙に祐二の耳に残った。




