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002 突然の来訪

これはのちに、『英雄魔導船』と呼ばれるようになる一隻の魔導船と、それにまつわる人々の物語です。

 壬都(みと)夏織(かおり)は美人である。

 頭に『学校で、一、二を争う』とつけてもいい。それくらい夏織の美貌は、際立っている。


 彼女が入学してすぐ、一年生から三年までのカーストトップたちがざわめいた。

 男子生徒は期待、女子生徒は警戒を持って。


 月が変わらないうちに、イケメンたちが先を争うように告白した。

 そしてことごとく玉砕した。


 そして翌年。

 四月の半ばですらもう、新一年生の間で彼女の名前が広まりつつあった。


 彼女の場合、容姿が優れているだけでない。

 それ以外のスペックでも、常軌を逸していたりする。


 夏織の実家は古くから続く神社で、伝統と格式は相当なものらしい。

 蔵には国宝に指定されるものがいくつも眠っているという。


 そして彼女は、神社の一人娘。唯一の跡取りである。

 山ひとつが神社の敷地で、実家の広さも相当なもの。


 地元の有力者が、彼女に頭を下げた姿を見た者もいる。

 ごく親しい者は、彼女の御殿――実家に招待されており、そこから流れ出た噂は、虚実が入り交じるほどだった。


 都内にも広大な土地を有しており、家族は片手間(・・・)で不動産業を営んでいる。

 壬都家は、常人が目も眩むほどの資産を有しており、将来、彼女がそれをすべて相続することが決まっている。


 本人は学業に秀でていて、この進学校でも、学年トップの成績を維持している。

 性格は極めてよし。男女問わず好かれている。


 このように、彼女は自身とその周囲にチートと呼ばれるものをいくつも持っている。

 つまり、彼女の価値は計り知れない……と、だれもが考える。


 秀樹は、その価値が「跳ね上がる」というのだ。知りたくなければ嘘になる。

「……で、その話ってのは?」


「聞きたいか? まあ、聞きたいよな」

「じらすなよ、ヒデ。早く教えてくれ」


「へへっ……実はいま、日本の経済界の重鎮と会合するために、ゴラン(・・・)の代表が来日しているんだ」

「ずいぶんと、話が飛んだぞ」


「まあ聞け。ゴランは知っているよな」

 秀樹の言葉に、祐二は大きく頷いた。


「もちろんだ。世界の大企業ゴラン。進出していない分野はないとまで言われているな。俺たちも子供の頃から、さんざん世話になったじゃないか」


「ああ、いろんなテレビのスポンサーで、アニメの協賛なんか、よくやってくれてたな。オレなんか、コマーシャルの提供で名前を覚えちまったくらいだし……」

「この番組は、ゴランのスポンサーでお送りしました……懐かしいな」


「ああ、いまは本題じゃないから、それは置いておくぞ。……でだ。そのゴランの代表が、ホテルの部屋で自撮り画像をアップした」

「最近は、だれでも自撮りするよな。流行ってるのか?」


「まあな、適当に写真を貼って、自分の主張をネットにあげれば、いい宣伝になるんだよ。……で、その部屋なんだが、八咫(やた)ホテルだった。間違いない」


「へえ」

「おまえ、反応薄いぞ」


「だって、そう言われても何がなんだか」

「八咫ホテルってのは、壬都家が経営するホテルだ。オーナーは雇われで、土地と建物は壬都家の所有になっている」


「そうなんだ……えっ、ゴランの代表が、そこに泊まったの!?」


「驚きだろ? ゴランの幹部だぜ。テロを警戒して、いつも居場所を絶対に明らかにしない。そして信用のおける場所にしか泊まらないんだ。都内には何十って、ゴランが所有するホテルがあるのに、八咫ホテルを利用した。この事実、分かるか?」


「それだけ壬都さんの実家を信用している……ってことだよな?」


「その通りだ。世界を握るとまで言われた巨大企業の幹部が、八咫ホテルひいては壬都家を信用しているって、ヤバくないか?」


「それは価値が跳ね上がるな。それにしてもヒデ。よく、気付いたな」

 祐二は感心した声を出した。


「叔父家族が東京見物に来たとき、そこに泊まったんだよ。オレが案内役をするってんで、部屋まで迎えに行ったことがあった。そのときいい機会だから、写真を撮りまくったんだ。調度品やアメニティ……グラスの形状まで一致したから、まず間違いない」


「そうかあ……しかし凄いな」

「ゴランの代表も分かる人には分かるようにと、メッセージを送ったのかもしれないぜ」


 分かる人には分かるメッセージ――それはホテルを使わせてくれてありがとうという意味だろうか。

 それとも壬都家を信用していますというアピールか。


「高嶺の花が、ますます遠くなったわけか」

「そうだな。我が校のスーパースターはまだ気が付いてないだろう。ほらっ、噂をすれば」


 マラソンを終えた夏織に声をかけたイケメン男子がいた。

 彼の名前は強羅(ごうら)隼人(はやと)


 鍛え抜かれた体躯と日焼けした肌は、遠くからでもよく分かる。

 二年生にして、サッカー部のエースストライカー。


 高身長で甘いマスクが特徴の美男子だ。それでついたあだ名が『スーパースター』。

 父親は大会社の社長で、しかも株式を公開していない一族経営。


 小学生の時のあだ名は御曹司で、中学時代は若殿だったとか。

 彼も夏織と同じように、天から二物も三物も与えられたチート級の存在。


 そのせいか「夏織に相応しいのは俺しかいない」と公言し、一年生のときからアタックを続けている。


「でもたしか、付き合ってないよな、あの二人」

 祐二が聞くと、秀樹は苦笑して頷いた。


「噂によると、スーパースターの独り相撲らしい」

「どうしてだ? あんな好物件、他にないだろ」


「さあな、タイプじゃないのかもしれないし、他に理由があるのかもしれない。一応、もっともらしい理由のひとつとして、神社の後継ぎになれる人と結婚するからってのがある」


「神社の後継ぎとって……今どき政略結婚?」


「壬都家が奉っている神様ってのが少し特殊で、世界遺産に申請しようって話が出るほど旧い時代から受け継がれたものらしいんだ。それだけ由緒ある神社だと、女性宮司(ぐうし)は風当たりが強い。歴史がある分、神社は男社会なんだ」


「結婚相手は、神職に就いていないと駄目ってわけか」

「だからスーパースターは、神職の資格を取るって言い出して、家族を慌てさせたって話だ」


「いろいろあるんだな。まあ、俺たちみたいなモブには関係ない話だけど」

 モブはモブらしく、進学先とか就職先の心配でもした方が建設的だ。


 校庭ではいまだ夏織と隼人が、話を続けている。

 祐二は心なし、彼女が辟易(へきえき)しているように見えた。




 放課後、祐二が昇降口へ行くと、夏織が校内の案内板を凝視していた。

 校内の案内板は、祐二も一年生の頃よく利用させてもらった。


 もっとも半年もすると、ほとんど覚えてしまって、見る機会は減る。

 夏織が祐二に気付いた。


「あっ、如月(きざらぎ)くん。いま帰り?」

「そうだけど……俺の名前、知ってたんだ」


「あまり話す機会はなかったけど、去年、同じクラスだったでしょ」

 だれとでも分け隔てなく話す夏織は人気者で、休み時間にはいつでも人だかりができていた。


 祐二はその輪に入ったことはなく、去年は事務的な会話以外、したことがなかった。

 正直、自分の顔と名前は覚えられていないと思っていた。


「それで壬都さん、何してるの?」

 一対一で話したのはこれが初めてかなと祐二は考え、思い切って尋ねてみた。


「それがね、『管理棟の裏で待ってます』って手紙をもらったの。だけど、この学校に管理棟なんてあったかしら。如月くん、知ってる?」


 どうやら夏織はラブレターを受け取ったらしい。

 美少女と二人っきりで会話というドキドキのシチュエーションだが、その内容が他人のラブレターの解釈についてである。


「管理棟は、三年生が使うC棟のことだよ。俺たちが入学する前まではA棟のことを授業棟、B棟が職員棟で、C棟を管理棟って呼んでいたんだって」


「あっ、聞いたことあるかも。たまに先輩たちから、職員棟って言葉を聞くわ」

「二年生の校舎はB棟だから、慣れている言い方をしたんだろうね」


「そういうことだったのね。……とすると、手紙の主は三年生か」

 ふむふむと、夏織は納得顔をする。


 あまり深入りしてはいけないと思い、祐二は「じゃ、俺は帰るから」と呟いて、夏織から離れた。


「如月くん、ありがとうね」

 背中からそんな声が聞こえてきた。それだけで祐二は、幸せになれた。




「ただいまって、このハイヒールは……だれか来てるのか」

 家に着くと、玄関の鍵は開いていた。


 父はまだ仕事で、兄はコンパのはずである。

 妹は部活があると言っていたので、家にいるのは母だけ。


 そして母は、深紅のハイヒールなど履くわけがない。つまり来客がいるのだ。

 このままそっと二階に上がるか、リビングに寄って挨拶するか。


 祐二は悩んだ末、挨拶することにした。

 訪問販売や勧誘ならば、母は相手を家に上げるはずはない。


 リビングを覗いたが、だれもいない。かわりにキッチンから話し声が聞こえた。

「ただいま、母さん」


 祐二がキッチンに顔を出すと、二十代半ばくらいの女性が母親と雑談していた。

 祐二に気付くと女性はスクッと立ち上がり、胸元から名刺を取り出した。


「祐二様ですね。私は公益財団法人統括会(とうかつかい)比企嶋(ひきしま)慶子(けいこ)と申します」


 両手で名刺を差し出す様は、とても堂に入っていた。

「は、はい……どうも」


 気圧されて名刺を受け取ったが、祐二は何がなんだか分からない。

「本日は、祐二様に特別な話があって、やってまいりました」


 キャリアウーマンとはこの人のことを言うのだろう。

 そう思わせる鋭さが、彼女にはあった。



書き忘れましたが、第一話冒頭の手紙シーンは、故佐藤大輔先生『皇国の守護者』のオマージュです。

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― 新着の感想 ―
[一言] スーパースター君、惚れた相手のために神職の資格を取ろうとするってのは中々に一途な努力家っぽいですねえ 脈はなさそうですが
[一言] ゴランのスポンサーでコーラ吹いた
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