表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/189

018 説明してもらいます

 祐二が連れ込まれた建物は、カムチェスター家の所有で、普段は閉鎖しているという。

 使うのは、今回のように来客をもてなしたり、用事があってケイロン島に来たときだけらしい。


 なんて贅沢なと思うが、カムチェスター家はドイツ貴族で、ドイツ国内や外国に、このような建物をいくつも所有しているという。


 祐二はヴァルトリーテと会話して、それらのことを知った。

 そして驚きの事実がもうひとつ。


 ドイツ貴族のカムチェスター家。

 それは魔法使いの中では、特別な意味を持つのだという。


「栄光なる十二人魔導師が所有する魔導船のことも知らない?」


「つい先日、日本を発つ直前にその名前だけは聞きました。……ちなみに、俺が魔力を持っているって知ったのも同じ日です。というわけで、何も知らないと思ってくれて構いません」


「頭が混乱しそうなのだけど、あなたのこと、もう少し詳しく話してくれるかしら?」

「分かりました。最初から話すと長くなりますが……」


 祐二は、自分がなぜケイロン島に来たのかを最初から伝えた。

 しばらくして、祐二の説明を聞き終えたヴァルトリーテは、両手で頭を抱えた。


「そう……なのね。あとで叡智の会と叡智大に確認しておくわ。けど、直前まで隠していたのは問題よ。ユージさんの身元調査も、満足にしていないようだし……驚きすぎて、いま何と言っていいか分からないくらい」


 先ほどから何度もヴァルトリーテは、統括会の不備を呪っている。

 祐二はカムチェスター家の血を引いているのを故意に黙っていたか、それすら調査できないくらい耄碌(もうろく)していると考えているようだ。


 テーブルの上には、光を放つ魔導珠がある。

 彼女が言うには、それが光ることこそ、同じ祖を持つ揺るぎない証拠なのだとか。


 祐二は首を傾げるばかりだが、ヴァルトリーテがそこまで断言するのならば、そうなのだろうと思うことにした。


 いま重要なのは他にある。

「これから俺、どうなるんですか?」


 共通のご先祖様のことは気になるが、そんなことはどうでもいい。

 重要なのは、これからの自分のことだ。


 カムチェスター家と血が繋がっていたんですね、よかったですね、じゃそれで! で別れられるはずがない。

 ヴァルトリーテの態度を見れば分かる。そんな雰囲気ではないのだ。


 自分はどうなるのか。そのところをハッキリさせておきたかった。

「ユージさんのこれからのことね。たしかに重要な話だわ」


 ヴァルトリーテはゆっくりと頷くと、しばし思案顔になった。

 祐二は黙って、彼女の言葉を待つ。


 日本を出発する前、比企嶋から「取りこまれる前に連絡しろ」と言われていた。

 即答は避けろとも。


 まず、ヴァルトリーテの話を聞く。

 何か提案があれば、この場での返答を避けて、早急に比企嶋へ連絡する。


 その予定でいた。

「一度、ドイツにあるカムチェスター家の屋敷に来てもらうことになります」


「はいい?」

 予想外の言葉がやってきた。


「それが一番早いと思うし……そうね、そこで半月くらい、いてもらうことになるかしら」

 ヴァルトリーテの視線が魔導珠に注がれる。


「いやいやいや、なぜ俺がドイツ? カムチェスター家に行くんですか? というか、屋敷に行って何をするんです?」


「今回、魔導珠はこの一つしか持ってきてないの。これは魔導船の運用に必要で、いまほとんど空。取り外した魔導珠はカムチェスター家の屋敷に置いてあるので、ユージさんに全部注いでもらいたいの」


「それをしないと、どうなるんですか?」


「魔導船が自壊するわ。魔導船は何千年、もしくは何万年も前に建造されたものだから、すでに耐用年数が過ぎていると考えられているわ。すべての魔導珠が空になり、魔導船に魔力が供給されなくなった瞬間、朽ちてボロボロになってしまうわけ」


「つまりこの魔導珠があるから、魔導船が自壊しないで存在できていると……」

 ヴァルトリーテは頷いた。


「そしておそらく……いえ、もうほぼ確定したようなものだけど、ユージさんにはその魔導船の船長になってもらいたいの」


「…………………………はい?」

 いまヴァルトリーテは船長と言った。


 祐二はドイツ語を聞き間違えたのかと思ったのだが……。


「魔導船の船長で間違いないわ。現在、魔導船の機能を停止させていて、なんとか延命させている状態なの。でもユージさんが船長になれば、すべてが解決するの」


「機能停止って、スリープ状態みたいなものですか?」


「そうね。魔導船を励起(れいき)させたあとはユージさんが注いだ魔導珠の魔力で、魔導船を動かすことになるわね」


「俺の魔力……つまり、この魔導珠が空になるたび、俺が注ぐ感じですか?」


「ええ。魔導船を動かす魔力の持ち主であるユージさんは、自動的に魔導船の最上位に置かれるわ。これは変更できない仕様よ」


「そうなんですか。でもまあ、それは自然ですね」

 車でいえば、運転している人や、車の鍵を持っている人ではなく、車の権利書を持っている人が車のオーナーだ。


 魔導船の場合、『誰の魔力で動いているか』が重要なのだろう。

「ちなみに、実際の運用をだれかに委任させることは可能よ。副船長権限を設定して、一族の者を指名すればいいわ」


「なるほど」

 副船長を船長代理にしてしまえばいいわけだ。


「だけどいまは無理ね。まずユージさんの魔力で励起させなければいけないし、励起後は魔導船が変容(・・)していくから、途中でだれかに任せると危険なの」


「はい?」

 ドイツ語は難しい。「変容」の意味がうまく理解できなかった。


「変容は一年くらいかしら。変容途中の船は、形や機能が不安定になるから、サブ権限では対処できないことが多いし、それが戦闘中なら致命的な隙になるわ。だからユージさんが乗船していた方が望ましいと思うの」


「俺が船に乗っていた方が……なるほど、それはなんとなく分かります」

「他家でもそうだし、ユージさんが船長となって、実質的に魔導船を運用した方が望ましいでしょう」


 魔導船の船長は通常、一族で一番魔力が多い者がなるという。

 魔力が少なくても宗家の当主にはなれるが、船長の場合、そうはいかない。


 魔導船あっての宗家である。

 船長の座は、宗家の当主より重い。


 一定以上の魔力がなければ船長にはなれない。

 もし該当者が複数いた場合、当主と船長は別の者を割り当てることができる。


 その場合でも、当主より船長の方が上という認識だという。

 それはなぜか。船長と当主の職務を比べた場合、圧倒的に船長職の方が上なのだ。


 ゆえに船を他人に任せ、自身が当主職を優先することは推奨されない。

 どちらが大事なのかは、自明の理だからだ。


 また、サブ権限はあくまで緊急時の措置であり、船長がいるのにサブが船を動かすことはない。


「そもそも魔導船で何をするんですか?」

侵略種(インバジブ・アルテン)から地球を守るのよ」


「あっ、地球を守る! 聞いたことあります」

 祐二は、空港までの車中で比企嶋の言葉を思い出した。


 あのとき比企嶋は、「魔法使いが地球の平和を守っている」と言っていた。


「だったら、話が早いわね。こことは違う世界――いまは魔界と呼んでいるのだけど、そこからとても奇妙な物体がやってくるの」

「物体ですか? 物? 生物ですよね」


「動いているし、生きてはいるけど、ユージさんがイメージする生物とは少し違うわ。私たちは概念体(ケーファー)と呼んでいるけど、物理的な力では干渉できないのよ。それを放っておくと、地球にやってきてしまうわ。私たちは連中を阻止するため、様々な権限を与えられているわ。かわりに地球を守るという義務を背負っている」


 そして祐二は、そのカムチェスター家の血を引いている。

 いや、色濃く引いていると言うべきだろう。


 なぜならば現在、魔導珠に魔力を最後まで注ぎきれる者が「祐二しか」いないらしい。

「だから名実ともに、俺が船長になると」


「その通りよ。それがカムチェスター一族の義務ですもの」

 ケイロン島に来て数日。祐二の運命は、大きく動き出していた。




 ――ドイツ中央部 ハイニッヒ国立公園 叡智の会 旧本部


 叡智の会は、魔法使いたちが所属する唯一の団体である。

 ドイツには「新本部」と「旧本部」の二つがある。


 新本部は、首都ベルリンにある巨大なビルで、最新設備が導入された難攻不落の電子要塞となっている。


 旧本部は、ハイニッヒ国立公園の地下を含めた一帯を指す。

 地下施設及び、その周辺の建造物がそれにあたる。


 その昔、まだ近代的なビルができる前は、そここそが叡智の会の本部として機能していた。

 旧本部に勤めるアームス家の職員が、公園のベンチで日光浴をしていた。


「叡智大の職員から、連絡が入った」

「うん? 叡智大で何かあったか?」


「カムチェスター家の当主が魔導珠を持って、そこにやって来たそうだ」

「なに? ……そういえば昨年も同じ事があったな」


「どうやら、いまだ後継者を探している最中らしい」

「だがゴッツ様は、魔導船の残り魔力は、あとわずかと考えているようだが」


「そう。つまり、カムチェスター家は堕ちる(・・・)

「マジか? ウチとロスワイル家、そしてカムチェスター家は三強(・・)だぞ。それが堕ちるのか?」


「いまになっても当主が魔導珠を持ってウロウロしているなら、そうだろうよ」


「テロで当主が亡くなって、次が出なかったか。しかし、大破ならまだ分かるが自壊とはな。カムチェスター家も落ちたものだ」


「これで残りは七家。ローテーションは厳しくなるが、おそらくゴッツ様は旧カムチェスター家の魔法使いたちを取り込みにかかる」


「そうだろうな。この話はもう宗家に?」

「してあるそうだ。遡ると、アンゼイ家はロスワイル家に吸収され、ツェバロニア家はチャイル家が引き継いだ」


「それぞれ、ともに戦った家だったな。残った家が意志を引き継いだと」


「そうだ。そしていまから三十年前、フリュー家の魔導船が自壊するという情報をいち早く手に入れて、ゴッツ様のお父上がフリュー家を取り込んだ」


「そのおかげでウチは、十二家筆頭と呼ばれているんだろ? まあ、八家しか残ってない中での筆頭だが」


「今回カムチェスター家が自壊するという情報は、まだどこにも漏れていない」

「なるほど、そういうことか。叡智の会は揺れるな」


「ああ、というわけで何か掴んだら頼む」

「分かった」


 昼下がりの公園で、そんな話がなされていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
すべての人間が主人公の意思を無視してるのは逆にすごいな
[一言] 一年早く大学に通うことになったかと思ったら今度は魔法使いの家行きかあ ゆっくりと勉強する暇はなさそうだなあ
[一言] 日本政府としてはどこと結びつくかであれこれ皮算用してるのかな?カムチェスター家にとっては死活問題だから、それこそ「なんでもしますから」状態なのだろうけど。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ