018 説明してもらいます
祐二が連れ込まれた建物は、カムチェスター家の所有で、普段は閉鎖しているという。
使うのは、今回のように来客をもてなしたり、用事があってケイロン島に来たときだけらしい。
なんて贅沢なと思うが、カムチェスター家はドイツ貴族で、ドイツ国内や外国に、このような建物をいくつも所有しているという。
祐二はヴァルトリーテと会話して、それらのことを知った。
そして驚きの事実がもうひとつ。
ドイツ貴族のカムチェスター家。
それは魔法使いの中では、特別な意味を持つのだという。
「栄光なる十二人魔導師が所有する魔導船のことも知らない?」
「つい先日、日本を発つ直前にその名前だけは聞きました。……ちなみに、俺が魔力を持っているって知ったのも同じ日です。というわけで、何も知らないと思ってくれて構いません」
「頭が混乱しそうなのだけど、あなたのこと、もう少し詳しく話してくれるかしら?」
「分かりました。最初から話すと長くなりますが……」
祐二は、自分がなぜケイロン島に来たのかを最初から伝えた。
しばらくして、祐二の説明を聞き終えたヴァルトリーテは、両手で頭を抱えた。
「そう……なのね。あとで叡智の会と叡智大に確認しておくわ。けど、直前まで隠していたのは問題よ。ユージさんの身元調査も、満足にしていないようだし……驚きすぎて、いま何と言っていいか分からないくらい」
先ほどから何度もヴァルトリーテは、統括会の不備を呪っている。
祐二はカムチェスター家の血を引いているのを故意に黙っていたか、それすら調査できないくらい耄碌していると考えているようだ。
テーブルの上には、光を放つ魔導珠がある。
彼女が言うには、それが光ることこそ、同じ祖を持つ揺るぎない証拠なのだとか。
祐二は首を傾げるばかりだが、ヴァルトリーテがそこまで断言するのならば、そうなのだろうと思うことにした。
いま重要なのは他にある。
「これから俺、どうなるんですか?」
共通のご先祖様のことは気になるが、そんなことはどうでもいい。
重要なのは、これからの自分のことだ。
カムチェスター家と血が繋がっていたんですね、よかったですね、じゃそれで! で別れられるはずがない。
ヴァルトリーテの態度を見れば分かる。そんな雰囲気ではないのだ。
自分はどうなるのか。そのところをハッキリさせておきたかった。
「ユージさんのこれからのことね。たしかに重要な話だわ」
ヴァルトリーテはゆっくりと頷くと、しばし思案顔になった。
祐二は黙って、彼女の言葉を待つ。
日本を出発する前、比企嶋から「取りこまれる前に連絡しろ」と言われていた。
即答は避けろとも。
まず、ヴァルトリーテの話を聞く。
何か提案があれば、この場での返答を避けて、早急に比企嶋へ連絡する。
その予定でいた。
「一度、ドイツにあるカムチェスター家の屋敷に来てもらうことになります」
「はいい?」
予想外の言葉がやってきた。
「それが一番早いと思うし……そうね、そこで半月くらい、いてもらうことになるかしら」
ヴァルトリーテの視線が魔導珠に注がれる。
「いやいやいや、なぜ俺がドイツ? カムチェスター家に行くんですか? というか、屋敷に行って何をするんです?」
「今回、魔導珠はこの一つしか持ってきてないの。これは魔導船の運用に必要で、いまほとんど空。取り外した魔導珠はカムチェスター家の屋敷に置いてあるので、ユージさんに全部注いでもらいたいの」
「それをしないと、どうなるんですか?」
「魔導船が自壊するわ。魔導船は何千年、もしくは何万年も前に建造されたものだから、すでに耐用年数が過ぎていると考えられているわ。すべての魔導珠が空になり、魔導船に魔力が供給されなくなった瞬間、朽ちてボロボロになってしまうわけ」
「つまりこの魔導珠があるから、魔導船が自壊しないで存在できていると……」
ヴァルトリーテは頷いた。
「そしておそらく……いえ、もうほぼ確定したようなものだけど、ユージさんにはその魔導船の船長になってもらいたいの」
「…………………………はい?」
いまヴァルトリーテは船長と言った。
祐二はドイツ語を聞き間違えたのかと思ったのだが……。
「魔導船の船長で間違いないわ。現在、魔導船の機能を停止させていて、なんとか延命させている状態なの。でもユージさんが船長になれば、すべてが解決するの」
「機能停止って、スリープ状態みたいなものですか?」
「そうね。魔導船を励起させたあとはユージさんが注いだ魔導珠の魔力で、魔導船を動かすことになるわね」
「俺の魔力……つまり、この魔導珠が空になるたび、俺が注ぐ感じですか?」
「ええ。魔導船を動かす魔力の持ち主であるユージさんは、自動的に魔導船の最上位に置かれるわ。これは変更できない仕様よ」
「そうなんですか。でもまあ、それは自然ですね」
車でいえば、運転している人や、車の鍵を持っている人ではなく、車の権利書を持っている人が車のオーナーだ。
魔導船の場合、『誰の魔力で動いているか』が重要なのだろう。
「ちなみに、実際の運用をだれかに委任させることは可能よ。副船長権限を設定して、一族の者を指名すればいいわ」
「なるほど」
副船長を船長代理にしてしまえばいいわけだ。
「だけどいまは無理ね。まずユージさんの魔力で励起させなければいけないし、励起後は魔導船が変容していくから、途中でだれかに任せると危険なの」
「はい?」
ドイツ語は難しい。「変容」の意味がうまく理解できなかった。
「変容は一年くらいかしら。変容途中の船は、形や機能が不安定になるから、サブ権限では対処できないことが多いし、それが戦闘中なら致命的な隙になるわ。だからユージさんが乗船していた方が望ましいと思うの」
「俺が船に乗っていた方が……なるほど、それはなんとなく分かります」
「他家でもそうだし、ユージさんが船長となって、実質的に魔導船を運用した方が望ましいでしょう」
魔導船の船長は通常、一族で一番魔力が多い者がなるという。
魔力が少なくても宗家の当主にはなれるが、船長の場合、そうはいかない。
魔導船あっての宗家である。
船長の座は、宗家の当主より重い。
一定以上の魔力がなければ船長にはなれない。
もし該当者が複数いた場合、当主と船長は別の者を割り当てることができる。
その場合でも、当主より船長の方が上という認識だという。
それはなぜか。船長と当主の職務を比べた場合、圧倒的に船長職の方が上なのだ。
ゆえに船を他人に任せ、自身が当主職を優先することは推奨されない。
どちらが大事なのかは、自明の理だからだ。
また、サブ権限はあくまで緊急時の措置であり、船長がいるのにサブが船を動かすことはない。
「そもそも魔導船で何をするんですか?」
「侵略種から地球を守るのよ」
「あっ、地球を守る! 聞いたことあります」
祐二は、空港までの車中で比企嶋の言葉を思い出した。
あのとき比企嶋は、「魔法使いが地球の平和を守っている」と言っていた。
「だったら、話が早いわね。こことは違う世界――いまは魔界と呼んでいるのだけど、そこからとても奇妙な物体がやってくるの」
「物体ですか? 物? 生物ですよね」
「動いているし、生きてはいるけど、ユージさんがイメージする生物とは少し違うわ。私たちは概念体と呼んでいるけど、物理的な力では干渉できないのよ。それを放っておくと、地球にやってきてしまうわ。私たちは連中を阻止するため、様々な権限を与えられているわ。かわりに地球を守るという義務を背負っている」
そして祐二は、そのカムチェスター家の血を引いている。
いや、色濃く引いていると言うべきだろう。
なぜならば現在、魔導珠に魔力を最後まで注ぎきれる者が「祐二しか」いないらしい。
「だから名実ともに、俺が船長になると」
「その通りよ。それがカムチェスター一族の義務ですもの」
ケイロン島に来て数日。祐二の運命は、大きく動き出していた。
――ドイツ中央部 ハイニッヒ国立公園 叡智の会 旧本部
叡智の会は、魔法使いたちが所属する唯一の団体である。
ドイツには「新本部」と「旧本部」の二つがある。
新本部は、首都ベルリンにある巨大なビルで、最新設備が導入された難攻不落の電子要塞となっている。
旧本部は、ハイニッヒ国立公園の地下を含めた一帯を指す。
地下施設及び、その周辺の建造物がそれにあたる。
その昔、まだ近代的なビルができる前は、そここそが叡智の会の本部として機能していた。
旧本部に勤めるアームス家の職員が、公園のベンチで日光浴をしていた。
「叡智大の職員から、連絡が入った」
「うん? 叡智大で何かあったか?」
「カムチェスター家の当主が魔導珠を持って、そこにやって来たそうだ」
「なに? ……そういえば昨年も同じ事があったな」
「どうやら、いまだ後継者を探している最中らしい」
「だがゴッツ様は、魔導船の残り魔力は、あとわずかと考えているようだが」
「そう。つまり、カムチェスター家は堕ちる」
「マジか? ウチとロスワイル家、そしてカムチェスター家は三強だぞ。それが堕ちるのか?」
「いまになっても当主が魔導珠を持ってウロウロしているなら、そうだろうよ」
「テロで当主が亡くなって、次が出なかったか。しかし、大破ならまだ分かるが自壊とはな。カムチェスター家も落ちたものだ」
「これで残りは七家。ローテーションは厳しくなるが、おそらくゴッツ様は旧カムチェスター家の魔法使いたちを取り込みにかかる」
「そうだろうな。この話はもう宗家に?」
「してあるそうだ。遡ると、アンゼイ家はロスワイル家に吸収され、ツェバロニア家はチャイル家が引き継いだ」
「それぞれ、ともに戦った家だったな。残った家が意志を引き継いだと」
「そうだ。そしていまから三十年前、フリュー家の魔導船が自壊するという情報をいち早く手に入れて、ゴッツ様のお父上がフリュー家を取り込んだ」
「そのおかげでウチは、十二家筆頭と呼ばれているんだろ? まあ、八家しか残ってない中での筆頭だが」
「今回カムチェスター家が自壊するという情報は、まだどこにも漏れていない」
「なるほど、そういうことか。叡智の会は揺れるな」
「ああ、というわけで何か掴んだら頼む」
「分かった」
昼下がりの公園で、そんな話がなされていた。