180 英雄の肖像
叡智の会本部。
祐二はいま、ノイズマンの対面に座っている。
報告書を提出し、ヒアリングを終え、その上さらにインタビューまでこなした後だ。
あとは帰るだけと思ったら、ノイズマンに呼び止められて、いまここにいる。
「他の方には内緒ですが、あなたにだけは話しておこうと思いましてね」
「……?」
「黄昏の娘たちの懐古派についてですが」
「……!」
懐古派といえばミーアのことだ。
ノイズマンはゆっくりと頷いた。
「ヘスペリデスと関係ない懐古派の魔法使いは、世界中にいるのです。もっとも数は少ないですが」
「そういう人たちが、秘境や人跡未踏の地にまだいるかもしれないとは聞きました」
「ええ、そうですね。何人かとコンタクトを取ったのですが、もしかするとアルテミス騎士団と同じ使命を担っていた可能性があります」
「同じ使命というと、魔界の終焉とかあの装置にかかわることとかですか?」
ノイズマンが重々しく頷いた。
「長い年月の間に詳細は失われたのでしょう。ですが、世界中に散っている懐古派の方々に共通の考えがありましてね。これは私の勝手な想像なのですが、『はじまりの地』の情報を口伝で残していたのかもしれません」
今回、祐二がもたらした「はじまりの地」の話を聞いて、ノイズマンはひどく驚いたという。
ちょうどノイズマンは、懐古派のことを調べていたため、「もしかしたら」と思ったのだという。
そして「はじまりの地」から帰還した者たちの話を聞いて、ノイズマンは考えずにはいられなかったと。
懐古派が目指したのは、太古の魔法使いのあり方。
そのモデルとなったのが、山脈の中にある『塔の魔法使い』だというのだ。
「約束の塔と呼んでいる人もいました。上からしか入ることができず、中は魔法使いでしか光を灯すことができないと。そして壁には『魔法使いの叡智』が描かれていると……世界中に散って存在していて、過去、一度も交流のない懐古派の魔法使いたちが同じような話をします。もしかすると、これも栄光なる十二の魔導師が後世に残した知識のひとつなのかもしれません」
つまり、何かのはずみで知識が失われなければ、ミーアは正しい知識を引き継ぎ、敵対することもなかった可能性がある。
「もっとも、すべて失われたあとです。想像の域を出ませんけどね」
ノイズマンは、そう締めくくった。
もろもろの雑事を片付けてケイロン島に戻ったらもう九月。新年度になっていた。
「久しぶりの学校なのに、もう新入生がいるの? じゃあ、去年の一年生は二年生になったってこと? 俺はもう三年生?」
時の流れは速いものである。
いつの間にか三年生に進級していた。祐二は遠い目をした。
「あっ、キミ! どこに行ってたの? 全然会えなかったじゃん」
ちっこい大学生……芸術科所属のアルミナが門のところでプリプリと怒っていた。
「ごめん……そういえば、一般科に顔を出すって言ってたんだよね」
「そうだよ! ちっとも会いに来ないしさ! そんで特別科の人に聞いてもはぐらかされるし。もう、何がなんだか」
一般科の学生が祐二のことを聞いて回っても、だれも教えないだろう。その辺の守秘義務は完璧だ。
「ちょっと用事があって、島から離れていたんだ」
「へえ、用事ねえ……特別科だと、さぞかし用事が多いんでしょうねえ」
ジト目で嫌味を言ってくる。
「特別科は関係ないから……たぶん」
祐二はどう答えていいか分からない。
「……まいいや。それじゃこれまでの埋め合わせに、ボクのモデルになってもらおうか!」
「えっ、だってこの前、俺だと絵にならないって言ってなかった?」
「あのときはね。いまは違うよ。キミは……自分が変わったって、自覚ない?」
「変わった? 俺が?」
アルミナは頷いた。
本気の目だ。
「なんていうのかな、大きな仕事を成し遂げた感じ? いまのキミは十分、絵になるよ。というわけで、ボクに付き合ってもらうからね、いい?」
「分かった。連絡もなくいなくなったし、その埋め合わせをするよ」
「よしっ、約束だよ! モデルが手に入ったー!」
アルミナは元気に駆け出していった。あれで祐二より年上だったりする。
祐二は久しぶりに授業を受けた。だが、さすがは三年の授業。内容はチンプンカンプンだ。
「わ、分からない……なんだよ、これ」
これは本格的に勉強し直さなきゃと思い、昼休みに図書館に向かうと……。
「どう? 元気にやってる?」
「ユーディット!? ……そっか、入学したんだね」
祐二が三年生になったのだから、フリーデリーケと夏織は二年生に進級している。
そしてユーディットは今年、ついに入学を果たしたようだ。
「聞いたわよ。『魔法使い育成計画』ですって?」
魔界が永遠に閉鎖されないかもしれないという考えは、叡智の会に震撼を与えた。
いまのところ、それを否定する材料がまったくないのだ。
ならば叡智の会はどうするか。「いつか魔界が復活する」前提で動くのである。
そのとき必要な魔導船は封印済み。だが、それを解くには膨大な魔力が必要になる。
ゆえに、きたる時に備えて、叡智の会は魔法使いの血を残す一大キャンペーンを張ることにした。
それが『魔法使い育成計画』である。話を聞いた祐二は「アニメに出てきそうな設定だな」と思った。
優秀な魔法使いを管理――というと語弊があるが、優秀な魔法使いを優遇して、その力を後世に残す努力をしてもらおうというのである。
たとえばカムチェスター家では、祐二を筆頭にフリーデリーケやユーディットといった優秀な魔法使いがいる。
それに夏織が加わったことで、血が濃くなりすぎることもなくなった。
五代、十代にわたって子孫が繁栄するには、いまが一番大事。
結果、カムチェスター家は祐二をバックアップしつつ、外部の血を入れることを一族の目標と定めた。
おそらく他家も同じだろう。
積極的に強力な魔法使いを集めてなお、将来は不安なのだ。
ちなみに祐二本人に「お願いできますよね?」と意見を求められたが、理論立てて説明されたあとでは頷くしかできなかった。
「そういうわけだからよろしくね、ユージ」
「あ、ああ……よろしく、ユーディット」
ここでも祐二はそう答えるしかない。なにしろ、カムチェスター家が今後数百年にわたって繁栄できるかの瀬戸際なのだ。
「そうそうヴァルトリーテさんは、ユージの子供を十人くらい欲しいそうよ」
笑顔でそう言われ、祐二の口が曲がったのは仕方ないことだろう。
ユーディットが去ったあと、祐二は思い立って秀樹に電話してみた。
というか、いまのいままで悪友げふんげふん……親友のことを忘れていたのだ。
『生きてやがったか、コンチクショーめ!』
「どうしたんだよ、ヒデ」
電話が繋がった瞬間、ディスられた。
やはり悪友かもしれないと祐二は思った。
『何度連絡しても返事がねえし、そっちでよろしくやってるんだなと思うと悲しくてな!』
「ごめん、忙しくてさ」
何度かスマートフォンに秀樹から連絡が入っていたが、正直それどころではなかった。
時間ができたらと思っているうちに、すっかり忘れていた。
『あまりに悲しくて、呪ってたぜ』
「なぜだよ!」
『ごめん、呪うのはいつものことだった』
「なんでだよ!?」
『夏休みにさ、お前が帰ってこなかっただろ。そしたら、犬を拾ったんだ』
「脈絡なさすぎだろ! 順を追って喋ってくれ」
一緒に夏祭りに行こうと思ったら、祐二が帰ってこない。
大学の友達は帰省していたが、彼女と出かけるので忙しいという。
ひとりで出かけるのもどうかと思い、河川敷を自転車で走っていたら、子犬を見つけたらしい。
引き取り手がいないかとあちこち連絡しているうちに夏休みも終わり、そのうちに愛着がわくようになって、結局秀樹が飼うことになったらしい。
『保護団体にあずけても、里親を探すらしいからよ。だったらオレが飼ってやろうと思ったわけだ』
「いいことしたじゃんか」
秀樹はわりと、そういうところがある。
祐二がほっこりした。
『お前のせいだからな』
「だから、なんでだよ!」
『お前のスマホを犬画像で埋め尽くしてやる!』
「それはさすがに勘弁」
『いいや、やる! オレはやるぜ!』
結局祐二は、冬休みには必ず帰ると約束させられて電話を切った。
「……さて、午後の授業に出るかな」
次々と着信を知らせる音を聞きながら、祐二は席を立った。
秀樹と話したことで、祐二の日常が戻ってきたことが実感できた。
「いい天気だな」
九月の日差しを浴びて、祐二は目を細めた。
―― 統括会 東京支店 比企嶋
月日が流れ、めっきり寒くなったころ。
「ふん、ふふ~ん……へえ、若手芸術家を集めた絵画コンテストねえ」
仕事の合間にネットサーフィン(死語)で、ニュースを流し読みしていた比企嶋は、大賞を獲った作品を見て「おやっ?」と声を上げた。
「比企嶋くん、いま何か言ったかい?」
上司の塚原が問いかけてくる。
「いいえ、何でもありません、何でも」
慌ててそう答える。
油絵、ペンキ、ポスターカラーと、若手芸術家の表現の幅は広く、選考は難儀したとニュースは書かれていた。
その中で大賞を獲ったのは『ちぎり絵』だった。
比企嶋は興味を持って、大賞をとった絵を見た。
それは波止場で夕日を浴び、はるか彼方を眺める青年の絵だった。
彼の哀愁と自信、そして未来に向けて力強い意思が感じられると選者は絶賛していた。
なるほどと、比企嶋は思う。たしかに未来に向けた青年の意思がよく表れている。
同時に、別のことにも気づいた。
「これ……祐二くんにそっくり」
受賞作のタイトルは『英雄の肖像』。
受賞作だけを集めた作品展が欧州、アメリカ、日本と順番に開かれるらしい。
比企嶋は「楽しみね」と、日本の日程をメモした。
そしてまた仕事に戻り、カチャカチャとキーボードを鳴らしたあと、「ターン!」と勢いよくエンターキーを引っ叩いた。
〈了〉
最後までお読みいただきありがとうございます。
これをもちまして『英雄魔導船』を完結とさせていただきます。
魔界門は閉じたようですが、またいつ復活するか分かりません。
魔法使いの血を後世に残すには、今以上の血筋の管理が大切になる気がします。
ぜひとも祐二くんにはがんばってほしいところです。
本作品は現代ファンタジーですが、物語の展開含めて「なろう」っぽさがないお話だと思います。
というより、web小説向きでもないかもしれません。
序盤から多くの謎をはらんでいます。
後半にまとめて解明されていく様は、一種のカタルシスを得られます。
ですが、途中でブラウザバックされてしまう危険もはらんでいました。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
本作品を読んでどのような感想を抱いたでしょうか。
今後の作品作りにもなります。
本作品を振り返ってどう感じたのか、みなさんの声をお願いします。




