179 それぞれの結末
カムチェスター家一族に出迎えられた祐二、フリーデリーケ、夏織の三人。
これまでの苦労を思い出して、ついホロリとしそうになった祐二。だが、フリーデリーケが祐二の肩をポンッと叩く。
「ここでは何がおこるか分からないわ。地上に出ましょう」
その言葉で我にかえる。
魔界門がマジル平面の中に沈んだとき、地球側にどんな影響があるか分からない。
「そうだった。みなさん、地上に行きましょう」
ここにはビデオカメラを設置し、近くに観測班を待機させる。
それで魔界門の様子は確認できる。
全員が地上に戻ってからおよそ二時間後、観測班が魔界門の様子が変わったことに気づいた。
黒い穴だったものが、まるで板状に変わったというのだ。
しばらくして、一人の魔法使いが魔界門を潜ろうとしたところ、どうやっても魔界門が使えないことが分かった。
トンネルの奥行きがなくなって、まるで平面になってしまったようだと報告した。
どうやら完全に魔界側で穴が閉じて、門として機能しなくなったらしい。
その報告を受けて、旧本部近くのホテルに待機していた一同は、大いに盛大に祝ったのである。
「三日後、本部で臨時の当主会議が開かれるわ」
「報告書の提出ですよね。大丈夫です。今回の航海の分は、船から持ち出してきました」
「船長の航海日誌と今回の報告はそうだけど、実際に何かあったのかインタビューをしたいそうよ」
「インタビューですか? 珍しいですね」
「今回の件をあらゆるものに記録しておきたいのですって。インタビューは鮮度が命だとノイズマンが言い出してね、当主会議の前には必ず行うから、よろしくって言ってたわ」
「あー……そうですか。分かりました」
あの抜け目のなさそうな男を思い出して、祐二は憂鬱げに返事した。彼がそういうのなら、徹底的にやるだろう。
「母さま。そういえば、ノイズマンの姿が見えなかったわ」
普段なら、絶対に魔界の終焉を自分の目で確認したがるのにと、フリーデリーケが不思議がっていると、ヴァルトリーテは複雑な表情を浮かべた。
「おばあさまの姿も見えないでしょ?」
フリーデリーケはハッとする。たしかにエルヴィラの姿もなかった。
「言われてみれば……おばあさまは、一族が集まっているとき、絶対に顔を見せるのに」
「あなたたちが戻ってくる前に、一騒動があったの」
「……?」
ヴァルトリーテは魔界門のところで、「合わせ鏡の魔法使い」イノンドを捕獲したことを伝えた。
「ええっ!? 一人だけ船に紛れ込んでいたんですか」
「そうなの。こっそり魔導船に乗り込んで、じっと身を潜めていたみたいね。うまく出し抜いたと思ったのでしょう。でもこっちはあらゆる可能性を考えて準備していたのよ。というわけで、魔界門を出たところで捕まえたわけ。おばあさまは、ケジメをつけさせるまでしばらく戻って来ないんじゃないかしら」
イノンドは、ヴァルトリーテにとっては夫、フリーデリーケにとっては父親の仇である。
大事なカムチェスター家の船長兼当主を喪わせたのだ。叡智の会とエルヴィラの追求が苛烈なものとなるのは疑いない。
このあと彼がどうなるか分かってしまうため、フリーデリーケは、憎しみはあるが、同情を禁じえなかった。
「そ、そういえば、地球の情報ってまったく入ってこなかったな。どうなっているやら」
「そうね。私たち、浦島太郎になっていたものね」
話題をかえた祐二に、夏織が乗ってきた。
「はじまりの地」から戻ってきて、地上に出ることなく魔界を閉じた。
実に一ヶ月以上もの間、何の情報も得ていないのだ。
「そうね。色々あったわよ。たとえば、蔡一族がダックス同盟に報復をはじめたとか」
リチャード・蔡が殺されたことで、怒り心頭の蔡一族は、ゴランへありとあらゆる報復を行った。
だが、アルテミス騎士団長のハイネブルスが暗殺の真実を蔡一族に告げ、真の仇はだれか理解したようだ。
「同床異夢だった」
ダックス同盟と完全に決別したハイネブルスは、自嘲気味にそう呟いたという。
一方、一族の者を殺され、さらに偽の情報で踊らされた蔡一族の復讐劇は凄まじかったという。
いや、まだ終わっていないらしい。
つい先日、武器商人のファイマンが無残な死体で発見されたことから、何らかの拷問が加えられたのは確実。
ファイマンから得た情報で、さらなる被害者が量産されるだろうとのこと。
「もう私たちには、関係のない話よ」
ヴァルトリーテは話の内容の重さに反比例して、軽い調子で締めくくった。
ヴァルトリーテの関心は、叡智の会の今後にあるらしい。
早急に立て直しを図ることになりそうだが、何人かの当主が死んでいる。
当分はゴタゴタが収まらないだろうとのこと。
「それで、ロイワマール家はどうなるんです?」
「しばらくは謹慎ってとこかしら。せめて事前に伝えておいてくれればね、少しは扱いも変わったのでしょうけど」
叡智の会を裏切ったロイワマール家だが、祐二たちよりも先に「はじまりの地」を見つけていればまた違っただろう。
実際は、黄昏の娘たちの情報に踊らされただけという体たらくでは、だれも擁護できない。
イノンドを知らずに連れてきてしまったこともあり、他家も進んで助けようとはしないだろうとのこと。
「結局アカシアの魔道具にあった『栄光なき魔法使い』の話って、真実だったんですかね?」
「いまとなっては分からないけど、魔導船も持たず、自力で魔界を移動してジェミニ砦がある魔界まで行ったのはたしかなようね」
「独自に記録が残っているなら、そうなんでしょうね」
それはそれですごいことだ。
「そこで諦めたのか分からないけど、黄昏の娘たちの間ではそこまで到達した記録が『真実』として伝わっていた。ありえることだわ」
「ロイワマール家が、それを信じてしまったわけですね」
それさえなければ、もう少し事態は簡単だっただろう。いや、黄昏の娘たちが魔界に行かなかった分、地上での戦いは激化していたかもしれない。
「そういえば、壬都さんが気になることを話していたんですけど」
「気になること?」
祐二は、「終わらせるもの」の効果が永遠ではない可能性がある。
少なくともガイド人はそう考えて、再び魔界と繋がったときのために、予備の魔導船や装置を作成していたのではないかと話した。
「ユージさんが見た壁画……あれはガイド人が、自分たちの子孫に宛てて描いたというわけね」
「装置を作る能力があるなら、二つ、三つと予備があってもおかしくありませんし、魔導船は複数ありました」
栄光なる十二人の魔導師のように、偶然見つけて稼働させてしまう場合も考慮して、あちこちの魔界に隠してあるのではないか。
祐二はそんな話をした。
「だとすると、私たちは『大変な使命』を子孫に残さないといけなくなったわね」
「使命……ですか?」
「きたる日にそなえて、魔法使いの血を残しておかないとダメでしょ」
「ああ……そういうことですか。たしかにそうですね」
魔法使いの需要がなくなれば、その血はあっという間に廃れてしまう。
使命がなくなり、魔法使いの呪縛から逃れられたと考えたらどうなるか。
徐々に魔法使いの血は薄まり、いつしか魔導船の船長となれる魔法使いがいなくなってしまう。
そうなってから慌てても遅い。
「つまり、いまより一層、血を残すことに注視しなければならないわね。ユージさんの責任は重大よ。少なくとも、カムチェスター家は強い魔力を持った子を二、三人……いいえ、六、七人はほしいわね」
「えっ、それはちょっと」
「今回の件で、カムチェスター家は消滅の危機だったの。そんなことはもう、二度とおこしたくないわね。大丈夫よ、一族には優秀な娘が何人もいるから」
そう告げるヴァルトリーテの顔は、本気だった。
祐二はその「優秀な娘」に何人か心当たりがあったため、苦笑いで応えた。
一段落ついたのだ。将来のことはすべて、これからである。
(いや、だからか)
カムチェスター家はこれから、地球を守るという使命から解放される。
次に与えられた使命は……後世に魔導船の船長となれる魔法使いを残すこと。
おそらく祐二は、カムチェスター家の本気に流されるのだろう。
だがそれも悪いものではないと、祐二は思いはじめていた。
明日が完結です。




