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174 終わらせるもの

「大学の授業で習ったことがあるんだけど、昔、魔導船の高度を測った人がいたらしいんだ」

「高度って、魔導船が到達できる高さのこと?」


 フリーデリーケはいまいち、ピンときていないようだ。

「そう。だけど何を基準にしていいか分からないから、マジル平面を使ったらしいんだ」


「まあ、海がないのだから、海抜(かいばつ)何メートルなんて測り方はできないものね」

「だよね。それで、別の魔界で同じことをしたら、数値が同じだったんだって」


「魔界によって魔導船が到達できる高さが違うわけないのだから、あたり前よね」

「どうかな。だってマジル平面からの距離を測ったんだよ」


「だから、同じでは……ああ、そういうことね。つまり、魔導船の到達距離から考えると、どの魔界でもマジル平面の高さは一緒だといいたいのね」


「そうなんだ。そして別の授業でこうも習った。魔蟲は、マジル平面の上しか移動できない」


 フリーデリーケは頷く。

「マジル平面も概念の壁も、魔蟲どころか、私たちや魔導船すら超えることはできないわ」


「うん。そうだよね。つまり魔蟲はマジル平面の上を移動して概念の壁まで到達すると、そこにある魔窟を通って隣の魔界へ行く」

「そうよ。それがどうしたの?」


「もし、マジル平面の位置が、魔窟より高くなったらどうなると思う?」

「魔窟が塞がれてしま……この壁画は、それを表しているの?」


「このドーム型は明らかに魔界を表しているし、装置を起動させたあと、それが沈んでいるでしょ」

 魔界が沈む。フリーデリーケは「どこに?」と考えたが、マジル平面しかない。


 魔蟲はマジル平面より下に行けないのだから、魔窟がそれより下になれば、魔蟲は魔窟を使えなくなる。


「それどころか、魔界門がマジル平面より沈めば……」

「二度と、魔蟲に悩まされることはなくなるよね」


「それが『終わらせるもの』の正体だというの……?」

 フリーデリーケは呆然と呟いた。


「すべての魔窟がマジル平面の下になったらもう、魔蟲に怯える必要がないんだ。ガイド人はそれを成し遂げて、平和を手に入れたんだと思う」


 フリーデリーケはもう一度、壁画を見る。

 そう言われてみれば、そう見えなくもない。


 フリーデリーケと夏織は、二度三度……いや何度も壁画を見直した。


「ガイド人はこう思ったんじゃないかな。自分たちはこれで助かった。ならその装置と魔導船は、別の世界の困った人たちに残しておこうって」

「それがこの塔と……魔導船?」


「うん。この魔界を沈める装置が『終わらせるもの』の正体で、かつて栄光なる十二人の魔導師たちも、壁画を見て同じ結論に至ったのかもしれない。そしてこうも思った。すぐに魔界を沈める必要はないんじゃないか。この魔導船と装置さえあれば、いつでもできるんだから、自分たちの優位性として、少しの間くらい残しておいてもいいんじゃないかって」


 装置を0番魔界に持ってきて使えば、地球は救われる。

 だが、それをだれが見ることができるのか。


 だれにも気づかれず、だれも称賛してくれない。

 だったら、装置はここに置いておこう。


 ここへの行き方は魔導船が知っている。

 必要になったら、取りに来ればいいのだ。


 念のため、その使い方を粘土板に残しておこう。それで安心だ。

 そんな風に思ったのかもしれない。


 それは十二人だけの秘密だった。

 だが、十二人のうちのだれかがその情報を外に……自分たちの信奉者に流し、その者たちに粘土版を託した。


 いつか自分たちの子孫に粘土板を戻すように言い添えて、「終わらせるもの」の話を伝えたとしたら。

 長い時が流れ、栄光なる十二人の魔導師の子孫ですら、魔導船の船長となれる者は、ほんのわずかとなってしまった。


 いまでは、魔蟲の侵攻を食い止めるのにギリギリの状態。

 それは十二人の魔導師としても、想定外だっただろう。


「でもその話、本当なの?」

「さあ、真実は分からないけど、壁画からすると、魔界を沈める装置があって、それを使えば魔蟲がいくらいようとも、もう入ってくることができない。そう読み取れる」


「壁画からは、そういう風に見えるわね。たしかに……」


「ガイド人がいる世界へ行って聞くことができれば最良だけど、そこはもう塞がっているんだし、確かめることはできないからね。真実は、闇の中じゃないかな」


 そう、この壁画が真実を描いているのならば、ガイド人とはもう会うことができない。


「ここで話していてもしょうがないわ。とりあえず、その装置を探してみましょう。壁画にあるのと同じ形があればいいのよね」


「そうだね。ここはもう大体見たから、下の階層に行ってみよう」

 祐二たちが階段を下りると、先ほど壁画にあった装置が部屋の中央に置かれていた。


「……あったわね」

「あっさりと見つかったね」


 部屋の中央に壁画にあったのと同じ形の装置が置かれていた。拍子抜けするほどだ。

 隣に石碑が置かれている。


 祐二は装置より、石碑に着目した。

「これ、粘土版のものと同じだ。ここから写し取ったんだ」


「装置の使い方も載っているわね。あの粘土版はここの一部を写し取ったみたいね」

「粘土版は、魔導船をここに連れてくる部分だけを写し取ったんだね。装置の使い方は要らないと思ったんじゃないかな?」


「なぜ壁画と同じく、壁に描かなかったのかしら」

「そうだね。この石版、取り外せる」


「ということは、魔導船に積み込む前提だったから、壁画にしなかった?」

「かもしれない。石碑を持って帰るわけにはいかないと思ったんじゃないかな」


「石版によると、魔導船に装置を填めるみたいだけど……」

「魔導船の魔力を動力源にしているのかな」


「これがあれば、地球は救われるのね」

「そうなるね。じゃ、持ち帰ろう」


「私たちだけじゃ無理よ」

「応援を呼んでこよう」


 三人は屋上に戻り、中であったことの説明をする。

 そして二十人の船員を引き連れて下りていこうとしたのだが、半分以上が最初の入口で弾かれてしまった。


 急激な体調不良をおこして、その場に膝をついてしまったのだ。

「しまったな……魔力量が足らないと、中に入れないっぽいね」


「だったら、中型船の船長たちにも声をかけましょう」

 急遽、すべての船を着地させ、魔力の高い者たちを選抜して、装置の回収に向かった。


 さすがに大勢で持てば、なんとか持ち上がる。

 ゆっくりと時間をかけて装置と石版を『インフェルノ』に積み込むことができた。


「ありがとう。これで地球は救われる」

 あとは帰るだけである。


 祐二たちは、来た道を逆に辿り、山脈を抜けた。


「そういえば、魔導船ってどこにあったのかしら」

 フリーデリーケが首を傾げる。


「ああ、魔導船ね」

「ユージ、知ってるの?」


「おそらくだけど、予想はついている」

「どこにあったの?」


「山脈の中腹に横穴っていうのかな、洞窟を掘って、そこに仕舞ってあったんだと思う。もちろん、魔蟲に襲われないよう、入口は閉じてね」


「そんな場所あった?」

 祐二は首を横に振った。


「この『終わらせるもの』の装置は、地球を救う切り札だよね。それを持ち帰らずに置いていったんだ。その理由はなに?」


「えっ? 自分たちの優位性が損なわれるからでしょ?」

「そう。だから、十二隻以上の魔導船があったとして、それをそのまま残しておくと思う?」


「……まさか破壊した?」

「だと思う。だって当時は魔導船の船長になれる魔法使いが大勢いたんだ。栄光なる十二人の魔導師の子や孫だって、大勢いただろうしね。その中の一家族がこっそり魔導船を取りにここまで来てしまったら、力関係が大きく狂ってしまうからね」


「だから壊したの? もったいない」

「そうしないと、安心してこの地を離れられなかったんじゃないかな。だからもし、三人の娘たちがここへたどり着いたとしても、魔導船は手に入らなかったと思うよ」


 フリーデリーケはポカンとした。

 まさか自分たちの始祖が、十二隻以外の魔導船を破壊していただなんて。


「いまの話も確証はないけど、たぶん間違いないと思う。全部で何隻あったか知らないけど、あの山脈にある山一つ一つに一隻ずつ、魔導船のドックがあったんじゃないかな。不自然に崩れたところがいくつかあったし」


 移動中、山肌を注意深く見ていた祐二はそれに気づいた。

 そして塔の周囲に魔導船の影すらないことで、ほぼ確信を得ていた。


「まあ、もうすぐ魔導船が必要なくなる時代が来るんだ。これに頼るのも、最後でいいんじゃないかな。……おっ、ようやく魔窟が見えてきた」


 こうして祐二たちは、「はじまりの地」をあとにした。



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― 新着の感想 ―
[一言] 栄光のために色々とやっていた可能性は大いにあるわけかあ
[一言] 次に困った人たちは救われないのか・・・ちゃんと研究して後世の世界の人が困らない様に対処方法を残してあげて欲しいね。
[気になる点] おお、なんかあっさりとこの世界を救えそう。 ……魔蟲の脅威が無くなったら、祐二のハーレムも出来る前に消滅しちゃう?
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