172 はじまりの地
9-22-57-19番魔界へ出た『インフェルノ』は、そのまま飛行を続け、周囲の安全を確認する。
少しして、残りの中型船が魔窟から姿を現した。
「すべての船が魔窟を抜けました」
オペレーターの声に祐二はホッと息を吐き出す。
「さて、無事目的地に着いたのはいいけど、チラホラ見える魔蟲が気になるんだけど」
「どこかの魔界から侵攻してきたのかしら……えーっと、見える範囲だと全部で二十二体ね」
危険を感じるほどではないが、無視していい数でもない。
「後ろの船に退治してもらおうか。しかし最近、やたらと魔蟲づいている気がする」
「一つ前の魔界ではなんともなかったし、遠くの魔界からやってきたのかもしれないわね。でもユージの言うとおり、魔蟲がこっちに集まってきているのかしら」
「だとしたら嫌だな」
後ろで戦闘音が聞こえる。魔蟲の排除に動いたらしい。
魔窟付近の魔蟲はしっかり倒しておかないと、いざ魔窟を潜るときに攻撃を受けてしまう。
とくに慌てて撤退するときなどが危険だ。先頭はいいとしても、後続の船に取りつかれることがある。
魔界をゆっくり進むと、前方に大きな山脈が見えてきた。
高い山の連なりで、横幅は何十キロメートルにも及ぶ。
「これはまた大きな山々だな」
「威圧感があるわね。一つ一つが、シナイ山より高そう」
「一応中型船でも越えることはできそうだけど、尾根にぶつからないよう谷に沿って、進んでみるか」
「山脈の中に入るの?」
「うん。この魔界が『はじまりの地』ならば、この山脈の中が怪しいと思うんだ。たしか、建物があるんだよね」
かつて栄光なる十二人の魔導師は、いくつも魔界を越えた先で建物と魔導船を見つけたという。
「栄光なる叙事詩には、そう書かれているわ。魔導船は休眠状態にあったらしいけど、どこに建物や魔導船があったかとか、あまり詳しいことは書かれていないのよね。子孫のことを思うならば、詳しく書いておいてくれればよかったのに」
フリーデリーケが嘆息したように言う。
なぜ栄光なる叙事詩にその辺のことが書かれていないのか。
それは書く必要がなかったからか、それとも書きたくなかったのか。
山脈の間をゆっくりと『インフェルノ』は抜けていく。
中型船も一列になって『インフェルノ』に続く。
「標高が高いからか、さすがに魔蟲の姿はないね。でも小型の魔導船が一緒だったら、ここを進むのに、魔力が大変なことになっていたかも」
小型の魔導船は、高度限界が低い。
高い場所を航行する場合、どうしても使用魔力が上がってしまうのだ。
「そうね。魔界のマジル平面から測っても、いまの高さは一万メートルを超えているんじゃないかしら」
地球ならば、空気が薄くなるほどの高度である。
「そうだね。魔蟲って、一定以上の高さまで来られないのかな」
蚊は五、六メートルの高さまでしか、自力で飛べないという。
祐二たちがいる場所は少なくともシナイ山の頂上よりも高い。
もしかすると、魔蟲にも高さ制限があるのかもしれない。
「そんな高い場所はほとんどないから、検証は不可能でしょうね」
「そういえばそうか」
『インフェルノ』は山脈の谷の部分に沿って移動している。
それゆえ視界は悪い。周囲の山脈が高すぎるのが悪いのだが。
「……あれ?」
祐二が何かを見つけた。
「どうしたの?」
フリーデリーケが祐二が見た方角に目をやる。だが、気になるようなものは何もなかった。
「前方に何かあったかも」
「見間違えじゃなくて?」
「分からない。その先、稜線が分かれているから、左の稜線を越えていこう」
「かしこまりました。左に舵を切ります」
祐二の命令をオペレーターが復唱し、操舵手が舵を切り始める。
同じ頃、後ろを航行していた船団にも旗信号で指示が飛んでいる。
山脈と山脈の間を進むと、急に開けた場所に出た。
「ユージ、あれ……」
「ああ、塔だ。間違いない」
垂直に天へ向かって伸びた塔がそこにあった。大きさこそ違うが、形は銭湯の煙突に似ている。
「近寄ってみよう」
「攻撃されないわよね」
「だれもいないんじゃないかな。それこそいたらホラーだ」
「そうよね……うん、怖くない」
フリーデリーケはそっと祐二の袖を握った。
ゆっくりと近づき、塔の周囲を回る。塔の直径は一キロメートルほどだ。想像以上に大きかった。
塔に窓は一切なく、入口は塔の屋上以外に見えなかった。
「屋上からしか入れないようだな。でもなんで、窓がないんだろう」
「魔蟲対策かもよ、ユージ」
「なるほど」
ここに魔蟲がやってきても中に入れないように、あえて窓や入口を作らなかったのかもしれない。
「とりあえず他の船に周囲を警戒させて、『インフェルノ』だけで下りてみようか」
中型船を散開させて、付近の様子を探らせている。他には人工物がないようで、山脈の中でこの塔だけが異質だった。
魔導船『インフェルノ』は、ゆっくりと塔の屋上に着陸した。
「小パネルが示したルートもこの魔界までだし、山脈の中で発見できた人工物も、いまのところこれだけだ。ここを『はじまりの地』と仮定し、この人工物をガイド人の建造物とする。これより塔の探索に入るが、『インフェルノ』は、すぐに飛び立てる準備を怠らないように」
祐二は、やや外向きの声を出して、命令を下した。
「かしこまりました!」
船員たちの返事を聞きながら、祐二は今回の航行マニュアルを思い出す。
(緊急ではないけど、急ぎではあるか。だとすると、俺が『出る』ことになるわけだ)
本来ならば、何日もかけて安全を確保し、大勢で探索するものだ。
だが、いまはどこもかしこも魔蟲だらけ。時間的余裕がまったくない。
とくに18番魔界から溢れた魔蟲がどうなっているか分からない。
時間は貴重であり、手遅れは地球の滅亡を意味する。
そして分かれてきた船団のことも気になる。
多少の危険があろうとも、急ぎ探索すべきだと祐二は判断した。
「マニュアル通り、俺がいく。副官に権限の一部を委譲する。あとを頼むぞ」
祐二は決断した。
「はい!」
「かしこまりました!」
なぜ、ここで祐二が調査に赴く必要があるのか。
その昔、栄光なる十二人の魔導師は、休眠状態だった魔導船を励起させた。
実はこれはおかしいのだ。栄光なる十二人の魔導師は、どうやって休眠状態の魔導船にかけられた魔法を解けたのか。
その答えはおそらく、この塔にある。塔にはおそらく、休眠状態の魔導船を励起させるヒントがあった。
だが、栄光なる十二人の魔導師ができたことでも、現代の魔導師ができるか分からない。
魔力の高い者がいないと進めない扉があった場合、もしくは使用できない魔道具があった場合、探索に赴いた者たちがそこで立ち往生することになる。
必要があれば魔力の高い者を呼びに戻ればいいのだが、それでは時間が余計にかかってしまう。
それゆえ、急ぎのときは魔力の高い者たちだけで探索した方がいいのである。
行き詰まって、祐二に出動を求めるくらいならば、はじめから出向いた方が時間の節約になるというわけである。
「ユージがいくなら、私もいくわ」
「私もいきます」
フリーデリーケと夏織が同時に声をあげた。
二人ともAクラスの魔力を保持している。メンバーとしては申し分ない。祐二は頷いた。
「危険があったらすぐに戻ってくるつもりだから、それはいいね」
「もちろん」
「分かってるわ」
「まあ、栄光なる叙事詩には、危険があったとは書いてなかったし、大丈夫だとは思うけど」
ガイド人の性格からして、塔に罠を置くとは思えない。
唯一の懸念材料が魔蟲の存在だが、塔の中にはさすがにいないだろう。
「よし、じゃあ三人で行こう」
「はい」
「いいわよ」
祐二、フリーデリーケ、夏織の三人が、塔の中へ入っていった。




