170 遭遇
三つの船団が魔界の中を突き進んでいく。
先頭は重火器を積んだ攻撃特化魔導船。アームス家所有の『イフリート』である。
二番手は防御特化魔導船であるロスワイル家の『インディペンデンス』。
『白の膜』を展開できるため、最後尾の船を守る位置についている。
そして最後尾は広範囲殲滅型魔導船。
『豪炎』ですべてを焼き尽くす『インフェルノ』となっている。
「この並び順……俺たちが最後ってことは、むやみに攻撃を放つなってことだよね」
祐二が傍らに控えるフリーデリーケに告げると、さすがに思うところがあったのか、苦笑いを浮かべた。
「各家は平等で、上下がないから」
答えにならない答えを返してきたが、言いたいことは明白。互いに平等ゆえ、祐二に「撃つな」と言えないため、最後尾に配置したのである。
「そんなに心配しなくても、ポンポン撃ったりしないのに」
「逆侵攻しに行くわけでもないし、それほど危険はないと判断したのでしょう。行って帰ってくるだけなら、楽でいいわ」
「まあそうだけどね」
もちろん、何もない方がいいのだが、そう簡単にはいかない可能性もあった。
ロイワマール家が向かった先は、79−22−8番魔界にあるジェミニ砦だと考えられている。
ほかに長期滞在できる場所がないのだから、ほぼ間違いないだろう。
そしていまから向かう先は、79番魔界。ロイワマール家が消えていったのと同じ魔窟となる。
このまま進めば、ロイワマール家と遭遇する可能性がある。
「小パネルが示したルートは、どの船も同じだったの?」
「そうみたい。ミスト家の魔導船を向かわせて、少し調査したらしいけど、このルート表示って、近くに行かないとどの魔窟が正解なのか分からないらしいのね」
「魔窟を潜る前に波を出してから受信しないと、たしかに確証が持てないかな」
「ミスト家の調査によると、79−22番魔界までは同じらしいわ。でもそこからは違っていたの。22番魔界の次の魔窟は、57番魔界だったみたい。もちろん、調査はそこまでにして戻ってきたみたいだけど」
「79−22−57番魔界? じゃあ、ジェミニ砦のある魔界には向かわないってことでいいのかな」
「そうなるわね。まあ、遭遇しても大丈夫よ。こっちは三船団だし……けど、これは本部のノイズマンの言葉らしいのだけど……」
「……?」
「黄昏の娘たちから回収した『アカシアの魔道具』がもし真実の一端を表しているのなら、栄光なき魔法使いの娘たちは、間違ったルートを進んだ可能性があるんですって」
「間違った……ああ、そうか。『はじまりの地』にはたどり着けなかったんだから、そうなるか」
「その間違った記録をヘスペリデスが保管していたら……」
「いつまで経っても、たどり着けない?」
フリーデリーケは重々しく頷いた。
三船団は、79−22番魔界まで何事もなく進むことができた。
ここから8番魔界に向かえば、ジェミニ砦がある。
だが、ミスト家が確認した向かう先は8番魔界ではなく、57番魔界である。
今日は、祐二の隣に夏織がいる。
祐二と副官の二人は、三交代で当直を決めている。
夏織たち下っ端の船員は、四交代制。
祐二が当直で夏織が休憩時間のとき、こうやって夏織やフリーデリーケをブリッジに呼んで、話し相手になってもらっていた。これも船長特権である。
「なんか、魔蟲が増えてきたかな」
「本当ね」
夏織が答える。
魔蟲が見えても、三船団はわざわざ戦うことはしない。
中型船以上で船団を組んでいるため、高度を維持して航行することが可能なのだ。
それゆえ下に魔蟲がいたとして、戦わずにいたのだが、それにしても数が多いと祐二は思う。
「まるでどこかの魔界が溢れたみたいだ……」
そう祐二がつぶやいたとき、オペレーターが叫んだ。
「ロスワイル家より旗信号……読みます。ハ、ト、キ、タ、ル」
「ハト……ロイワマール家だ! 各船に通達。戦闘準備せよ!」
「かしこまりました!」
短い文でやりとりするため、符丁を決めている。
祐二の言葉を受けて、ブリッジの下の人々が慌ただしく動き出した。
ほどなくして休憩中の副官たちが集まってきた。
「先頭をいくアームス家がロイワマール家の船を発見した。ロスワイル家と俺たちは戦闘配備のままここで待機」
「ついにですか」
「ああ、見張っていたのかもしれないし、偶然出会ったのかもしれない。だが、出会ってしまったからには、そのままにできない」
副官の二人はゆっくりと頷いた。
このまま戦闘になるのかと、祐二たちがじりじりと待っていると、ロスワイル家から旗信号が送られてきた。
船団同士で、およそ二キロメートルの間隔をあけて展開している。旗信号も、双眼鏡でないとよく確認できない。
「なんだって?」
「ロイワマール家が降伏したそうです」
「なんだって!?」
「魔界が溢れたといっています……それで逃げてきたようです」
祐二は絶句した。ブリッジ下から、「また魔界が溢れたのか」という声が聞こえた。
――『イフリート』船内 アームス家ゴッツ
ロイワマール家の船団がやってきた。
攻撃準備をはじめるアームス家の船団。
だがすぐにロイワマール家の船団が、白旗を掲げたのが見えた。
あらかじめ準備をしていたのだろう。素早い対応だった。
後ろにロスワイル家の船団がある。滅多なことはしないと思うが、警戒を解かないまま、ゴッツは了承した旨を旗信号で送った。
その後、一定の距離を保ったまま、旗信号でやり取りした結果、ジェミニ砦が魔蟲の群れに襲われたことが分かった。
眼下に蠢く魔蟲は、どうやらそこから来ているらしい。
ロイワマール家の『フェンリル』を『イフリート』に横付けさせ、当主のランクだけを呼び寄せた。
「他の船は?」
「これで全部だ。間に合った者だけで逃げてきた」
小型の魔導船はほとんどいない。
中型の魔導船も、半分程度だろう。
「何があった?」
「はじめから話すと長くなるが、砦で黄昏の娘たちと揉めた。冷静になろうということで、一旦、交流を絶った。砦の上層部を我々が、下層部を彼らが使用した。連日、『はじまりの地』を探すために飛んでいたことと、先導役の彼らがいないことで、そのときすべての船を休ませていた」
一つの船団で、探索と哨戒の両方をこなせるわけがない。
どこかで無理が出る。それでも密なローテーションで、なんとか騙し騙しやってきたそうだ。
どの船も魔力が減ってきていたため、つい哨戒を立てずに休んでしまったらしい。
気づいたときには、魔蟲が間近に迫っていたという。
「殲滅できなかったのか?」
「数が多すぎた。攻撃を加えようにも、もう砦に手がかかっていた」
「他の者は? ヘスペリデスはどうした?」
「砦ごと、魔蟲に飲まれた」
上空に逃れた船で協力し合い、船に取り付いた魔蟲を落とすと、ようやく航行できるようになったらしい。
小型の魔導船は、多数の魔蟲にとりつかれ、ほとんど上空までたどり着けなかったようだ。
そこからも順調ではなかったらしい。
魔窟の中にはすでに魔蟲が侵入しており、どれほど戦闘を回避しようと思っても、向こうから襲ってくる。
全速力で逃げ出し、ようやくここまでたどり着いたらしい。
「裏切ったものの、生きていけなくなったから、我々に助けを求めたわけか」
「裏切ったように見えても仕方ないが、そんなつもりはなかった。黄昏の娘たちの情報を得るには、そうするしか方法がなかったのだ。『はじまりの地』を見つけるまでの関係だった。向こうもそう思っていただろうが」
「やはりそういうことか。いろいろおかしいとは思っていたのだ」
「奴らが示した『はじまりの地』に向かうルートはなぜか正確だった。魔界の情報が正確に伝わっていた。私が何度も確認したのだ。間違いない。それゆえ信じた」
「それはな、ヘスペリデスを創始した『栄光なき魔法使いの娘たち』が実際にここまで来たからだろう。大昔の声を録音した『アカシアの魔道具』というのがあり、眉唾だが、それに色々吹き込まれていたよ」
「そんな魔道具が……では、あの先には『はじまりの地』はないのか?」
「その娘たちが見つけられなかったのだ。そうだと思う」
「なんということだ! ではまたふりだしか」
「いや、魔導船の船長のみが使える小パネルがあるのを知っているな」
「小パネル? もしかして、使えないアレか?」
「それの使い方が叡智の会以外の場所で、密かに保管されていた。我々はそれを解読し、『はじまりの地』までのルートを見つけた。いまはそこへいく最中だ」
「なんと!?」
「だが、魔界が溢れたというのは、おだやかではないな。『はじまりの地』から戻ってくるとき、ここを通ることになるのだが……」
「私が見たところ、魔蟲の数は膨大だった。ここに到達するまでまだ日があるが、複数の魔界が溢れたと思っている」
「またか!」
あちこちで溢れすぎだろと、ゴッツは舌打ちした。




