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169 出立のとき

 前回同様、陽に焼けたロゼットは、とても健康的に見えた。

「粘土板の写真、ありがとう。お礼が遅くなったけど」


「いえ、お役に立ててなによりですわ」

 ホホホとロゼットはなにやら、機嫌が良い。


 何かいいことでもあったのかと祐二が首を捻っていると、彼女はコホンとひとつ咳払いしてから話しはじめた。


「アルテミス騎士団は正式に、叡智の会へ協力することになりました。これまでのいきさつもありますので、両者すぐに納得しづらいことですけど、これは本部の決断ですわ」


「そうなんだ。俺としては、もとからあまり気にしていなかったけど、それはロゼットさんが窓口になっていたからかな」


「そう言っていただけると嬉しい限りですね。これからは叡智の会に全面的に協力……まあ、傘下に入ったと思ってもらっても構いません」


 なかなか大きく情勢が動いたものだ。

 ロゼットがここに来たということは、叡智の会も受け入れたのだろう。そのことを聞いてみる。


「もちろん、叡智の会も了承してくれています。そちらは父が参りました。手土産を持っていったら、なかなか歓迎されたようです」

「手土産?」


「実はですね、リチャード・蔡を襲撃した事件について、父はかなり気にしていたのです。ゴランのやり方とは思えないと。それで父が調べていたのですね。ゴランと経済戦争していたおかげで、その辺のコネはそれなりにあったようですし」


「それで、何が分かったんですか?」


「父が警戒していた武器商人が関わっていることが、すぐに分かりました。やはりという感じだったようです。その周辺を探っているうちにボロボロと……彼らもまさか、父がそのような目的で近づいたとは思わなかったようですね」


 もとは味方だったのだ。ガードも緩くなっていただろう。

 比較的簡単に全貌を掴むことができたらしい。


「じゃあ、犯人が分かったんですか」

 ロゼットは頷いた。


「父はダックス同盟と共闘関係にありましたので、蔡一族と接触することができました。そのとき、父が調べたすべてを蔡一族に伝えたようです。彼らは怒り心頭だったようですよ。コケにされたと思ったみたいです」


「そりゃ、一族の者が殺されて、別の相手を襲うように仕向けられたんですよね。俺でも怒ります」


「というわけで、蔡一族の怒りの矛先は逸れました。ゴランへの攻撃はもうないでしょう。それ以前に、かなり下火になっていたようですけど」


「それはマリーさんが動いてくれたみたいです」

 するとにこやかだったロゼットの顔が、「チッ」という舌打ちとともに歪んだ。


 すぐに表情を戻して、また笑みを浮かべる。


「犯人はダックス同盟の中でも暴走した一部の者たちです。蔡一族がどこまで選別して復讐するか分かりませんが、これで後顧の憂いはなくなったと言えます」


「そうですね。聞いた話だと、流通にかなりダメージを負っていたようですし、よかったです。ありがとうございます」


「いえいえ、これでアルテミス騎士団の存在が示せたのでしたら重畳です」

「今後は、どうするんですか?」


「そうですね。いままでとあまり変わらないと思います。もともと団員のみなさまは、別に仕事を持っていますし、必要がなければ関わることはありませんでしたから」


「そういえば、そんなこと言っていましたね」

 アルテミス騎士団は、栄光なる十二人の魔導師の子孫たちが増長したとき、世界を敵に回さないよう監視していた。


 また、アルテミス騎士団が「その時がきた」と感じたら、粘土板をもとの所有者へ戻し、真実を告げることも使命としていた。

 つまりいまここをもって、アルテミス騎士団は数千年にも及ぶ使命を果たし終えたことになる。


 騎士団は、監視する集団と粘土板を保管する集団に分かれて、今日まで生き残ってきたのだ。

 それはなんとも壮大で、長い時間を必要とする使命であっただろうか。


「それで、いつ出発するのですか?」

「もうすぐかな。準備は終わったので、あとは叡智の会からゴーサインが出るのを待っている感じですね」


「なるほど、それでは結構ギリギリのタイミングだったのですね」

「そういえばそうですね」


 ロゼットが祐二のもとを訪れた翌日、叡智の会からこれより三日後に出発すると連絡がきた。

 同時に、アルテミス騎士団が正式に叡智の会と提携する旨の発表もあった。


 これには各家、大いに驚いた。

 なんにせよ三日後、アームス家、ロスワイル家、カムチェスター家は「はじまりの地」を探しに魔界の奥へ向かうことになる。


 残った家は、彼らが帰還するまで地球の安全を守るのだ。

 それほど重大かつ慌ただしいときに、あまりに大きな発表があったからだ。




 祐二はいま、旧本部地下の広場にいる。

 つい先程、ロゼットと別れてきたばかりだ。


 出発直前になって、鴉羽(からすば)家からカムチェスター家宛に手紙が届いたのだ。

 それは倉子と名を変えたカムチェスター家を出奔したクラリーナの手記だった。


 ドイツ語で書かれていたため、それを鴉羽家がカムチェスター家に送ったらしかった。


 出発する直前だったが、手紙はなんとか間に合った。

 手紙には、ヴァルトリーテの言葉と手記のコピーが入っていた。


 クラリーナは、自由を求めて、魔法使いの使命を放り出して出奔した。

 カムチェスター家や叡智の会の認識はそんなものだ。


 だが、ドイツ語で書かれたクラリーナの手記。

 それは、彼女が出奔したもう一つの理由が書かれていた。


 第一次大戦でドイツは敗北した。

 莫大な賠償金を長期にわたって支払わねばならず、結果、第二次大戦を引き起こした。


 そしてまたもや敗戦濃厚。欧州全土、そしてソ連を敵に回して勝ちきることはできないだろう。

 次に敗戦した場合、ドイツ国はどうなるのか。


 ドイツ貴族であるカムチェスター家に影響がまったくないとは言い切れない。

 もし万一、たとえば空襲などで優秀な魔法使いが死んでしまったら。戦後の貧困で病気になったとしたら。


 クラリーナは、その血を外に持ち出すことにした。なぜならそれは……。


 ――魔法使いは魔法使いに惹かれる


 絶対ではないにしろ、そういう傾向がある。たとえ血が出現していなくても、より優秀な血を残せそうな相手に惹かれることが多い。

 クラリーナは、それを海外……それも遠くの血に求めることにした。


 それが成功するかどうかは分からない。だが、それがクラリーナにできる唯一の貢献だった。

 その結果を見届けることはできないが、もしカムチェスター家に変事があれば、この血を使ってほしい。


 クラリーナの手記は、そう締めくくられていた。

「つまり俺に流れる血は、クラリーナおばあさんの意思によるものだったのか」


 なんとも壮大な計画だろうか。

 素性の隠匿が不十分ならば、連れ戻されただろう。


 完璧すぎたら、ずっと分からないままだった。

 事実、奇跡のような偶然によって、祐二はヴァルトリーテと出会っている。


 その出会いこそ、クラリーナの亡霊が導いたのかもしれない。

 家の危機に、祐二を遣わしたのだ。


「亡霊の妄執? なんか怖いな」

 あの出会いは、クラリーナによって導かれたものだったのだろうか。


「お(はら)いしようか?」

「いや、大丈夫……」


 神社の娘である夏織がお祓いすれば、霊験あらたかだろうが、祐二はそうする気にはならなかった。

 そういえばと、祐二はポケットを探った。


「……あ、あった、あった」

 取り出したのはロザリオ。それはマリーが普段身につけていたものである。


「それは?」

「マリーさんがいつも祈りに使っているものらしい。身につけていろって」


 祐二はお守り代わりかなと思って、受け取っておいた。

 使い込まれたそれを祐二に渡したということは、自身の分身を託したということだろうか。


 そう思って祐二は、首にかけようとしたら長さが足らない。

「一応、言っておくと、それは祈りのときに使うもので、装飾品ではないわよ」


「そうなの? あれ? でもマリーさんはシスター服のとき、首にしていたよね」

「あれは十字架ね。ロザリオは腰のところに下げていたわよ。ユージに渡したのはきっとそれ」


「そうなんだ。そういえば、ローマ法王もマリーさんと同じく、十字架を首にかけていたような」

 どうやら、信仰心の証しとして首にかける十字架と、祐二がもらったロザリオは用途が違うらしい。


 祐二はそれをポケットに戻した。


「さて、行こうか」

「ええ、これでしばらくは地球ともお別れね」


 今回、カムチェスター家の小型魔導船は0番魔界に残って、魔蟲の討伐を続ける。

 ここの魔界はまだそれほど多くの魔蟲が来ていないため、なんとかなるだろう。だが……。


「18番魔界の現状はどうなっているのかな」

「三つの船団で手に負えないって引き返してきたくらいだし、きっと大変なことになっているでしょうね」


 おそらくいま、溢れた魔蟲は魔窟を通って、別の魔界へ侵攻していることだろう。

 だが、安心はできないらしい。


 この魔界への道ができているため、しばらくしたら多くの魔蟲がやってくるだろうとのこと。

 そのとき、どのくらいの規模の群れが来るか分からないという。


 たった一体でも魔界門をくぐられたら、世界が震撼する。

 魔導船の魔力が尽き、次々と魔蟲を地上に出してしまえば、世界が終わる。


 そうさせないためにも、いまのうちに「はじまりの地」へ赴かねばならないのだ。


「如月くん、これ」

 夏織はお守りを祐二に手渡した。


「これは壬都さんのところの?」

「そうです。交通安全と家内安全の両方を持ってきたので、その……ひとつどうぞ」


「ありがとう……あっ、松泉(しょうせん)神社ってちゃんと書いてある」

「はい。オリジナルです」


「そうなんだ。ありがとう。ブリッジに飾っておくよ」

 祐二はお守りを胸のポケットに入れた。


 それを見ていたフリーデリーケが「むぅ」と小さく呟いた。

 どうやら、何も持ってこなかったらしい。



ついに出立です。

そして、本話の途中に「第一話」の冒頭が入ります。

第一話のあとがきに「ここは169話に挿入される」と書いたと思いますが、ようやく伏線が回収されました!

(忘れている人は、第一話のあとがきを読み直すといいかもしれません)

それでは引き続き、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 名言してるので伏線ではないですよ。 というか、先の話を前に持ってきただけの話なので、ただの予告では?
[一言] 綺麗な1話とのつながりに感動しました! ついに出発の時ですね
[一言] おー、アルテミス騎士団合流と共にダックス同盟の問題も片付いたんですねえ これで地球側の心配事は片付きましたし魔界側に注力できますね
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