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165 終わらせるもの

 ――カリフォルニア アルテミス騎士団


 アルテミス騎士団の本部で、ハイネブルスはこれまで秘匿されてきた多くの話を聞いた。

 歴代騎士団長のほとんどが、知らない内容だっただろう。


 これは決して、表に出してよい内容ではい。

 たとえば前回ロゼットが聞いた話。騎士団の前身は、魔法使いの従者だったというもの。


 当時の魔法使いは、いまより強力な力を有していたと聞いている。

 空を飛び、水や食糧すら出してみせたとか。


 さすがに突拍子もない話だが、何年も魔界を探索したと言われているため、あながち眉唾な話でもないのかもしれない。


 従者はあまりに魔法使いに忠実だったため、国に仕える騎士になぞらえて『アルテミス騎士団』と名付けたようだ。

 アルテミスは狩猟の女神。ハイネブルスの祖先たちは、当時、狩猟で生活をしていたらしい。


 魔導船を持つ十二人の魔法使いのひとりが、そんな生活をしながら忠誠を誓っているハイネブルスの祖先たち目をつけたのは、偶然ではないだろう。

 子々孫々にわたるまで、粘土板を守り通してくれる忠義を持っていると判断したのだと思う。


 それはある意味、正しい。

 現代にいたるまで、人里離れたところで秘密を守り通してきたのだ。その魔法使いの目は確かだったといえる。


 その忠義が、ようやく実を結ぶときがきた。

 この「終わらせるもの」をもとの持ち主に返すのだ。


 本部の者とそこまで協議したハイネブルスは、粘土版を持って本部をあとにした。

 一足先に送り出したロゼットはいまごろ、叡智の会へその情報を伝えていることだろう。


 自分はこれを叡智の会に届け、北米で行われているゴランとの経済戦争を終結させる必要がある。

 恨みを残さないよう、きれいな幕引きの準備をしなければならない。


 ハイネブルスは、先に経済戦争を終わらせることにした。

 娘が撮った写真はすでに渡っていることだろう。実物が遅れても問題ないはずだった。


 タワービルの一室に戻ってきたハイネブルスは、留守中に溜まった仕事を処理しようとしたところ、たまたま流れていたニュースに興味をひかれた。


「リチャード・(さい)といえば、あれか……」

 ダックス同盟の幹部の一人である。


 ハイネブルスは会ったことないが、巨大な資本を持ち、北米のみならずアジアにも大きな影響力を持っていると聞いている。

 それが銃撃戦のすえに死亡したらしい。


「こちらに影響がなければいいがな……」

 ハイネブルスは、書類に目を落とした。


 彼がいない間、状況は悪くなる一方だったようで、離反した者、消え去った者の名がズラズラと並んでいた。

 ゴランが本気になったのが分かる。


 これだけ多くの企業が窮地に立たされているのに、政府はだんまり。これといった動きもない。

 ハイネブルスは、自分が戦っていた相手の巨大さに改めて舌を巻いた。奇襲こそ成功したが、敗北は必至だったのだ。


 ゴランとの経済戦争は、すでに負けが確定している。

 あとはどれだけ被害を少なく抑えられるかである。


 帰還してからの数日は、それこそ出立する前以上に働いた。

 それゆえ、気づくのが遅れた。


「蔡一族が報復に動いた?」

 どうやらリチャードを殺したのは、ゴランの急進派らしく、蔡一族がその報復に各地で暴れているらしい。


「いや、それはおかしい。優勢な方がどうしてそんなテロまがいのことをするのだ」

 ゴラン……いや、叡智の会は惰弱な集団ではない。


 頬を殴られたら、振りかぶって殴り返すくらいは平気でやる。

 報復の先が、蔡一族だけで済むのか分からない。


「まずいな。撤退のタイミングがなくなるぞ」


 ゴランと蔡一族の対立だから自分は関係ないとは言えない。

 なにしろリチャード・蔡は、ダックス同盟の幹部だったのだ。


 それの弔い合戦となれば、ダックス同盟は当然参戦する。

 これまで共闘していたアルテミス騎士団も、ガッツリ巻き込まれる。


 ここで手仕舞いに動いたら、蔡一族から敵視されかねない。

 ああいう集団は、論理が通用しないのだ。


「引けなくなったぞ。かといって最後まで参戦すると、最終的にこちらの損害は大変なことになる。ダックス同盟とアルテミス騎士団が共に倒れたら、どうするんだ」


 蔡一族が暴走するのは勝手だが、巻き込まれてはたまらない。

 そもそもゴランが、経済戦争をしている相手の幹部を殺害などするだろうか。


 そのところがハイネブルスは気になった。

 世間ではゴランと(さい)一族の抗争と思っているようだが、世間に流れる噂が真実とは限らない。


「これは……探りを入れるべきだな」

 ハイネブルスは、騎士団のコネを利用して、何がおきているのか調べようと密かに決意した。




 祐二は魔導船『インフェルノ』で哨戒に出発した。

 魔界の外周を航行し、異変がないかチェックして回るのである。


 魔蟲が出れば、それを排除するのも重要な任務だ。

 もし撃破が難しいようならば、場所だけ確認しておき、基地に戻らねばならない。


 もっとも、『インフェルノ』で対応できなければ、他に対応できる船は少ないだろうが。

 祐二が出発するより少し前、ヴァルトリーテが率いる第二船団が、ロイワマール家が消えていった魔窟の監視に向かった。


 今回、船団を二つに分けたので、哨戒に出るのは通常の半分。

 当然、魔力の消費は激しくなる。


 そこで考え出されたのが、小型の魔導船や中型の魔導船が回るルートと、祐二が回るルートを分けること。

 もちろん少数での行動は危険が伴う。うまくルートを設定し、互いに補完しあえるようにしなければならない。


「というわけで、航行ルートがこんなに複雑になってしまったんだ」

 祐二は夏織に説明している。


 夏織は祐二の船に乗り込むことになった。

 といっても下っ端だ。通常の任務では祐二と顔を合わせることはない。


 だが、互いに当直でない時間帯ならばそうではない。

 こうやって、会って説明することもできる。


「巡回ルートと、魔蟲が出たときの時間のズレが……なるほど、よく考えているのね」

 夏織は感心している。


 ここは乗組員が休憩する部屋。あまり祐二のような偉い人がくるところではない。

「いつも不思議に思うんだけど、叡智の会の本部って、とても暇なんじゃないかな」


 たった一回の哨戒のために、複雑なローテーションとルートを設定する。

 たしかにこの計画表にそって行動すれば、ロスは限りなく抑えられるが、祐二からしたら無駄なことをしているのではと思ってしまう。


「そういえば、仕事中に戦闘音が何回かあったけど、あれはなに?」

 出港してからおよそ半日。すでに三回の戦闘が行われていた。


「ブリッジにいないと、なかなか外の様子が分からないよね。あれは魔蟲が固まっていたから、排除したんだ」

 半日で三回の戦闘は多い。溢れた18番魔界からやってきた魔蟲が四方八方に散ってしまったからだろう。


「それじゃ、今後も戦いは続くのね」

「そうなるかな。たぶんそろそろ、逆侵攻に向かう三つの船団が基地を出ると思う。同時期に魔窟にいる魔蟲の掃討が始まるから、しばらくは魔蟲もやってこないと思うけど」


 ミスト家とチャイル家、そしてロスワイル家が18番魔界へ向かう。

 その露払いをするため、アームス家が先に魔窟に侵入を果たしている。


 逆侵攻しに向かった魔導船が戻ってくるまで、しばらくはこの魔界は落ち着くことだろう。

「ねえ、ブリッジとか見学しちゃだめかな?」


 夏織はまだ新米乗組員。

 本来ならば、そのような要求など通るはずがないし、普通は思っていても自重するのが普通である。


 だが夏織には、祐二の隣に立つという明確な目標がある。

 チャンスを逃すなんてもってのほか。


 他人の目に配慮して遠慮など、していられないのだ。

「ブリッジか……そうだね、俺が連れて行く分には構わないかな」


 おそらくヴァルトリーテも、それを考慮して夏織をこの船に配置したのだろう。

 なんとなくだが、祐二と夏織をくっつけようとする気配も感じている。


「ありがとう。さすが持つべきものは船長よね。一家に一台必須だわ」

「そんなにゴロゴロいないからね」


 こうして祐二は、夏織をブリッジに招待することになった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 一家に一台レベルで船長がいれば裕二もこんな所にはおらんでしょうなw
[気になる点] ヴァルトルーテさん的には、祐二の子だったら、母親は魔力持ちなら割りと誰でも良い……? [一言] もしや、当時の魔法使いはかの有名な「アイテムボックス」の魔法が使えて、物資補給も楽ちんだ…
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