164 癒やしの芸術家
哨戒任務は通常通り、一ヶ月交替で行われる。
ただし今回は、少々特殊な任務期間となっていた。
逆侵攻に出た船が戻ってきて、戦闘で破損した部分の修復が終わるまで、その任務は解除されないのだ。
他家が復帰できるまで、哨戒と基地待機を延々と続けることになる。
そのようなわけだから、祐二は一度、ケイロン島に戻った。
授業に出るのと、いない間の課題をもらうためだ。ついでにゼミに顔を出した。
今回の逆侵攻はかなり大掛かりなものとなる。
たとえ出撃した船団が二ヶ月で戻ってきたとしても、魔力の回復や船体の修復を考えると、祐二の任務が解かれるのはかなり先。
三年生になるまで、戻れないかもしれない。
「こんにちは!」
「あれ? アルミナさん。久しぶり」
「しばらくぶりだね。そういえばあまり構内で見かけないけど、特別科だと普段、あの敷地内にいるのかな」
アルミナが、これから祐二が向かおうとした門を指した。
「授業はあの中で完結しているから、必要がない限りは敷地から出ることはないかな」
「なるほど。もし会うことができるとしたら、登下校かこの前みたいに学食くらいしかないわけか」
「敷地内に購買部もカフェもあるから、登下校くらいかなあ」
もちろん祐二は、島に戻ってきたばかり。アルミナと出会わなかったのは、必然であるのだが。
「そうか。久しぶりに話をしたいところだけど、私もこれから授業なのだ。それはまたの機会に」
「うん。会える機会は少ないかもしれないけど、またね」
祐二はアルミナと別れて、特別科の敷地に入った。
午前中の授業を終えて、ホッと一息つく。
授業は相変わらず難しく、ついていくのも難しい。
祐二が休んでいた部分は、哨戒任務中に復習することになりそうだ。
「……せっかくだし、アルミナさんに会いに行ってみるか」
祐二は特別科の敷地を出て、一般生が使う学食に向かった。
「いたいた……アルミナさん、さっきぶりだね」
「もしかしたらキミが来るんじゃないかと、ここを利用していて正解だったようだね」
アルミナはシシシと笑った。
やはり最初の印象通り、雰囲気がミーアに似ている。
ついミーアの姿を探してしまう祐二は、いまだ彼女の死が受け入れられていない。
アルミナにミーアの面影を求めるのは間違っていると思うが、それでも話したくなってしまうのは、祐二が抱えている罪悪感のせいだろうか。
祐二はミーアの正体について、なんとなく見当がついていた。
エリーもそれで悩んだのだろう。あとで聞いたら、夏織からも決定的な言葉を聞いていた。
だからミーアは迂闊なのだと説教したい気分だが、当の本人はもういない。
やはり、テロ組織に身を置くのは、ミーアに似合わなかったのではないかと祐二は思ってしまう。
「悩みを抱えているようだけど?」
アルミナにそんなことを言われた。
「そうだね。悩みが多くて困っているんだ。前と比べて、どう? やっぱり絵にはできない?」
「そうだね。キミの顔は労働者向きだ。ぜひとも絵にしたいところだけど、どうしても食指が動かない」
以前、アルミナは、祐二を見て「今のままなら、絵のモデルにはできない」と言った。
なぜそう言われるのか、祐二にもよく分からない。
「私でよければ、相談に乗るけど? これでも人生経験は豊富だよ」
アルミナは、祐二より年上で、ちぎり絵の芸術家として学費を自分で稼いでいる秀才だ。
たしかに人生経験が豊富だろう。
「ありがとう、だけど相談できないものなんだ」
魔法使いの悩みは、一般人には話せない。
「そっか……それでかな」
「それで?」
「うん、キミを見て最初、ボクの絵のモデルにって思ったんだけど、やっぱりいいや」
「なんだろ、告白してないのにフラれた気分だ」
「気を悪くしたらゴメンね。でもそう思うんだ。理屈じゃないから、うまく説明できないけど」
「それは俺が疲れているとか、悩みを抱えているからとかなのかな」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。ボクの中のキミはきっともっと輝いているんだと思う。それを表現するのにボクの力が足らないのか、キミが自覚していないのか、輝きを失ってしまったのか……」
「なるほど、それは俺がクリアの難しい問題を抱えているからなのかな」
「クリアの難しい問題か……だったら、こう考えればいい。人間、死なない限りなんとかなる。とね」
「死なない限り、なんとか……なる?」
「そうさ。困難な状況に立ち向かうのも大事だけど、もっと大事なのは死なないこと。ストレスを抱え込みすぎて、精神が死んでもよくない」
「そうだね。心だって死ぬんだ」
祐二は、アルミナが言っていることが理解できた。
「私はね、どん底に落ちた人を多く見てきた。でも状況は変わるし、周囲も変わる。数年後、あれだけ落ち込んでいた人が立ち直っていくのを見ているんだ。いまの悩みは、数年後にはどうでもよくなるかもしれない。力を落とさないことだ……とまあ、ありきたりな言葉だけど、アドバイスになったかな」
「うん。そうだね。俺だけが抱え込んでも意味ないんだ。みんなを信じてみるよ」
「それがいい。きっと道はひらけるさ」
そのあともアルミナと楽しい会話を続け、祐二は特別科の教室へ戻った。
叡智大で、祐二は魔法使い以外と交流をしたことはなかった。
一般の大学生と話すのもいい、心が軽くなると祐二は思った。
祐二はアルミナのことを密かに「癒やしの芸術家」と呼ぶようになった。
授業が終わり、祐二はゼミに顔を出した。
すでに教授には、ロゼットからもらった追加の写真を送ってある。
その後、教授からは、すぐに解析作業にはいると連絡がきていた。
ゼミ員もやる気を出しているとも。
「こんにちは。わずかな期間ですけど、戻ってくることができました」
ゼミ室にはすでに、全員が揃っていた。
教授が顔をあげた。
「おお、この前の写真、あれは助かったぞ。さすがに数が多いだけあって、解析が進んだ」
「なにか分かったんですか?」
「前にあれは鏡像文字ではないかと話にあっただろう。追加の文字をざっとだか確認してみたんだが、ガイド人の使われている文字と似ているのが見つかった」
「それはすごいですね。じゃあ、あの粘土板は、ガイド人の文字のものだったんですか?」
「いや、確定はできん。欠けが多いのも問題だ。粘土板の裏側は底上げがされていて、直接触れるようにはなっていなかったが、長い年月の間に崩れたかもしれないし、そもそも正確に写し取れていなかった可能性もある。三つに一つくらいは、何らかの欠けがあるように思える」
ガイド人の文字と関連性が高いものが見つかったものの、断定するには至らないらしい。
「それでも大きな進歩ですよね。俺は、途中に出てくる文字列が気になったんですけど」
他は粘土板の端から端まで書かれているのに対し、一部分だけが違うのだ。
横十一文字でそれが七行続いている。
「あれは私も気になったので、重点的に見ておる。おそらくあれは、数字ではないかと思う」
「やはりそう思いますか」
同じ文字がかなり重複しているため、一番数字が連想しやすい。
この七行十一字のブロックは粘土板全体で五つ出てくる。そう、五つもだ。
一行に十一字という決まった文字数。それが七行分。
他はその説明文としたら、七行十一字の部分には、何らかの意味があると考えるのが普通だ。
もし、解読が進むとしたら、この部分が起点になるに違いない。
「こういうのは、地道な作業が必要だからな。何年かけてもいい。少しずつ、前に進めるものだ」
「粘土板も叡智の会へ返却……というのかな。もとは栄光なる十二人の魔導師のものだった可能性が高いらしく、今度戻ってくるそうなんです」
「ほう。それは朗報だな。本部が保管するのかね」
「そうなると思います」
「だとすれば、私たちが直接目にする機会はないかもしれんな」
叡智の会やゴランには、有能な研究者が多数いるらしい。
彼らが先に研究を行うことになるだろうと教授は言った。
大学に話が来るとしたら、彼らが調べ終わったあとだろうと。
「なんとも悲しい話ですね」
「そういうものだ」
それから数日、祐二は大学の授業を真面目に受けて、各教科の教授から課題ももらった。
ゼミには毎日顔を出して、進捗を聞きながら過ごし、ようやくドイツに帰ろうとしたところ、北米で銃撃戦がおき、著名な投資家がひとり亡くなったというニュースを聞いた。
そのとき祐二は「ふうん」としか思わなかった。




