163 太古の真実(2)
ロゼットの話は続く。
「先ほど、粘土板はわたしたちアルテミス騎士団に託されたとお話ししました。そのときの言葉をできるだけ正確に伝えると、以下のようになります」
――自分たちの子孫を監視し、道を外れるようなら正してほしい。それともう一つ。時がきたら、これを戻してほしい。
これというのは、粘土板のことだろう。
戻すというのは……。
「粘土板を叡智の会へ?」
「おそらくそうだと思います。騎士団本部ではこれを『終わらせるもの』と呼んでいます。『終わらせ方』が書かれた粘土板ですから『終わらせるもの』なのでしょう。ですが、わたしたちでは、まったく意味が分かりません。だから『戻してほしい』と言い残したのではないでしょうか」
「そんなこと言ったって、俺たちだって分からないよ。ガイド人の文字はあるのかさえ、分かってないのだし……ん?」
粘土版の写真を一枚ずつ見ていたとき、祐二はあるところで引っかかった。
「どうしました?」
「なんかここだけ、綺麗に整列しているね」
「ああ、そこはわたしも気になりました」
石版は全部で五枚あり、そのうち四枚めと五枚目には十一文字が七行分、等間隔に並んでいた。
「まるで表みたいだけど……なんだろ」
表のようにも見えるし、絵のようにも見える。
アルテミス騎士団の本部で長年保管されてきていたにもかかわらず、それが何なのか解読できていないのだ。
ここで祐二がいくら写真を見ても、分かるはずがなかった。
「父さまはいま、本部の人たちと話をしています。いまがその『戻す時』なのか」
「なるほど……」
「もうこれまで十分、叡智の会を監視してきました。何度か介入したこともありました。致命的な行動を互いにとっていなかったと考えています」
「そうですね。敵対していたとしても、憎み合っていたようには感じられないかな」
「そしていま、なぜかバチカンから粘土板のことが叡智の会に伝わり、わたしたちアルテミス騎士団にも伝わりました」
「うん。そう考えると、これってかなりレアなケースかも」
「この先の時代がどうなるか分かりませんが、本部はいまがその『戻す時』だと信じているようです。反対に、長年叡智の会を監視してきた父さまは懐疑的です」
「もしかして意見が食い違って、対立している?」
ロゼットは首を横に振った。
「そこまではいっていません。どちらかといえば、なぜ自分の時代にと、嘆いているのかと思います。遠からず、父さまも理解するでしょう。本部の言葉は絶対ですので」
「でも本部が間違っていたら?」
「何が正しいなどということはないと思います。そのとき、最善と思う行動を取ればいいのですから。おそらく、アルテミス騎士団はもとの状態……つまり、叡智の会の傘下に入ることになるのではないでしょうか」
「大昔、そうであったように?」
「ええ、そうです。協力するのでしたら、それが最も適切でしょうし」
アルテミス騎士団は敵だと叡智の会は考えている。
それがこんな簡単に味方となっていいのだろうか。
叡智の会の本部はどう判断するだろうか。祐二がそんなことを考えていると、スマートフォンが鳴り、ヴァルトリーテから召集がかかった。
「あっ、呼ばれている。行かなきゃ」
「分かりました。そのうち父さまが粘土板を持って、そちらに伺うかもしれません。そのときはわたしもついていくつもりです。まずその写真は、好きにして構いません」
「ありがとう。いま粘土版を研究している人たちがいるから、送っておくよ」
「はい。それではまた」
祐二はロゼットとはここで別れた。
「しかし、なんかすごい話になったな……っと、忘れないうちに写真を教授に送っておくか」
ヴァルトリーテのもとへすぐ行かねばならないため、祐二は簡単な一文を添えて、ロゼットからもらった二十枚あまりの写真をゼミの教授に送った。
「これでよしと。来週は魔界で哨戒任務か。時間を潰すものも考えておかなきゃな」
祐二はヴァルトリーテのもとへ急いだ。
――??? 武器商人ファイマン
武器商人のファイマンは巨額の富を得るためには、紛争を待つのではなく、引き起こすことが大事だと考えていた。
もちろん自身の利益が、死を量産していることは知っていた。
村人の大量虐殺に使われることを知っていても、ファイマンは武器を売るのを止めなかった。
第二次大戦が終結してからいままで、どれだけ多くの武器商人が存在したのか。
自分は彼らと同じ。目の前に利益が転がっていれば、それを手で掴み取るだけだと考えている。
それゆえ、ダックス同盟の一員である男から、武器だけでなく人員までも依頼されたとき、二つ返事で了承した。
今度は北米で大きな紛争がおきる。
また巨万の富を手にする機会が巡ってきたのだ。
ファイマンは、紛争をより大きく拡大させるため、その男にアドバイスをした。
「自分が安全なところにいて、狙われないと分かった上で行動しなさい。さすれば、敵意は明後日の方角を向きます」
どうやらその男は、ダックス同盟の一員として経済戦争に加わり、敗北しつつあるようだ。
敗北とはすなわち、社会的な死。
男は二度と立ち直れないダメージを受けることになる。
ダックス同盟の幹部に援助を依頼したところ、けんもほろろに断られたようだ。
いくら経済同盟を組んでも、同じ仲間ではなかったのだ。
男の怒りは、敵対関係であるゴランよりもその幹部に向いた。
自身の怒りをその身で受けてもらおう。
そして起死回生の立て役者になってもらおうではないかと。
あまりに浅慮だが、男はそれを実現するためにファイマンに声をかけた。
その男のもとに送り込まれたのは、最新式の武器弾薬と、顔を隠した傭兵たち。
「リチャード・蔡を殺してくれ。あとはこっちでうまくやる」
男はそう依頼した。
蔡一族は、もとは華僑の出。その団結力はすさまじく、一族の者が殺されたら、総力を挙げて復讐しに向かうことは疑いない。
ゴランとダックス同盟の経済戦争は周知の事実である。
リチャードの死体と、ゴランの仕業と思わせる証拠の二、三もあれば、勝手に争うはずだ。
その間に自分は、リチャードの持っていた販売ルートを侵食してしまえばいい。
「悪いのは、融資を断ったリチャードだ。俺は悪くない」
完全な逆恨みだが、男の頭の中では、それは正しいこと。
男はリチャード殺害命令を出すことも、武器商人を利用するのにも罪悪感を抱かなかった。
そして武器商人であるファイマンもまた、その男を利用していた。
北米で紛争を起こし、それを拡大させるため、最強の戦力を出したのだった。
といっても、リチャードの行動を把握するのは困難を極めた。
何人かの部下を通してでしか、リチャードに取り次げないのだ。
本人がいまどこにいるかなど、だれも知りようがなかった。
そこで考え出されたのが、蔡一族の中で、比較的所在がはっきりしている者を使うこと。
その者を殺し、リチャードが現れたところを殺害するというものだった。
しばらくして、ちょうどよい人物が見つかった。
リチャードの姪である。
何人かいるリチャードの兄弟のうち、ひとりだけ普通の職に就いている変わり者がいたのだ。
その娘がいま、アメリカンハイスクールに通っている。
傭兵たちは周到に準備し、自動車事故にみせかけて彼女を殺害。時を待った。
数日後、とある教会で葬儀が執り行われ、一瞬だがリチャードが顔を出した。
――ターゲット、ロックオン
――ファイア!
四方八方から飛んできた迫撃砲は、葬儀に出席した集団に命中し、大爆発を引き起こした。
直後、完全武装の兵士たちが乗り込み、生き残った者たちをことごとく殺し尽くした。
リチャードも護衛の者たちとともに、爆発と銃撃に巻き込まれ、物言わぬ骸となった。




