162 太古の真実(1)
祐二はいま、ドイツのカムチェスター家に来ている。
大学の授業はどうしたと言われそうだが、逆侵攻が決まったことで、祐二の自由はなくなった。
「えっ? 船団を二つに分けるんですか?」
これまでそんな運用はしたことがなかった。
「魔界の哨戒とロイワマール家への監視ね」
「一つは俺が率いるとして、もう一つはどうするんですか?」
「私が率いる……と言いたいところだけど、それは反対されたの」
ヴァルトリーテは苦笑いをしている。
「ではだれが……?」
「でも私がやるわ」
「えっ!?」
「当主権限を発動させてもらったの。私でも中型船までなら動かせるから。これでもAクラスの魔力を保持しているのよ」
「それはいいんですけど……反対されたんですよね」
「そうね。魔蟲が断続的にやってきているし、ただ哨戒だけをしていればいいわけでもないから、心配なのでしょう」
どうやら祐二がここにくる前に、いろいろ揉めたようだ。
一族の多くは、ヴァルトリーテには基地に待機していてもらい、全体を把握、的確な命令を下してほしいと思っていた。
そもそも最前線に出るのは別の者でいいのだ。当主が出て何かがあったらカムチェスター家が困る。
祐二は疑問に思ったが、何か理由があるのだろうと気にしないことにした。
第一船団は祐二が船長で、ドル家のウォスマンが副官につく。
第二船団はヴァルトリーテが率い、ボルジェ家のトーラが副官に収まった。
ちなみにフリーデリーケは、屋敷に留守番である。これはさすがに仕方がない。
「しかし逆侵攻の方ですけど、三つの船団が向かうには、魔窟は狭すぎますよね」
祐二が気になったのはそこだ。前が詰まれば、狭い魔窟内で渋滞がおきてしまう。
総大将がいればいいが、魔導船の運用に限っていえば、大昔からそのような者はいない。
「まずミスト家が魔界の様子を確認するの。次にチャイル家が向かって安全を確保。最後にロスワイル家ね。かなり距離を開けるから大丈夫よ」
「あれ? 防御主体のロスワイル家が最後なんですか?」
「『白の膜』を張るには時間がかかるでしょう? それに張ったら最後、様子が分からなくなるし、魔力は有限。小型船を守ることもあるかもしれないでしょ?」
「なるほど、魔力の温存ですか……小型船の魔力は心もとないですしね」
祐二が赴いたとき、魔蟲がタワーをつくってきた。次の逆侵攻でも、同じことがおきるだろう。
それを避けるには、通常以上の高度を維持しておく必要がある。だがそれは、小型船にはきつい高さだ。
万一のとき、「白の膜」はそれを守るのだろう。
「私たちは、一体たりとも地球に魔蟲を入れないようにしないとね」
「そうですね」
「いまも魔窟から少量だけど、魔蟲が出てきているみたいだし、楽な哨戒ではないと思うわよ」
準備は怠らないようにとヴァルトリーテは真面目な顔で言った。
後にその忠告は、ピタリと的中することになる。
祐二がドイツで慌ただしくも充実した日々を過ごしていると、ロゼットから連絡がきた。
いま祐二はドイツに来ていると伝えると、すぐに向かうという。
現在、二つに分けた船団の運用について、最後の詰めを行っている最中。
あまり時間も取れないので、旧本部にほど近いカフェで会うことにした。
「お久しぶりですね」
「いやそんなに久しぶりじゃ……って、日焼けしましたね」
「ええ、お恥ずかしながら、少々日に当たりすぎてしまったようです」
「健康的でいいと思いますよ」
日焼けしたロゼットは、部活動に精を出している女子中学生のようになっていた。
「ユージさんがこちらに来られていてよかったです。わたしの場合、あまり頻繁に島へ渡ることができませんから」
「まだ渡島制限しているんだっけ?」
「そうですね。しばらく解除されないのではないでしょうか。それで、今日伺ったのは、この前依頼された粘土板の件です」
「やっぱりそうですか。写真だけ送ってくれてもよかったのに。わざわざドイツまで、大変だったのでは?」
「いえ、そういうわけにもいかなくなったのです。アルテミス騎士団の本部へ父とともに向かいまして、今度こそすべて写真に収めてまいりました。同時に、さらなる話を聞くことができたのです。そのため父はまだ、騎士団本部にいたりします」
「へえ? そんな重大なこと……なんですか?」
「まずは写真を送りますね」
ロゼットから送られてきた写真は二十枚以上。様々な角度で粘土板を撮したものだった。
「これが写真ですか。ありがとうございます。いっぱいありますね」
「そう何度も行ける場所ではありませんので。それで、大事な話があります」
「それは、俺が聞いていい話なんでしょうか」
「もちろんです。あとで叡智の会へ話すのも問題ありません。そもそもアルテミス騎士団がなぜこのような情報をずっと秘匿していたのか、本部の人間を小一時間問い詰めたい気分です」
ロゼットは心底怒っているようで、美少女が迫力ある顔で周囲を藪睨みするため、通りを歩いていた人たちが距離をとりはじめた。
「話が逸れました……続けますね。アルテミス騎士団の本部で聞いた話では、あの粘土板はとある魔法使いから正式に託されたものでした。その魔法使いはおそらく、ユージさんたちの祖先である十二人のだれかです」
「栄光なる十二人の魔導師のだれかですか?」
「はい。名前は伝わっていません。当たり前ですね。何しろその人は、裏切り者なのですから」
「えっ!?」
ロゼットの話はこうだ。
あの粘土板には、「終わらせ方」が書かれているらしい。「終わらせ方」を粘土板に記したものの、それを実行する者が出ないよう、十二人の秘密とされたらしい。
その中の一人……だれだか分からないが、それを憂い、粘土板を密かに持ち出した。
実際は盗んだのだが、周囲には「誤って壊した」と伝えたようだ。
「ではマリーさんが盗まれたと言っていましたが、合っている部分もあったのですね」
「そういう考え方もできますね。粘土板ですから、壊れてしまったと言えば追求もされないですし、叡智の会が把握していないのも当然かもしれません」
だが栄光なる十二人の魔導師の一人が裏切ったというのは、にわかに信じがたい。
粘土板が壊れたと言い張り、なぜこっそりアルテミス騎士団に託したのか。
「その終わらせ方とは何ですか?」
「明確な記録は残っていませんが、おそらくは魔界そのもの……」
栄光なる十二人の魔導師たちは、それなりに自己顕示欲の強い者たちだったらしい。
魔法使いという職業は当時、地方の王にも匹敵する力を有していたのだから、それも当たり前かもしれない。
いまで言う承認欲求が強い人たちだったのだろう。
地球に魔導船を持ち込めないか、分解して魔界門を通そうとしたこともあったらしいので、地球上での栄達を望んでいたのかもしれない。
「魔界を終わらせられるなら、万々歳じゃないですか。なぜそれをしなかったんでしょう」
「自分たちが必要とされなくなるからではないでしょうか」
「あっ、なるほど……魔界が終わってないからこそ、いまの状態があるわけですね」
魔界から魔導船を持ち込むことができない。
もし魔界を終わらせることができたら、魔導船はどうなるのか。
いまのように、叡智の会が世界に対して力を有していることができただろうか。
魔法は異端の力とされてきた。
どこかで迫害され、血筋が途絶えていた可能性もある。
「魔界が終わるのを一番嫌っていたのは、彼ら十二人だったのかもしれません」
既得権益という言葉が、思い浮かんだ。
末代まで魔導船が必要とされる時代にするため、十二人の魔導師たちはあえて「終わらせる」ことをしなかった。
ロゼットは、そう言いたいらしい。




