161 会議は踊る?
――ドイツ 叡智の会本部
本部にあるいつもの部屋に灯りがついている。
今日は当主会議の日。
出席している者は、各家の当主とノイズマンの八名。
ロイワマール家当主の椅子はもう、用意されなくなっている。
アームス家当主のゴッツがいつもの通り、司会を買って出る。
「まずは、ゴランの報告から聞こう。バムフェンド家の……頼む」
バムフェンド家は、一族の多くの者をゴランに派遣し、叡智の会を表側で支えている。
「先日の件じゃ。ダックス同盟に加わったいくつかの企業を離反させることに成功した。現在、彼奴らは、空中分解しかけておる」
おおっと声が上がり、バムフェンド家当主のアルビーンは、現状と今後の展望を分かりやすく語っていく。
すでに戦意喪失した企業は撤退の機会をうかがっており、ゴランはそれの背中を押した形だ。
現在、ゴランが資本力にものをいわせて、買収劇を繰り広げている。
これにはまだ日数がかかるが、確実にダックス同盟の力を削いでいるという。
本来、簡単に買収を許す企業集団ではないのだが、このところのダックス同盟は、箍が緩み、つけいる隙が多いという。
「経済戦争中なのだろう? そううまく行くのか?」
「だからこそじゃな。向こうの手持ちが少ない会社に声をかけたら、うまくいった」
ようは、札束で横っ面を引っ叩いて、こっちの陣営に鞍替えさせたらしい。
「残ったのは、どんな感じだ」
「死に体……と言えるが、完全に死んだわけではない。目の届かないところで何をやっているかまでは把握できん。だが、組織的な反抗はもはやできないだろう」
形勢が傾けば、一気に押せる力がゴランにはある。
一時的に損をしようとも、相手を崩してしまえば、なんとかなってしまうのだ。
「なるほど……次に叡智大の件だが、ウーリシュレーダーだったな」
叡智大については、これまでずっとロイワマール家の管轄だったが、出奔してからはバラム家が受け持っていた。
爆弾テロは収まったものの、その影響は内外にも及ぶ。
ウーリシュレーダーは難しい時期に引き受けたと言える。
「今年の受験希望者は例年並みで、爆弾テロの影響はないと推測される。各国からの問い合わせも例年通り。卒業見込み生の希望進路もおおむね例年通りとなった。いまのところ問題は出ていない」
意外な報告に、何人かが首をひねる。
「それはよいニュースだな」
「たしかに」
「なるほど、バラム家に任せておけば安心できそうだな」
ゴッツは満足そうに頷く。
ケイロン島がテロの標的となったニュースは、世界中を駆け巡った。
テロの影響がどれだけあったか、これまで未知数だった。
「世間は同情的。どちらかといえば、復興を盛り上げていこうという流れができているようだ」
ウーリシュレーダーの見解に、「なるほど」という声もあがる。
テロにおびえるのではなく、テロを憎み、それの標的となった対象に協力していこうというのだろう。
その後もウーリシュレーダーの報告は続き、二、三の質問が出たあと、議題は移った。
「逆侵攻の成果について……これはカムチェスターだな」
「はい。それについては、本部が作成した資料がありますので、それを使いながら説明します」
ヴァルトリーテの番がきた。
全員が資料に目を通した……のだが、「これは!?」「なんと!」という声があちこちからあがる。
「被害らしい被害は出ずに、逆侵攻を終えました。討伐した魔蟲の数はご覧の通りです。魔界にいた魔蟲の数と比べると、18番魔界にいた魔蟲全体の二十パーセント強を排除できた計算になります」
「話には聞いていたが……これほどとは」
先ほど発表していたウーリシュレーダーが絶句した声をあげた。
「船長の航海日誌と、各船に乗船している観測官の資料、それと副官が作成した業務日誌から、資料の正確さは保証できます」
「すさまじい成果だな」
チャイル家のゲラルトが楽しそうにつぶやく。周囲は「この戦闘狂め」という視線を向ける。
「本部でもこの結果は正しいと結論づけました。その上で、みなさまに提案があります」
ノイズマンがゴッツに目配せした。
この先の発言をしてよいか、ゴッツに求めたのだ。ゴッツは小さく頷く。
「魔蟲の数を見るに、18番魔界は二つ以上の魔界が溢れた結果であると推測します。ゆえになるべく早く、再度の逆侵攻を提案します」
何人かがノイズマンの方を見る。
「複数の魔界が溢れたのか」「だがしかし……」と声があがるが、ゴッツは知っていたのか微動だにしない。
「実際に観測した者が出した結論ならば信じるが……これは大変なことだぞ」
ミスト家のフリーデルがそう言うと、チャイル家のゲラルトがガハハと笑った。
「なに、だったら倒しに行けばよいのだ。逆侵攻だろう? 大いに結構」
「また簡単に言う……」
ゲラルトの言葉にロスワイル家のルドルフが顔を顰める。
純血主義を標榜するルドルフは、繊細というより神経質。大雑把な性格のゲラルトとは、昔から話が合わない。
「複数の魔界から魔蟲が18番魔界にやってきたとして、それがここへやってくるとは限らないのでは?」
魔蟲の行動原理はいまだ解明されていない。
魔窟は数多くあり、たしかに確率論的には、ここへやってくる可能性は低い。だがしかし……。
「すでに道ができている」
ゴッツは重々しく言い、みなは押し黙る。
魔蟲は、蟻のフェロモンのようなものがあるのか、仲間が向かった先に集う習性がある。
もちろん絶対ではないし、複数の侵攻先に分かれることも多い。
だが、魔蟲が何度もやってきた場合、後続が次々とやってくることになる。
これを「道ができた」と表現している。
「過去に、女王蜂のような先導するような個体がいないか探したことがありましたけど」
「ついぞ見つからんかったな」
ヴァルトリーテの言葉に、ウーリシュレーダーが答える。
魔蟲は何に惹かれるのか分からないが、一度道ができればもう手はない。殲滅するのみである。
「しばらく魔窟に中にいたが、まず間違いないだろう。ゆえに、魔蟲の侵攻があることを前提にした方がよい」
「となれば、逆侵攻もやむなしか」
「だが、戦力をどうする? 通常の哨戒に加えて、ロイワマール家の監視もあるのだぞ」
「だが、道ができているなら、それを優先しなければならん。そもそも地球に魔蟲が溢れたらどうなると思う」
「……いろいろな意見があると思います。ここはじっくり話し合うことにして、一度休憩をいれませんか?」
ノイズマンの提案にみなが頷く。
「では休憩と食事にしましょう。再開は二時間後ということで」
当主会議は一旦解散になり、めいめいが部屋を出ていく。
ヴァルトリーテは部屋に残り、今回の件を考えてみた。
(我が家が逆侵攻に加わることはできる。『インフェルノ』は傷ついていないし、士気も高い……でも)
おそらくノイズマンは賛成しないだろう。
あれは、いかなる場合でも政治的な判断を下す男だ。
逆侵攻が失敗した場合、最後の砦として『インフェルノ』をアテにしているに違いない。
他家の魔導船が18番魔界で大破する可能性が高くとも、『インフェルノ』を残したがるはずだ。
複数の魔導船とともに18番魔界へ赴いた場合、祐二の長所は殺される。
カムチェスター家だけならば、すべての船団に命令をくだせるが、他家にまでその効力は及ばない。
決定的な攻撃機会を逃し、自身の船が危険に晒されることにもなりかねない。
(おなじ無茶をするにも、最終防衛のときのほうがマシと考えるのでしょうね)
極端な話、シナイ山中腹にある魔界門さえ守ることができればいいとノイズマンは考えるだろう。
他家へ被害を出してもいいから、大魔法を撃てと言うに違いないのだ。
「今回は……」
出撃しない方がいいだろう。ヴァルトリーテはそう判断して、部屋を出ていった。
きっちり二時間経ってから、会議が再開された。
やはり議論は紛糾し、進んだと思えばまた戻るのを繰り返した。
これは何度目のループだとみなが疲れ果てた頃、ようやく逆侵攻へ赴くことで決着をみせた。
その後、どの家が向かうのかで揉めたが、最後はアームス家のゴッツが強権を発動させて、場を強引に取りまとめた。
結果、逆侵攻に向かうのは、「白の膜」を展開できる防御に特化したロスワイル家と、隠密移動が可能なミスト家、それに遠距離攻撃を可能とするチャイル家に決まった。
魔窟の掃討は、機動力に優れたバラム家と「巨人の一撃」を持つアームス家が担当する。
カムチェスター家とバムフェンド家は哨戒と基地で待機を繰り返すことになる。
「ほぼ全戦力を使うことになるが、複数の魔界が溢れたのだ。地球存続をかけた戦いだと思ってほしい」
ゴッツがそうまとめて、当主会議が終了した。




