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016 今さらそれを言う?

 石造りのアパートメントの一室。

「……いい眺めだ」


 祐二は、眼下に広がる景色を眩しそうに見つめた。

 ここは地中海に浮かぶケイロン島。


 島は緩やかな一つの丘になっており、中心部に向かうほど高くなっている。

 もっとも高い場所に叡智大があるため、祐二はこれから毎日、坂を登っていかなければならない。


「べつに学生寮でよかったんだけど……この景色は捨てがたいかも」


 フラミンゴ色した屋根の連なりと、その向こうに広がる蒼い海。

 水面は朝日を浴びて、キラキラと輝いていた。




 時は少しだけ遡る。

 祐二は比企嶋から、空港に到着するまでの間に、いくつかレクチャーを受けた。


「実はですね、祐二くんがAクラスの魔力を持っていることは、叡智大の人たちは、ほんの数日前まで知りませんでした」

「ん? そうなんですか?」


「祐二くんの魔力量については、日本政府が当分秘匿すると決めました。私どもも、政府の決定に従わざるを得なかった……という理由があります。他にももうひとつ、重大な理由がありました」


「そんなことを言われると、怖くなるんですけど……重大な理由って、何ですか?」

「ギリギリまで隠した真の理由……それは、祐二くんの身の安全を考慮してのことです」


「俺の身の安全?」

 祐二の眉根が寄った。身の安全と言われても、さすがに意味が分からない。


「はい、日本で新たにAクラスの魔力保持者が現れたことが敵対勢力に知られた場合、日本で誘拐やテロ行為がおきる可能性があったのです」


「ちょっと待って! 比企嶋さん、いまさらっと、怖いことを言った自覚あります? なんですか、その敵対勢力って!」


「魔法使いを敵視する団体くらいあると思いませんか? 実際にいるんですよ。そういうやっかいなのが……で、ですね。統括会東京支店としても、祐二くんのことはギリギリまで伏せた方がいいという結論に達したわけです」


 顔が引きつった祐二を安心させるように、比企嶋はことさら明るい声で言った。


「祐二くんが日本で誘拐やテロに遭う可能性は、それほど高くなかったと思います。今回の措置は、安全マージンを多分にとったと考えてください」

「本当ですね?」


「誓って本当です。それでもわずかな可能性があるなら、対策しておいた方がいいと思ったのです。日本政府からの要請は、そういった意味でも、渡りに船だったところもありますね」


「そうでしたか……そういう事情なら、仕方ないですね」


「叡智大には、通常枠としてダミーの生徒を受験させています。表向きは、祐二くんがそれに合格したことになる感じですね。外部にはそう伝わるはずです」


「ダミー……そこまでする必要があったんですか?」

「さあ……ちなみに私が、ノリノリで偽装工作しました!」


 キリッとした顔で比企嶋が言い、祐二は頭を抱えた。

「なんだか、ウッキウキで書類を偽装した比企嶋さんが、目に見えるようです」


「そうですか? それで祐二くんの情報は、最近になって叡智大に渡ったわけですから、向こうはまだ受け入れの準備が整ってなかったりします」


「えっ? 叡智大の入学って、俺が高二になったときにはもう、決まってましたよね」


「はい。祐二くんは、Aクラスの魔力を保持していますので、入学は絶対です。ですので、いつ連絡するかは、こっちのさじ加減でいいと考えてもバチは当たりませんよね?」


「どうでしょう。そんなことされて、向こうは怒ってるんじゃないですか?」

 比企嶋が「てへっ」と舌を出したので、祐二はジト目で睨んだ。


「そういうわけで、祐二くんの入学はダミーの生徒と入れ替えになります。問題は寮の空きです。男性寮は三つありまして、そのうち二つは一般寮です。残りひとつが特別科の寮ですね。特別科の寮が空いているか不安でしたので、祐二くんのために、政府がケイロン島の建物をひとつ借り上げたようです。すぐに住めますよ」


「分かりました……でも、ギリギリに連絡なんて、向こうは慌てたでしょうね」

「慌てたのは間違いないでしょうね。すぐ壬都家に確認を取ったと思います。壬都家も事情を知らないから、さぞかし……」


「だから見送りに来たんですか。俺だって、壬都さんが急に来て、大いに驚きですよ」


「というわけで、しばらく祐二くんの周囲が騒がしいかもですね。ですがまあ、一過性のものだと思います。少しばかりの不自由は、受け入れてください」


「わかりました……って答えると思ってるんですか? なんですか、その周囲が騒がしいって!」

「祐二くんは、Aクラスの魔力を持ってるわけですし、事情を知った魔法使いの大家(たいか)が接触してくると思います」


「えっ? 接触してくるんですか? なぜ?」


「優秀な魔法使いは、自分のところへ所属させたいのです。祐二くんの場合、完全にフリーですから、向こうも気兼ねなく接触できます。最初のうちはまあ、軽々(けいけい)に返事をしない方がいいですね」


「なんですかもう、さっきから全部、初耳なんですけど!?」

「がんばってください。応援してます」


「比企嶋さん、そんな『てへぺろ』みたいな顔しても騙されませんよ。もう、行きたくなくなってるんですけど」


「向こうで魔法の使い方を学ばなければならないし、地球を守るのは祐二くんの義務です。意志とかあまり関係ないわけです。というわけで、気をつけて?」


 という雑な感じで、祐二は送り出されたのであった。




 祐二はケイロン島に着くとすぐ、用意された建物に向かい、そこに引きこもった。

 アパートメントは四階建てで、日本政府が豪気にも一棟そのまま借り切っている。


 祐二は、二階の一室を与えられた。

 一室といっても、祐二の感覚からすれば、かなり広い。


 間取りは2LDKで、ファミリーが住むことだってできそうである。

 入学までに必要な手続きはすべて統括会がやってくれたらしく、書類は大学に提出済み。


 本来大学から受け取る書類も、アパートメントにすべて届けられていた。

 そういうわけで、祐二はいま、何もすることがない。


 時間があり余っていた祐二は、比企嶋に気になったことを質問して回答をもらっている。


 たとえば、祐二のようなAクラス魔力保持者のこと。

 魔法使いの中でAクラス相当の魔力を保持している者は、二十人に一人くらいの割合らしい。


 それなら意外と多いのでは? と祐二は思ったが、率にすると魔法使いの中で、たったの五パーセント。

 なかなか稀少な存在だと言える。


 比企嶋が言った「勧誘が多い」という理由もよく分かった。

 そもそもAクラス保持者は『栄光なる十二人魔導師』の子孫であり、勧誘の余地はないからだった。


 彼らは近親婚を繰り返したくないものの、他家の血が混じると、後継者選定にデメリットがあるという。

 そのようなわけで、祐二は新しい魔法使いで、魔力もすこぶる多い。


 どこともヒモ付きになっておらず、血はどことも被っていない。

 どの家も身内に取りこんでしまいたいと思うものだという。


 比企嶋から「所属を決める前に一度、ぜひともご相談ください。日本政府もそれを望んでおりますので」と言われていた。


「相談と言ってもなあ、ここに引きこもっているだけじゃ……そうだ、新学期までまだ日があるし、島の散策でも行ってくるかな。難しいことは棚上げして散歩だ、散歩」


 こうして祐二は、久し振りに外へ出た。




 ――ケイロン島 港へ続く坂道


「……ふう」

 ヴァルトリーテは叡智大からの帰り道、思わず出てしまったため息を必死に押し隠した。


 ここには、ヴァルトリーテのことを知る者が大勢いる。

 落胆する姿を見せるわけにはいかないのだ。


「といっても、現状は最悪なのよね……」

 だれにも聞こえないようにつぶやく。


 ヴァルトリーテは今日、ここで働いている者や、通っている近親者を訪ねたが、結果は空振りだった。

 それだけではなく、わずかでもカムチェスター家の血を引いている、他家のもとまで訪れていた。


 魔導珠(まどうしゅ)を持たせ、最後まで魔力を注ぎきれるか確かめたのである。


 およそ一年前、ヴァルトリーテはここで同じ事をしている。

 結果は前回と一緒で、該当者は出なかった。


 いかに若いとはいえ、たった一年では伸びる魔力には限りがある。

 今日訪れた者たちはみな、後継者になれる可能性は低かった。


 ヴァルトリーテは最後の賭けに出て、そして破れた。

 すべての道が閉ざされてしまった。


「時間はまだ残されているけど、もう自壊は決まったも同じね……」

 来月には確実に、魔導船はすべての魔力を使い果たして自壊する。


 ヴァルトリーテは、カムチェスター家の当主として、それを見送ることになる。


 自分が最後の当主になる。

 ご先祖様に申し訳が立たない。


 カムチェスター家が戦線離脱すれば、他家に負担をかけることになる。

 その結果がもたらす影響の大きさを想像して、ヴァルトリーテは再び、ため息をついた。


 最近で唯一明るい話題はといえば、フリーデリーケの心の病についてだろう。

 少しだが、回復がみられつつある。


 前は部屋からも出られなかったが、いまでは館の中なら自由に歩けるようになった。

 最近では、「庭に出てみようかしら」と言っている。


 フリーデリーケなりにカムチェスター家のことを考え、魔力を増やそうとした。

 だが外へ出ようとすれば、彼女の意志とは関係なく、身体が変調をおこした。


 泡をふいて倒れたことは、ここ数ヵ月の間でも何度もあった。

 結局だましだまし、リハビリを続けていくしかなかった。


「……ふう」

 気をつけていたものの、ヴァルトリーテは三度目のため息をついた。


 近いうち、一族を集めて話をしなければならない。

 それとなく伝えてあるので、察している者も多いだろう。


 ヴァルトリーテは当主として、彼らの身の振り方も決めなければならない。

 一族ごとどこかの家の世話になるか、複数の家に分散するか。


 そんなことを考えていたヴァルトリーテは、足元が疎かになっていた。

「あっ!?」


 石畳の窪みに、つま先が引っかかった。

 転倒を免れようと両手を突き出し、膝をつく。


「痛っ!」


 右膝を打ち付け、痛みにうずくまるヴァルトリーテの肩から、ショルダーバッグがずり落ちる。


 するとバッグから魔導珠がコロコロと、転がり出てしまった。

 ケイロン島は、叡智大から麓の港まで緩やかな下り坂が続いている。


 人と会うたびに何度も取り出したため、魔導珠は布にくるんだままショルダーバッグにつっこんだままだった。

 それがいま、裏目に出てしまった。


「待って!」

 ヴァルトリーテは必死に叫んだ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴァルトリーデさん、可愛らしいですよね。娘さんがヒロイン2ですが、是非ともこの一生懸命な妙齢な女性もヒロインの一員に。
[一言] やっぱり、「英雄とは、例外なく、理想主義者か、愚かな権威の犬である」というセリフが似合うような展開になってきたなあ。  主人公は今は後者のようだけど成長して前者になるのかならないのか? …
[気になる点] 5%って全然レア感が無くなったw 1000人居たら50人はAクラスなわけで、叡智大にもたくさん居そう。 ここまで主人公が優遇されるほどの価値があるのかな?
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