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157 一時帰国

 授業を終えた祐二は、ゼミ室に向かった。

 まだ少し早いが、今日は教授に話があった。


 ロゼットからもらった写真を祐二は何度も眺めた。

 彼女が言うには、これを所持していたアルテミス騎士団の本部でも、だれも読むことができないのだという。


 長い年月の間に読み方が失われたのか、もともと読むことができなかったのか分からない。

 口ぶりからすると、最初から読むことができなかった可能性も高い。


 少なくとも、現代では解読できる者は皆無だろう。

「この図形みたいなの……どうみても、文字なんだよなあ」


 これは、どこの国の言語とも似ていないという。

 過去、民族の滅亡などで失われた言語は数多いだろう。


 現存している言語よりも多いかもしれない。

 それでも、似ている言語があれば、そのルーツをたどることができる。


 だがこの粘土板に書かれているものは、どうだろうか。


「たしかイースター島の文字って、こんな感じじゃなかったけか」

 モアイ像で有名なイースター島には、ロンゴロンゴと呼ばれる絵文字がかつて存在していたらしい。


 日本ではイースター島と呼ぶが、パスクア島などと呼ばれることが多いらしい。

 この粘土板に描かれている文字は、そのロンゴロンゴという絵文字が一番近いだろうか。


 キリスト教の宣教師が「悪魔の文字」と考えて島内にあるものをすべて燃やしてしまったとされるが、わずかながら現存している。


 サンプル数が少ないため、言語としての解読は不可能で、真実を隠すためにあとになって創作されたなど言い出す研究者もいるらしい。

 祐二もテレビの番組でロンゴロンゴを見たことがある。


「……というわけで、この写真はそのロンゴロンゴに似ていますけど、俺はガイド人の文字のようにも思えるんです。どうでしょうか?」

 ゼミの教授に思い切って聞いてみた。


「ふむ。ガイド人の文字に似ているようでもあるし、違うようにもみえる。そもそも絵文字は何かに似てくるものであるしな」

「なるほど、それはそうですね」


 たとえば「川」を絵文字で表そうとしたら、ほぼ似たようなものになる。それは「山」でも「家」でも同じだ。


 雰囲気が似ているからといって、同じ言語体系であると結論づけることはできないと教授は言った。

「では判別はつかないですよね」


「まあな。それにガイド人が残したとされる絵と比較すると、同じものが一つとしてない」

 そういうわけで、ガイド人のものと同一である可能性は低いのではと教授は言った。


「教授、何をしているんです?」

 ゼミ員のデニスがやってきた。


「ガイド人の文字と似ているかと聞かれてな、見ておったのだ」

「ガイド人? 新しい文字が見つかったんですか?」


 デニスが食いついてきた。

「いや……これは何のものなんだね?」


「古くからある粘土板です。制作された年代は分からないんですけど、見つかったのは三世紀頃のようですね。ですからかなり古いものというだけで、あとは一切不明です。一応、ガイド人に関わる何かだったらいいなと思っただけでして」


「見せてもらっていいですか?」

「どうぞ」


 デニスが教授に聞いたので、祐二が代わりに答えた。

 デニスが写真を食い入るように見ている。


「……ガイド人の文字にも見えますが、記憶に照らし合わせてみても、同じものはないですね」

「やっぱりそうですか」


 一致したものはないのは祐二も知っていた。だが教授もデニスも同じ結論ならば、それは確かだろう。

「粘土版は他にもあるようですが、それの写真は?」


「写してないようです。スマホのバッテリーが切れそうだったのと、充電できる環境になかったため、この二枚しか写真に残せなかったみたいです」


「そうか……これだけだと判断が難しいですね」

 デニスは考え込んでいる。


「やっぱりそうですよね。……あっ、そういえば、カムチェスター家に現存する史料がないか聞いてみたんですけど」


「おお、ありがとうございます。それで、どうでした?」

「残っているものは、歴代当主の日記くらいで、それほど昔のものはないそうです」


 それをきいてデニスはガックリとうなだれた。

「各家もそうですが、残すのが危険な時代があったり、あまり歴史的価値や史料的価値を見出していなかったからでしょうね」


 この粘土板ではないが、不審なものを持っているだけで異端視されかねない時代が長かったのだ。


 隠すこともできるが、隠しているうちに失われたこともあっただろう。

 そもそも読むことができないものは、持っていてもしょうがないと思われても仕方ない。


 結局、もし栄光なる十二人の魔導師が魔界から持ち帰ったものがあったとしても、千年経つうちに失われたとしてもおかしくない。


 その後、他のゼミ生もやってきたが、結果は変わらず。

 粘土板の文字は、よく分からないということで落ちついた。




 もうすぐ三月が終わる。日本では、新年度に向けて春休みの真っ最中である。

 ちょうど良いので、祐二は一度、日本に帰ることにした。


 今年の正月、祐二の家族がドイツのカムチェスター家に来たのだが、ドイツ貴族と間近で接して、いろいろとショックだったらしい。

 厳重かつ重厚な屋敷に圧倒され、キンキンキラキラな人たちと会ったのだ。


 なぜか在学中はなるべく帰ってくるようにと言われた。

 祐二はそこまで精神的ショックを受けていないが、素直に従うことにしたのだ。


 たしかに卒業後はドイツで暮らすことになるため、いまのうちに親孝行しておいてもいいのかもしれない。

 そういうわけで一時帰国し、ついでとばかり、親友の秀樹と会ったのだが。


「なんかさ、スーパースターと連絡が取れなくなったらしいんだが、知ってるか?」

「あー……」


 久しぶりに会った秀樹は、開口一番、そんなことを聞いてきた。

 とても答えづらい質問である。


 強羅(ごうら)隼人(はやと)は一時期、テロリストとして指名手配されていたし、無断入国したギリシャの日本大使館で捕まっている。

 さすがにそのことは知らないようだが、いま隼人は、外部との接触を禁止されて教育中である。


 そして叡智大にはもう、彼の籍はない。

 その辺をどう説明したらいいか、祐二が悩んでいると……。


「なんかさ、前は写真とかどっかにあげていたらしいんだけど、ある日を境にそれが止まったんだってさ。そんで、更新が止まった日を調べてみると、あの爆弾テロのあとだって話なんだよ。もしかして死んだんじゃ? って噂が流れたらしい」


 もともと祐二も秀樹も、高校時代は隼人と親しくない。

 隼人の交友関係もよく知らない。


 そんなことだから、卒業後はもちろん交流などあるわけがない。

 隼人が写真をあげていたというのは、なにかのSNSであろう。


 そのこと自体、祐二ははじめて知ったし、秀樹もそれを聞いたのはつい最近のこと。

 共通の友人がいないのだから、それは仕方ない。


「でも、死亡説まで流れているとは思わなかったよ」

「まあ、死んでたらさすがにニュースになるよな。で、どうなんだ? 前に聞いたときは、怪我ひとつしてないって言ってただろ」


「うん。問題ないよ。ただね、彼の場合、いろいろ違反が見つかって、大学を除籍処分になったんだ。写真が更新されないのは、そのせいだろうね」


 隠していても、卒業も進級もできないのだから、いずれバレる。

 ゆえに祐二は、当たり障りのない事実だけを伝えることにした。


「除籍? スーパースターが? どうしてまた」

 当然初耳だったらしく、秀樹が驚いている。


「日本の大学生の感覚っていうの? 少しくらいルール破りをしても大目に見てもらえると思ったみたいでさ、構内の立ち入り禁止の場所に入っちゃったんだよ」


「へえ。そんな場所があるんだ」

「フェンスがあるんだけど、スーパースターはそれを乗り越えて、農業試験場の敷地内に入ったんだ。……で、そこはゴランと大学で、大事なものを共同開発していて、セキュリティが信じられないくらい厳しくて……」


 すぐに警備員が飛んできて取り押さえようとしたが、持ち前の運動能力を発揮して、逃げに逃げた。

 結果、産業スパイと間違えられて、大掛かりな捜索の末、逮捕されたのだと、祐二は話した。


「マジか……えっ? じゃあ、いまどうなったの?」

「警察に引き渡されてからは知らないよ。教えてくれるはずもないしね。ただ、大学は除籍処分になったって聞いた」


「…………」

 秀樹は唖然としている。実際にはテロの実行犯として指名手配されたとか、ギリシャへ無断入国したとか、いろいろ罪状はあるが、それらは一切語っていない。


「というわけで、俺ももう何がなんだか。ほらっ、ちょうど爆弾テロの時期に、俺はいなかったから」

「そっか。そうだよな……それにしても除籍か。あんなに頑張って入ったのにな。なんつぅか、人間万事塞翁(さいおう)が馬だな」


 その後は秀樹も、隼人の話題に触れず、あたりさわりのない会話になった。

 在学中は嫌っているそぶりがあったものの、隼人の境遇に思うところがあったのだろう。


 ちなみに、このあと隼人が叡智の会に入り、日本勤務(おそらく比企嶋の部下)になることは、秀樹には伝えなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 好き嫌いはあれど知り合いが妙なことになってたら胸中穏やかではいられませんよね
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