156 電話での確認
ロゼットを港まで送ったあと、祐二は粘土板の写真をどうするか考えた。
気になる言葉を聞いたことで、叡智の会本部にも連絡した方がいいと考えた。
だが、祐二が知っている本部の人間はノイズマンしかいない。そして祐二は彼を苦手としていた。
職員に話しても、結局ノイズマンと面談することになりそうな気がする。
「よし! 叡智の会は、ヴァルトリーテさんに丸投げしよう」
ロゼットから言われた言葉を添えて、写真を送った。
すると、ヴァルトリーテからの返信が、すぐにきた。
どうやら向こうからも、話したいことがあるらしい。
メッセージをやり取りした結果、やや込み入った話になるので、電話で話したいとのこと。
祐二はいま外である。だれがどこかで聞き耳を立てているか分からない。
一旦アパートメントに帰り、夜に電話で話すことになった。
軽く食事を済ませから帰宅する。少し落ち着いたところで祐二は、ヴァルトリーテに電話をかけた。
話が長くなると分かっていたので、最初にデニスに頼まれたことを聞いてみた。
『ガイド人にまつわるような文献? 聞いたことはないわね』
デニスはゼミでガイド人の文字を研究しているが、サンプル数が少ないため、行き詰まりを感じている。
魔法使いの各家は秘密主義で、頼んでも家に眠る史料を見せてくれるとは思えない。
そういうわけでヴァルトリーテに聞いてみたのだが、いかなカムチェスター家とはいえ、そんな太古の文章など、現存していないとのことであった。
「やっぱりそうですよね」
『何代も前の当主が残したものならばあるけど、栄光なる十二人の魔導師が直接書いたようなものは残っていないわ。ましてやガイド人が残したものなんて、他家にも残っていないんじゃないかしら』
さすがにそう都合よくいかないらしい。
「分かりました。もしあったらでよかったので、その話はいいです。それで、送った写真の件なんですけど」
写真と一緒に説明文は送ってある。
『そう、そのことだけど、あれは本当のことなの?』
「えっと、ロゼットさんが言った内容をそのまま伝えただけですけど?」
『ならば、本当のことなのね』
「え、ええ……何かおかしかったですか?」
どうやら雲行きがおかしい。
何が引っかかったのだろうかと、祐二は首をひねる。
『アルテミス騎士団の本部のことよ』
「本部のことですか? 粘土板ではなく?」
もちろん、粘土板の実物が現存していることも驚いたのだろう。
だがそれ以上に、アルテミス騎士団に本部があることが、ヴァルトリーテには大事だったらしい。
『あそこはね、構成員は謎だし、本部なんて話題に出たこともないのよ』
「そうなんですか。本部といっても、電気すら通ってないところにあるらしいんですけど」
『大昔からある組織だし、本部を移していないのかしら? けど、そういった情報すら、本当に叡智の会には入ってこないの。これだけでも大手柄だわ』
通常、叡智の会が「アルテミス騎士団」と呼ぶ場合、それは現場で活動する者たちを指す。
もしくは、それに賛同してお金を寄付するような有名人だ。
彼らの他に構成員がいて、その本部があることすら、だれも知らなかった。
そもそもその騎士団員でさえ、本部の場所を知っている者はいない。
ゆえに話題に出ないのは当たり前で、なにもかもが謎だった。
ちなみに現団長ですら、本部に行ったことはないこともロゼットから祐二は聞いた。
それだけ本部の秘密が守られているのである。
なるほど、ヴァルトリーテが驚くわけだと祐二は思った。
「でも、昔からある団体なら、本部くらいありますよね」
祐二の感覚ではそれが普通である。
『あるとは思われていたけど、叡智の会の調査でも長年分からなかったのよ。……まあいいわ。それより粘土板の写真だけど、私には何のものか、見当がつかないわ。ただ、この世のものではないという言い方は引っかかるわね』
「やっぱりそうですよね。まるで魔界のことを暗示しているように思うんです」
『これについては、私では判断できないから、叡智の会本部に話を入れておくわ』
「そのつもりだったので、お願いします。それで、ヴァルトリーテさんの話ってなんですか?」
今回の電話の目的は、ヴァルトリーテが祐二に話したいことがあると言ったからだ。
『この前、逆侵攻が成功したでしょう。もろもろの解析が終わって、本部が結論を出したの。あと一回、もしくは二回、逆侵攻をしないと、18番魔界はまた溢れるだろうって』
「溢れるんですか?」
『本部はそう判断したみたいね』
これまで倒した魔蟲の数は計算してある。
今回の逆侵攻で倒した魔蟲の数、そしていまだ18魔界に残っている数を計算した結果、複数の魔界で魔蟲が溢れて、どこかで合流した可能性が高いと結論付けたらしい。
「つまり、ただ魔界が溢れただけじゃなく、二つの魔界で魔蟲が溢れたと? それで18番魔界で合流……?」
『そう考えないと、辻褄が合わないのよね』
魔蟲は、その魔界が満たされはじめると魔窟を通って別の魔界へ侵攻する。
すると魔界に残った魔蟲の数は半分程度に収まり、また余裕ができる。
だが今回、あそこにタワーができるほどに魔蟲がいた。
それはつまり、魔蟲が魔窟を通って別の魔界へ赴くよりも早く、どこかから魔蟲が18番魔界にやってきたことを意味する。
「なるほど、魔界が溢れた状態を100パーセントとした場合、魔窟を通って魔蟲が移動するので、二つの魔界で魔蟲は50パーセントずつになるわけですか。けど、あれだけ魔蟲を倒したあとでも、18番魔界にはまだ100パーセント近い魔蟲がいたと」
それゆえ、ひとつの魔界が溢れただけだとは思えないと、本部は結論付たらしい。
『というわけで、来月か再来月にはまた、逆侵攻が開始されるわ』
「結構早いですね。これは決定ですか?」
『おそらくね。我が家は前回、単独で向かったから、今回は任務から外れると思うけど、そのへんもいまはちょっと分からないの』
『インフェルノ』の持つ範囲攻撃は、集まった魔蟲の排除に役立つ。
安全に大量の魔蟲が狩れるならば、もう一度任務が与えられる可能性もあるのだという。
「一応、出撃があっても大丈夫なつもりでいますけど、大学は、休みがちなんですよね」
『そうなのよね。なにかあったら、本部がとりなしてくれるわ、きっと』
実際、魔法使いとしてはまだまだ新米の祐二である。
大学に入るまで、魔法使いや叡智の会に関する知識は持ち合わせていなかった。
勉強面では、他の魔法使いと比べて、かなり落ちるのである。
祐二の苦難は、まだまだ続きそうである。
ヴァルトリーテとの電話は、一時間を軽く超えて終わった。
これだけ長時間話すことがあるならば、これからはマメに連絡をしようと祐二は思った。
「それにしても、アルテミス騎士団の本部と……あれか。『栄光の叙事詩』」
電話の後半は、栄光なる十二人の魔導師についての話に及んだ。
『栄光の叙事詩』は、栄光なる十二人の魔導師について書かれた最古の文献らしい。
魔法使いのことは世間一般には内緒。ゆえに書籍などは存在しない。
写本として代々受け継がれ、いまの言語に翻訳されたものが、叡智の会本部にあるという。
そしてつい最近、本部が入手した声を記録する魔道具――アカシアの魔道具というらしい。
それには、『栄光の叙事詩』とは、真逆のことが収められていたという。
栄光なる魔法使いと、その十二人の弟子の話。
そして、栄光なる魔法使いが栄光なき魔法使いへと落とされ、その四人の娘が黄昏の娘たちをつくったというのだ。
「なんか、ここにきて、急に大昔のことが話題になることが増えたよなあ」
ブームは巡ると言われる。たとえば数百年周期で、大昔の叙述が脚光を浴びるとか。
「いや、さすがにそれはないよな。ただの偶然……のはず」
マリーにしろ、ロゼットにしろ、大昔の話を持ち出したこととか、史料が現存していたのは偶然。
最近新しい魔道具を本部が手に入れたのも偶然。
祐二がゼミで、ガイド人のことを勉強しているのも偶然。
「そう、全部偶然だ」
他にも思い当たることはあるが、祐二はそれらすべてを偶然の一言で片付けた。




