表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/189

153 苦難するアルテミス騎士団

 ――カリフォルニア アルテミス騎士団 ロゼット


 ハイネブルスがなぜこうも疲弊しているのか。ゴランとの経済戦争はどうなっているのか。

 ロゼットは気になった。


「父さま、少しお休みになった方がいいのではないですか?」

「そうなんだが、そうも言っていられないのだ。何しろ、協力者であったダックス同盟が内部で分裂をはじめてね」


 多くの企業とファンド、それに投資家が集まったダックス同盟は、金と商品を持ち、流通に精通している。

 アルテミス騎士団は、著名人の支援者を多く抱えている。


 財界に強いダックス同盟と、芸能界に強い人脈を持つアルテミス騎士団は、互いを補い合える良きパートナーとなるはずであった。


 一方のゴランは、金も商品もコネもすべて自前で揃えることができる。

 それも世界規模でだ。


 ゴランと個々で立ち向かっても勝負にならないが、ダックス同盟とアルテミス騎士団が手を取り合えば、よい勝負ができるところまで持っていけるはずであった。


 だが、ダックス同盟は船頭の多い船ゆえ、意思疎通と意思決定に多くの時間を費やす。

 経済で一度でも後手に回ってしまえば、盛り返すのは至難の業。


 どこかをテコ入れしている間に、各個撃破されてしまうのだ。

 ハイネブルスは騎士団のコネをフルに使い、空いた穴を塞ぐため、日夜奔走していた。


 それでも穴は多く、いくら塞いでも焼け石に水の有様となっていた。

 ハイネブルスの活動は人任せにはできない。


 有力者に頼み事をするのに、簡単な説明で済ますわけにもいかない。

 必然、一人にかける時間も長くなり、ハイネブルスは休憩時間どころか、睡眠時間までも容赦なく削ることになってしまった。


 それでもまったく追いつかないのである。


「父さま、それで粘土板のことなのですけど、ヴァチカンとユージさんにどこまで伝えたらいいでしょうか」

 アルテミス騎士団は盗人集団ではないことが分かった。


 だが、それを説明するためには、多くのことを話さねばならない。

 話したことで、これからの関係も変わってしまうことも考えられる。


 何をどう伝えるかは、思ったよりも重要な問題だった。

「すべてを話すのは難しいだろうね。私だって、いまだ信じられないのだから」


「では……」


「粘土板は正真正銘、我が騎士団のものであると伝えてもいいだろう」

「はい。もとはそうであることを証明するための旅でありましたので、問題ありません」


「当然理由は聞かれるだろうね。粘土板はこの世のものではないと聞いたのだろう? それを伝えて、魔法使いに託されたと話しなさい」

「話してしまっていいのでしょうか」


「その分、重要な部分は隠せる。アルテミス騎士団が魔法使いの従者だったとか、その粘土板を『終わらせるもの』と呼んでいたことは秘匿しなさい」


「真実の一部を伝えることで、他をごまかすのですね」


「まあ、そうなるかな。疑いが晴れたのだから、あとは堂々としていればいいさ」

「……分かりました。それではこの写真はどうしましょう」


「見せてもいいのではないかな。我々には分からないのだ。逆に何か分かることがあるかもしれない」

「なるほど、そうですね」


 ロゼットはスマートフォンの中にある写真を見つめる。

 マリーの話から、粘土板は一枚だけだと考えていたが、本部で見せてもらったとき、全部で五枚あった。


 スマートフォンの残りバッテリーが心もとなかったため、全体と一番上の接写の二枚だけ、写真を撮っておいた。

 それだけならば、見せても構わないだろう。


「ゴランとダックス同盟との戦いは、こちらの敗北で終わりそうだ。ここから巻き返しは難しい。あとはどこで引くかになると思う。ただ、懸念(けねん)していることがひとつあって、いくつかの企業で、かなり危ない連中と取り引きがあることが分かった。追い詰められた彼らが暴発する可能性がある」


 敗色濃厚であるにもかかわらず、ハイネブルスが踏みとどまっているのは、それがあるからだ。

 そうでなければ、早々に見切りをつけ、ダックス同盟と(たもと)を分かっている。


 ハイネブルスがいるからこそ、なんとかして持ちこたえさせているのが現状なのだ。

 もしいなければ、今回の経済戦争はハードランディングしていることだろう。


「では父さまはしばらく動けませんか?」

「ああ、私がここから動くと、いっきに瓦解する。当分は離れられない」


「分かりました。こちらはおまかせください」

「頼んだよ、我が娘」


「はい。団長の娘として恥ずかしくない行動をご覧にいれます」

 ハイネブルスは、満足そうに頷いた。




 ケイロン島にある叡智大。

「ようやく授業が終わった……」


 特別科二年の教室で、祐二がそっと息を吐いた。

 いつものことだが、しばらく学校を休んでいたため、授業についていくのが大変になっている。


 祐二の場合、授業は公欠扱いになっているものの、試験ができなければ、再履修が待っている。

 それでも合格しなければ、長期休みに補講を入れられてしまう。


 そうならないためにも、これ以上勉強が遅れることは避けたい。

 教授が教室から出て行ったところで、祐二の緊張が解けた。


 祐二が帰る支度をしていると、壬都(みと)夏織が教室に入ってきた。

 自分の教室から走ってきたのか、頬が上気している。


「えっ? 壬都さん……どうして」

 もし用事があっても、スマートフォンで連絡がとれる。


 よほど緊急なことでもあったのかと祐二が身構えていると……。

「如月くん、ついに! ついにですよ!」


 首にかじりつかんばかりに、夏織が顔を近寄せてきた。

 最近、こういうこと多いなと思いつつ、やんわりと夏織を離す。


「えと、何のこと?」


 夏織は喜んでいる。とても良いことがあったのは分かる。

 だがここは特別科の教室であり、いまだ多くの学生が教室内に残っている。


運搬(うんぱん)随員(ずいいん)として、魔界に行く許可が下りたの!」

 喜色満面で言われ、祐二は反射的に「おめでとう」と伝えたものの、その運搬随員というのがよく分からない。


「ありがとう! これで魔界に行ける許可の大部分が下りたのよ」

「そうなんだ。おめでとう……それで、運搬随員ってなに?」


 夏織の説明によると、思想チェックや家系の調査など、さまざまな試練をクリアしたことで、より実践的な試練が夏織に与えられることになったらしい。


 魔界には多くの魔法使いが交代で詰めており、各家もドックに一族の魔法使いを常駐させている。


 夏織はまだ、そういった人たちと同等には扱われないが、魔素に慣れるため、魔界内での仕事を手伝うことで、その適性を見る段階まで進むことができたらしい。


「許可証の仮発行が下りたって、さっきヴァルトリーテさんから連絡が来たの。しばらく魔界内で監視付きの仕事をして、適性があることを示す必要があるのだけど、それをクリアしたら正式に許可証が発行されるの」


「な、なるほど……」

 魔界の基地で生活する魔法使いが多くいる。つまり、必要とされる物資もまた多く必要となる。


 水や食料だけでなく、生活に必要なものを地上から基地へ持ち込まねばならないのだ。

 もちろんゴミが出れば、そこら辺に捨てることもできない。ちゃんと地上に持ち帰らねばならない。


 そういった物資やゴミを地球と魔界の間を運ぶ者たちがいる。

 そのような仕事をするものを運搬要員と呼ぶ。


 魔界へ赴くのだ。

 運搬要員も魔法使いでなければならない。


 今回、夏織は彼らについていき、一緒に物資を運ぶ仕事が与えられた。

 まれに魔法使いでありながら、魔素に耐性がなく、体調を崩す者が出る。


 そういった者を魔導船に乗せて、いきなり何日も遠征に行かせるわけにはいかない。

 ゆえに、魔界へ下りる許可証を出す最終試験として、魔素が満ちた魔界で働かせて適性を見るのである。


「しばらく……もしかすると一ヶ月くらいかかるかもしれないけど、絶対にやり遂げてくるからね!」

「ああ、期待しているよ」


 人がまだ残る教室でそんな会話をしたことで、夏織の存在は、特別科二年の間で一躍有名になった。

 なんにせよ夏織は、野望にまた一歩、近づいたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ゴランよりもダックス同盟の方が危険な組織になりつつあるなー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ