150 ガイド人の文字
「帰ったぞー!」
本部でのヒアリングを終えた祐二は、久し振りにケイロン島に帰ってきた。
フリーデリーケから、カムチェスター家の屋敷に誘われたのだが、かなりの日数、大学の授業を休んでいたため、今回は寄らずに戻ることにした。
「おかえりなさい」
「壬都さん、ただいま。残念ながら、お土産はないんだけどね」
港に降り立つと、夏織が待っていた。
島に入る前に連絡したので、港までやってきたようだ。
「お土産は心配しなくて大丈夫よ。私も時々、ドイツに行っているし」
「そうなんだ? 魔界に入る許可を得るため?」
「そうなの。だからお土産は……ああ、よければ魔界での活躍を聞かせてほしいかな。それがお土産っていうのはどう?」
「活躍って言っても、魔法を撃ってきただけなんだけどね」
「それが聞きたいんじゃない」
なるほど、それはそうかと祐二も納得する。
そして夏織はニコニコして、祐二の言葉を待っている。
「じゃ、近くのカフェに行こうか。俺もこっちでのことを聞きたいし」
「決まりね」
祐二と夏織は小洒落たカフェに入った。
「そういえば、フリーデリーケさんは?」
「家に寄ってから戻ってくるって」
「如月くんは行かなかったの?」
「俺は授業を休みすぎているから、少しでも出ておかないとね」
「そういうところは真面目ね。そういえば、教会のマリーさんが、大学の近くでよく見かけたので声をかけたのだけど」
「ホームパーティ以来かな。それでなんだって?」
「如月くんに用事があったみたい。いま島にいないって言ったら、落ち込んでいたわ」
「そっか。まあ、同じ島にいるなら、そのうち会えるかな」
「そうね。……じゃ、そろそろ魔界での活躍を聞かせてもらおうかな」
「活躍かあ……最初の戦いは魔窟の中だったんだけど、魔蟲の行動がいつもと違っていてね……」
祐二は夏織に、魔界でのできごとを語って聞かせた。
久し振りに大学の授業に出た祐二だったが、やはりというか、何をやっているかまったく分からなくなっていた。
「だれかにノートでも借りるか。ミーアとか……あっ」
視線でミーアを探し、祐二は口を閉じる。
もう、教室のどこを見渡してもミーアの姿はない。
周囲のクラスメイトは、不思議そうに祐二を見る。
祐二は愛想笑いをひとつすると、次の授業の用意をはじめた。
放課後になり、授業から解放された祐二は、しばらくは予習と復習の日々を覚悟した。
「よし、今日はゼミの日だ」
ゼミに出るのも久しぶりである。
そろそろゼミ生の発表が一通り終わり、二週目に入っただろうか。
祐二は、ゼミの教室に顔を出した。
「久し振りだな」
「長らく休んですみません」
「構わんよ。逆侵攻に向かったという話は聞いている。こうして無事に戻ってきたのだ。成功したのであろう?」
「はい。優秀なクルーのおかげですね。被害なく戻ることができました」
「うむ。しばらくは大きな話はないであろう、勉強に集中できるな」
「そうですね。そう願いたいです」
祐二は苦笑いした。本当にそう願っているのだ。
「船長の仕事も大事だが、そんなものは卒業してからいくらでもできる。だが大学での勉強はこの時期しかできん。悔いのないよう、勉学に励むとよい」
「はい。……ところで、今日の発表はどなたですか?」
「デニスの三回目だな」
「もう三回目まで行ったんですか?」
「発表者が三人しかおらんからな……おお、来たか」
ゼミ生が集まってきた。今日発表のデニスもいる。
「今日はデニスであったな。では、本日の発表をはじめたまえ」
「はい」
デニスの発表が始まった。
「前回、ガイド人の意図するところは、他の種族に魔導船を使ってもらうためとして、わざと魔導船内に文字を持ち込まなかったのではないかと考察しました」
教授が頷いている。これは祐二がいなかったときの話だ。
デニスの言う、他の種族についての言及はない。
魔導船を製作した種族と使用した種族が違うと単純に考えているかもしれないし、たがいに言語で意思疎通が困難な種族だった可能性もある。
デニスの発表は続く。
「その場合、魔導船内をいくら探しても、文字は出てこないでしょう。ゆえにいま分かっている文字だけで解読をすることになりますが、それは不可能です。前回は、いまある文字だけでは、どうやっても解読できないことを検証して終わりました」
発表をそこまで聞いていて、祐二は「あー」と理解した。
初回の発表もそうだが、デニスの思考はかなり真っ直ぐ。
単純と言い換えてもいいか、教授も他のゼミ生もそれが分かっているのだろう。
前回は教授が止めたが、デニスは暴走しかけたのかもしれない。
一回目の発表のとき、デニスは「魔導船が他の人に使われるのを怖れて、あえて文字を使わなかった」と主張しようとして、教授に止められた。
今回はその逆だ。ガイド人が、他の種族に使ってもらいたいために、文字を魔導船に使用しなかったと言っている。
デニスは頭がいいのだろう。いろいろ考えてもいるのだと思う。
だが、その方向性というか、走る方向が極端なのだと思う。
教授はそれを知っていて、暴走しないように調整しているのだ。
「今回は、ではどうやってガイド人の文字を手に入れるか。それを考えてみました」
そうして三回目の発表内容に移ったのだが、その内容を要約すると、以下になった。
「よって私は、栄光なる十二人魔導師の各家に残されているかもしれない古い文献を閲覧し、ガイド人の文字に繋がる手がかりを集めてみたいと考えました」
ということになる。
デニスは栄光なる十二人魔導師に連なる家ではないのだろう。その辺の知識もほとんどないに違いない。
魔法使いの秘密主義からすれば、それは不可能だと分かる。
経験の浅い祐二にだって、それは分かる。
「たしかに各家の始祖は、ガイド人がいたであろう『はじまりの地』に赴いている。そこで何を見て、何を知ったのかは、私たちは知らない。記録が存在している可能性もあるし、知らずに保管されている可能性だってある」
教授は穏やかに話す。
「だが、それを見せてくれと言ったところで、見せてくれるはずもなく、調べてくれと言っても、なかなかうんとは言ってくれないだろうな」
「それは分かりますが、十二家もあれば少しくらい、話を聞いてくれる家はあるのではないでしょうか。二、三家で有用な文書が出てくれば、協力してくれる家も増えるかもしれません」
「そうだな。だが、いま見せてくれたり、調べてくれたりするのならば、もっと昔に本部へ提出しているだろう。本部になければ、各家にないというのがここでの常識だ」
このゼミは、ガイド人についてあらゆることを「あーでもない、こーでもない」と研究する場だ。
魔法や魔界、経済、政治などになにひとつ貢献するものでもない。優先度で言えば、底辺にあたる。
「つまり協力してくれないと……?」
教授は重々しく頷いた……のだが、ふと祐二の方を見た。
「心底頼み込めば、カムチェスター家で閲覧こそ無理だろうが、あるかどうかくらいは、聞けるのではないかな」
デニスが祐二を見る。
期待が篭もった目だ。
「聞くくらいはできますけど……」
ガイド人の文字。たしかに祐二も興味がある。だが、カムチェスター家に残っているとは思えない。
「お願いできますか」
真摯な表情で聞いてくるデニスに祐二は「いいですよ」と答えた。
「レジュメに載せた不鮮明なものではなく、パソコンに取り込んで、綺麗に処理したものを渡します。ぜひこれを使ってください」
A4用紙一枚に大きく一文字だけ印刷されたそれを祐二は受け取る。
たしかに不鮮明な部分や、かすれたところ、デコボコしている線などが綺麗に処理されている。
デジタル処理されてもやはり、カニの足か、ナマズの髭みたいなのは文字からちょろっと出ていた。
あらためて文字を見ると、「こんな形だったのか」と理解が深まったかたちだ。
「なんでもいいのです。これと似たようなものが見つかれば!」
「分かりました。これは預かっておきます」
祐二がそう言うと、デニスは満足そうに頷いた。
デニスは悪い人ではない。そう祐二は思う。
身体を動かすことは好きなのだろう。体格がそれを物語っている。
そして性格も一途で真っ直ぐ。ゆえに、そういう発想になったのかもしれない。
祐二は紙の束を受け取りながら、「だれに聞いてみようか」と考えるのであった。
なんにせよ祐二は、ようやく大学生活に戻れたのだった。
明日から最終章です。
完結まであと30話。よろしくお願いします。




