141 真実
――ドイツ 叡智の会 本部地下
男たちが撃った銃弾は、ひとつも余すことなくノイズマンの身体に吸い込まれた。
「やったわ」
ペパーミントは勝利を確信した。だが……。
「ん?」
すぐにおかしなことに気付く。
銃弾の跡がノイズマンの身体にない。血も出ていない。
「最近の技術革新は、目を見張るものがありますね」
ノイズマンは余裕の表情だ。
男たちは、二度目の斉射をした。だが、今回も同じ。後ろの壁に穴が穿たれるのみ。
「まさか、ホログラム!?」
「そのまさかです。気付かなかったでしょう?」
やや得意げな声が聞こえてくる。
目の前のノイズマンがホログラムならば、声もスピーカーを通して聞こえているはずだ。
ペパーミントは周囲を探る。
「そうそう……これはアカシアの魔道具と言うんでしたね。これを奪還するために、ドンパチやりにきたと……いやはや、興味が湧きます」
「くっ!」
ペパーミントの顔が歪む。
追いつめたと思ったら、偽物。しかもただの映像と声だったのだ。
ペパーミントがもしもう少し冷静だったなら、違和感を抱き、真相に気付いたかもしれない。
もしくは日本のサブカルチャーに詳しければ、とあるゲームイベントにステージにホログラム映像が使われ、それが年々進化していることを思い出しただろう。
最近は、360度どこから見回しても、本物のように映し出される映像があるのだ。
「この建物は堅牢にできているのですが、それでも地中貫通爆弾のような破壊兵器には無力なのですよ。ですから地下は安全ではないという認識です。横移動するくらい考えつきますよね」
ノイズマンは、自身の執務室から直通エレベーターで地下まで降り、そこから横移動したというのだ。
「そしてですね。上からやってこようが、あなたのように地下の横壁を破ってこようが、そのような方が向かうのは、だいたいこの場所になっています」
ノイズマンが笑った。ここにきて、はじめての笑みだった。
つまり、ペパーミントはここに誘導されたことになる。
気づいた瞬間、脱兎のごとく駆け出し、ドアを開けようとしたが、硬く施錠されていた。
「この部屋自体がねずみ取りなのです。このように」
部屋の各所からガスが噴出した。
「このっ!」
ペパーミントは腰のホルダーから拳銃を抜き出し、連射したが、ノイズマンのホログラムは微塵も揺れることはなかった。
やがてふらつきだし、ペパーミントの意識はそこで途絶えた。
意識を失う瞬間、「では回収員を向かわせますね」という声がかすかに聞こえた。
――ドイツ 叡智の会本部 地下のどこか
ディスプレイ越しにペパーミントたちが倒れ伏したのを確認すると、ノイズマンはインカムに呼びかけた。
「地上の様子はどうなっていますか?」
『敵は現在、一階と二階の間の階段付近に立てこもっております』
「ほう、意外と奥に進みましたね。隔壁が破られたのですか?」
タブレットを取りだし、アラートが出ている箇所を確認していく。
『敵は高性能の爆弾を複数所持していました。それとビル上層部への爆撃で、こちらの攻撃が一時止みましたので、その隙に進んだと思われます』
「なるほど。ですがそろそろ反撃の準備は整ったのではないですか?」
『地上と二階の両面から攻めております。制圧は時間の問題かと思われます』
「分かりました。それとですね、地下中央の間に侵入者がいますので、回収してください」
『かしこまりました。地下の外壁が破られたと警告が出ていますので、そちらにも向かわせます』
「そうですね。侵入ルートを逆に辿ってください。では任せましたよ」
『かしこまりました』
「……さて、夜間にこれだけ周囲を騒がせたこと、どう言い訳しようか悩みますね」
ノイズマンは魔道具を箱にしまいつつ、そんなことを考えていた。
翌日、被害の状況が明らかになってきた。
まず爆撃された最上階であるが、結局ミサイルの発射は、三度あったという。
これによってビル上層部のコンクリートはかなり剥がれ落ち、鉄筋と鉄板が露わになった。
ビル内部の被害は軽微であるものの、外観は酷い有り様で、先ほどからビルの周囲を報道のヘリコプターがひっきりなしに飛んでいるといった状況である。
ミサイルを撃ったビルにいた者たちは全員捕縛、もしくは死体を回収できた。
ソルジャーが地上を固め、その上でビルに突入したことで、敵は逃げることができなかったのだろう。
交戦の合間にミサイルを一度、発射していた。それが最後のあがきとなった形だ。
警察が来る前に全員回収して、撤退を完了させている。
地上部は少しやっかいで、死体の回収をする前に警察が到着している。
戦闘音も聞かれており、傭兵が警察の突入を阻んでいる間にビル内の敵を掃討した。
当然、死体の処理はできず、こちらは警察預かりとなっているが、超法規的措置により、色々とうやむやになるよう働きかけをする予定である。
一階の被害は大きく、修復にかなりの時間がかかるものと思われた。
修理業者はゴランの者が派遣されるため、それらの調整を行う必要がある。
地下は少しやっかいで、『中央の間』にいたペパーミントを含めた一団は全員拘束。
ただし、地下からの突入路にはまだ敵が残存していた。
銃撃戦の合間に敵は撤退。
地下の一方側から攻めたことで、敵を取り逃がしてしまう結果となってしまった。
それを聞いたノイズマンは苦笑とともに許した。
「同時に複数の戦闘がありましたからね、仕方ないでしょう。『中央の間』にいた者たちは、外部へ通信する装置を持っていませんでしたので、何があったのかは把握できていないはずです。見張りが逃げた程度では何もできないでしょう」
と、強者の余裕を見せた。
数日もすると、報道の中身は、叡智の会本部ビルの堅牢性に注目しはじめ、これほどの防衛施設で何をやっているのか探るような動きが現れた。
危険な研究をしているのか、反国家的な集団ではないのかなど、憶測が飛び交った。
叡智の会はすぐに子飼いのコメンテーターに噂を否定させた。
くだんの建物は、ドイツが誇る世界の軍事情報を収集解析している場所であり、それは各国の軍事情報のみならず、反政府組織やゲリラ、テロリストなどの情報収集すらも行っている。
それはアメリカのCIAやイギリスのMI6などと似たような組織であり、内部情報を欲したテロリストによる襲撃であるなどと、コメンテーターが発言した。
真相は闇の中だが、テレビでコメンテーターが発した言葉がほぼ事実なのだろうと、国民は納得するようになる。
その後、報道はしだいになりを潜め、人々は忘れ去るようになる。
――日本 統括会 比企嶋慶子
塚原が統括会のドアを開けると、銃撃音が聞こえていた。
「比企嶋くん……何をやっているのかな?」
「あっ、おはようございます」
「おはよう……いや、そうじゃなくて」
比企嶋はモデルガンの銃を両手で構えて、変なポーズを取っている。
「これは、我が統括会の事務所が襲撃されたときのシミュレーションをしているんです」
「ええっと……何をやっているの?」
「統括会の事務所が襲撃され……」
「聞こえていないわけじゃないからね」
塚原は歩いていって、スピーカーの音量を絞った。途端に銃撃音は小さくなる。
「本部が襲撃された映像がネットに流れているんですよ。だれかがビルの外から撮ったものなので、ブレてるし、音も小さいんですが、結構リアルなんですよね」
「そりゃリアルだろう。実際に襲撃されたんだから」
「でですね、それを参考に、ここが襲撃されたときのシミュ……」
「結局それか。ここには襲撃してでも奪いたいものなんかないし、迎撃できる設備もないからね。そもそもそれだって、オモチャでしょう?」
「まあでも、私たちも叡智の会の一員として、気分だけでも?」
比企嶋は入口付近に狙いを定めて、パーン、パーンと銃声の真似をする。
「やれやれ……ん?」
塚原は、机上の放置された用紙を見る。そこには、襲撃に対する注意喚起が書かれていた。
「振り込め詐欺に注意!」のチラシと同じようなもので、本当にただの注意喚起だ。
「……これを見たのか」
片膝をついて「パーン、パーン」とやっている比企嶋を見て、塚原は禁煙して十五年になるが、無性に煙草を吸いたくなった。




