015 発覚する衝撃の事実
比企嶋が運転する車で、空港まで向かう。
「向こうで困らないように、そろそろ種明かしをしておかないといけませんね」
「種明かしですか?」
「ええ、どうして祐二様が選ばれたのか、ずっと不思議に思っていたのではないでしょうか?」
「そうですね。なんかとてつもなく胡散臭い理由があるんだろうなとは思ってました。それでも、やってくれていることは全部俺のためなので、聞かない方がいいかなと」
「そういう配慮ができる子は好きですよ。というわけで祐二様……いえ、祐二くん。もう政府との契約も切れたので、祐二くんを日本政府から託されたお客様ではなく、ウチの子として扱います」
「ウチの子……?」
「まずは……これまで私たち統括会の活動に付き合ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
「それで祐二くん、高一のときに受けた性格適性試験って、覚えていますか?」
「自分の性格を客観的に書いたり、現状の不満点はないか、将来何をしたいかなどを書いたやつですよね」
「そうです。あれには仕掛けがしてありまして、一定以上の魔力を持つ人は、紙に反応が出るようになっていたのです」
「ちょっと聞き違えたみたいです。魔力って聞こえたんですけど」
「ええ、魔力で合っています。ファンタジーのゲームに出てくる、おなじみの魔力って認識でよいでしょう」
「いや、そんなこと言われても……というか、俺に魔力なんてあるんですか?」
「なぜか分かりませんが、あるのです。追加で診断を受けてもらったと思います。あれでどのくらいの魔力があるのか、判別できたのです」
「たしかに俺以外にも追加適性受けたのいましたね。あの人たちみんな魔力を持っているんですか?」
「祐二くん以外はダミーですね。あっ、これは学校の先生も知らないことですから、他には喋っちゃだめですよ」
「いまの話……だれも信じてくれないと思いますよ」
「それもそうですね。……それで祐二くんの場合、かなり大量の魔力を有していることが分かりました。統括会の規定に当てはめると、Aクラス相当。日本では数十年ぶりの快挙だったりします」
「マジですか?」
「マジもマジ、大マジです。家族や親類を再検査したくらいには、こっちも本気でした」
「魔力があるから、俺を叡智大に推薦したんですか?」
「推薦とはちょっと違うのですけど、そう捉えてもらって構いません。Aクラスの魔力保持者は、本人の意志とは関係なく、超国家的措置で叡智大……ひいては、叡智の会に送られることが決まっているのです」
「Aクラス以外ならば、いいんですか?」
「現代では職業選択の自由があるので、無理強いはいけないとされています。ただし、Aクラスは別。いくら好きな職業に就きたくても、地球が滅びたら意味ないですよね」
「職業選択の自由を地球の滅亡と秤にかけたら、そりゃ……って、地球が滅びる!?」
「そうです。祐二くんたちのように魔力がある人――魔法使いは、いままさに地球を守るために戦っているのです」
「比企嶋さん……それって、マンガやアニメの世界の話ですよね」
「いえいえ、残念ながら現実なのです。日本はこれまでお金でしか貢献できなかったですから、祐二くんのような優秀な魔法使いが現れて助かりました。ちなみに日本は毎年、複数のルートを使って、叡智の会に五千億円以上も供出しているのです」
「毎年五千億円……」
「毎年、叡智の会に世界中から数兆円が集まっています。そのお金で地球の平和が守られていると考えてください。そしてこれらの話は、純然たる事実です」
「……知らなかった」
「一般に漏れたらパニックになりますから。……いえ、その前に病院に連れて行かれますね」
「話を聞いた今でも、信じられません」
「そういうわけで祐二くんは、叡智大に通ってもらいます。あそこには、魔法使いたちのみが通える特別科があります。卒業後は、叡智の会で働くことが決まっています。表向きはゴランに就職となりますけど」
「ゴランって、あの世界的大企業の……ですか?」
「はい。あのゴランです。高給取りですよ。もう、ウッハウハです」
「……それで俺は向こうで、何をするんですか?」
「特別科で魔法使いの歴史や、魔法の使い方を学ぶ感じですね。私は魔力がないので内容までは詳しく知らないですけど」
「あれ? じゃあ、比企嶋さんは、どうしてこの仕事を?」
「実力で叡智大に通って、そこで仲良くなった子から誘われたのです。一緒に地球を守りましょうって」
「なるほど……?」
「祐二くんの魔力はAクラスで、中型船が操れるレベルです。在学中にどこかの家と契約する可能性が高いです」
「中型……船ですか?」
「それも話さないといけませんね。魔法使いたちが乗り込むのは魔導船と呼ばれている特殊な船です。この世界の住人ではない、『ガイド人』と私たちが呼んでいる人たちが遺したもの。魔法使いたちは、ただそれを使っているだけなのです」
「俺がその魔導船に……乗る?」
「はい。いまは一定以上の魔力を持つ魔法使いが減っています。中型船を操れるなら、どの家でも歓迎されるでしょう。さすがに『栄光なる十二人の魔導師』の船だけは、どれほど魔力があっても、血筋の関係で無理ですが」
「魔導師とか血筋とか、怖いワードが出てきたんですけど……怪しい団体じゃないですよね?」
「全然平気です。国が保証してるくらい健全ですから……そういえば先ほど見送りに来ていた壬都様ですが」
「壬都さんがどうかしたのですか?」
「彼女、魔法使いの血筋ですよ」
「えっ!? 壬都さんがですか? いやでも……あっ、だから叡智大?」
「そうです。壬都家は古のシャーマンの血を引いています。少々日本政府と壁があるので、私たちも普段は大っぴらに接触しませんけど、日本で数少ない叡智の会寄りの家だったりします」
「壬都さんが魔法使い……いやそれより、日本政府と壁があるってどういうことですか?」
「先ほどAクラス以外の魔力保持者には、職業選択の自由があるといいましたよね」
「ええ、俺には選択権がないみたいですけど」
「日本にわずかながらいる魔法使いは、その能力を叡智の会ではなく、日本のために使っているのが現状です。古来より、朝廷や幕府から手厚く保護されてきた歴史があります」
「時の権力者の庇護下にあったわけですね」
「その通りです。ですが壬都家の人たちは違います。政府から一定の距離を置き、叡智の会の一員として活動している人が多いのです。おそらくですが、彼女も分家から婿をとるか、だれかを養子に迎えて、神社を継がせるでしょう。彼女自身は叡智の会で働くことを希望していると聞いてます」
「壬都さんが……」
「彼女とは来年、大学のキャンパスで再会できるでしょう。叡智大では魔力がものを言う世界ですので、彼女の合格は確実です。よかったですね」
祐二は、ここ一年半のことを思い返していた。
たしかに思い当たるフシがいくつかあった。
なぜ神社の一人娘が、あまり意味のないドイツ語を勉強していたのか。
ずっと謎だったが、彼女は祐二と同じ魔力保持者だったのだ。
「あれ? もしかして俺が飛騨に出かけた先の……」
「鬼島のみなさんですね。あれも魔力持ちです。妖怪『サトリ』の原形になった探女の一族ですよ。日本政府は、重要な案件になると女将の野滝さんを呼び出して、交渉の場に同席させます」
「うわっ、サトリですか」
「はい、近くにいるだけで相手の考えがおぼろげながら分かるため、大層優遇されています。ですのであの旅行……祐二くんの情報を『それとなく』流して、身内に取り込もうと……まあ、流したのは私ですが」
「そんな理由があったんだ……」
「探女は肌を接触させれば、もっと色んなことが分かってしまいます。そのせいで旦那さんは蒸発されてしまいましたが、祐二くんなら問題ないですね」
「俺なら問題ない? ……どうしてですか?」
「魔力が少ない者が魔力の多い者をどうにかするなんて、基本できないですから。おそらくいくら接触しても何の情報も読み取れないことで、がぜん興味をもったのではないでしょうか」
「それであの暴走ですか」
風呂場のあれこれ……いろいろくっつけてきたと、祐二は思い出した。
「いつでも相手の心が分かるのに、祐二くんだけ分からないのですから、暴走するだろうと予想していました。というわけであれは、日本政府の都合でセッティングされただけですので、忘れていいと思います。それとも未練がありますか?」
「いえ、まったくないです」
「でしたら、私としては壬都家をお薦めしたいです……おっと、長話していたら空港に着いてしまいました。それでは現地で存分に、活躍してくださいね。ちょー期待しております」
「それもどうせ、比企嶋さんの出世のためですよね」
「もちろんです。もし私が出世したら、もっと便宜を図ってあげます」
そう言って、比企嶋はウインクした。
こうして祐二は比企嶋に送り出され、日本を発つことになった。
祐二が向かう先は、地中海にあるケイロン島。
そこでは魔法使いと呼ばれる者たちが秘かに通っているのだという。
飛び立ってゆく飛行機を眺めながら、比企嶋は笑みを浮かべた。
「日本から数十年ぶりのAクラスですか。政府の要請で、祐二くんの情報はできるだけ遅らせたわけですし、きっと今頃、叡智の会は荒れているはず。はてさて、向こうでどんな化学反応がおきるのやら……」
とても楽しみですね、と比企嶋の口がそう語っていた。




