137 18番魔界
魔窟を進むこと六日と半日、ようやく出口が見えてきた。
『インフェルノ』が放った『砲炎』で減った分の魔力はすでに充填済み。祐二の魔力は問題ないレベルにまで回復している。
「このまま出るのよね」
「うん。さすがに出た瞬間に攻撃はされないと思う……けど、大丈夫だよね?」
「分からないけど、魔窟を出ないことには始まらないもの」
「そうだよね。じゃ、18番魔界を確認しよう」
魔窟は、魔蟲がジャンプで飛び移れる高さにある。
当然、そこから魔導船が出てくれば、攻撃される。
万一、魔窟のそばにウジャウジャといた場合、そして攻撃の意志を持っていた場合、出た瞬間から次々と襲いかかられる。
溢れた魔界に赴く場合、魔窟を出た瞬間がとても危険なのだ。
『インフェルノ』は速度を落とさないまま直進し、魔窟を抜けた。
急に視界が開けた。同時に魔界の下方も目に入る。
「うわっ!? 一面の魔蟲の群れだよ」
「魔界中の魔蟲がここに集まっているみたいね」
見渡す限り、魔蟲の群れだった。
「すぐに上昇。他の魔導船も続いて!」
『インフェルノ』が高度を上げた。
魔導船に気付いたのか、どんどんと魔蟲が飛び跳ねてくる。
『インフェルノ』はかろうじて躱すことに成功したが、後続の中型、小型魔導船に魔蟲が取り付きはじめた。
他の船が、船に取り付いた魔蟲を攻撃してすぐ振り落とすのだが、いかんせん取り付かれた数が多いと後手に回る。
上昇しつつ攻撃を加える必要があったため、すべての船が魔蟲の届かない高度まで移動するのに多くの時間がかかった。
その甲斐あって、一隻の犠牲を出すことなく、魔蟲が飛びかかれない高度まで上がることができた。
「やはり魔窟付近に多く集まっていたんだね。それにしても多い……」
「……億は超えていると思うわ」
上空から見ると分かる。かなり広範囲に魔蟲がひしめいている。
「まずは景気づけに一発撃ってみようか」
「これだけ多ければ、狙いをつける必要もないし、いいんじゃないかしら」
他の船を下がらせて、『インフェルノ』だけ前に進む。
「他家の船がいないのは、ラクでいいね」
「魔窟の中もそうだけど、恨まれる必要がなくていいわ」
魔窟の中で祐二が『砲炎』を撃ったときも、他家が一緒にいたら撃てなかったであろう。
相談するか、本当に安全な距離まで下がらせる必要があった。
もし切羽詰まって撃ったとしても、「結果オーライ」では済ませられない。
向こうも栄光なる十二人魔導師を始祖に持つ家なのである。
彼らだって、家と魔導船を守らねばならないのだ。あやうく墜落しそうになったとなれば、間違いなく抗議が飛んできたはずだ。
今回もそうで、「攻撃するからどいて」と一方的に言うことはできない。
逆に、相手の家から一方的に何かを言われたとしても、納得できなければ従う必要はない。
各家は独立しているのだ。唯々諾々と他家のいいなりにはならない。
「よし、『豪炎』発射!」
制御できるギリギリまで炎の珠を溜め、一気に放つ。
炎の珠は狙い通り、遠く離れた地面に着弾し、そこから炎と衝撃波を周囲にまき散らした。
当然、上空にも熱風が届くため、祐二は『インフェルノ』を高速反転させて離脱したのだった。
「ポッカリと穴が空いて、周囲は黒焦げ。外周は吹き飛ばされた魔蟲の残骸だらけ……攻撃が効いた範囲が分かっていいわね」
皮肉だろうかと祐二は一瞬考えたが、どうやらただ事実を述べているに過ぎないようだ。
「中型と小型の魔導船に、散っていった魔蟲を掃除してもらおう」
「この船だと過剰攻撃になるものね。それでいいと思うわ」
「問題は『インフェルノ』の攻撃方法だけど」
「いまはまだ密集しているから、このままでいいと思うけど」
魔蟲は魔導船を目指してやってくる習性がある。
魔導船の魔力に反応しているのか、船の中にいる人の生命力に反応しているのか分からないが、逃げれば追ってくるし、近づけば飛びかかってくる。
他の魔導船は、船を囮として魔蟲を集め、十分集まったところで攻撃を加えて倒している。
その方が効率がよいからだ。
いまはまだ魔蟲が密集しているため、わざわざ集めて回る必要がない。
「昔、岩を落として反応を見た船があったらしいけど、魔蟲は見向きもしなかったそうよ」
「だとすると、魔力を感知しているのかなあ」
「魔道具を落とすわけにもいかないし、検証は難しいわね」
「まあ、いるだけでやってくるのが分かっていればいいか……よし、二発目、発射!」
本日二度目の『豪炎』が放たれた。
「攻撃もいいけど適当なところで切り上げないと、小型船の魔力が心配よ」
「そういえばそうか。長期戦になるから、その辺の管理はしっかりとしておかないとか」
魔導船は浮いているだけで魔力を消費する。
減った分を充填すればいいのだが、高速移動したり、戦闘をすれば、消費は早くなる。
各魔導船には船長が乗っており、随時、魔力の補充が行われる。
ただし使いすぎれば、補充が追いつかない。このような場所では、補充と消費の見極めが大事となる。
ちなみに、魔蟲がジャンプしても届かない高度で休息を取るのだが、高度限界は各魔導船によって違う。
やはり一番消費が早いのが小型魔導船であるため、常時、小型魔導船の魔力残量を気にして戦う必要がある。
「今日はあと一発撃って、お終いにしようか」
「先は長いものね」
「そういうこと。どうせなら、一番集まってそうな場所がいいな」
「……ほんとうにこの船は反則よね。普通は攻撃力が低い遠距離タイプと、攻撃力は高いけど射程が短い近距離タイプなのだけど、これはどんな高度からでも、ぽーんと撃てば、下で大爆発を起こすもの」
「その分、こっちが危険だけどね。この船は分類的にはどうなるの?」
「近距離タイプね。『豪炎』は遠くへ撃てないでしょ」
「ああ、なるほど。それはそうかも」
『豪炎』は攻撃範囲に比べて射程が短い。ほぼ毎回、撃ったら逃げるを繰り返している。ちょっと間抜けだ。
「あれで遠くに撃てたら最高なんだけど」
「近距離型の船長はみんな同じことを言ってるわよ。……ちなみにチャイル家は近距離型だけど、魔蟲に飛びかかられる距離から攻撃するから、いつも被害を受けているわ」
「そういえばそうだった」
「その点、この船は放物線を描いて落ちるから、着弾まで時間がある。高度を取れるだけ優れているわね。使い勝手はいい部類のはずよ」
「そうなんだ。これで使い勝手がいい方なんだ……」
毎回、自身の攻撃でやられそうになっているが、フリーデリーケからしたら「かなりマシ」な部類らしい。
他の魔導船もそれなりに扱いづらいのが、祐二にとって意外だった。
「どこに撃とうかなぁ……あっ、あの辺とかどう?」
「いい具合に集まっているわ。あそこにしましょう」
「よし」
祐二が船を魔蟲が集まっている場所に向けたそのとき、魔蟲の群れが動き出した。
「……ん? 魔蟲が集まっているんだけど、あれは?」
動けないほど密集していた魔蟲の上に魔蟲が乗り、その上にまた魔蟲が乗り上がりはじめた。
すぐに魔蟲の丘ができあがり、その高さが徐々に増していく。
「あれは『タワー』よ」
「タワーって、何だっけ? 聞いたことないんだけど」
魔蟲の丘はさらなる膨張を続け、すでに山と言えるほどの高さに到達していた。
「すぐに攻撃して!」
「わ、分かった」
祐二はパネルに手を翳す。
見れば、すでにあちこちでタワーが形成されている。
『インフェルノ』の下方に退避した小型、中型船が、魔蟲に取り付かれている。
ジャンプして届かない高度にいたはずだが、タワーで高さが増したことによって、届いてしまったのだ。
慌てて上へ逃げようとするが、魔蟲の重さに中々高度が上がらない。
それを見越したかのように、魔蟲が次々と取り付いていく。
「……よし、準備完了。行け!」
狙いをつけずに放った『豪炎』の一撃は、複数のタワーを吹き飛ばし、逃げ遅れた味方魔導船すらも吹き飛ばした。
あたり一面、火の海である。
魔蟲に取り付かれた小型の魔導船だが、先ほどの熱風で魔蟲はすべて吹き飛んでいる。
クルクルと船が横回転していたことから、中の人は大変だっただろうが、落とされるよりマシであろう。
「とりあえず離脱しましょう」
「そ、そうだね」
いまだ緩やかに回転している船もあるが、その辺は見なかったことにして、祐二は上空に退避する命令を出した。
こうして18番魔界での初戦は終わった。
結果から見れば大勝利。ただし、味方への被害はあった。被害を出したのが祐二だったりするのだが、それは仕方ないと割り切るしかない。
そもそも、祐二がいかに気をつけようとも、味方の魔導船がどれだけ慎重に動こうとも結果は変わらないのだから。
『インフェルノ』は、射程に比べて影響する範囲が大きすぎるのだ。




