136 襲撃計画
『インフェルノ』から離れていた中型と小型の魔導船が集まってきた。
あらためて船団を組み直し、先に進む。
「…………」
フリーデリーケが無言で睨んでくる。
これだけ危険なら、先に言いなさいと目で訴えかけているのだと祐二は理解した。
「前に撃ったときは、微妙な威力だったんだ」
とりあえず言い訳してみたが、その声が途中から小さくなる。
「微妙な威力……あれで?」
「そうなんだ」
哨戒任務中、祐二は練習がてら『砲炎』を撃った。
そのときは、真っ直ぐ前にしか飛ばない、使い勝手の悪い攻撃だった。
当たった場所の威力はすごいものだったが、攻撃範囲は狭く、発射まで時間がかかるため、実戦では役に立たない。そんな風に考えて、つい忘れていたほどだ。
だが、ここは魔窟の中。
魔界で撃ったときと違い、周囲に広がった炎と熱がバックドラフトのように襲ってきた。
ライフルの銃身の真ん中で火薬を炸裂させたと言えばいいのだろうか。
狭い場所で撃つものではないことだけは分かった。
「次から魔窟の中では撃たないから」
しばらくして、フリーデリーケは怒りを収めた。
危機的状況だったのはたしかであり、犠牲を出さずに魔蟲を排除できたのだから、これ以上怒ってもしょうがないと判断したのだろう。
「しかし、それにしても不思議ね」
「何が?」
「この魔導船の力よ。あらためて考えると、あまりに強力……というか、強力すぎるわ。なんていうか、御伽噺の世界みたい」
祐二からすれば、魔法や魔法使いの存在がすでに御伽噺であり、魔導船はその延長線上にあるのだが、フリーデリーケの考えは少し違うようだ。
「でも強力じゃないと、魔蟲を排除できないよね」
魔導船が強力でなかったら、祐二が生まれる前に地球は魔蟲に支配されていただろう。
そもそもかつては十二隻もあったのだ。だが、いまでは八隻を残すのみ。
ロイワマール家が離反したいま、現存しているのは七隻である。
このままでは、いつか地球を守れなくなる日がくる。
そう考えると、魔導船は強力でなければいけないと祐二は思う。
「やっぱり不思議よ。なぜこんな強力な船が魔界に残されていたの?」
「それは、ガイド人が残したからじゃないかな」
「だったら、そのガイド人はどこへ行ったのかしら」
「それは俺も知らないけど、叡智の会で研究されてないの? そもそも、どういう話になっているの?」
「栄光なる十二人魔導師たちは魔導船を発見しただけで、ガイド人を直接見ていないわ。だから想像だけど、ガイド人は滅んだか、どこかへ去っていったんじゃないかって考えられているの。他には『はじまりの地』にやってきた人のために残したとか、魔蟲がいなくなったのでもう必要なくなったとか、もっといい魔導船を開発したので捨てたなんて説もあるわ」
「結局、想像の域を出ないわけか」
「想像するしかできないって感じね。私たちはガイド人の遺産をこうしてありがたく使わせてもらっているけど、疑問は尽きないわ」
「そうだ。俺の研究テーマは、『ガイド人はどうして消えたのか』にしようかな。想像するだけでロマンがありそうだけど」
「どうして消えた……のかしらね。子供が生まれなくて、徐々に数が減っていったとか、侵略種に滅ぼされたとか、別の種族に滅ぼされたとか、魔蟲の来ない安全な地を見つけたとか、実は私たちが感知できないだけで、近くに存在しているとか……いろいろ考えられるわね」
「最後のだけはホラーだね」
魔導船は強力だ。侵略種と戦うために造られたのだと分かる。
それならばなぜ、魔導船を残したままなのか。そしてガイド人はどうして消えたのか。
祐二はいくら考えても、ガイド人が消えた合理的な理由が思いつかなかった。
――とある場所 黄昏の娘たち
ペパーミントは、叡智の会本部の防御機構を確認し、本日何度目かになる大きなため息をついた。
「これは、はっきり言って反則ね」
いまが襲撃のチャンスである。
魔界への逆侵攻が開始され、本部と各家の注意がそれに向いている。
ほとんどの魔導船は稼働中であるため、船長はもとより乗組員も地球にはいない。
その辺は叡智の会も隠す様子がないらしく、情報はすぐに集まった。
各家の当主や、それに準ずる者たちには、傭兵が護衛についている。
その分、電子の要塞と呼ばれる本部は人手不足。警備も手薄となっている。
いまがチャンスなのは間違いないのだ。
だが、それほど隙を見せていても尚、本部の防御機構は完璧に機能している。
まず停電がおこらない。外から電気の供給を止めても、一瞬で無停電電源装置に切り替わる。
配線を切っても同様である。複数のサーキットが張り巡らされており、一つ、二つが断線したところで、機能にはまったく影響がない。
自家発電装置も複数あるようだ。地上と地下に複数置かれていて、電気系統を攻撃するのは愚の骨頂といえた。
建物への出入りは常に監視されており、IDカードと虹彩、指紋認証以外にも、エレベーターや床の一部には、体重計すら設置されている。
各人の体重はIDで管理されており、もしIDを持たない人がいたとして、床やエレベーターなどの体重計はそれを見逃さない。
魔法で姿を隠しても、無意味なのだ。
指紋、虹彩、身長、体重などの個人データは複数のデータセンターで管理されているため、書き換えも不可能。
IDの偽造や、変装して紛れ込むこともできない。
そもそもIDと赤外線による人感センサーの双方で位置が把握されているため、登録されていない者が建物内にいた場合、すぐにバレてしまう。
電子機器の目を欺くのは至難の業なのだ。
外からの強襲についてだが、これも完璧な防御機構が備え付けられている。
数メートルおきに隔壁が下り、強化ガラスの窓には強化シャッターが降りる。
緊急時には部屋のドアは完全にロックされ、管制室からでないと開けることができない。
これらの防御機構が地下にも存在し、同様の措置が取られている。
土中を掘って、地下から侵入しようにも、地下壁面のどこかが破られると、各所に通知がいくようになっている。
つまり、地下のコンクリートひとつ壊せないのだ。
そのまま掘り進めれば、敵が待ち構えているところに穴を開けることになってしまう。
銃を持って強襲したとして、隔壁を一つ一つ破壊しながら進むのは至難の業で、それらを制御している管制室の場所は、いまだに把握できていない。
ではだれか人質を取ればいいのかというと、価値のある者には護衛がついているし、本部にいる者たちは一様に人質としての価値はない。
毒やガスを用いようにも、匂いのあるものの持ち込みは禁止で、何らかのガスが発生した場合、強制排気が行われる。
毒も同様で、人の口に入るものは、常に検査が行われているという念の入れようである。
どうやったらこの電子の要塞を突破できるのか、ペパーミントは教えてほしいくらいである。
「やはり、強引な手段を採るしかないようね」
いくつかの作戦を練っては破棄した。いくつもの作戦が現れては消え、ただひとつ残ったものがある。
ペパーミントはもはや、それにかけるしかない。
「まったく、忌ま忌ましい……」
成功させるには、準備にまだあと数日はかかる。
それでもペパーミントは必殺の作戦をさらに完璧に仕上げるため、目を皿のようにして、ギリギリまで本部の弱点を探るのであった。
――ケイロン島 特別科の寮 壬都夏織
寮の自室で、夏織は試験勉強をしていた。
といっても、大学の勉強ではない。
魔界に下りる許可を得るために必要な知識が、試験という形で精査されるのだ。
通常は、大学の単位を取得すればいいのだが、それでは遅い。
ゆえにそのための勉強をしているのだが、これがなかなか難しい。
運転免許証をもらうのに教習所に通わずに試験一発合格を狙うようなものだ。
「時間が短縮できる反面、難易度は跳ね上がっていると見るべきだったわ。……でもこれが終わったら……まだ論文が残っているのよね。先が長いわ」
思想チェックも、「はい」と「いいえ」で答えるような単純なものばかりではない。
夏織もよく知らないが、様々な角度から本人すら理解していない深層心理を把握するらしい。
あからさまにこびを売るようなことをすると跳ねられると、夏織は何人かからアドバイスをもらった。
あくまで「悪いことをしない」という思考の持ち主なのかを判断するだけなので、小細工をしない方がいいということだった。
論文は、その最終チェックのときに使われるらしい。
「フリーデリーケさんとユーディットさんは、これをパスしたのよね。さすがだわ」
大学の授業とは別に勉強しているため、いまの夏織には精神的な余裕すらない。
フリーデリーケたちは昔から「馴染んで」いたため、スタートラインが夏織とまったく違う。
二人は物心つく頃から勉強をはじめていたのだから、夏織のような詰め込み教育はやっていない。
カムチェスター家にはカムチェスター家独自の勉強法があり、習熟のノウハウがある。二人はそれに沿って学んだのだ。
ただ、それでも「かなり大変だった」と言っているのだから、よほど大変なのだろう。
「如月くんが戻ってくるまでに許可がもらえるように……できるかしら? そうしたら次は、一緒に魔界へ行けるもの」
いまは地球上にいない祐二やフリーデリーケのことを思い、夏織は目の前の試験に集中した。




