132 逆侵攻へ
叡智大特別科の中にあるカフェテラス。
祐二とフリーデリーケはここで頻繁に、逆侵攻に向けての打ち合わせを行っている。
一旦出発してしまうと、地上や基地との連絡が取れなくなる。
魔界でどのようなアクシデントが起きるか分からない。
「困ったら戻ればいい」などと単純に考えられる場所ではないため、事前の準備は必要不可欠。
そして出発してからでも、魔導船間の通信は手間がかかる。できるだけ事前に決めておきたいのだ。
カムチェスター家では、魔界内で起こりうるあらゆる事態を想定し、対策を立てている。
出来上がったものを祐二や副官、中型、小型船の船長などに渡し、フィードバックを得て練り直す。
いま船団の運用マニュアルはほぼ完成し、あとはその理解を深めるだけである。
そのため一日おき、もしくは毎日二人で会っている状況なのだ。
「……というわけで、船団の各船長に出す指示のパターンは以上よ。おつかされま」
「そうか。やっと終わったか」
祐二は大きく息を吐いた。
理解を深めるといっても、ほとんどフリーデリーケが勉強して祐二がそれを学ぶ場となっていた。
魔界での経験は祐二の方が多いが、机上の勉強はフリーデリーケに敵わない。
「問題は魔窟の中での船団の維持と何かあったときの対処ね。ヘタをすると、互いの船が邪魔で塞がれることになりかねないから」
18番魔界へ向かう魔窟の中は、船団を組んで進めるほどには広い。
だが、祐二の範囲攻撃には狭すぎる。
必然、中型船や小型船が魔蟲と戦うことになる。
「一応、規模を小さくすれば、俺も戦えると思うけどね」
「魔窟は細長いパイプみたいなものよ。爆風の逃げ場がないから、小型船とかどっかに飛んでいってしまうわ」
「……だめかな?」
「そうね。……まあ、戦えないのは仕方ないんじゃないかしら」
魔窟内での戦闘は、中型船と小型船に任せて進むしかないだろう。
もっとも魔窟の序盤だけは、他家が露払いをしてくれる。
また祐二たちが魔界で戦っている間も同様。
なるべく魔窟内の魔蟲を減らしてくれることになっている。
ただし18番魔界から『インフェルノ』が撤退してきたとき、あまり多くの船が魔窟の中にいると、渋滞をおこしてしまう。
通信機器が使えない現状、目視で確認するしかなく、緊急事態になればなるほど事前に取り決めが重要になってくる。
緊急時は他の船団へ可能な限り早く伝達する必要があり、祐二はその運用を全パターン覚えなければならないのだ。
「文明の利器が使えないのは地味に痛いなあ」
「昔からそうなのだし、それは諦めなさい」
「……はあ。そういえば、壬都さんはどうしてるのかな? 最近はまったく見かけないけど」
一時期よく祐二のもとを訪れていたが、最近はまったく顔を見ない。
祐二も忙しくて、すっかり忘れていた。
「彼女は彼女でやることがあるのよ」
「それはそうだけど……そんな勉強、忙しかったかな?」
祐二よりはるかに優秀だというイメージがあるため、夏織が忙しいというイメージがどうしても持てない。
「カオリのことは心配しないで。私がちゃんと見てるから」
「そっか、同じクラスだものね。お願いするよ」
フリーデリーケが気にかけてくれていれば安心だ。
祐二はホッとするも、もう一人のクラスメイトのことを思い出した。
我が校のスーパースターはいま、何をやっているのか。
おそらく、とてつもなくハードな訓練をしているはずだ。
彼は魔法使いのことを知って、こちらの世界に関わることになってしまった。
そのうちどこかで会うこともあるだろう。いまは気にしないことにした。
祐二は大学の授業とゼミ、そして放課後はフリーデリーケと一緒に逆侵攻の準備をして過ごした。
そしてとうとう、逆侵攻の日が決定した。
――魔界 ジェミニ砦 ロイワマール家
79-22-8番魔界には、ジェミニ砦がある。
ここは長い間放置されていたが、いまはロイワマール家が拠点として使っている。
地球から魔界門で繋がった先を0番魔界と呼ぶ。
79-22-8番魔界は、0番魔界から79番魔界、22番魔界、8番魔界の順に魔窟を抜けていった先にある。
ロイワマール家は長い時間をかけて、ジェミニ砦に物資を運び込んた。
長期滞在用に造られた砦であるため、多少生活に不便ではあるものの、住むことに問題はない。
ロイワマール家は、黄昏の娘たちとともに、ここから『はじまりの地』を目指すことになる……のだが、ヘスペリデスのメンバーは、だれ一人として魔界に来たことがない。知識があるのみだ。
必然、「はじまりの地」までの正確なルートは知らない。
この方角と指し示すだけである。
「今回も空振りか。御苦労。その献身が次の正解に辿り着けるのだ。戻って休んでくれ」
ロイワマール家の当主ランクは、報告に来た魔導船の船長を労う。
この砦のある魔界は、「はじまりの地」との中間地点にあたるとヘスペリデスが言っている。
つまりあと三つ、魔窟を越えた先に目的の地があるはずなのだ。
「向かうべき方角は分かっているというが、それでも空振りばかりだな」
ランクは自嘲する。
すぐに見つかるとは思わなかったが、それでも何の成果もなく戻ってくる魔導船をみるたび、ランクの気持ちは落ち込む。
帰る場所はもはやなく、先に進むしかないのだ。
いまはまだ士気を保っていられるが、このまま成果がなく一年、二年が経ったとき、どうなるのか。
「それに他の七家の動向も気になるしな」
持ち込んだ物資は有限。いつかは消えてなくなる。
ならば、それまで放っておけばいいとノイズマンならば考えるだろう。
それは正解であり、間違ってもいる。
自分たちは、食料や水が切れる前に「はじまりの地」を見つけるつもりなのだ。
ランクは、今回の探索箇所に大きくバツ印をつけた。
だが果たして、本当に見つかるのだろうか。ヘスペリデスがもたらした情報は正しいのか。
とてつもない不安が、ランクを襲った。
祐二とフリーデリーケがケイロン島を発つ日、夏織がヘリポートまで見送りにきた。
「壬都さん、見送りに来てくれて、ありがとう」
祐二は夏織に笑いかけた。
「ううん。でも……如月くんが叡智大に行っちゃた日を思い出すわね」
「あー、あの日か。たしかにそうかも」
祐二が日本を発つ日も、こうして夏織が見送りに来てくれた。その場にはあと一人……悪友もいたが。
比企嶋の車に乗って空港まで進む道すがら、祐二ははじめて魔法について知ったのだ。
座席でシートベルトをしていなかったら、ひっくり返っていたことだろう。それくらい衝撃的な話だった。
あれからまだ二年も経っていないのだ。
「あの日、私の言葉を覚えている?」
「えっ? たしか……」
祐二は記憶をさぐり、当時の夏織の言葉を思い出した。
「たしか、あとで必ず行くから、待っていて……とか」
「そう。それと同じ言葉をここでも言うわね。私はあとで必ず行くから、待っていて……ね」
「うん。待っているよ」
「約束よ」
「約束だね」
「じゃあ、これ」
夏織は手を差し出し、祐二と握手をした。
「それじゃユージ、行きましょう」
「うん。壬都さん、絶対に戻ってくるからね」
「それは心配していません。如月くんなら、きっとやり遂げてくれると信じていますから」
「ありがとう。それじゃ、行ってくるよ」
祐二はヘリコプターに乗り込んだ。今回はフリーデリーケも一緒だ。魔導船に乗り込んで、ともに戦う。
夏織が手を振る中、ヘリコプターは空に舞い上がった。
祐二が魔導船に乗り込むと、乗組員たちが全員、敬礼で出迎えた。
魔導船のタラップを上がった瞬間から、祐二は船長になる。
船長は、彼らの命を預かるのだ。自信なさげな態度は見せられない。祐二は黙って返礼する。
ブリッジに行くと、ウォスマンとトーラが左右に控えていた。今回は両副官が乗船する。
「準備は?」
「すべて整っております」
「船団の方は?」
「全船、準備完了の報せが出ております」
「ならば行くとしよう。発進の号令を出してくれ」
「「ハッ! 発進します!!」」
『インフェルノ』を先頭として、魔導船の集団がドックを離れていく。
「魔窟の中はどうなっている?」
「チャイル家が露払いをしている最中です。我々が通過した後、アームス家と交代すると聞いています」
「そうか。では魔窟に着くまで平時体制でいく。ブリッジに副官を一人配置。適宜交代を入れてよし。概念の壁が見えたら呼んでくれ。私は船長室へいく」
「かしこまりました」
祐二はフリーデリーケを連れて船長室へ向かった。
すでに何度もやって慣れているが、毎回出航した直後は緊張する。
船長室で大きく息を吐き出す祐二をそれでもフリーデリーケは頼もしげに見つめた。
「予定では、半日後に概念の壁に到着。そこで待機ね。チャイル家が出てきたら交代で入って、18番魔界を目指すわよ」
「魔窟ももう少し広かったらいいんだけどね」
「広いわよ。ただし、下にだけど」
「下には魔蟲がいるじゃないか」
「そうなのよね。残念ながら、上は一杯だわ」
結局、魔窟内部で衝突を起こさないためには、チャイル家が出てきてから入るしかない。
「魔窟を抜けるのに六日だっけ?」
「そうよ。往復で十二日。結構な距離よね」
途中で戦闘があれば日数はもっとかかる。
さっと行って帰ってくることはできない。
そもそも今回の場合、魔窟の中には魔蟲がいるため、行きも帰りも危険なのだ。
途中で戻ってくるにしても、できるだけ成果を残してからにしたい。
「操船はプロに任せて、ユージは魔力の残量に注意することね」
「そうだね18番魔界に着いてからの戦闘が本番だし……けど、そこってどうなっているんだろ」
「さあ、他の魔窟へ魔蟲が入っていった後だったりすると、少ないようだけど」
「そうだといいね。希望的観測だけど」
魔窟は複数あり、別の魔窟に魔蟲が入り込んでいる場合、魔界にいる魔蟲の数はそれほど多くない。
もっともそれは、フリーデリーケが言ったように希望的観測に過ぎない。
「多少増えても、ユージの魔法なら一発じゃない」
「まあ、そうなんだけど」
そんな話をしながら船長室で待機していると、概念の壁が見えてきたと報告が入った。
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくおねがいします。




