128 意外な話
ガイド人ゼミで、レオノーラの発表がはじまった。
「私たちは、ガイド人が人型で、大きさも私たちとそれほど違いがないものと認識しています」
その話には、祐二も頷いた。
魔導船に使われている様々なものが、人型を想定していて、大きさも丁度いい。
魔導船を作ったのは人型か、それを間近に見ているものでしか、ありえない。
「魔導船内の要所に書かれている絵は、操作を説明するものがかなりあります。これによって、私たち人類は、はじめてみる魔導船内でも、その使い方が容易に分かるわけです」
これも祐二は同意した。
絵には規則性があり、「ここで何をするのか」や「この先に何があるのか」などがよく分かるようになっている。
その絵には、人型が使われている。
あれがガイド人なのか、それとも別の種族なのかは分からないが、人型の相手に説明するように絵が描かれているのはたしかである。
「魔導船を造った者をガイド人と定義していますが、使用する者はガイド人ではないのではないかという疑問が昔からありました。今回、以下に記した資料から、その部分を検証していきたいと思います」
レオノーラの発表は、絵の解釈についてだった。
ガイド人がガイド人に説明するには、簡単なものが多すぎるというのが主張だ。
それゆえ、意思疎通の困難な相手、種族を想定したと、レオノーラは考えているらしい。
レオノーラの発表が終わり、質疑応答に入った。すると、デニスがすぐに質問してきた。
「文字や絵を突き詰めると、自ずと記号化されてくる。簡単な意匠が使われているからといって、違う種族を想定していることにはならないのではないか?」
この考えも、たしかに正しい。
世の中には、意匠化されたものが身の回りに溢れている。
身近なものだとトイレの男女がそうだ。
信号機も分かりやすい。これらは色だけでも判断がつく。立ち入り禁止のマークや、チェックマークなどもそう。
結局、長ったらしい文章や、複雑な絵で表すのではなく、シンプルなものの方が分かりやすいし、記憶にも残る。
かといって、それが意思疎通が困難な、別の国籍の人に向けてつくられたわけではない。我々が日常使う中にも簡単な意匠はどこにでもあるのだ。
質問が出て、レオノーラが答えていく。
一通りの質問が出尽くして、レオノーラの発表が終わった。
このゼミの発表は、結論が出るものは少ない。
今回のように、多角的に考察を加えることを目的としているからだ。
今回はやや中途半端なところで切っていたが、レオノーラはその続きまで用意していたらしい。
続きは彼女の次回の発表に持ち越しだ。
「よし、ゼミを修了する。来週はデニスだな」
「はい。準備しておきます」
教授がそう締めくくって、ゼミは解散となった。
祐二は放課後、農場のため池近くで魔法の鍛錬をすることが多い。
魔法が発動する前は自室で鍛錬をしていたが、適性が火だと分かってからは、水場で行うことにしていた。
夏織はときどき、祐二の鍛錬風景を見学にくる。
祐二は手の先から、ため池に向かって炎を放つ。
――ボウッ
水面が炎を反射して、広範囲にまき散らす。
祐二は両手を前に翳し、水平に拡げた。
炎が祐二の周囲に輪を描くように出現する。
炎はしばらくそこに留まったあとで、外へ向かって流れてゆく。
――パチパチパチ
炎が消えたあとで、夏織は拍手した。
「短期間でとてもうまくなったのね」
「うん。これまで停滞していたのが嘘みたいだよ。魔力も増えたし、負担もほとんどないんだ」
魔法が発動しなくて悩んでいたのが嘘のように成長している。
もともと適性があったのか、祐二が一皮剥けたのか。いまでは複数のやり方で炎を出せるようになっていた。
「また私が操っていい?」
「いや、危険だから、それ」
先日、夏織に頼まれて、祐二は炎を出した。
夏織はそれを器用に操ってみせたのだが、通常の炎と違い、魔力を練って出現させた炎は、夏織の魔力と相性がよかったらしく、思った以上に大きく、強い炎が完成した。
祐二は慌てて魔力の供給を止めたが、夏織が操っていた炎は消えることなく、周辺の草花を燃やした。
焼け跡は隠し通せるはずもなく、二人して事務室に謝りに向かったのだった。
「じゃあ、そのうち、またお願いね」
「そうだね、そのうち……周辺に燃えそうなものがない場所でね」
「……ねえ、少しだけ話を聞いてくれるかしら」
「いいけど、なに?」
夏織はため池の方に視線をやり、そのまましゃがみ込んだ。
水面に夏織の顔が映る。
「ミーアさんのことだけど」
「ミーアのこと……」
学年こそ違うが、寮ではミーアと夏織は親しかったと聞いている。
そして夏織は、他のクラスメイトと同じで、ミーアの真実を知らない。
「前にミーアさんがここで話しているのを聞いたの」
「話?」
「農場の道を歩きながら、どこかへ電話をしていたわ」
水面が風に揺れて、夏織の表情が見えない。
「わたしね、ミーアさんだと思って、近づいたの。彼女はそのことに気付かず電話を続けていて……最後にこういったの。『黄昏のために』って」
「……!?」
いつの間にか夏織が振り向いていた。
祐二が驚いた表情を見られただろうか。
「なぜかとても不吉なイメージが思い浮かんだから、話を聞いていたかって問われたとき、反射的にううんって言って、それっきり」
「そう……だったんだ」
夏織がミーアの会話を聞いていた。
相手はおそらく黄昏の娘たちの構成員だろう。
もし夏織が聞いていたのをミーアが知ったとしたらどうなったか。
エリーが死んだのは、ミーアがヘスペリデスの一員であることに気付いたからだった。
だとしたら夏織は、殺されていたかもしれない。
「あとで比企嶋さんに聞いたら、それは危険なテロ組織と同じ名前だから忘れなさいって」
「そ、そうなんだ」
動揺が顔に出た。声にも出た。祐二はマズいと思ったが、どうしようもなかった。
「ドイツで爆発事件があったでしょ。あれはテロだって……そして帰ってきたら、ミーアさんがその爆発に巻き込まれて亡くなったって」
「……うん」
「もしかして、テロ組織と関係ある?」
どう答えるのが正解だろうか。祐二は悩んだ。
真実をありのままに話すか、クラスメイトにした話を繰り返すか、真実の半分だけ……つまり、夏織が知っていることを補強するだけにするか。
祐二は悩み、そして伝えた。
「あれは自爆テロだったらしい。ミーアはたまたま近くにいて、破片を受けた。病院に担ぎ込まれた先で亡くなったんだ。テロ組織とは関係ないよ」
それはクラスメイトにした話、ミーアはただの被害者として亡くなったのだと夏織に伝えた。
「……そう」
これが正解だとは思えない。
だが祐二はどうしても真実を話すことはできなかったし、中途半端に夏織を巻き込むこともしたくなかった。
夏織はその説明で納得した……ように見えた。
それ以上、何も言ってこなかったからだ。
「もう戻ろうか」
「そうね」
祐二と夏織は並んで、そこから去った。
夏織と並んで歩く祐二は、彼女の顔を見ることはなかった。
もし祐二がその表情を見ていたら、先ほどの説明は失敗だったと悟っただろう。
夏織は何かを決意した。そんな顔をしていたのだから。




