127 逆侵攻準備
祐二たちがケイロン島に帰って、数ヵ月が過ぎた。
この間、いろいろなことがあった。
年末に、祐二の家族がドイツのカムチェスターの屋敷を訪問した。
一度、祐二が入るという家を見てみたかったらしい。しかたないので、祐二もそれに参加する。
屋敷の立派さとか、庭の広さとか、なぜか敷地内にヘリポートがあるとか、如月家との違いに、祐二の両親は度肝を抜かれたようである。
兄の健一と妹の愛菜は、唖然とした表情で祐二を見ていた。
驚いていたが、所詮は他人事と思っていたのかもしれない。
ところがいまは、年末年始。
ユーディットをはじめとして、カムチェスターの一族が屋敷を訪れる。次々とやってくる美男美女。
これには、祐二の兄も妹もさすがに驚きを通り越して、大いに呆れた。
人種の違いは越えられない壁となって、二人の前に立ちはだかったことだろう。
ちなみにこれは、祐二も大学の特別科に入って味わった屈辱(?)である。
来年高三になる愛菜は、「ドイツ語、習っておけばよかった!」と悔しがっていた。
イケメン男子にメロメロになったらしい。
「本当は、鴉羽家も招待したいのですけどね」
ヴァルトリーテは、残念そうにそう呟いた。
クラリーナが出奔したことは、一族のだれもが知っている。
カムチェスター家を捨てた家の人間を呼ぶのは、微妙な問題をはらんでいるのだという。
この辺は、フリーデリーケが引きこもったときもあったようで、宗家は魔法使いの義務を果たすべきという認識が強いのが原因らしい。
祐二の母はクラリーナの親戚筋にあたり、祐二はさらにその次男ということで、本家筋からすれば傍流。そして如月家は祐二を輩出(?)した家である。
貢献度の方が勝っていると判断されているようだ。
その話に祐二は首を傾げたが、本家と分家の間には、これも越えられない何かがあるのだろう。
新年をカムチェスター家で過ごした家族がよろけた足で帰ってゆき、学校の授業が再開される。
春がもう目の前という段になって、いくつかの問題が片付いた。
まず拘束中だった強羅隼人だが、専門の教育がスタートすることになった。
教育といっても、すでに大学は除籍されている。
叡智の会の下っ端構成員として事務と実務、そして戦闘訓練を受けることになったようだ。
教育の期間は二年らしいが、優秀な隼人のこと。もっと早く終了するだろうと比企嶋が言っていた。
「訓練終了後ですか? 公的な身分は、中小企業の平社員ですよ! 給与はそれなりにもらえるので、いいんじゃないですか」
祐二が比企嶋に聞いたら、そんな答えが返ってきた。
「あいつ、将来、自分の家の会社を継ぐはずなんですけど、大丈夫なんですか?」
「全然問題ありません。会社の社長なんてだれがやっても変わりませんし、やりたがる人は多いでしょう。彼も逆らったら会社ごと潰されるのはよく分かっているんじゃないですかね」
まったくもって大丈夫ではない話が返ってきたが、ゴランとタメを張れる会社でない限り、抗うのは難しいだろうとのこと。
そりゃ無理だと、祐二も納得した。
魔蟲の侵攻だが、いまのところ確認されていない。
警戒を続けているので、何かあればすぐに分かる手はずになっている。
そして破損していた魔導船が、すべての修復が終わった。
最後まで修理が残っていたのは案の定、チャイル家だった。
現在船長のゲラルトが、減った魔導珠に魔力を注いでいるらしく、もう少ししたら完全復活となる。
18番魔界のことだが、当主会議でカムチェスター家が単独で逆侵攻に向かうことが決定した。
この辺は祐二の意見も取り入れられていたりする。
『インフェルノ』の攻撃はとにかく他を巻き込むのである。
散々避難の練習を重ねたカムチェスター家の船団でさえ、気を抜くと巻き込まれる。
我の強い他家との共闘はどう考えても不可能だった。
それゆえ祐二は、「単独の方がやりやすい」と伝えたのである。
「内緒だけど、逆侵攻は本部の意向なんだよ。何か、裏がありそうさね」
これは以前、エルヴィラが言っていた話だ。
裏があろうがなかろうが、0番魔界のすぐ隣に溢れた魔界があるのは寝覚めが悪いので、掃討作戦はいつかやらなくてはならない。
ならば本部の思惑に乗ってやろうというのが、カムチェスター家の本音らしい。
逆侵攻の開始はもうすぐ。
準備は着々と進み、カムチェスター家の士気は上がりに上がりまくっている。
「資料は完璧に読み込んだから、安心してね」
フリーデリーケが自信満々に言う。
前回、ユーディットが魔導船に乗り込んだことに触発されて、自分が乗り込むと言ってきかなかったのだ。
やる気がないよりかはマシということで、フリーデリーケも『インフェルノ』に乗り込むことが決まった。
「最高のコンディションで、最高の結果が得られるよう、最高の人材を揃えるさね」
とは、またもやエルヴィラの弁。祐二にとって、フリーデリーケは最高の人材であると暗に言っているのだ。
「そういえば、ヴァルトリーテさんは、どうですか?」
「本部と屋敷を行ったり来たりさね」
ゴランとダックス同盟の経済戦争は徐々に激しくなり、バラム家はそちらにかかりきになっている。
アームス家とロスワイル家が18番魔界に通じる魔窟を少しだけ進んだが、魔蟲の襲撃を受けて撤退している。
「魔窟の中は高度が取れないから、魔蟲が飛びかかってくるのよ。遠距離から倒しながら進むか、高速で一気に駆け抜けた方が安全なの」
残存魔力の問題もあるため、無視して進むのが一番らしい。
「だとすると、行き帰りが大変そうだね」
「一番大変なのは、魔窟から魔界に出たときよ。魔界の中がどうなっているのか、分からないし」
それだけ危険な逆侵攻だが、間違いなく近い内に行われる。
「悔いのないようにしておかないとね」
祐二の言葉にフリーデリーケは頷いた。
大学の昼休み。
祐二は一人で特別科の敷地を歩いていた。
最近、用事がないときはよく農道を散策する。これに意味があるわけではない。
ただ、教室にあまりいたくなかったのだ。
ミーアが死んだことは、しばらく秘された。
どこかに仲間がいないとも限らないわけで、情報を秘しておく方がいいと判断されたからだ。
それゆえ、クラスメイトにミーアの死が伝わったのはかなり遅かった。
ミーア本人もしばらく戻ってこられないようなことを言っていたことで、長期欠席しても不審に思うクラスメイトがいなかったからだ。
ミーアの死は、表向きは爆発事件に巻き込まれ、その怪我がもとで亡くなったことになっている。
エリーの遺品を受け取りに向かい、その帰りにドイツに寄ったのだと。
結果、エリーの遺品は祐二が引き継いだ。クラスメイトはそんな認識をしている。
そのせいか、祐二が教室に戻ってきたとき、クラスメイトから腫れ物に触るような扱いを受けた。
爆発事件のあった場所はみな知っているため、ミーアは祐二に会いに行ったのだと考えたのだ。
祐二もあえて否定しなかった。そのせいで、なんとなくクラスメイトとも話しづらくなっている。
だが、祐二が教室に居づらいのは、それとは別の理由だったりする。
ミーアが教室にいないことが、ことのほか堪えるのだ。
ふと振り返ると、「いや~~、ごめんごめん。寝坊しちゃった」とやってきそうにも思える。
教室にいるとミーアのことを思い出してしまうため、休み時間などはこうして農道を散歩して、気を紛らわせている。
「――今日は、ゼミの日か」
そこはミーアが最初からいない空間。
いまはそれが祐二の安らぎの場所になりつつあった。
ガイド人を研究するゼミは人気がない。
生産性がないというのが、その理由だ。
特別科の生徒は、卒業後こそ本番。
ゴランに就職して表の世界から魔法使いを支えるか、叡智の会の本部職員を目指すか、戦闘職として魔導船に乗るか。
魔法使いは、将来に繋がるゼミを選ぶ。
ガイド人をいくら研究しても、それは叶わない。完全な趣味となるのだ。
ゼミのメンバーも四年生が二人と、三年生が一人という構成で、二年時から参加しているのは祐二しかいない。
「今日はレオノーラの発表だな。準備はできているかな」
「はい、大丈夫です。問題ありません。資料はこれになります。そしてこれがレジュメです」
「ふむ……」
コンラート教授は資料とレジュメを交互に見る。
「発表は四十分だが、少し多くないかね?」
「そうでしょうか」
「焦点がぼやけけるおそれがある。四番と五番は次に回しなさい」
「わかりました。今日は三番までにします」
レオノーラが発表し、その後、レジュメと資料、そして発表をもとに質疑応答に入る。
その間、教授はだまって成り行きを見守るだけで、どちらにも手を貸さない。
それがこのゼミのルールだ。
すべて終わったら、教授が総評をし、本人への課題を出して終わる。そんな流れだ。
「では、はじめるように」
教授の合図でレオノーラの発表が始まった。




