126 当主会議
――ドイツ 叡智の会 本部
当主会議は続く。
進行役は引き続き、アームス家のゴッツがしている。
七家筆頭を自覚しているゴッツは、このようなとき自分の意見より、周囲の意見を吸い上げる役に徹することが多い。
「次は18番魔界の件だ。二度の侵攻から、あそこはもう魔蟲で溢れているとみていいだろう。それをどうするかだが、案はあるか?」
ゴッツの問いかけに、それまで活発に発言していた者たちが黙る。
これまでの議案と違って、これは遥かに難しい問題だった。
各家の当主たちは、互いの顔を見合わせた。
「――行くしかあるまい」
そんな中、チャイル家のゲラルトがそう発言した。
ちなみに、「またか」という顔をして、皆はゲラルトの言葉を聞き流す。
「逆侵攻は慎重にすべきだと、私は考える」
ロスワイル家のルドルフが否定すると、微かだが、何人かが頷いた。
どうやら18番魔界への逆侵攻に否定的な者が多いらしい。
「魔蟲に溢れた魔界が隣にあるのだぞ。いつかはやらねばなるまいて」
ゲラルトが反論する。
「勇ましい発言は、魔導船の修復が終わってからにすべきですな」
だが、ルドルフは取り合わない。
「逆侵攻となれば、それなりの日数を考えねばならん。基地が手薄になるのが怖い。ロイワマール家のこともある。簡単に逆侵攻などと言うが、どれだけの船をここに残すつもりだ」
バムフェンド家のアルビーンがそう言うと、周囲からも「そうだな」という声があがる。
実際、すべての船が稼働できたとしても、七家しかないのである。
ロイワマール家への警戒に一家、基地に一家、哨戒に一家は最低でも残さねばならない。
余力を考えず、すべての船団を動かしたとしても、18番魔界へ逆侵攻をかけられるのは、たったの四家。
魔界に溢れんばかりいる魔蟲の殲滅は、一度の逆侵攻では無理だろう。
そうすると満身創痍の四船団が戻ってくることになる。
それが再び使えるようになるまで、一体どれくらいの日数がかかるのか。
運悪く魔導船が大破してしまえば、さらに状況は悪化してしまう。
各家が否定的になるのも分からないでもない。
ヴァルトリーテは、当主会議がこのような流れになるのをほぼ予想していた。
ノイズマンを盗み見るも、表情からは何もうかがい知れない。
「私は逆侵攻に賛成します」
ヴァルトリーテは発言した。
何人かはギョッとした風に、ヴァルトリーテを見る。
さすがに驚きの声を発するような殊勝な者は、この中にいない。
「ただし、条件付きですが」
「カムチェスター家の……条件とは?」
「『インフェルノ』の邪魔になる船さえいなければ……我が家は賛成します」
「それはどういう……?」
「参加する家がカムチェスター家のみでしたら、私は逆侵攻に賛成ですと申し上げたのです」
今度こそ、驚きの声があがった。
祐二とマリーとロゼットの三人は、豪華な邸宅の二階にあがった。
「ここにしましょう」
そこは遊戯室のようで、壁にダーツの的がかけられており、丸テーブルの上にはトランプが置かれている。
部屋に入ったのは祐二とロゼット。マリーは? と思って見回すと、あとからやってきた。
「隣の部屋にはベッドがありましたわ。いやらしい」
マリーは眉根を寄せて、そんなことを言った。
「あれ? ロゼットさん、部屋を間違えたの?」
「まあ、そんなところですわ。それより早速本題にいきますわよ」
「本題?」
「この小娘の所属するアルテミス騎士団が、いかに危険な集団なのか、ユージさんにとくと説明してあげますわ」
「またそう邪魔をして。神の名を軽軽しく口にする似非宗教団体がなにをエラそうに!」
「えっと、二人とも?」
面食らった祐二は、マリーとロゼットの顔を交互に見る。
どうやら祐二が思っている以上に二人の関係は深く、険悪なようだ。
「たとえば……そうね、叡智の会から盗み出した粘土板を返したらどう?」
マリーがビシッと指を差すと、ロゼットが困った顔をした。
「何の話ですか? 適当にねつ造するのでしたら、こちらにも考えがありますわよ」
「証拠はあがっているわ。何しろわたしは、教皇庁の地下書庫に行って、実際にこの目で確かめたのですからね!」
「ちょっと待ってください。マリーさん、一体何の話です?」
「ユージさん、いまの話を叡智の会に持っていくのです。はるかな昔、アルテミス騎士団は、叡智の会から粘土板を盗みだし、国外へ持ち出しました」
「粘土板ですか?」
「そうです。アルテミス騎士団は、大昔からそんなことばかりしていたのです。団員なぞ、だれ一人として信用してはいけません」
自信満々に言い切るマリーを見て、祐二はたしかにマリーは調べてきたのだろうと思ったが、だとすると別の疑問も残る。
「マリーさん、その粘土板はどうして叡智の会から盗み出されたと分かったんですか?」
「そうですね、順を追って話しましょう。地下書庫に書かれていた内容を……」
マリーが古文書から見つけてきたそれは、三世紀頃の話だという。
さすがに古すぎるが、祐二は黙って続きを聞いた。
ロゼットも、いまはとくに何もいわない。
商人に扮した不審な集団が教会勢力の中を移動していたため、荷改めを行ったらしい。
当時、宗教はかなりの力を持っていたらしく、一般の人々を導く役目として悪しき物を持っていないか、信仰していないかなどを調べることがあったようだ。
「隊商が荷の中に粘土板を隠していたのです。まったく見たこともない文字だったため、回収しようとしたところ抵抗されまして、惜しくも逃がしてしまったということです。そのとき抵抗した集団というのが、アルテミス騎士団だとあとで分かりました。だとすると不可解なことがあります」
騎士団は魔法と一切関係のない集団。それどころか、敵対すらしている。
だが持っていた粘土板には、見間違えるはずのない紋章……五芒星がしっかりと残っていたと。
「騎士団員が五芒星を信仰していないのは明らか。だとすれば、どこかから調達してきたに違いありません。そしてアルテミス騎士団がそれをやりそうな相手というと……」
「叡智の会ですか」
「そうです。叡智の会には、何か大事なものが盗まれたという記録があるはずです。つまりこの小娘の集団は、そういった盗賊の子孫なのです」
「えっと……三世紀頃の話だよね」
「そうですが、おそらく大事なものだったはず。長い間、行方不明になっているのではないですか?」
「なるほど……だったら聞いてみた方がいいですね。でもロゼットさんはそのことを知っていました?」
「粘土板のことなど、まったく知りませんわ。父に聞けば分かるかもしれませんが、それほど昔となると、記録が残っているかどうか……それに粘土板ですか? それが現存しているとは思えませんね」
「まあ、そうですよね」
「ですが、疑われたままでは沽券に関わります。信頼してもらう証しとしてしっかり調査することを我が騎士団の名にかけてお約束しましょう」
「いやそこまで重要なことじゃないと思うけど」
マリーの言っていることは、半分以上言いがかりだ。三世紀の文書を根拠としたとして、糾弾された方も困るだろう。
「いえ、騎士団は正義を貫くのです。汚名を着せられたままでは、騎士団の名折れです」
「そうですか……」
そこまで言われると、がんばってくださいとしか言い様がない。
そのとき、壁の柱時計が鳴った。
「もうこんな時間ですか。お名残惜しいですが、みなさん忙しい方ですので、そろそろお開きにしないといけなくなりましたわ」
「なんか、すみません」
「いえ、ユージさんは何も悪くありませんわ」
ロゼットはマリーを睨む。
「わたしは目的を達したからもういいわ」
マリーは、帰る気満々である。
三人で階下にいくと……。
フリーデリーケ、ユーディット、夏織を中心とした輪ができていた。
もともとカムチェスター家当主の娘として教育されたフリーデリーケは、こういった場面に強い。
精神的な病を半ば克服した以上、怖れるものは何もない。
そしてユーディット。
高スペックな彼女は、演じようと思えば、いくらでもそれらしく振る舞える。優れた容姿を相まって、人々の中心となるのに、何の苦労もいらなかった。
最後に夏織。
日本人特有の謙虚さを身につけているせいか、オリエンタルな美女として多くの注目を集めていた。もともと夏織は神秘性を帯びた容姿であったが、彼らの中にいると、それが一層引き立っていた。
主役が三人、大勢の取り巻きを従えているようにしかみえないのである。
「なんていうか、連れがすみません」
とりあえず祐二は謝っておいた。
ホームパーティが終わった。
フリーデリーケと夏織はケイロン島に帰るのだが、待機任務もなくなった祐二も一緒に帰ることになった。
数ヶ月間一緒にいたユーディットとは、ここでお別れである。
「来年私もそっちに行くからね」
「うん、待ってる」
このときばかりは、フリーデリーケも夏織も何も言わなかった。




