125 ホームパーティ
ホームパーティは和やかな雰囲気で行われている。
会場がよかったのか、それとも集まったのが著名人ばかりであるからか、とても華やかにみえる。
祐二と一緒にやってきたフリーデリーケ、ユーディット、夏織、マリーもまた、ここに参加した有名人に負けず劣らず容姿が優れている。
彼らに交じってもまったく違和感がない。
そして祐二。
先ほどからずっとモテモテである。
「ほんっとに、あからさまね」
ユーディットが不快感をあらわにするが、さすがにここで喧嘩腰になることはない。
相手の意図がどうであれ、これは親しい者たちを集めたホームパーティなのだ。表向きは。
気にくわないからといって、ぶち壊しにしていいものではない。
「金曜日にパーティを壊して、土曜日に謝りにいったなんて話がどこかでありましたね」
マリーがそんなことを言って、祐二に近づいていく。
「あっ、ちょっ……」
ユーディットが止めようとするが、マリーは器用に人々の合間を抜けて、離れていった。
「キミ、かわいいね」
甘いマスクの男性がユーディットに話しかけてきた。
この男もどこかのスターか、それを目指している若手なのだろう。
ユーディットは曖昧に笑い、仕方なく男と無駄なおしゃべりをはじめるのだった。
「へえ、叡智大なんですか。優秀なのですね」
祐二を取り囲むようにして、十代半ばから二十代半ばくらいまでの女性が群がっていた。
「優秀? いや、それはどうなんだろ」
実際、祐二は自分が優秀とは思っていない。周囲から尻を叩かれたことでなんとかモノになったが、独力では途中で挫折しただろうことは疑いない。
祐二は本当の天才を知っている。
ゆえに優秀と言われても、むずがゆいだけである。
「もっとお話したいわ。二階に行きましょう?」
「えっ、えっと……」
腕を引かれて祐二が部屋を出ていこうとしたそのとき、ガシッと祐二の腕を掴む存在があった。
「……マリー?」
「食虫植物が、大きな口を開けているではありませんか。ユージさん、二階へ行ったら食べられてしまいますよ」
「ちょっとアナタ、横からいきなり、何よ!」
先ほどまで甘ったるい声を発していた女性が、響くような罵声をマリーに浴びせた。
「そのままの意味ですけど、なにか? 食虫植物さん?」
喧嘩を売っているようにしかみえないが、マリーは真実、喧嘩を売っているのだ。
ここで騒ぎになればみなの注目を集める。祐二も二階へ行くなどとは言い出さないだろう。
雰囲気を察して、お暇すると言い出すかもしれない。
一方の女性はというと、騒ぎになるのが嫌なのか、声のトーンを落としてマリーに話しかけた。
「邪魔しないでくれるかしら?」
まるで猟犬が獲物に襲いかかる直前のような目をマリーに向けた。
なるほど、これが素かとマリーは感心し、ハンッと鼻で笑った。
「三下は及びではないわ……ねえ、そうでしょ?」
そばで控えていたロゼットに、マリーは語りかけた。
「えっ? いつのまに!?」
祐二はロゼットがすぐそばにいることに、気付かなかった。
祐二の視界に入らないよう、常に気を配っていたのだろう。
「どういうつもりかしら、マリーさん」
ロゼットの口調に険がある。
「どうもこうもないわ。わたしは言いたいことを我慢しなかっただけ」
挑戦的な言動を受けて、ロゼットは周囲を見渡す。
視線が何度か人々の間を行き来し、最後に祐二とマリーに視線を戻すと、ロゼットはサッと手をあげた。
何かの合図だったのか、祐二の周囲にいた男女が潮を引くようにいなくなった。
「あれ?」
祐二が戸惑っていると、ロゼットがマリーに向けてクイッとアゴをしゃくった。二階へ行けということらしい。
マリーはふふんと勝ち誇った笑みを浮かべて、ロゼットと二階へ上がっていく。
「俺も行くよ」
「ユージさん?」
「何て言うのかな、いまにも戦いを始めそうな雰囲気だし、俺も一緒に行ってもいいだろ?」
「ええ、構いませんわ。もちろん」
「わたしもよ。けど……まあ、その方がいいわね」
祐二とマリーとロゼットは、三人して二階へ上がった。
後ろでだれかが「勇者だ」と呟いた。
――ドイツ 叡智の会本部
当主会議が開かれた。
集まったのは、各家の当主七名。それにノイズマンを加えた八名で行われる。
「さて、無事に魔蟲を撃退できたわけだが、問題はこれで終わったわけではない」
アームス家のゴッツが一同を見回し、視線をゲラルトに止めた。
「また船を破壊されかけたそうだな」
チャイル家のゲラルトは、魔蟲掃討の際に熱くなりすぎ、結果、手痛い反撃を食らってしまった。
現在、魔導珠の魔力も残り少なく、魔導船の修復も遅れている。
「必要な犠牲じゃ」
ゲラルトは悪びれない。
その辺はゴッツも分かっているのか、それ以上何かを言うことはなかった。
「被害を受けた船のことは皆も聞いていると思う。すべての船の修復が終わるのは二ヶ月先だと聞いたが、それ以上かかるところはあるか?」
だれもが首を横に振った。
「よし。二カ月後には、全船の稼働が完了するものとして扱う。それでは当主会議を始めよう。今回、イレギュラーな事態がおきたとバラム家から報告があった。ますはその話を聞きたい。よいかな?」
バラム家の当主ウーリシュレーダーが厳かに立ち上がった。
ウーリシュレーダーは矍鑠とした老人で、いまだ眼光衰えずだ。
バラム家は魔界での貢献は今ひとつであるものの、ゴランを通して叡智の会に金銭面で貢献している。
今回も、バラム家は掃討作戦のローテーションには加わっていない。
いまウーリシュレーダーの息子のアルブレヒトが、基地に詰めている。
「北米でゴランが経済攻撃を受けておる。通常と違い、今回は世論が向こうに回りおった、残念なことにな」
何人かは既知の話だったのだろう。忌々しげに頷いている。
「もう少し詳しく教えてくれないか。最近までずっと魔界にいたのだ」
ゴッツに促されて、ウーリシュレーダーは「そうじゃったな」と、深く息を吸い込んだ。
「かいつまんで説明しよう。草の根的な所からゴランに対する批判が持ち上がったのが最初じゃ」
通販サイトの品揃え不足を批判する声が最初だったのだろうと、ウーリシュレーダーは語った。
品揃えが悪いのは、特定の品物を意識的に排除しているからだ。
これは消費者の選択肢を狭める行為だと非難する者たちが出たらしい。
「すべての商品を扱うことは不可能。厳選とは言わんが、選抜するのは当然。すると不満の声は大きくなり、通販で扱っている品の排斥運動に発展した。ここで一度、手を打った」
ゴランとして新聞に企業広告を載せたらしい。
すべての商品を扱えないことを読者に侘び、今後品揃えを増やし、より一層、お客さまに満足いただけるように務めるといった内容だ。
一見、意味のない広告に思えるが、米国社会ではよくある手法である。
新聞広告によって会社が非を認め、改善に努める姿勢を見せることは「是」とされてきた。
ゴランはそれにならった形になる。
同時に、多様な商品を揃え、満足度を高める工夫も忘れなかった。
これで問題は片付いたはずだった。だが、敵の援軍は思わぬところからやってきた。
「著名人……若者や主婦、会社員など、さまざまな分野に影響力のある者たちが、一斉にゴランへの不買を表明したのじゃ。ここでようやく、敵の存在に気付いた」
一連の流れは、敵勢力の策だったのだと気付き、反撃に出た。
ウーリシュレーダーは人格者ではなかった。少なくとも、やられたままでいる性格ではない。
ゴランに親しい有名人やジャーナリスト、このときのために飼っていたコメンテーターたちを使い、こぞって擁護させた。
メディアだけでなくSNSを使い、より大きな声によって不買を封じ込めようとした。
これには一定の効果があった。
だが感情的になる相手に対しては、理性的な表現をいくら用いても効果がない。
不買はいまだ続いているし、敵の攻撃もまた同じ。
バラム家は今回の件の裏にいる人物や組織、団体を徹底的に調べた。そこで分かったのは……。
「まず、ダックス同盟が絡んでいることは早期に分かっておった。日本で敗北した意趣返しじゃな。じゃが、米国で決戦を仕掛けるには、いささか駒が足らんと思っておった」
事実、経済規模で言えば、ゴランが圧倒的に有利である。
「そして今回、ダックス同盟のやり方とは少し違う。妙に思って、慎重に捜査を進めたところ、裏で手を組んだ存在がいたことが分かったのじゃ。知っておる者もおろう、アルテミス騎士団じゃ。かの集団がダックス同盟に手を貸し……いや、ダックス同盟を利用して、牙を剥いてきたのじゃ」
「それについての対処は?」
「政治と経済の両面から進めておる。いまのところ問題ない。今回は市民の多くが敵意を抱いたことが問題じゃな。時間をかけるしかないと儂は考える」
高度に情報が発達した社会では、上から押さえても反発は必至。
民衆の興味を逸らし、燃え上がった火が自然と消えるのを待った方が被害が少ないとウーリシュレーダーは語った。
ゴランの問題に関しては、各家ともよい案は浮かばない。
その道の専門家が何人もブレーンにいるのだから、任せた方が間違いがない。
「……アルテミス騎士団ですか」
そんな中、ヴァルトリーテはつい先日の話を思い出した。
アルテミス騎士団は祐二に興味を持ち、接触してきたとフリーデリーケから聞いた。
これは由々しき事態であるが、アルテミス騎士団がまさか、地球の反対側でそんな経済活動をしているとは思わなかった。
(この話を当主会議に出すのは止めた方がよさそうね)
自家のことである。弱点を晒すことにもなりかねないため、ヴァルトリーテは発言しないことにした。
わざわざ注目を集める必要はないのである。
ヴァルトリーテが自らの思いに沈んでいる間に、ウーリシュレーダーの話は終わり、議題は移っていた。
「黄昏の娘たちの残党狩りをどこまでやればいいのか。それを確認したい」
ゴッツの声が響く。
「分かっている拠点はすべて強襲し、潰した。結果、地下に潜らせることとなってしまった。問題はここからだ。しらみつぶしに探すにも、世界は広い。どこかで切り上げなければならないと思うが、どうだろうか」
ゴッツの提案に、何人かの声があがった。
会議はまだ終わらない。




