124 事前交渉
――ドイツ カムチェスター家の屋敷
とある日の早朝、カムチェスター家の屋敷に、一人の男が訪れた。
叡智の会より派遣されたジェイルである。
彼は叡智の会の本部職員として、カムチェエスター家を担当している。
「今日は一段と早いわね」
応対に出たヴァルトリーテは、小首を傾げた。
この時間にジェイルが到着したということは、本部を出たのはまだ陽が昇らない時間帯に違いない。
「このような朝早くに申し訳ございません」
「いいのよ。それより緊急の用件でも?」
真に緊急事態がおきたのならば、電話で連絡があるはずである。わざわざ人を寄越すことはしない。
「まず、明後日ですが、当主会議が開かれます。場所はいつものところです」
「そう、ようやくなのね。……で、次が本題なのかしら」
「お察しの通りです。実は本部長より交渉してこいと言われまして……」
本部長というのは、ノイズマンのことだ。それが交渉というのだから、おそらく他家には内密の話だろうと当たりをつける」
「お母様も同席してよろしいかしら」
「はい。あとで話されるのでしたら、ご一緒でも構いません」
場所を移し、ジェイルを客間に迎えた。相対するのは、ヴァルトリーテとエルヴィラ。
「……で、相談というのはなんだい?」
エルヴィラ早く話せと促す。
「では……上司からの言葉をそのまま伝えます。当主会議において、18番魔界へ逆侵攻をかける案が議題にのぼります」
「まあ、そうさね。それで?」
「カムチェスター家におかれましては、それに賛成してもらいたいのです。できれば、先陣を務めるとハッキリいっていただきたいと」
「ふうん? この時期に逆侵攻で、しかも先陣とは穏やかな話じゃないね。どういうこったい?」
「このたびの掃討戦で、本部は各家の被害をまとめました。過去の事例と照らし合わせると、逆侵攻を行った場合、一家もしくは二家の魔導船が大破する可能性が高いと判断しました」
「そりゃ、アタシだって分かる話さ。過去に大破した魔導船はみな、魔蟲の溢れた魔界で戦ったときだからね。可能性というか、それ以外で魔導船が落ちることは少ないさ」
「これ以上、大破する魔導船は許容できないというのが、本部の正式見解です。ですが、18番魔界からやってきた魔蟲の頻度と数から考えると、このまま放置はできないと考えています」
「続けな」
「はい。いつかは逆侵攻をしなければいけませんが、大きな問題をいくつも抱えてる現状、各家は今回の当主会議で、逆侵攻に反対するでしょう」
「そうさね。アタシも反対なのだけどね」
「最悪のタイミングで、三度目の侵攻があるかもしれません。ゆえに、余力があるうちに憂いをなくしておきたいというのが、本部の考え方です」
「だからウチは賛成しろと。そして先陣を切れと、そう言っているのかい?」
「最大限の便宜は図ります。今後も。ですので、なんとか頷いてもらいたいと本部長は申していました」
「交渉というけどね、これは一族でも話し合わなければいけないことだ」
「分かります」
「すぐに結論の出る話じゃない。明後日までに決めておくから、今日はこれでお終いにしようじゃないか」
「……分かりました。上司にはそう伝えておきます」
ジェイルはアッサリと引き下がり、帰って行った。
「……ったく、朝早くからやってきたと思ったら、とんだ話を持ち込んでくれたさね」
「このあと、どこかのタイミングで、地球側で何かがあるということですね、お母様」
「だろうね。……で、そのことをアタシたちには知らせていない。ゆえに当主会議では慎重論が出るだろうと見越しての交渉なんだろうさ」
魔蟲の掃討は終わった。これでしばらくは大丈夫だろう。
ならば、慌てて逆侵攻しなくていいのではないか。
そんな意見が会議の主流を占めるだろう。
つまり様子見だ。先延ばしともいうが、悪い手ではない。
だが、本部としてはそれは悪手。別の情報を掴んでいて、満足に魔導船を出せない事態がおこる可能性を危惧している。
ゆえに、余力があるうちに憂いを絶っておきたいと考えたのだろう。
「一族の主だった者を集めます」
「そうしとくれ。あの男を早朝に寄越したのも、そのためだろうさ」
こうしてカムチェスター家は、動き出した。
当主会議が行われるまさにその日、同じドイツ国内で、もうひとつの集まりがあった。
ロゼットが祐二を誘ったホームパーティである。
場所はあらかじめ教えてもらっていたため、祐二は仲間とともにそこへ向かった。
その場所は……屋敷と言える規模だった。
まず、立派な塀と門が目に入った。
門扉は内側に開けられており、建物までSの字を描くように道が続いている。
屋敷は石造りの三階建てだが、まるで美術館か博物館のような佇まいだ。
これが個人の邸宅としたら、所有者はよほどの金持ちだろう。
「ホームパーティ……ね。まあ、家といえば、そうなのかしら?」
ユーディットが呆れた声をあげる。
「豪邸だね。普段は普通の生活をしているって聞いたんだけどな」
祐二もやや引きぎみだ。
「ウチよりも狭いかしら」
そう言ったのはフリーデリーケ。祐二が誘ったら、なんとケイロン島から飛んできた。
たしかにカムチェスター家よりかは、小さい。
比較対象がアレだが。
「そうですね。私の家の神社よりも……いえ、何でもありません」
そしてなぜか夏織もいる。誘ったのはフリーデリーケだけだったが、こちらもなぜか一緒にやってきている。
そして伝統ある日本の神社と比べるのは、やはり可哀想である。
そもそも宝物殿など、多くの建物がある神社と個人所有の屋敷では、ハナから勝負にならない。
「よくあるデザインのせいか、歴史は感じませんね」
マリーはフンッと鼻を鳴らした。こちらはなぜか攻撃的である。
「あー……えと、入ろうか」
出かける前から雰囲気が悪かったが、到着したら、さらに悪化した。
このメンバーで訪ねて大丈夫だろうか。
祐二はそんな不安に苛まれたが、来てしまったものはどうしようもない。
インターフォンを押すと、すぐに扉が開かれた。
「いらっしゃっ……い?」
マリー、フリーデリーケ、ユーディット、そして夏織までが祐二の前に立つ。
出迎えたロゼットの表情が固まった。
「おまねきありがとうございます。友達も誘っていいということだったので……少し多かったかな?」
祐二は花束と土産を渡した。
「いえ……ぜんぜん大丈夫ですわ。さあ、中にどうぞ」
各人の自己紹介をする前に中へ通された。
ロゼットは一瞬だけ、マリーの前で視線を止めたが、互いに知り合いのようだから、そのせいだろうと祐二は思った。
「みんな、来ましたわよ」
会場から「わぁっ」と声があがる。
そこには、見目麗しい男女が揃っていた。
祐二は、やはり美男美女が多いなという印象を受けたが、フリーデリーケをはじめ、何人かの視線が鋭くなる。
「あそこにいるのは映画俳優のケヴィンで、その周囲にいるのは……」
「女優のナランシと、ファーニア、それにリィズもいますね。いずれもドイツで人気を博している人たちです」
フリーデリーケとユーディットが囁きあっている。
「あら、アメリカでいま売り出し中の二世タレントがこんなに……」
マリーが冷ややかな声をあげる。
「な、なぜ、日本のアイドルグループが?」
夏織が震えた声を出す。
すでに祐二は数人の男女に囲まれて話をしている。
ロゼットは、友人を集めてホームパーティを開くと言った。
だが、ここに集まったメンバーを見れば、それが普通のホームパーティとはかけ離れたものであると分かる。
映画スターや芸能人ばかりが集まるパーティなど、ハッキリ言って異常である。
「……やってくれたわね」
「ええ」
ここにいるのは、騎士団とはまったく関係のない人たちが多いのだろう。
祐二の好みを探りつつ、あわよくば一般人の相手をあてがおうとする意志が見える。
「ここまで露骨だとは思いませんでしたわ」
マリーが怒りを滲ませている。
いくつかの国を代表するような美男美女を集められるコネと資金力は、たしかにすごい。
だが、やり方があからさますぎる。
マリーは来て良かったと思う反面、これでは骨抜きにされると危惧して祐二を見ると……。
「へえ、そうなんですか。おもしろいですね」
仲良く談笑していた。意外と平気のようである。
「……ん?」
美少女に言い寄られてなぜ平気なのか? とマリーが不思議がっていると、夏織がボソッとつぶやいた。
「如月くん、完全に自分と住む世界が違うって認識しているのね」
そう、祐二はここにいるメンバーは高嶺の花どころか、モニター越しに見る存在としか認識していない。
町中で偶然有名人をみかけてラッキーと思う程度なのである。
「自己評価が低いのはいいことだけど、何のためにこの人たちが集められたのか、分かってないようね」
フリーデリーケの言葉にユーディットも頷く。
「相手の作戦は失敗ということかしら」
「今日のところは……かしら。第二、第三の方法を採ってくるだけだと思うけど、相手の意図が分かっただけでもよしとしましょう」
さまざまな思惑をのせて、パーティは続く。




