123 本部の裏切り者
魔蟲が駆逐されたことで、ローテーションが動き、これまで活動していなかった二家が受け持つことになった。
他の五家は、壊れた魔導船の修復と、魔力の回復に専念するようにと本部から連絡があった。
ローテーションで戦っていたのはカムチェスター家を含めた四家で、その中で祐二たちが一番被害が少ない。
侵略種の大規模侵攻によって、図らずも、『インフェルノ』、ひいては範囲攻撃の有用さが浮き彫りになった形だ。
最近のユーディットは、祐二のマネージャーのようなことをしており、祐二への用事はすべて、ユーディットを通して入ってくる。
「ヴァルトリーテ様から連絡が入ったわ。近い内に当主会議があるから、そこで何か話すことがあるかですって」
「う~ん、とくにないかな? こっちはほとんど被害でなかったし、待っているのが退屈だったけど、それを言ってもしょうがないよね」
「退屈だったって言ったら、被害を受けた家は、怒り出すかもしれないわね」
「いまの話は忘れて……けど、当主会議か。何を話すんだろ」
「話し合うことが大量にあるらしいわよ。現在その調整中みたいだし」
「へえ?」
「中途半端にしか揃っていない情報で会議をしても意味がないものね。ヘスペリデスやロイワマール家の裏切りからはじまって、魔蟲の大量侵攻、旧本部近くでの爆発事件、それとどうやら北米でゴランが経済攻撃を受けているみたい」
「なんだか、問題だらけのように思えるけど」
「実際、問題だらけなんじゃないかしら。しかもすぐに解決しないものばかり……そうそう、この前亡くなった叡智大の……同じクラスだった人」
「ミーアのこと?」
「そう。本格的な調査はまだだけど、寮の私物からいくつか分かったことがあったみたい」
「どんな?」
「自然派、もしくは懐古派……ヘスペリデスの中ではわりと昔から存在していた、けれど大人しい集団に属していたみたいね。大昔の魔法使い、それこそ栄光なる十二人魔導師がいた時代のような魔法使いと言ったら分かるかしら」
「うん、なんとなくだけど、分かるよ」
「そういった時代の魔法使いを崇めているのね。彼女たちからすると、いまの魔法使いは堕落している。易きに流れた悪しき存在なわけ。堕落を排除して、古式に則った古き良き魔法使いの世界を目指していたのね」
「ヘスペリデスと相容れないんじゃ?」
「現代の姿を否定するところは同じなんじゃないかしら。ヘスペリデスの主流は、私たちに取って代わりたいという嫉妬ね。単純に憎いってのもいると思うけど、そう言う理由で、いまの魔法使いの社会を否定しているもの」
ミーアと自然回帰……言われてみれば、そうだったのかもしれない。
彼女は他大学も卒業し、最先端の科学を学んだ。
その後、叡智大に入り、最先端の魔法も学んでいた。
その根本にあるのは、最先端の科学技術でも魔法でもなく、大昔の魔法使いのあり方だったのだ。
それを守るため、ミーアは友人を手にかけ、復讐を受ける形で死んだ。
現代を否定するために、テロ組織に入る。その行動は正しかったのだろうか。
違う道もあったのではないか。祐二はそう思う。
「他の集団と違って危険度は低いけど、本部は今回得た情報で、残党を残らず捕まえるつもりみたいよ」
ユーディットの話は続くも、祐二はもう話を聞いていなかった。
――叡智の会 本部
魔蟲が0番魔界から駆逐され、懸案のひとつが片付いた。
今後、叡智の会としてはどう動くべきか。
各家の当主を集めて会議をする必要があった。それも早急に。
だが、当主会議はいまだ開かれていない。
準備が必要なため、開催はやや遅れると各家の当主には連絡してあった。
もちろん、魔界の正確な情報を得るために、それなりの時間が必要であったし、爆発事件に限っていえば、まだほとんど情報が集まっていない。
だが、当主会議が遅れた真の理由は、別にあった。そう、それは……。
「分かっていたことだが、身内から裏切り者が出るのは悲しいね」
「……ッ!?」
本部の男性職員が棚に手を伸ばしたとき、銃を持った警備員たちがなだれ込み、その後ろからノイズマンが顔を出した。
「驚いている顔をしているね。まさか見つかるはずがないと思ったかい? 当主会議が遅れて、作成した資料を戻したのは、裏切り者を炙り出すためだよ。資料はとっくにできているし、裏切り者が何を欲しているかも、分かっているつもりだ」
「……なぜ? ノーマークだと思っていたのに」
男性職員はまだ若かった。二十代の後半くらいだろうか。本部勤めとしては、エリートに入る部類だ。
「ノーマークのはずがないだろ? 私たちは、裏切ったロイワマール家の一族を監視していた。大っぴらにね。だが、本部内にいるのは、そんな分かりやすい者のはずがない。おそらくはまったく関係のない者……できれば八家の利害とも無縁の者が望ましい。なにしろキミは、ロイワマール家の意を受けたのではなく、ヘスペリデスの一員なのだからね」
「くっ!」
男性職員の顔が歪んだ。ノイズマンが正解を口にしたことで、逃げられないと悟ったのだ。
「すでにIDは停止してあるし、職員は武器の携帯を許可されていないからね。徒手空拳で抗ってみるかい? ここにいる彼らは荒事のプロだ。どれだけやれるか私が見ていてあげよう」
「まさか罠を張られていたなんて……僕の負けですよ」
男性職員は両手を上げた。
「殊勝だね。この電子の要塞から外へ連絡を取る手段がないから諦めた……フリをしている感じかな」
ノイズマンは考えた。男性職員は、口では負けを宣言したが、まだ何も諦めていないように思えた。
外部と連絡を取る手段は限られている。
搬入業者は吟味された上に、一般職員と接触することはない。購買や食堂もそうだ。
ゴミですら、すべて本部の地下で燃やしている。
外へ出るものは何もない。ゆえに内部の人間は安心している……その虚を突くとしたら。
「有線、無線問わず、外部に電波は発信されない。窓はすべて反射ミラーでできているため、外から窺うことは不可能。でも……たしかキミの席は窓側だったね」
男性職員は身を固くする。
本部内に私物は持ち込めない。X線の検査で、体内に入れて持ち出すこともできない。
男性職員が捕まったことが外部に漏れるとした場合、それは……。
「窓の振動でしょうか。彼の席に面したビルで、叡智の会所有でないものを調べてください。窓の振動を感知する機器を向けている窓がきっとあるはずです。地上に多くのソルジャーを配置。慌てて逃げ出した者がいれば、拘束して構いません」
「はっ!」
部下の一人が出て行った。
「では拘束してください。お仲間も捕まるのは時間の問題ですので」
ノイズマンの指示を受けて、警備員たちが男性職員に殺到した。
「ちくしょー!」
男は暴れるものの、すぐに取り押さえられる。
「私たちがヘスペリデスの情報をどこまで掴んでいるか知りたかったのでしょう? 最後の機会ですから教えてあげましょう。ロイワマール家の出身で外部の企業に就職した者がいました。その者の手引きで、ロイワマール家とヘスペリデスが接触したことまで分かっています。これまで正体不明だった集団の全貌がもうすぐ明らかになる……ところまで来ています。満足ですか?」
ノイズマンは、男に興味をなくしたように視線を外すと、部下を一人呼び寄せた。
「これで後顧の憂いはほぼ排除できました。すぐにでも当主会議を開きたいと思います。各家の当主に連絡を入れてください」
「かしこまりました」
「それとですね、今回のことはまだ各家にも秘密です。表向きは、準備が整ったから当主会議が開けるようになったと伝えてください」
「……はい」
部下はなぜ、目の前でおこったことをわざわざ秘密にするのか、納得いかない表情を浮かべた。
「いまはそれでいいのです。今回の件は秘密です、いいですね」
「かしこまりました」
念を押され、部下はひとつ頷くと部屋を出て行った。
「彼の目的は当主会議に使う資料の奪取だっとして……ほかに南米で回収したアレのありかを探っていたのですかね。何にせよ、やっかいなことです」
一人残ったノイズマンもまた、部屋を出て行った。




