122 パーティへの誘い
ロゼットは、アルテミス騎士団の使いとして、正式に名乗ってやってきた。
驚いたことにロゼットの父親は団長だった。団長といえば、騎士団の中で一番地位が高いのではなかろうか。
もっとも、実働部隊の中で一番偉いだけらしく、他に相談役や参与、それに出資者も多数いることから、部隊長という認識で構わないそうだ。
そもそも「実働部隊」ってなんだと、祐二は思ったのだが。
「お話しできるのなら、わたしはどこでも構いません」
ロゼットとは、ホテルのラウンジで話すことになった。
なにか飲み物をと祐二がメニューを渡したとき、腕を伸ばしたロゼットがやはり顔をしかめたのだ。
聞いたところ、少々怪我をしたとのこと。かすり傷なので気にしないでと言っていた。
「それで、アルテミス騎士団の団長の使いって聞いたけど」
「はい。ユージさんが騎士団に隔意を持っているように感じられましたので、誤解を解いておこうと思いまして」
ロゼットは落ちついている。祐二の方が緊張しているくらいだ。
「誤解ですか?」
「それを含めてですね。すこしお話させてください」
「いいですけど、俺に話したところで、あまり意味はないと思いますけど」
「いえいえ、そんなことはございません。それに判断するのは、話を聞いてからでも遅くないですわね」
「そうですね」
いまはローテーションの待機中で、時間はたっぷりある。
そうでなくても、自分の知らない話は、聞いて損になることはない。
「まずですね、アルテミス騎士団に対する誤解ですが、叡智の会と敵対しているわけではありません」
「俺の周りは、口を揃えて『敵だ』と言っていますけど」
祐二が聞いた範囲は狭いが、それでもみな警戒しろと言っていた。
「否定はしません。そう感じるのも理解できます。まずはその辺からですね」
アルテミス騎士団の行動は、叡智の会の監視にある。ロゼットはそう切り出した。
「叡智の会が力を持った場合、この世界はどうなりますか?」
「別に変わらないのでは? 俺たちは普通の人と変わりませんよ。ただ、魔力を持っているだけですから」
ロゼットは首を大きく横に振る。
「そのわずかな違いが、とても大きいのです。人類の存続を叡智の会に依存している現状、無茶な要求をされても、唯々諾々……とはいいませんが、拒否できないわけです」
「まあ……そうですね」
それは祐二も考えていたことだ。
世界征服のような、マンガや小説に出てくることはあり得ないが、それでも十分ワガママが通る環境にはある。
魔蟲の二、三体をこの世界に呼び込み、人々が恐怖を受け付けたあとで、要求すればいいのだ。
そうしない理由は、おそらく利がないからだろうと祐二は考えている。
人類と敵対して、その上に君臨してもいいことはない。
人類を従わせるのではなく、共存を目指しているからこそ、現在の形に落ちついたのだと祐二は考えている。
「叡智の会にこの世界に覇を唱えるつもりがないのは分かっています。ですが、それが未来永劫続くかどうかは分かりません。わたしたちは、それを危惧しています。これは間違った考えでしょうか」
「いえ……当然だと思います」
ロゼットは知らないだろうが、バチカンでさえ、秘密裏に魔法使いの血筋を残していたのだ。
叡智の会がアテにならない、もしくは信用できなくなったときのことを考えるのは正しい。
つまり、アルテミス騎士団の危惧はもっともだし、この先、十分あり得る未来である。
「はじめの話に戻ります。わたしたちアルテミス騎士団は、叡智の会を監視する集団です。何のために監視するかは、これでご理解いただけたと思います」
「そうですね。よく分かりました」
「叡智の会が間違った方向に向かおうとしたとき、わたしたちはその身をもって、阻止しに動きます。世界の政治を牛耳ろうとしたのでしたら、政治で対抗します。世界経済を手中に収めようとすれば、経済で対抗します。武力ならば武力、宗教ならば宗教で、叡智の会がやり過ぎたときに、対抗することを信条としているのです」
「そのために対立を?」
「何もなければ何年、何十年でも接触はしません。監視のみです。ですが、何かに突出しようと動いたとき、それを掣肘するために全力をつくします。叡智の会からすれば、いいときに邪魔が入ったと感じるかもしれません。ですがわたしたちが目指すのは中庸。行き過ぎたところをもとに戻しているに過ぎないのです」
そこでロゼットはコホンと咳払いをし、表情を緩めた。
「わたしたちは、正義の名のもとに騎士団を名乗っています。非合法なことを是としないまっとうな集団です。ですから、必要以上に警戒しないでいただきたいのです」
「……分かりました。正義について議論しても意味はないでしょうし、意味は理解できます。ゆえに、一応は信じます」
ロゼットの言葉が嘘かどうかは判断できない。ただ、悪いことを考え、実行する集団ではないことだけは、なんとなく分かる。
「近々、お友達を集めてホームパーティを開くのですけど、どうでしょうか。お近づきの印に、一度参加されますか?」
「ホームパーティですか? あいにくそういう習慣がなくて」
「でしたら、なおさら好都合です。これはアルテミス騎士団とは関係のない集まりです。騎士団のことを知っているのは、半分もいません。当然、そのような話も中では御法度です。意味はお分かりになると思いますけど」
「ええ。でもなぜ俺を誘うんです?」
「アルテミス騎士団の団員は、普段なにをしていると思いますか? 普通の生活を続けているのです。喜怒哀楽、他の人と変わりません。叡智の会がなにもしなければ、私たちは監視のみで一生を終えるのですから。……というわけで、わたしの普段の姿を見せたいのと、誤解をときたい。それに個人的に仲良くなってもいいと思ったから、お誘いしているのです。もちろん、ユージさんのご友人もどうぞ。ささやかなホームパーティですが、人数制限はもうけていませんので」
ホームパーティの参加メンバーは騎士団員以外もいる。
魔法使いだから祐二を誘うのではなく、ただの友人として招待したい。
そんな風に言われたため、祐二は「分かりました。では少しだけ、お邪魔します」と答えていた。
「ありがとうございます。とても嬉しいですわ」
ロゼットは満面の笑みを浮かべて帰って行った。
「……というようなことがあったんだ」
祐二が説明を終えた。
マリーは無言。ひと言も発しない。
何かを必死に考えているようで、目が忙しなく動いている。
祐二としても、別に聞かれたから答えただけで、別段返答を期待したわけではない。
ゆえに二人して、木陰で静かに佇んでいるだけになった。
「……そのお話ですが、先ほどの方、ユーディットさんと仰ってましたが、知ってますの?」
「ユーディットになら話したよ。そういえばホームパーティに行きたいって言ってたな」
彼女も同年代の友達を増やしたいんだねと祐二が言うと、マリーはそうですねと乾いた笑いをもらした。
「そのホームパーティが行われるのはいつですか?」
「今週末かな。場所も近くなんだ」
「でしたらぜひわたしも連れていっていただけますか?」
「い、いいけど……?」
真剣な表情で迫るマリーに祐二はややたじろぎながら答えた。
「それといまの話、ケイロン島にいる方にも話した方がいいかもしれませんね」
「ケイロン島っていうと、フリーデリーケさん? どうして?」
「ただの勘です。そう、ただの女の勘とだけ」
「そうなんだ。まあ、そうだね。だったら、話してみようかな」
「その方がいいと思います」
「それでマリーさんの話ってなに? 話があるから来たのに、俺ばっかり喋っちゃって」
「そのことでしたら、いまは話す必要がなくなりました」
「……?」
「いずれ話すときが来ますが、この場で話す意味がなくなったという感じでしょうか」
「……そうなんだ。よく分からないけど、いずれだね」
「はい、いずれです。……ではわたしはこれで失礼しますわ。そのホームパーティ、楽しみにさせていただきます」
「それじゃ、今度のホームパーティ、一緒に行こうね」
「はい」
よい返事を残して、マリーは去っていった。




