120 魔法の炎
爆発事件から数日経った。祐二の周囲は静かなものだった。
相変わらず落ち込んでいたが、それでも少しずつ外へ出るようになった。
「ユージ、本部から出撃の要請が来たわよ」
ユーディットが資料を片手にやってきた。
「ついに来たか」
魔蟲の掃討はうまくいっていると話がきていた。
だが、連日の出撃で、残存魔力が心許なくなってきていると報告があがっていた。
ロイワマール家が去っていった魔窟を監視している家があり、魔蟲を殲滅するため出撃を繰り返している家が二つある。
祐二達を含めた二家が旧本部近くで待機している状態だ。
本部は、現在出撃している魔導船の残存魔力が半分を切る前に、その二家と交代することを決めた。それがもうすぐなのである。
「魔蟲の迎撃をしてからまだ一週間も経ってないけど、もう魔力が半分を切るの?」
それはさすがに早いのではと祐二は思った。
「うーん、今回は敵がばらけたから効率が悪かったんだと思うけど、たしかに早いわね」
このペースで魔力が減るのならば、半月もしないうちに魔導船は魔力をすべて使い果たしてしまう。
もちろん、船長がいれば補給できるわけだが、それでもやはり、不安は残る。
「最新の哨戒データをみると、まだ魔蟲は結構いるのよね。ちょっとやっかいかも。他家と連携をとる必要がないからいいけど、バラけた魔蟲を倒す作戦なんてないもの」
見つけ次第倒すしかない。つまり、場当たり的な対応に終始することになる。
それがユーディットには、不満らしい。
「どれだけいようと、目の前にいたら倒せばいいんだし、あまり気にしてもしょうがないかな」
祐二が魔界門にいくと、魔導船に乗り込むメンバーが揃っていた。
「よし、行こう」
ここからは祐二は船長として振る舞わなければならない。できるだけ慌てず、どっしりと自信満々に命令を下すのだ。
「……ん? ユーディットも来るの?」
「ええ、許可をもらったの」
どうやら祐二の知らない間に、魔界門をくぐる許可を得ていたようだ。
将来を見越したエリートだからだろうか。高校生のうちに、戦闘を体験させるのはどうかと思うが、これが魔法使いの宿命なのかもしれない。
魔導船に乗り込み、ドックを出る。
祐二の操る『インフェルノ』は、味方をも巻き込む巨大な炎を出す。
範囲攻撃に特化しているため、これまでの船団運用では、『インフェルノ』の力を十全に発揮することができなかった。
すでに何度か、机上でも船団の展開が考え出されていたが、いまだこれといったよい編隊の形が見つかっていない。
結局いまは、祐二の船を中心として、その周囲に中型船と小型船を配置することにしている。
範囲攻撃が広すぎるゆえの悲劇である。
ユーディットが持ってきた資料に、最初に赴く場所が記されている。
そこまで約三時間。移動中はもちろん……ヒマである。
「ユージ、これはなに?」
今回、副官の代わりにユーディットがブリッジに乗り込んでいる。
どのような交渉をしたのか分からないが、将来を考えて副官が譲ったのだろう。
いまブリッジには、祐二とユーディットしかいない。
「これはパネルだね。ここに手を当てて、魔導船に指示が出せるんだ。攻撃するときも同じ」
「へえ、話には聞いたことあったけど、すごいテクノロジーね」
「こういうのもテクノロジーって言うのかな。よく分からないけど」
「こっちの小さいパネルは?」
「そっちはよく分からないけど、触っても何もおきないんだよね。ヴァルトリーテさんは、使い方を失伝したのか、最初から使い方を知らないのか、壊れて使えないのかのどれかじゃないかって言ってたね」
「そうなんだ。壊れてるのかな? でも自己修復機能もあるわけだし……」
「他家はどうなんだろうね」
「聞いても教えてくれなさそう。そういうとこは、本当に秘密主義だし」
「なるほど……」
そんな話をしながら進むと、魔蟲の群れが見えてきた。
「よし、景気づけに一発いくか」
「そうね。バーンとやっちゃいなさい、ユージ」
なぜか偉そうなユーディットに触発されて、祐二はお得意の『豪炎』を放った。
炎の着弾地点と、その周辺が業火の炎に包まれた。
「…………………………」
唖然とした表情でユーディットが炎を眺めている。
「これってさ、味方を巻き込まないようにしなきゃならないから、使い勝手が悪いんだよね」
乱戦になったら使えないし、撤退戦でも難しいだろう。
いまのように、祐二の船だけ先頭にいるときにしか、放てない。
「ちょっと、すごいじゃない! なにこれ、無敵よ、無敵」
ユーディットが興奮している。
「そうだね」
「なんでそんなに冷静なの?」
「だって、見慣れた……ってわけじゃないけど、こういうものかなって思うし」
冷静に返す祐二に、ユーディットは悔しくなった。自分だけ興奮して、バカみたいではないか。
そんな風に思っていたところ、ユーディットはあることに気付いた。
「ねえユージ、次の場所は、ここから十時の方角に二時間程度よ」
「だったら、周囲に敵もいないし、さっさと行くか」
祐二が指示を出すと、船団が向きを変える。
「次は中型船と小型船に経験を積ませてもいいかもね。それよりユージ」
「なに?」
「到着するまで時間があるわ。ここで魔法の鍛錬をしましょう」
「えっ? だって魔力を温存しなくっちゃならないだろ。魔蟲の掃討が完了してからでいいと思っていたんだけど」
「あのね、ユージ。カムチェスター家の魔法特性って、なんだか覚えているわよね」
「そりゃ、もちろん覚えているさ。魔力を自然属性に変えて放出するんだろ?」
「そう。私は水」
「フリーデリーケさんは光だったな」
「ユージは火でしょ」
「なんで火だって分かるの? 俺はまだ魔法を一度も発露させたことがないよ」
「あのね、『インフェルノ』の外観には、まるで炎のような文様が入っていたでしょ」
「うん」
「範囲攻撃ばかりに注目しているけど、そもそもユージが扱っている攻撃魔法って炎よね」
「そうだね」
「ここまで火に関することがあって、どうしてユージの魔法属性が火じゃないと思うの? 間違いなく火でしょ」
「そうなのかな? ……あっ、でも、そうかも」
もし祐二が属性を持つとしたら、火が一番しっくりくる。
「というわけで、火を出す鍛錬をしましょう。幸い、さっきの『豪炎』のイメージが残っているでしょ」
「なるほど……やってみるよ。火だよね」
「ええ、魔力を出すとき、できるだけ火をイメージしてみて」
「分かった……やってみる」
ユーディットに言われた通り、祐二は火を思い浮かべた。
そして手を前に翳し、魔力を放出する。
――ボッ
祐二の手の平の先に火が灯った。それもあっけなく。
「出た!?」
「出たわね」
「すごい、俺いま、はじめて魔法を発露させたんだ」
「そうね」
「ねえ、ユーディット。なんでそんなに冷静なの?」
「だからユージが魔法を使うなら、火以外にありえないじゃない。それで魔法の鍛錬をしているんだから、火が出るか、何も出ないかよ。火が出ても驚くことじゃないわ」
なんとも張り合いのない答えではあるが、それを吹き消すほどの感動が、祐二の胸に去来した。
「今日、俺……この場で初めて魔法を使ったんだ」
「おめでとうございます、船長」
みれば、ブリッジの下で、乗組員たちが拍手をしてくれた。
「よかったですね、船長。習って一年未満で魔法を発露できるなんて、素質ありますよ」
みな口々に祐二を褒め称える。
「ありがとう、みんな」
その後、何度か練習したが、しっかりと祐二の手から火は出た。
あまりにやり過ぎたので、ユーディットから「そろそろ止めたら?」とジト目をされたのだが、祐二はまったく気にならなかった。
この日祐二は、名実ともに魔法使いになった。
あまりに嬉しかったため、祐二は『インフェルノ』を駆り、次々と魔蟲を滅ぼしてまわった。
出撃を繰り返すこと七日。祐二が受け持った地域の魔蟲は、すべて駆逐された。
『インフェルノ』が放った炎の絨毯は、遠く離れた場所で戦っていた他家の魔導船からも見えたという。
敵味方問わず、戦闘中に『インフェルノ』に近づく魔導船は、もちろんひとつもなかった。
第四章『侵略種襲来』編がこれにて終了です。
明日から、第五章『魔法使いの逆襲』編が始まります。
この物語は、各勢力、複数の思惑が同時に動いています。
登場人物も多いですし、イベントも複数同時におきたりします。
プロットが入り組んでいるため、そして物語を通した謎や伏線が入り乱れていることもあって、できるだけ物語を理解しやすいよう心がけています。
本作品を読んでどのような感想を抱いたでしょうか。よければお聞かせください。




