119 調査
爆発事件のあった周辺の防犯カメラがチェックされた。
不審な男が三人と、それを目指して歩くミーアの姿が映っていたという。
ミーアが話しかけたのだろう。男たちは振り返ると、すぐに逃げ出している。
爆弾を抱えた男をミーアが追いかけ、その後爆発がおきた。
ミーアは人の流れに逆らわず、かといって駆け出すこともせず、避難する群衆に紛れて、その場から離れたようだ。
祐二が見かけたミーアは、避難の途中だったのだろう。
逃げた二人の男と、男を追いかける直前にミーアがどこかへ電話をしていたため、仲間がまだいると思われる。
これからミーアのスマートフォンを解析するらしい。
同時に、特別科の寮にあるミーアの私室と、ハワイにある実家にも人を派遣することが決まったと、本部の職員は言っていた。
ちなみに、祐二への取り調べは簡単なものだけだった。
祐二に対して、ミーアが意図を持って近づいてきたと思われているらしい。
魔導船の船長を本格的に疑うことはしないのだろう。
ソーリアの身柄は即日、叡智の会へ引き渡されたという。
本来、厳しい取り調べが待っているのだが、そうはならなかったようだ。
ソーリアが殺した相手が黄昏の娘たちの構成員であること、銃を向けられた祐二を助けるための行動であることが考慮されている。
とくに、魔導船の船長を助けるためというのが、大きいらしい。
ミーアのスマートフォンだが、かなり特殊な措置がほどこされているらしく、解読は難航するかもしれないと技術者が嘆いていた。
それでも、逃げた男たちとヘスペリデスの仲間は必ず追いつめると、本部は気炎を上げているとか。
たしかに魔界門のすぐ近くで爆発騒ぎがおきたのだ。
本腰を入れて調査すべきであろう。
爆発のあった翌日の夜には、ここまでのことが分かったのだから、叡智の会の影響力と調査力、そして行動力は称賛に値するのではなかろうか。
その間祐二は、精神的ショックですっかり参ってしまい、部屋に閉じこもっていた。
何かを察したユーディットは、祐二をそっとしておくことに決めたらしく、部屋を訪れていない。
「ミーア、おまえが何を考えていたのか、結局分からなかったじゃないか」
ドキドキしながら初めて特別科の教室に入ったとき、真っ先に話しかけてきたのがミーアだった。
よくイタズラもされた。
くっついて自撮りし、それを祐二のアドレスから送信したりもした。
頭がよく、勉強の分からないところを何度も教えてもらった。
島のあちこちに出没し、いろんな店に詳しかった。
古式魔法研究ゼミに入ると喜んでいた。
教授の話を熱心に聞いていた。
そのどれもが、テロリストとしての顔とは無縁のものだ。
祐二の中のミーアは、大学でともに過ごした時間が最も多い、特別なクラスメイトだったのだ。
「なあ、ミーア。おまえは俺と一緒にいるとき、いつもどんな気持ちだったんだ?」
もう二度と返ってくるはずのない問いを祐二は投げかけるのだった。
――バチカン市国 地下書庫 シスターマリー
ロゼットから受けた傷は、いまだマリーを苛む。
その痛みがある限り、マリーはアルテミス騎士団への復讐を諦めることはない。
「わたしの勘が当たっていれば、あの連中の行動原理は過去にあると思うのです。それも大昔に。それをかならず見つけ出してあげますわ!」
熱心な者ほど、はしごを外されると脆い。
アルテミス騎士団の場合、寄って立つものが何なのか、マリーはいまいち把握しきれていなかった。
彼らは魔法使いではない。叡智の会と敵対している理由が弱いのだ。
では単純に魔法使いが嫌いだから? そんな浅い理由で、千年以上も組織が維持できるだろうか。
彼らなりに納得できる理由があるはずなのだ。
それを探るには、いまではなく過去、それも大昔の文献に当たらなくてはならない。
「アルテミス騎士団について書かれているもので、最古のものから読んでいて、これですからね。認識が甘かったでしょうか」
マリーは文献を慎重に読み進めているせいで、解読が遅々として進んでいない。
キリスト教とアルテミス騎士団が関わったもののみを選んで読んでいるのだが、思ったより多いのだ。
「これほど昔から互いの存在を知っていて、ときに敵対していたとは思いませんでした」
このままいくと、申請した時間を越えてしまう。
「少し、ペースを上げなければいけませんね」
マリーの額に汗が滴った。
マリーの解読は進む。
その日もそろそろ終わりかと思われたそのとき。
「ガリアリウム……? ああ、ガリア帝国のことですかね。後ろの方にインペリアルと出てきましたし、おそらくそうでしょう」
ということはようやく三世紀に入ったのかと、マリーは眩暈がしそうになった。
書庫に篭もって二日目。それももうすぐ終わる。それでまだ二、三百年分しか進んでいないのだ。
「へえ、抗争があったのですか。これは、アルテミス騎士団の方から仕掛けてきたみたいですね。他に関心をもたないわりに仕掛けてくるなんて珍しい……」
どうやら、互いに武力を持ち出した抗争がおこったらしい。
規模的には戦争に近い。
ただしこの時期、ローマ帝国から独立したガリア帝国が地中海沿岸を支配しており、ローマ帝国は軍事的、政治的に混乱していたようだ。
そのため、地方でおきた抗争は、他の介入もなく、そして規模を大きくすることなく終息したようだ。
「争いの原因はなんだったのかしら……?」
流し読みでは分からないため、マリーは文献を注意深く紐解く。すると……。
「……えっ? どういうことですか? これって……」
マリーは困惑した。
文献に書かれている内容をもう一度じっくりと読む。
「間違いありません。まさか騎士団がそんなことをしていただなんて……お金に困っていた? それともたんに嫌がらせ? 何にせよ、実物を見てみたいですね」
抗争の原因は、粘土板にあったと書かれている。
聖なる十字を身に纏った騎士たち――これは教会関係者だろう。それが、旅する大規模な一団――おそらくは隊商を見つけ、荷改めを行ったらしい。
そのときの荷の目録も残っているが、それはどうでもいい。
問題は、荷物の中から、見たことのない文字で書かれた粘土版が出てきたことだ。
キリスト教はこの当時、キリスト教以外の宗派を邪教として扱っている。
他の宗教が崇める神を邪神や悪魔と呼び、貶めることを忘れない。
事実、これよりずっと後の時代、イースター島に上陸した宣教師は、現地で発見した石版をすべて悪魔の書としてうち捨てる命令を出している。
ロンゴロンゴが解読不可能なのは、現存するものがあまりに少ないからだ。
荷改めで出てきた粘土板も破壊されることになった……はずだが、その隊商の猛烈な反撃に遭い、教会騎士たちは撤退。
命からがら逃げ帰ったようだ。
生き残った者がどこかの町に知らせ、追撃隊が派遣された。
その粘土版を持っていた隊商こそが、アルテミス騎士団だったようだ。
何らかの事情で粘土板を移していたのかもしれない。
ガリア帝国も末期になるとかなり荒れたらしいので、可能性はある。
そして移動の最中に、たまたま荷改めが行われ、粘土板を破壊しようとして反撃に遭ったというのが、真相のようだ。
「問題はその粘土版ね。断片的な記憶をもとにして書かれたのでしょうけど、これ……」
見たことのない文字のようなものが三つ、四つ載っている。
これと同じ文様があれば注意、ということだろう。
それよりもマリーの目を引いたのは、ごくありふれた図案だった。
「五芒星って……魔法使いの紋章じゃないの。なぜ反魔法使いのアルテミス騎士団が持っているのよ」
五芒星、いわゆる星形が、それらの文様と一緒に載っていた。
一筆書きで星を描くのは古来にもあっただろうが、わざわざ記しているのは、魔法使いくらいなものだ。
アルテミス騎士団が、五芒星をシンボルに使うとは思えない。あれは魔法使いのものだ。
「とすると、粘土板をどこからか奪ってきたことになるのだけど……当然、叡智の会よね」
アルテミス騎士団は、過去に叡智の会から大切な粘土版を奪っている。
叡智の会がそれを取り返したのか分からないが、奪ったのがたしかならば、ひとつの攻撃材料になる。
「これを叡智の会に知らせて、敵愾心を煽って、アルテミス騎士団との接触をなしにできるのではないかしら」
ここにある史料を読んだ者は、長い歴史の中でそれなりにいただろう。
だが、マリーのように魔法使いに理解があり、アルテミス騎士団を敵として、叡智の会の者を取り込もうとしたとは思えない。
この文献に書かれている内容に価値を見いだした者は本当に少数であろう。もしくはゼロの可能性もある。
つまり、いまだこの情報が叡智の会へ伝わっていない可能性が高いのだ。
「恩を売るついでに、ユージさんと親しく……いえ、この情報をユージさんに直接伝えましょう。そうすれば何度でも会えますし、あの小娘を牽制することもできますわ」
いまのアルテミス騎士団は、盗人の子孫なのだ。
粘土板を返してもらえと吹き込んでもいい。
どちらにしろ、マリーに損はないように思えた。
「これは思わぬ収穫でした」
アルテミス騎士団の行動原理は分からなかったが、その代わりに、おもしろい交渉材料を見つけた。
これをつかって、一石二鳥の作戦を立てればいいのだ。
「フフフ……ウフフフ……」
マリーの笑い声が、地下から地上へと響いていった。




