118 決着
祐二は駆け出した。
爆発の影響か、通りを歩く人の動きが乱れている。
平和な日本ではあまり知られていないが、どこかで爆発がおきた場合、様子を見に行ってはいけないらしい。
小規模な爆発で人の興味をひき、何事かと集まったところに本当の爆発をおこすことがあるのだという。
最初の爆発は人寄せの意味しかなく、殺傷力はほとんどない。
それで安心しきったところに本命が爆発するのだから、始末におえない。
祐二は最初、その話を聞いたとき、爆弾犯は性格が悪いと考えた。
それを思い出した祐二は、爆発がおきた場所から離れることが正しい行動だと理解していた。
だが、祐二はあえて爆発音がした方へ向かっていった。
そして、先ほど見た人物の背中が見えてきた。
「――ミーア!」
大声で呼びかけると、ミーアはビクッと首をすくめてから振り返った。
「あら、ユージ」
落ちついた声が返ってきた。
「ミーア……さっきの爆発……やっぱり」
「ん? なんのこと?」
「いまの爆発……あれはミーアの仕業なのか?」
「えっ? なによそれ」
「ロイワマール家を狙った爆発やケイロン島での爆発……黄昏の娘たちが使うのは、いつだって爆弾だった」
「ちょっ、ちょっと、ユージ。本当に何のことか分からないわ!」
「ミーアはヘスペリデスの構成員なんだろ」
そこではじめてミーアの顔から表情が消えた。
「どうして……?」
「いまの爆発は、何を狙ったものなんだ?」
「ねえ、どうして知っているの? ユージ……いつから」
かろうじてミーアの目だけは動いたが、顔は能面のまま。一切の感情を失っている。
「いつからって……違和感を覚えたのは、ソーリアさんと会ったときだ」
「そんな前から。でも、そんなはずはないわ」
「エリーが家の近くの森で死んだって聞いたよね。俺はクマやオオカミなんかの獣に襲われたのかと思った。もしくは、吹雪で家の位置を見失って遭難したのかもしれない。よく分からないけど、エリーの家の周囲はそういう危険な場所らしいし……だけどミーアはこう言っていた。『魔力を高める修行で死んだ』って。そこが引っかかったんだ」
「なんで? だって」
「エリーの家へ最初に電話したクラスメイトに聞いたけど、彼女はそんな話は聞いてないって言っていた。エリーの妹も、電話してきたのが魔法使いか判断つかないから、絶対に言ってないって……つまり、あの時点でエリーが魔力を高めるための修行をしていたことを知っている者は、いなかったんだ」
「…………」
ミーアは黙り込んでしまった。
「つい最近も、同じことを言っていたね。だから俺は気になって、ソーリアさんに電話したんだ。あのときエリーは、本当に魔力を高める修行をしていたのか。それと、そのことをだれかに言ったのかって」
そして祐二は、首を横に振った。
「ソーリアさんは、だれにも言ってないって」
ミーアは、肩の力を抜き。ため息をついた。
「……まさかそんなことでバレるとはね。そうよ、家族がだれにも言っていないのなら、知っているのは私だけになるわ」
「それじゃ、エリーは……」
「私が殺したの。首を絞めてね。マフラー越しだったから、しっかりと手の跡が残らなかったのかしら。でも、この手で絞めた感触は、まだ残ってる……」
「どうしてエリーを?」
「だって、電話していたのを聞かれてしまったんですもの。仕方ないじゃない」
「そんなことで……?」
「私たちにとっては、大事なことなの。絶対にバレるわけにはいかなかったの」
「エリーは魔女の家系だ」
「……? 知ってるわよ」
「ドルイドの流れを汲む魔女は、森の木にまじないを施すんだ」
「知ってるって言ってるでしょ。だれにも見つからなければ成就するってやつよね。それがどうしたの?」
「ソーリアさんに電話したあと、森を探してもらったんだ。かなりの日数がかかったけど、見つかったって連絡が入った」
「な、何のまじない?」
「木の幹には、こう彫られていたそうだ。『黄昏の友人の秘密をここに移す』って」
ミーアの表情が崩れた。
「それって……私のこと……?」
「ソーリアさんが言うには、それは忘れるためのまじないなんじゃないかって。エリーは、ミーアがヘスペリデスであることに気付いたけど、だれにも言わなかった。言えなかったのかもしれない。だけどそれが正しいことなのか、ミーアと会ったとき、以前のように接することができるのか、とても悩んだと思うんだ。だから呪いで秘密を木に移した。これでもう元の通り。そう願ったんだろうって」
「エリー……そうだったの?」
「大学で一番仲のよかったミーアを裏切ることができなかったんだと思う。だから……」
「もう遅いわ。遅いのよ……秘密を知られたからには、ユージ。あなたにも消えてもらう」
ミーアは懐から拳銃を取り出した。
「ミーアッ!」
「組織の者を始末する予定で手に入れたものだけど、ユージに使うことになるとはね」
「なぜだ。なぜなんだ、ミーア。なぜ、こんなことをする?」
「きっと、ユージには分からないわ。いまの魔法使いは堕落しているの。だから昔に戻さなくてはならないの……さよならね、ユージ。あなたのこと、嫌いじゃなかっ……」
銃口を祐二に向けたまま、ミーアの口が大きく開かれた。
彼女の後ろに、だれかが立っていた。
ゆっくりとミーアが振り返る。
「ソーリアさん!?」
祐二が叫び、ソーリアが腕に力を込めたのが同時だった。
「――うぐっ!」
ミーアの口から血がこぼれ出た。
「娘のかたき……よ」
「……っ」
ミーアは祐二に向かって何か話そうとしたが、口から血の泡があふれ、瞳から力が失われる。
ミーアはまるでスローモーションのように頽れた。
ソーリアは鋭利な刃物を握ったまま、立ち尽くしていた。
背中から心臓をひと突きされたミーアは、ほぼ即死だったという。
ソーリアは現行犯で逮捕された。
祐二は、これは魔法使いとヘスペリデスの構成員の争いであると本部に連絡した。
ソーリアの身柄は、叡智の会へすぐに移されるだろう。
「ねえ、ユージ。何がどうなったの?」
祐二とミーアの会話の途中でユーディットが合流していた。
銃を向けられたとき、ユーディットは硬直して、なにもできなかった。
カムチェスター家の未来のためにも、ユーディットは銃弾を浴びる覚悟で、前にでなければいけない場面だったのにだ。
「悲しい出来事があったんだ……とても悲しい、出来事が……」
祐二は、ソーリアと何度か連絡を取っていた。
そしてソーリアから聞いた「黄昏の友人」という言葉から、ミーアの正体にほぼ気付いた。
祐二は、ミーアをどうすればいいか悩んでいたが、それは結局、問題の先送りでしかなかった。
そしてたまたま、ソーリアから「魔女の術具」を受け取ってほしいと頼まれた。
エリーが魔女になる意志を固めたとき、それを指導する立場の魔女――つまり、ソーリアがエリーに与えたという術具一式。
しばらくはそれを使い、大人になるまでに自分で少しずつ自前で揃えていくのが、魔女の習わしらしい。
「一度あげたものを引き取るのはよくありませんから」
手元を離れた術具が再び戻ってくるのはよくないらしい。
ソーリアは、だれかにもらってほしかったようだ。
祐二は、ソーリアの願いを了承し、エリーの墓参りに行くついでに受け取ると伝えた。
だが魔蟲の侵攻があり、祐二はドイツの旧本部に詰めなくてはならなくなった。
それを聞いたソーリアは、ならばと術具を祐二のもとへ持っていくことにしたのである。
ドイツの旧本部ならば、ケイロン島に渡る必要もないし、祐二は旧本部から動けないのだから、容易に合流できる。
術具は木箱に入っていた。その木箱には、まじないのためにエリーが木の幹に傷をつけた刃物も入っていた。
今回その刃物は、ミーアの背中を一刺しするのに使われた。
ある意味エリーは、自身の術具で仇をとったともいえる。
爆発があったとき、ソーリアは近くに来ていたらしい。
どこかで祐二を見かけたのだろう。
祐二とミーアの会話を聞いて、持っていた木箱から刃物を取り出した。
祐二もミーアも話に夢中になって、それには気付かなかった。
あの時、ミーアは祐二に銃口を向けていた。
もしソーリアが刺さなかったら、ミーアは引き金を引いただろうか。
祐二は分からない。
引いたとも思うし、引かなかったとも思う。
悠長に会話していたのだ。ミーアは逃げるか、銃を撃つかできたはずである。
だがミーアはそれをしなかった。最後まで悩んでいたのかもしれない。
そんなことを考えながら、祐二は窓の外を眺めた。
雲一つない空が眩しかった。




