115 進むべき道
侵略種の大侵攻以来、祐二の集中力は切れたままだった。
魔導船に乗って、すぐにでも魔蟲を排除しに行きたいのだが、叡智の会からは何の音沙汰もない。
ジリジリと待つこと数日、大侵攻の話は特別科内ではもう、周知の事実となっていた。
そんなとき、フリーデリーケが祐二のもとに現れた。
「気が散っているみたいね」
開口一番、フリーデリーケはそんなことを言った。
だれに聞いたのかと訝しく思い、祐二が振り返ると、ミーアが手を振っている。
おそらく寮で会った際、祐二のことを聞いたのだろう。
「――やっぱり、分かっちゃうか」
なるべくそのような素振りは見せないようにしていたのだが、イライラソワソワして、授業やクラスメイトとの話も上の空になることが多かった。
鋭いミーアのことだから、すべてお見通しだったのだろう。
「昨晩、お母様から話があったわ。大侵攻のあとについてね。ユージにも話しておいた方がいいわよね」
「大侵攻のあと?」
祐二が初めて魔導船に乗った日、0番魔界に大量の魔蟲がやってきた。
あの日祐二は初陣だったが、それが終わった後、どうしたか。
とくに何かした記憶はない。後処理は、自分の領分じゃないと思っていたからだ。
「今回の大侵攻はね、近くの魔界が溢れたと本部はみているの」
「それは聞いたよ。すぐ隣の魔界が溢れた可能性が高いんだよね」
フリーデリーケは頷いた。
「その場合、一年から数年のうちにまた大侵攻があるわ。なので、後顧の憂いを無くすため、こちらから逆侵攻をかけるのが普通なの」
魔導船の人員と魔力に余裕があるときに、溢れたとされる魔界へ赴き、そこにいる侵略種を排除するのだという。
「逆侵攻……」
「半数の魔導船を送り込んで、交代制で少しずつ削っていくのね。どれほど魔蟲に溢れていても、だいたい半年もすれば終わりが見えてくるみたい」
それでも最初に逆侵攻するときは、かなり危険を伴うらしい。
「そうなんだ……ということは、過去にも?」
「ええ。昔はそれこそ稼働している魔導船も、強力な魔法使いも多かったから、問題なかったみたい。最後に逆侵攻をかけたときは……数十年前のことらしいけど、そのとき大型魔導船が一隻、大破しているわ。中型と小型魔導船もかなり落とされて、魔法使い不足で自壊した船が出たのもこのとき」
「結構大事になったんだね」
「ええ、溢れた魔界を解放するのはとても危険なの。今回『インフェルノ』にお呼びかかからないのは、その時のために戦力を温存させたいのかもしれないわ。そうお母様が言っていた……」
いかな魔導船とはいえ、戦えば傷つく。
自己修復作用があるとはいえ、魔導珠に込められた魔力を大量に使う。
大きく損傷した場合、長期においてドックに停泊させることになる。
密集した魔蟲を叩くには、『インフェルノ』の範囲攻撃は最適である。
それゆえ、逆侵攻を視野に入れて、いまは戦わせずに温存させているのではないかというのだ。
「つまり、俺が出て行かない方が、今後のため……?」
「お母様はそう予想しているわ。そのうち臨時の当主会議が開かれるでしょうし、本部の考えも明らかになると思うけど、ユージさんが集中しきれていないと聞いたから、話しておこうと思って」
「そうだったんだ。ありがとう。……そうだね、俺には俺の……『インフェルノ』には『インフェルノ』の役割があるんだよね」
「ええ、だからいまは学生生活に集中してもいいと思うの。いえ、だからこそ、学生生活を大事にすべきだとね」
「そうだね。うん、俺が間違っていたかもしれない」
いまできることを一生懸命やる。
なんとなくだが、祐二の進むべき道が見えた気がした。
「大学の授業にゼミ、それからクラスメイトとの交流に魔法の鍛錬。俺にはやることがたくさんあるんだ。悩んでいる時間だってもったいないくらいじゃないか」
フリーデリーケに言われて、祐二は自らのすべきことを思い出した。
アパートメントに帰り、早速今後の予定表を作成する。
できるだけ効率よく自分を高める。
それがいまの祐二にもっとも必要なことだと気付いたのだ。
だがしかし……。
思い立った直後、祐二のスマートフォンに電話の着信音が響いた。
「もしもし……あっ、ヴァルトリーテさんですか。どうかしました?」
夜分の電話だったため、やや不安を覚えながら祐二は出た。
「あのね、侵略種の殲滅がうまくいっていないらしいの。それでつい先ほど、カムチェスター家に待機命令が出たわ」
「待機命令というと、旧本部の近くで待機ってことですか?」
「ええ、そう。実際に出動する可能性は低いとみているのだけど、本部もいまの戦いがどう転ぶか分からないみたいね。申し訳ないけど、こっちに来てもらえるかしら」
魔蟲の動きがランダムで、手が足りないかもしれないとフリーデリーケが言っていた。
「分かりました。いつまでに行けばいいですか?」
「学校のヘリを出してもらうよう、本部から連絡させるわ。それに乗ってギリシアまできてちょうだい。飛行機に乗り換える手はずを整えておくから」
ヘリと特別機を使うようだ。これは思ったよりも事態は切迫しているのかもしれない。
「分かりました。明日の朝、特別科の事務室に行ってみます」
「たびたび呼び戻してしまって、ごめんなさいね」
「いえ、これは替えのいない職務ですから」
「そう言ってもらえると少しは気が楽になるけど……とにかく、明日お願い。私は本部に行かなければいけないから、代わりの人を旧本部に派遣しておくわ。しばらくは、そこで待機だと思う」
「そうですね。では時間を潰せるよう、本でも持っていきます」
最後は安心させるよう、そう言って電話を切った。
「目標が見えたとたんにこれか。なかなか思うようにいかないな……それと明日、島を離れることを壬都さんとミーアには知らせておくか」
何も言わずに突然消えると心配するだろう。
そんな風に考えていたら、またスマートフォンから電話の着信音が鳴り響いた。
「また電話? 今日はどうしたんだ、一体……」
スマートフォンの画面には、「着信 ソーリア」と表示されていた。
翌朝、祐二が特別科の事務室に行くと、すでに話は通っていた。
「天候は問題ないので、ヘリはすぐにでも飛べますよ。どうします?」
「ではお願いします」
特別科の敷地内にある格納庫に、ヘリコプターが一台、常時おいてある。
祐二がいくと、すでにスキッドに車輪が取り付けられていた。
牽引車がヘリを移動させるのを眺めつつ、空を見上げる。
「たしかにいい天気だ」
雲一つない青空が広がっている。表現として正しいのか祐二は自信ないが、「日本晴れだ」と思った。
準備が整ったらしく、エンジンがかけられる。
「お願いします」
祐二が乗り込み、ヘリコプターが上空に舞い上がった。
――ケイロン島 ミーア
その様子をやや離れた場所から、ミーアが見守る。
「まさかユージもドイツに行くとはね……向こうでカチあうなんてことはないでしょうね」
青い空の向こうに消えていったヘリコプターを眺め、ミーアは憂鬱そうにため息をついた。
――ケイロン島 フリーデリーケ
「お母様、聞きましたわ。ユージさんの補助役にユーディを付けたのですって?」
『あら、耳が早いわね。どこで聞いたのかしら』
朗らかなヴァルトリーテの声が、電話口から聞こえてきた。
フリーデリーケは多少イラッとしながらも、あくまで穏やかな口調で語りかける。
「今朝、本人がわざわざ電話で知らせてきました。学校は欠席しますけどお気になさらず。こちらはこちらでうまくやりますので、勉学に励んでくださいですって」
『あらあら、あの子も強気ね。まあでも、ユージさんは奥手みたいだし、そのくらい積極的にいった方がいいのかしら。フリーダはどう思う?』
「お母様はだれの味方ですか」
『それはもちろん、フリーダの味方に決まっているじゃないの』
「だったらなぜ……」
『あの子は少ないチャンスをものにしようと、前に進んでいるのです。来年、彼女は叡智大にやってきますよ』
「……っ!?」
『そういうわけで、少し危機感をもった方がいいと思うの。だから……』
「分かりました。もう切ります!」
話の途中でフリーデリーケは電話を切った。
今回、自分の母親が、祐二の世話役にユーディットを指定したと知ったとき、フリーデリーケはほほ正確に母の意図を見抜いていた。
ぐずぐずするなと、発破をかけているのだ。
そもそも今回は、侵略種へ対処するために待機しに行くのである。
真面目な祐二が、ユーディットと遊び回るわけがないし、魔導船の船長が待機する部屋となれば、監視もつく。何があるわけではないのだ。
それでも、言わずにはいられなかったのだ。
その辺はまだ、フリーデリーケも修行が足りないともいう。
どちらにしろ今回は、フリーデリーケは島で留守番。
祐二が戻ってくるのを待つことしかできない。
「……もう」
なんと言われようとも、取り残されたような気持ちは消えない。
フリーデリーケは人知れず、ため息をついた。




