114 侵攻再び
――0番魔界 基地
その日、魔界の基地に詰めていた魔法使いたちは、ボロボロになって戻ってきた魔導船を見た。
中型船が一隻と小型船が四隻である。
「あれは……」
「アームス家のドックに入っていったぞ」
「アームス家といえば、この前哨戒任務についたばかりだったはずだが」
「哨戒中に魔蟲に襲われたのか?」
「だとしたら、侵略種の侵攻が再びあったってことになるじゃないか」
「事実確認を急げ!」
基地の中が慌ただしくなる。
基地の魔法使いたちが予想したように、アームス家の船は、哨戒中に魔蟲に襲われていた。
魔蟲を発見し、戦闘に入ったところ、魔蟲の数が徐々に増えていったという。
その時点で撤退すればよかったのだが、まだ倒せると思い、その場に留まったらしい。
いくばくもしないうちに周辺から魔蟲が集まり、取り囲まれてしまった。
一隻の小型船が魔蟲に取り付かれ、それに対処しているうちに、次々と攻撃を受けたという。
慌てて撤退したものの、最初に魔蟲に取り付かれた小型の魔導船は墜落。
残りは、魔蟲を振り払いながら、逃げてきたらしい。
「本部へ連絡だ!」
アームス家の本隊はまだ哨戒中であったが、事態を重く見た基地の職員たちによって、侵略種侵攻の報せが、本部に届けられた。
この連絡は、本部から各家の当主に。
そして当主から、主要な魔法使いへと届けられた。
「大変だ、行かなきゃ!」
フリーデリーケから、魔蟲侵攻の話を聞いた祐二はそう叫んだ。
「待って。慌てないで」
「だって魔蟲の侵攻だよね。すぐに迎撃しないと」
「分かっているわ。けど落ちついて」
「そんな……」
「こういうことは過去に何度もあったことよ。ついこの前だってあったわよね」
言われてみれば、たしかにそうだ。
祐二が叡智大に来て、何度か魔蟲の侵攻を受けている。
「だけど、今回船が落とされたんでしょ」
「ええ。これを大規模侵攻と位置づけるかどうか、本部が調査していると思う。でももし大規模侵攻でも、派遣する魔導船は本部が決めるの。各家の判断で動いてはいけないのは分かるでしょ」
「そうだったね」
もし各家が、本部の話を聞かずに勝手に出撃したらどうなるか。
全部の船が出て行ってしまったあとで、他の魔窟から侵略種がやってきたら、地球はそのまま侵略されてしまう。
そうでなくても、魔力を使い果たし、帰還を余儀なくされたあとで、さらなる魔蟲の群れが襲ってきたら迎撃できなくなる。
どのような事態になろうとも、魔導船の数は有限。
現存戦力で対処するしかないのだから、いつでも余裕を持って事に当たらなければならないのである。
「本部の調査結果を待ちましょう。大侵攻なんてめったにあるものではないし、大丈夫よ」
「分かった」
祐二はフリーデリーケの言葉に納得した。
だが、問題はそう単純ではなかった。本部が調査させたところ、複数の魔蟲の群れを発見。
しかもアームス家単体で対処できない規模であることも分かってきた。
これにより、今回の侵攻を『大規模侵攻』と位置づけ、複数の家でもって当たる旨が発表された。
『……というわけで、いま魔導船に乗り込む人たちに知らせているところなの』
夜半、ヴァルトリーテから電話を受けた祐二は、ことの大きさに唖然となった。
「アームス家が対処できなかったんですか?」
祐二からしてみれば、アームス家は八家、いまでは七家になってしまったが、最強であると考えている。
それが単独で対処できないということは、どの家でも不可能ということである。
『調査の結果だと、今回の侵攻はいままでと違うのよ』
「いままでと違うというのは、どういうことなんです?」
『魔蟲の動きに規則性がないの。本来ならば、だいたい同じ方向を目指すのだけど、今回はそれがないみたい」
現在でも、0番魔界のどこに魔蟲がいるか、把握しきれていないらしい。
「すべてに対処しようとすると、船の数が足らなくなりそうですね」
「そうなの。バラバラに散らせて戦闘させるわけにもいかないし、単独での掃討は本部も無理と判断したのね』
「しかし、魔蟲の動きに規則性がないって……」
それは以前の遠征で見つけた魔蟲の動きと同じではないか。そう祐二は思った。
魔蟲は魔窟から降り立つと、ほぼ直線に進む。
魔蟲の侵攻してきた道を逆に辿ると、魔窟の位置が特定できた。
魔窟から降りたとき、およそ20度から30度の範囲で向きが決まるため、魔蟲は扇形を描くように進んでいく。
魔窟の出口の向いている方角から考えると、基地のあるシナイ山がその侵攻先に入っている。
だが、ランダムに動くとなれば、0番魔界すべてが、魔蟲の移動範囲となる。
『複数の家で当たることが決まったのだけど、遠征に出ている船はないから、余裕はあるの』
「そうでしたね」
ローテーションが崩れたのを期に遠征を取りやめ、魔導船の運用も、0番魔界の中のみに留めることになったと聞いた。
『そういうわけで、カムチェスター家はいまのところ、出撃要請は出ていないわ。今回は待機ね』
「待機って、それでいいんですか?」
『ええ、待つのも仕事よ。ただもし、万が一だけど、出撃要請が来るかもしれない。そのときはまた連絡するわね。ユージさんは、それまで普通の学生生活を続けていてください』
ヴァルトリーテにそう言って電話を切った。
その日祐二は、朝日がのぼるまで、結局一睡もできなかった。
寝不足のまま祐二は学校へ行き、寝不足のまま授業を受ける。
当然、ミーアから不審な目を向けられる。
「ちょっと寝てなくてね」
「また魔法の鍛錬? ほどほどでいいと思うわよ」
「そうだね……ふぁああ~」
「しっかりなさい!」
大きなあくびをした祐二の背中をミーアが叩いた。
数日もすると、侵略種大侵攻の話は、学生の間にも広まってきた。
祐二の方をチラチラと見て、噂し合っている学生も増えた。
今回の大侵攻は、いつもと少し違う。
そんな話が囁かれはじめ、みな気になっているのだ。
あからさまに声をかけてくる者はいないが、常時、遠巻きに見られている。
祐二はいてもたってもいられなくなり、授業もほとんど身が入らなくなった。
そんな中、フリーデリーケが祐二のもとにやってきた。
――ケイロン島 特別科の敷地内 農道
「ちょっと、物別れに終わったって、どういうこと? 敵対したの? ねえ」
周囲にだれもいない農道で、ミーアは険しい顔で電話している。
「合流する話を蹴っただけで、なんで敵対してくるのよ。しかも、こっちが譲歩案を出したんでしょ。どういうこと? 向こうは意固地になっちゃってわけ?」
声はひそめているものの、もはや喧嘩腰だ。
返答次第では容赦しないような雰囲気が見て取れる。
「はじめから、話して」
そうしてミーアが聞いたのは、以下の内容だった。
接触してきた相手側は、どこか追いつめられていた表情をしていたという。
それもそのはず、もはや身を隠す場所はどこにもなかったのだ。
満足な活動ができないばかりか、少しでもヘマをすれば、狩られる未来が待っている。
そのため、細い線を辿って仲間に連絡を付けたのだが、すげなく断られる始末。
ならばと自暴自棄になり、一部の者たちが飛び出してしまった。
彼らがやることといったら暴力、つまりテロに訴えるだけである。
ミーアの電話の相手は、相当取り成したらしいが、出て行った者たちは戻らない。
あげ句の果てに、彼ら全員で、飛び出していった者たちを援護するという。
「それ、失敗するわよ。ううん、それだけじゃない。捕まったら、私たちのところまで辿られると思う」
ミーアが懸念しているのはそこだ。そして電話口の相手も同じ思いらしい。
「いっそのこと、行動を起こす前にこっちで処理した方がいいかもしれないわね。……ええ、いつ破裂するか分からない爆弾なんて、持っていたくないでしょ?」
電話中も、周囲に目を走らせる。視界が開けたこの場所に、人影はない。
ミーアは安心して、電話の続きに戻った。
「……分かったわ。近いうちにそっちへ行く。そのとき話しましょう。向こうも無策で突っ込むことはしないわよ。大丈夫、時間はあるわ」
ミーアは電話を切り、「ふう」と息を吐いた。
「まったく、面倒な」
その愚痴は、当然だれの耳にも入らなかった。




