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108 まさかの来訪

 久し振りに祐二は、夏織と昼食を摂っている。

 特別科敷地内にあるカフェテラスである。


 前回、魔法の鍛錬でなんとなく気まずい雰囲気のまま別れたため、あのときのお礼を兼ねて、祐二が誘ったのだ。


「このパスタ、チーズがおいしいわ」

「へえ。海外のチーズは臭いがキツくて、俺はあまり食べないんだけど」


 ナチュラルチーズではなく、プロセスチーズばかり食べてきた祐二は、本場の味と臭いは合わなかった。

「たしかに、発酵食品はその国独特のクセがあるものね」


 そんな会話をしつつ昼食を終え、食後のコーヒーを楽しんでいるうちに、前回の気まずさも薄れてきた。

「そういえば、強羅(ごうら)くんのこと、何か進展があったかしら」


「ヴァルトリーテさんには、テロリストじゃないことを伝えておいた。本部に話を通してくれたとは思うんだけど、まだ報告はないかな」


「そう……」

 夏織も隼人のことは気になるようだ。


「今度また、聞いてみるよ」

「そうね。お願いでき……「それについては、不肖比企嶋慶子がお答えいたしましょう」」


 声のした方に振り向くと、パンツスーツ姿の比企嶋が立っていた。

「比企嶋さん!? なんでここに?」


 いるはずのない人物が、ここにいた。


「お二人とも、お会いするのはお久しぶりですね。みんなのアイドル比企嶋です」

「えっ、それより、いつからいたんですか?」


「それよりって……相変わらず、私の扱いが軽い気がするのですが……まあいいでしょう。いつからと聞かれれば、つい先ほどでしょうか。そしてなぜここに? という問いの答えですけれども、私は叡智の会の社員ですので、このようにゲストIDを発行してもらえるのです」


 比企嶋の胸には写真付きの社員証がクリップで留めてあり、ネックストラップからは、特別科の敷地内に入る許可証が吊り下げられていた。


 なぜ日本にいるはずの比企嶋がここにいるのか。

 それと隼人の件の答えを知っているという。それはなぜなのか。


「質問したいことがいっぱいあるんですけど」


「彼の件に関しては、私はお二方より詳しく事情を知っています。そうですね……これは私がここにいる経緯を含めて、お話したほうがいいでしょう。しかし、懐かしいです。研修で売店の売り子をやった時のことを思い出します」


 特別科の敷地内には、いくつかの店舗が入っている。店員は魔法使いではなく、一般の人だ。貴重な魔法使いをただの店員に使うことはできない。


 どうやら比企嶋も、ここで働く人であった時期があったらしい。

 比企嶋は祐二たちのそばまでやってくると、コホンと咳払いした。


「まず結論から申しますと、強羅隼人さんのテロリスト容疑ですか。あれはほぼ晴れました」


「よかった、容疑が晴れたんですね」

「ヴァルトリーテさんがうまく言ってくれたのかな」


「彼はモーターボートで島を脱出して、ギリシア沿岸に上陸しました。そこから徒歩でギリシアの日本大使館に保護を求めたのです。ですが、その時すでにテロリストとして国際指名手配されていたので、大使館員はテロリストとして、ギリシア警察に彼の身柄を引き渡しました」


「そうだったんですか」

 隼人が警察に捕まったとは聞いていたが、詳しい経緯までは知らなかった。


「この島はドイツに貸し出されていますので、ドイツで裁かれます。すぐに身柄をドイツに移されたのですが、魔法使いに対するテロ行為ですからね。一般の警察署内で尋問するわけにはいかないのですよ。というわけで、叡智の会へ引き渡されたのですが、先に捕まっているテロリストのみなさんもいたわけで、それぞれ別々に尋問をした結果、どうやらシロらしいという結論に達しました。彼の私物や島の防犯カメラなど、あらゆる角度から検討しても、彼がクロである証拠は出てこなかったのです」


「そうでしょうね。考えなしな奴だけど、ああいう思想犯的なことはしないタイプですから」

 祐二はホッとした。


「モータボートで逃げたのは偶然見つけたからですね。なんという幸運でしょう。いや、不運でしょうか。そのおかげで、本来逃げるはずだった者たちが島で捕まっていますので、彼はテロリスト逮捕に貢献したともいえます。その辺はあとで分かったことですが」


 比企嶋が詳しく知っていると言ったのは間違いないらしく、祐二たちが知らないこともよく把握していた。

 だが、そうするとなぜ、日本にいる比企嶋がそこまで詳しい事情を知っているのかという疑問が出てくる。


「驚いているというよりも、不審に思っている顔ですね。実は、叡智の会より日本の統括会へ打診があったのですよ。というのも、彼の尋問は叡智の会がしたわけでして……魔法使いの情報が彼に漏れてしまったわけですね」


「えっ!?」

「あっ!?」

 祐二と夏織が同時に声をあげた。


「まさか魔法使いと無関係の一般市民だとは思っていませんでしたから、叡智の会の不手際というよりも、本当によくぞこここまでテロにかこつけて騒動を起こしてくれたなとなるのでしょうけど」


 比企嶋が言うには、「なぜ魔法使いを狙ったのか」「黄昏の娘たち(ヘスペリデス)の情報はどこだ」「叡智大の職員と示し合わせていたのか」「モーターボートはどこから調達したのか」など、多くの尋問をしたらしい。


 尋問する方もまさか、相手が一般人で魔法使いの「ま」の字も知らないとは思わなかったのだろう。


「テロリスト疑惑はほぼ晴れたのですが、ではこの人をどうしようとなるわけです。なにしろ、魔法使いのことを知ってしまったわけですからね」


「あー……それって、どうなるんですか?」


「敵ならば処分です。でも今回は、さすがにそこまで過激な手段は取れません。地下で穴を掘らせてなんてこともしません。あっ、これはジョークです。……第一案は肉壁ですかね。結構危険な部署がありますので、行ってこい部隊に所属させて、普段は外部との連絡をさせないってのが最初に浮上した案です」


「結構危険だったりします?」


「それはもう。……で、第二案としまして、叡智の会の職員にしてしまう案ですね。情報を漏らした場合にどうなるかをそれはもう骨身に染みさせて、コキ使おうというわけです。ちなみに第三案は幽閉。第四案は処分です」


「じゃ、じゃあ、比企嶋さんがここへ来たのは……」


「第二案を選ぶ場合、さすがに本部やそれに近いところへ入れるわけにはいきませんので、日本の統括会が引き受けることになります。私の後輩ができるわけですね。本人と会ってみないことには、判断がつきませんので、こうして私が来たわけです。ついでにお二人の顔を見て、彼の話を聞いておきたいなと思いまして、ドイツへ行く前に寄らせていただきました」


「……なるほど。じゃ、アイツが了承したら、比企嶋さんと日本へ?」


「いえいえ、彼は不法侵入に脱獄、不法入国などの法を犯していますから、無罪放免とはいきません。身柄は叡智の会が預かることになりましたが……あっ、これは魔法使いの情報を他の囚人に漏らせない措置です。それでも彼の罪が消えるわけではありません。私が引き取るのは、法の執行者が納得する程度の措置を取らせてからになります」


 その辺はきっちりやるらしい。

 それでも、テロリストの疑いが晴れたのはよいニュースだ。


 また、罪を償ったあとは、統括会で働けるのも。


「優秀な人材のようですので、私も否はないのですが、本人的には不本意かもしれませんね」

「そうなんですか」


「今回の件で、彼は叡智大から除籍処分を受けました。入学そのものもなかったことになっています。最終学歴は高卒ですね」

「あー……そうなんですか。それはたしかに不本意ですね」


 あれだけ頑張ったのに、なかったことになる。しかも入学そのものが「なかったこと」にされるのだ。

 叡智大に行きたいがために虚言を吐いたと思われるかもしれない。


「そして就職先は、小さな事務所ですから」

「な、なるほど……」


 雑居ビルの一室が全フロアだ。ミニマムこの上ない。

 高卒だったため、そこに就職せざるを得なかったと周囲は判断するだろう。


「それもこれも、本人が第二案を受け入れたらになりますので、どうなるか分かりませんが」

「受けるんじゃないですか? だって、他の案よりかなりマシですし」


「そうですね。私もそう思いましたので、こうしてやってきたわけです……別の理由もあったりしますけど」

「別の理由?」


「はい。壬都さんとですね、少々『女の話』でもしようかと」

 比企嶋がそう言うと、夏織の背がビクッと揺れた。


「えと、比企嶋さん?」

「というわけで、男性の方には聞かせられない話なのですけど、祐二さんはどうされます? 一緒に聞いていかれますか?」


「い、いえ……遠慮します。じゃ、俺はここで退散しますね」

 祐二はそそくさと席を立った。


 祐二が視界から消え去るのを見届けた比企嶋は、あたらめて夏織に向き直る。

「では女の話でもしましょうか。この前のことです」


「はい」

「この前言われたあの言葉……黄昏(たそがれ)について、詳しく話していただけますか?」

 比企嶋はニッコリと笑った。



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― 新着の感想 ―
[一言] やはり本命は黄昏、の件でしたか。 果たしてスーパースター君は生き残れるのか。 あ、どうでもいい感想はスルーで結構です。 毎回返事面倒だろうからw
[一言] 職員にしたら夏織がらみで絶対ろくなことをしない、祐二の邪魔をしそうだ。 2、3年牢屋に入れているほうが安全だ。
[一言] 悪運だけは相変わらず強いなあスーパースター 縁がない世界と何故か縁を繋いじゃいましたし
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