107 当主会議
――ドイツ 叡智の会本部
叡智の会本部の最奥。余人を排除した会議室で、当主会議が開かれた。
出席している者の数は全部で八名。
各家の当主七名と、叡智の会からは本部長のノイズマンのみである。
裏切り者の存在を考慮して、この電子要塞の中でさえ、人を制限して行われる。
それだけ、ここで決まった内容は、今後の運営や行動に大きく影響する。
絶対に外部へ漏れてはいけないものとなる。
「遠征に向かったミスト家とバラム家が無事戻ってきました。情報の共有はひとまず完了とします。ですので今日の当主会議は、今後のことについて決めていきたいと思います」
ノイズマンが一つ減った席に視線を送り、続けた。
「叡智の会としては、当主会議の決定に異を挟むことはありません……ですが、ロイワマール家の処分については、叡智の会の規則に則らせていただきます」
「それは問題ない。私たち栄光なる十二人魔導師の末裔たちは同格だ。他家を処分する権利など、有していないからな」
筆頭と言われるアームス家のゴッツがそう発言すると、他からも口々に賛成の声があがった。
「ありがとうございます。それでは、当主会議をはじめたいと思います」
ノイズマンが一歩下がり、出席者の視線がゴッツに向いた。
「まず、話し合うのは遠征のことだな。ロイワマール家が魔導船ごと出奔したことで、これまで通り、遠征を続けることが不可能になったと思うが、みなの意見はどうかな」
「大規模侵攻などの緊急事態時にも、遠征はいつも取りやめていた。今回もそれに準ずると思うし、遠征の取りやめは致し方ないと私は考える」
出席した中でもっとも若いロスワイル家のルドルフが、まず意見を述べた。
ちなみに二番目に若いのがカムチェスター家のヴァルトリーテで、ルドルフの二歳上となっている。
「今回の出奔、ロイワマール家は前々から準備をしていたのだろう? 何年分の備蓄を抱え込んでいるか分からないぞ。決着がつくまで遠征を取りやめる気か?」
疑問を呈したのは、ミスト家のフリーデル。
祐二が気にしていた大の日本好き当主である。
「それどころか、哨戒任務だってローテーションの組み直しじゃ。ロイワマール家が消えた魔窟の監視もある。ゴッツの言っていることは妥当じゃ」
バムフェンド家のアルビーンが発言した。
アルビーンは七十一歳。そろそろ気力が衰えてきたのだが、バラム家のウーリシュレーダーがいまだ七十七歳で当主の座を降りないため、意地でも辞めないと言い放っている。
なぜか当主たちは、同年代の方が仲が悪かったりする。
ライバル心が芽生えるのかもしれない。
大破や自壊などで魔導船を失っても、いまだ栄光なる十二人魔導師の末裔たちは全家揃っている。
ただし、魔導船を所有していない当主は、この会議に出席していない。
重要なものを決める会議であればあるほど、出席は認められていない。
それは魔導船を失ったからではなく、一族ごと他家の中に組み込まれてしまっているためである。
いかな当主とはいえ、他家の傘下に入っている以上、その独立性に疑問が残るからである。
庇護を受けている当主の意向を会議に反映させることが懸念されるのは仕方のないことだった。
当主会議は進み、一度の休憩をはさみ、およそ三時間かけて以下のことが決まった。
遠征は当面の間、中止。0番魔界の哨戒は通常通り続ける。
哨戒準備として基地に詰めるのはそのままだが、それをもう一家増やす。
名目は、ロイワマール家の監視。
ロイワマール家が消えた魔窟を監視する家をひとつ割り当てることで、全体のバランスを取る形になった。
一家が出奔し、二家の遠征が消えた。
代わりに監視任務が一家増えたことで、一年の半分を任務に当てる従来とほぼ変わらないシフトとなる。
「次ですが、魔蟲が増えつつあるようです。おそらくは前回の大侵攻と関係があるでしょう。これを見てください。目に見えてというほどではないですが、さすがに無視できない数です」
哨戒任務中に発見、駆除された魔蟲の数と、その分布を記した地図をノイズマンが配布した。
魔蟲が0番魔界にやってくることはままある。
魔蟲の行動は単純で、進みたい方向に直進する。
概念の壁に当たればしばらく停滞し、向きを変えて移動するか、壁に沿って進む。
魔窟を見つけると、跳躍して入り込み、ゆっくりと魔窟の中を進んで、次の魔界へ入っていく。
また、どこかの魔界で魔蟲が溢れて、その余波で大量にやってくることもある。
そのときは各家が総出で撃退するが、期間をおいて、またやってくることがある。
ここにいる当主たちも、魔蟲とはそういうものだという認識を持っているので、魔蟲の数が増えても、特段驚くことはしない。
「……断続的にってのは穏やかではないわな。過去の経験でもあまり記憶にないぞ」
バラム家のウーリシュレーダーがそう呟く。
「そうですね。数が増えていますが、侵攻にしては中途半端な気がします。かといって偶然やってくるには数が多いですし、見かける頻度も高い。経過を観察しなければなりませんが、新しい侵攻形態と捉えてもいいかもしれません」
「そんなまどろっこしいこと言ってないで、現れたはしから駆除すればよかろう」
チャイル家のゲラルトがここぞとばかりに発言した。
先ほどのまでの会議でゲラルトはひと言も発言していない……どころか、鼻をほじって退屈そうにしていた。
周囲から脳筋と思われているゆえに、そんな態度でもだれも注意しない。
そのせいか、最近では会議中に長い瞬き(決して寝ているのではない)をしていることもある。
「発見地域に一貫性がありませんね。前回溢れた18番魔界が関係しているのですか?」
ヴァルトリーテが資料を覗き込みながら、難しい顔をしている。
「そう思われます……おそらくですが」
ノイズマンの回答も、歯切れが悪い。
魔界は広い。それでも全家総出で捜索すれば、魔蟲がやってくる魔窟の特定はできるだろうが、替えのきかない魔導船を常時そんな捜索に使うわけにもいかない。
捜索中は魔力も必要になるし、稼働し続ければ、メンテナンスもしなければならない。
魔法使いが少ない現代において、常時魔界で仕事をさせるのは危険だ。
「溢れた魔窟の番号は分かってるんだ。船を突っ込んで、魔窟の先を見に行けばいいだろう」
ゲラルトの言葉に何人かが顔をしかめる。
暴論だが、現状を把握するには正しいやり方だ。
中型船や小型船を派遣して、溢れたという魔界を調査させることはある。
未帰還率が高いため、よほどのことがない限り、現代ではやれない。
それだけ魔導船と魔法使いは貴重なのだ。
「18番魔界付近の哨戒を増やしてみたらどうかね」
ゲラルトの提案はスルーされた。
「いいですね。……資料を見る限り、処理された魔蟲の数は小規模侵攻と同じか、やや少ない程度でしょうか。これなら一家だけでも対処できる。あとは経過観察ということで」
「またそれか……最近、片付かない問題が多いのう。なにか明るい話題はないのかね」
もはや、先ほどのゲラルトの提案はなかったことになっている。
「でしたら、捕らえた黄昏の娘たちの話題でもどうでしょうか」
そう言って、ノイズマンは語り出した。
――ケイロン島 特別科の敷地内 ミーア
「残り組たちが合流したがっている? 却下よ。だいいち、目的が違うでしょう」
農場のあぜ道で、ミーアがだれかと通話している。
周囲に目を配りながら、ゆっくりとその辺を歩く。
「連中を受け入れたところで、空中分解するのがオチよ。同じ方角に歩かない仲間なんて、面倒のもとにしかならないの。だからこの話は駄目。お終いよ、いいわよね?」
くどいほど念を押して、ミーアは通話を終えた。
「……ふう。まったく嫌になるわね。これは一度戻った方がいいのかしら」
ケイロン島の爆破事件を計画した一団は、南米の隠れ家でじっと身を潜めていたらしいが、叡智の会の襲撃を受けて壊滅、生きのこりが散り散りになったようだ。
優秀な魔法使いは、ロイワマール家とともに魔導船に乗り、魔界の奥地へ行った。
魔界門襲撃に参加した者はみな、戦いの中で、その命を散らしたと聞いた。
残ったのは魔法使いとしても、組織の人間として中途半端な気概しか持ち得ていない連中のみ。
味方にするには心細いどころか、足を引っ張りかねない連中である。
そのような者たちが、組織のツテを頼り、身を寄せさせてほしいといって来たというのだから、目も当てられない。
「やはり現代の魔法使いはだめね」
ミーアは一度、他大学で最先端の科学を学び、いまこうして叡智大に通っている。
先の大学で現代科学の最先端、そしてここ叡智大で魔法使いの最前線をこの目で見た。
だがミーアは、なんの感銘も受けることはなかった。
ミーアの心は、太古の魔法――それも栄光なる十二人魔導師ではない、それ以前に存在したであろうもっと混沌とした魔法体系すらない原始の魔法に支配されている。
「邪道魔法使いたちすべてに黄昏を」
ミーアはそう呟いた。




