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101 表の世界の戦い

 ――ギリシア とある都市 アルテミス騎士団


 ロゼットは、ケイロン島で祐二と会うことができた。

 今回の目的は知り合うことであり、それ以上の行動を控えるよう言われていた。


 実は、ケイロン島に渡ったのはロゼット一人で、他の者は入島許可が下りなかったのである。

 祐二と会ったときはもちろん、教会でマリーと会話したときも、バックアップの者は近くにいなかった。


 これは爆発事件の影響で、渡島(ととう)に制限が加えられていたからであり、マリーも冷静に考えれば気付けたはずであった。


 ロゼットは、祐二と会ったあと、その日のうちにギリシアに戻った。

 島へ渡るのは厳しくても、島から出るのはさほど難しくない。


 ちなみにロゼットは、「島に住んでいる親戚が心配だから」という理由で、入島申請を出している。


 島の住人の名前と住所を提出したことや、ロゼットが一人――しかもまだ未成年だったこと、荷物もほとんどなかったことで、警戒する必要がないと判断されたのだろう。島へ渡る許可はすぐに出ている。


 ギリシアに戻ったロゼットは、指定されたホテルへ直行した。

「リュオーン同志、ただいま戻りました」


 ロゼットが部屋に入ると、二十代後半の青年が彼女を出迎えた。

 リュオーンは、やや神経質そうな二十代の男で、田舎町の教師と言われたら信じてしまいそうな外見をしている。


「おかえり、ロゼット同志。電話で連絡は受けたが、あらためてキミの口から聞きたい。彼はどうだった?」

 リュオーンはアルテミス騎士団の師団長で、ロゼットの直接の上司になる。


「彼の見た目はどこにでもいる、ごく普通の青年でしたわ。ほんとうに特徴のない……といっては失礼かしら。少なくとも、カムチェスター家の血を引いているとは思えなかったです」


「信じられない話だが、それは真実らしい」

「そうですね、カムチェスター家の息女がピッタリとついていましたから、おそらく真実なのでしょう」


「外見はいいとして、話してみた感じはどうだった?」

「会話らしい会話はできませんでした。最初から警戒されていましたので、騎士団のことは知っていたようです」


「ふむ……教育は行き届いているか」

「それで……リュオーン同志。顔見せは済みましたけど、わたしが担当でよろしいのでしょうか?」


 島での不敵な態度とは裏腹に、ロゼットは自信なさげに呟いた。

 ロゼットはアルテミス騎士団に入ったばかり。


 重要な役目を任されるのは初めてであるし、そもそも名指しで仕事をもらったのもはじめてである。

「団長に確認を取ったが、問題ないそうだ。もっとも我が騎士団は、表の方で忙しい」


「お父様がそう言うのでしたら、わたしに否はない……ですけど、団の難しいことはまだ分かりません」


「今回は経験を積むいい機会だと思えばいい。それと向こうの話だが、厳しい戦いになりそうだ。詳細を聞いているかい?」


「はい。アメリカを舞台にした経済戦争ですよね。長期戦になったら絶対に勝てないと聞いています」


「そうだ。今回我々は、世界に冠たる巨大企業ゴランに立ち向かう。叡智の会が魔法使いの世界を支配しているとすれば、ゴランは表の経済界を支配している。そして今回、ダックス同盟が負けた」


「日本で一方的な戦いになったと聞いています」


「日本政府とゴランが手を組んだ雰囲気もある。裏で密約があったのだろう。日本だけではなく、世界中で同じことがおきている。ゴランは叡智の会からの資金流入だけでなく、各国政府のバックアップがある。魔法使いが表世界での影響力が強くなりすぎた。これはゆゆしきことだ」


 目に余るゆえに騎士団が動かざるをえないと、リュオーンは語った。

 各国は秘密裏に叡智の会へ資金提供をしている。


 世界の平和を守るためと、秘密を保持するためだ。

 叡智の会は、各国から供出金をそのまま使うことをせず、一度ゴランに預けている。


 ゴランは受け取った金を投資に使い、より多くのお金を稼ぎ出した上で、叡智の会に戻している。


 何しろゴランは、各国の支援があるため、投資で損をすることは滅多にない。

 チート状態で経済活動をしているに等しいのである。


 そのためか、魔法使いの大家たちもまた、叡智の会から受けった支援金をゴランに投資し、巨額の富を得ていると噂されている。


 ゴランが大きくなりすぎたゆえに、それに対抗できる企業がいなくなってしまった。

 経済同盟を組んだいくつかの対抗組織が誕生したわけだが、その中のひとつダックス同盟がこのたび日本で敗北した。


 欧州と北米でもゴランとやり合っているように見えるが、その実、ゴランが生かさず殺さずで、手を抜きながら相手をしているのではないかとアルテミス騎士団の面々は考えている。


 これは手が付けられなくなる前に、叩いておくべきだという結論に至った。

 ただしこれは表世界の話。


 黄昏の娘たち(ヘスペリデス)のように裏でテロを成そうというわけではない。

 長年監視していたことから、ゴランの巨大さはダックス同盟以上に知っている。


 それでもなお、やらねばならないと、騎士団上層部は行動を起こしたのである。

「団長は、風車に立ち向かうドン・キホーテの気分だろうね」


「だとすると、ダックス同盟はさながら、ロシナンテですか」

 ドン・キホーテが騎乗していた()せ馬の名をロゼットがあげた。


 アルテミス騎士団は、たしかに大昔の騎士の流れを汲む存在であるため、ドン・キホーテに例えたが、いま本気になってゴランと戦っているダックス同盟をあの痩せ馬に例えるのは、どうなのだろうか。

 だがリュオーンは、ある意味合っているのかもしれないと思い直した。


 自分たちが正義で、相手が間違っていると一方的に考えるよりいいだろうと思ったのだ。

「さて、だとすると味方としては心許ないね」


「そうですね。ですが、主を乗せて移動するくらいはできるでしょう」

 ダックス同盟に対して辛辣な感想を述べたロゼットに、リュオーンは思わず吹き出した。


「乗れるだけましか。こっちが()くことになったら、目も当てられない」

 それにはロゼットも同意だったらしく、「たしかにそうですね」と頷いた。




「ちょっとぉ~、なに黄昏れてるのよ」

 ミーアの声が聞こえた。


 祐二は振り返ろうとした途端、柔らかいものが頬に押しつけられた。


 休み時間、教室での出来事である。

「むぎゅ」と口から擬音が飛び出した祐二は、ミーアを振りほどこうとするも、首をホールドされて動けない。


「なに? また心配事? なんか最近暗いよ」

 ぐりぐりと身体を寄せてくるミーアに、祐二は両手をあげて、降参の意を示す。


 祐二に力がないのか、それともミーアが力持ちなのか、この手の勢力争いはだいたい彼女が押し勝ってしまう。


 教室では、クスクスと囁き笑う声が聞こえる。

 ミーアが祐二に絡むのはいつものこと。もはや見慣れた光景と言っていい。


「ちょっと、マジで窒息するからっ!」

 ようやく空気を吸い込んだ祐二は、ミーアの胸の谷間から抗議の声をあげた。


「だって、また難しいこと考えていたんでしょ。お姉さんに教えてみなさい。たちどころに解決してあげるから」


「解決って、『きっとできるわ、がんばんなさい』か、『それは無理ね、諦めた方がいいわ』の二択だよね」


「そうよ。現実的な回答でしょ」

 ミーアは強引にやってきては、祐二から話を引き出し、強引に解決して去っていくことをよくやる。


「……だったらいい」

 ある意味まともな返答だが、「やっぱり何か悩みがあるのね。さあ、言ってごらんなさい」とミーアは譲らない。


 こうなると祐二が話すまでミーアは諦めない。

 先に折れたのは、もちろん祐二である。


「毎日鍛錬しているんだけど、まだ魔法が発動しないんだ」

 魔力はある。有り余るほどあるのだ。だが、いまだ魔法は発動しない。


「なあんだ、そんなこと」

「軽く言うけどさ……結構真剣に悩んでいるんだよ」


 叡智大に来て一年経った。

 しかし、魔法が発動しない。


「うーん、焦らなくていいと思うけど、ユージはそれだと嫌なんでしょ」

「嫌というか、成長がまったく感じられないのが、もどかしいんだよね」


「私は呪術系だからもともと魔法の発動とか関係ないし、具体的なことは分から……あっ、魔力を増やす鍛錬のとき、たまに変なことになるかな」


「変なこと?」

「自分が溶けて消えてしまうような感じ。もしかすると、体内の魔力が外に出て、それを感じ取っているんじゃないかって思うのよね」


「それ、詳しく聞かせて」

「話してもいいけど、それ、休み時間じゃ終わらないわよ」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 各組織の思惑が絡み合い面白くなって来た。 [気になる点] ドンキ・ホーテは、水車じゃなく風車じゃなかったかな?
[一言] 騎士団はそういう方面でも魔法使いを警戒してるわけか
[良い点] ミーアが露骨に黄昏アピール始めてて草
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