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011 温泉旅行

 祐二が比企嶋から渡された封筒の中には、観光用のチラシ、新幹線と特急電車の乗車券と指定席券が入っていた。

「……これだけ?」


 詳しい説明はなかった。

 そして比企嶋は、すでに帰ってしまったので、ここにいない。


 祐二は、チラシを眺めた。

 遠くに連なる山、林道に続く遊歩道が写っている。


 正面に『飛騨(ひだ)』と大きく印刷されている。

 祐二は、次に新幹線のチケットを手に取った。


 乗車券の日付は、明日になっていた。

 つまり今日中に旅行の支度を調えて、明日の朝には新幹線に乗らなければならない。


「なんでこんな急なんだよ!」

 チケットを床に叩きつけた。


 抽選に当たった設定らしいので、どうせこれも裏に日本政府が関わっているのだろう。

 ドタキャンして、話が大きくなってしまっては、目も当てられない。


「……まあ、仕方ないか」

 命の洗濯と思って、祐二は諦めた。


 着替えくらい持って行こうと、祐二は押し入れからボストンバッグを取り出した。




 翌朝早く、祐二は家を出た。

 新幹線と特急電車を乗り継いで、目的地へ向かうのだが、同行者はいない。


「退屈だな」

 話し相手のいない一人旅。しかも、望んだ旅でもない。


 朝から電車に揺られ、夕方にようやく、目的地の駅へ降り立った。

 駅前のロータリーには「ようこそ○○の里へ」という()()()がたなびいていた。


 いやな予感を抱いた祐二が、右に目をやれば……。

「マジかっ!」


 祐二を絶句させる横断幕があった。

 横幅が四メートルくらいある大きな布に、毛筆でデカデカと『歓迎 如月祐二様』と書かれていた。


 横断幕の両端を持っているのは、祐二より年下と思われる女の子が二人。

「えと……」


 一切を見なかったことにしたい祐二だが、そうすると横断幕はずっと掲げられたまま。

 しかもチケットからすると、到着時間は先方に伝わっているはず。


 祐二が名乗り出なかった場合、大声で名前を呼ばれる可能性もある。

 駅前で自分の名前を連呼される羞恥(しゅうち)に耐えられるか自問し、すぐに祐二は彼女らの方に歩いていった。


「如月祐二です」

 早く横断幕をしまってくれと心の中で願っていると、年長の女の子が言った。


「わあ、やっぱりそうでしたか! 写真の通りですね!!」


「顔知ってるなら、横断幕要らないだろ!」

 音速で突っ込んだ。


 ここは観光地らしいが、駅前に人の姿がほとんどない。

 これならば、改札口で待てばいいはずだ。


 顔を知っているのに、なぜ横断幕を用意する必要があるだろうか。

「まずは自己紹介ですね。はじめまして、わたしは鬼島(きじま)飯綱(いづな)と言います。十四歳ですっ!」


「ボクは鬼島伊吹(いぶき)、十二歳!」

 二人はなぜか祐二の顔を見て、ニコニコしている。


「苗字が同じってことは、姉妹でいいのかな?」

「はい、わたしが伊吹の姉になります」


 かわいい系の姉と、元気一杯の妹だが、たしかによく似ている。

「祐二さん、奥の駐車場でお母さんが待ってます。こちらへどうぞ」


 姉の飯綱が、祐二の手を取って誘導しようとする。

「移動するの? それなら横断幕はもう……しまってもいいんじゃないかな」


 いまだ二人は、横断幕を握ったままだ。


「駅前のロータリーは、一般の人とタクシー専用なので、わたしたちはここに車を持ってこれないのです」

「業者専用の駐車場があって、そこで待機なんだよ!」


「へえ……それと横断幕はもう、いらないよね?(二回目)」


「祐二さん、ほらっ、あれがウチのバスです!」

「ですです!」


 少し歩いたところに、小型のマイクロバスが停まっていた。

 車の側面には『高級温泉旅館 視楽(しらく)』と書いてある。


 業者の送迎バスが駅前に入れないのは、一般の観光客に配慮したからだろう。

 たしかに観光地についた瞬間、バスが何台も駅前で客待ちしていては、観光客はげんなりする。


「お母さん、祐二さんを連れて来ました」

「連れて来たよ」


「こらっ、『お連れしました』でしょ。それと祐二さん、ようこそ我が『視楽』へ。私は女将(おかみ)の鬼島野滝(のだき)と申します。さっ、どうぞ乗ってください。飯綱、荷物を受け取って」


「はーい」

「はあ、ありがとうございます。それと、お世話になります」


 祐二がバスに乗り込むと、姉妹は祐二の両隣に腰を下ろした。

「さあ、しっかり捕まえててね!」


「大丈夫だよ、お母さん」

「はーい。ちゃんと捕まえとくよ!」


「俺は野生動物じゃないから、捕まえては……うわっ!」

 バスは勢いよく、出発した。




 山間を縫うようにして、バスが走る。

 タイヤを軋ませながら、急なカーブを曲がっていく。


「私どもの旅館は昔、隠し湯があったところなのです。木曽(きそ)義仲(よしなか)戦傷(いくさきず)を癒やしたと言われているんですよ」


「へえ、そうなんですか」


 祐二は木曽義仲のことはよく知らない。

 昔の武将であるのは分かるが、それ以上の知識はない。


 そもそも今回の旅行、比企嶋に言われるまま出発したため、観光地の予習はなにもしていない。

 出発が急すぎたし、説明を何も受けていない。


 女将の野滝が色々と説明するが、すべて初見の情報なため、祐二は頷くことしかできない。

 そして野滝の二人の娘、飯綱と伊吹だが。


 先ほどから、二人は妙に祐二にくっついている。

 運転する野滝は気がついていないのか、何も言わない。


 あまりに身体を密着させてくるため、祐二は身じろぎすらできない。

 スキンシップにしては、くっつきすぎだろうと祐二が考えている間に、バスは目的地に到着した。


「長旅で疲れたでしょう。今日は温泉に浸かって、ゆっくりと身体を休めてくださいな」

「そうですね、ありがとうございます」


 最近は勉強漬けの日々だった。

 休みなしで猛勉強していたため、心と身体は疲れ果てている。


 空気のうまいところで身体を休めれば、心だってリラックスできる。

 せっかくなので温泉に浸かって心身をリフレッシュさせようと、祐二は思うのだった。


 あてがわれた部屋に入った祐二は、さっそく温泉に浸かることにした。

 巨大な岩風呂だったが、他に観光客の姿はない。


「駅前も閑散としていたし、時期じゃないのかな?」

 紅葉が綺麗な秋ならば、もっと人が多いのかもしれない。そんなことを考えながら、祐二はゆったりと湯船に浸かった。


 温泉からあがって、心づくしの料理を堪能した祐二は、すぐに眠くなってしまった。

 長旅のせいなのか、それとも身体が休息を求めていたのか、布団に入るとすぐに寝入ってしまったのである。




 ――温泉旅館『視楽』の一室


「お母さん! 手も握ったし、ちゃんとくっついたのに、祐二さんの心、まったく見えなかったよ」

「うん、ピッタリくっついたけど、全然見えなかった」


「あら、二人ともなの? やっぱり魔力の量に差があると駄目みたいね」


「お母さんがくっつけばいけるんじゃない?」

「お母さんなら、いけるよ」


「そうかしら? だったらそうね、少しばかりくっついてみようかしら」


「それがいいよ」

「うん、それがいい」


「でもどうかしら……一番効果があるのがアレなのよねえ……ねえ、あなたたち、弟か妹、ほしくない?」

「えっ? そこまで!?」




 翌朝、朝食を終えた祐二を待っていたのは、飯綱と伊吹の姉妹。


「今日はわたしたちが、観光案内しますね」

「ボクも一緒だよ!」


 昨日の姉妹が、左右から祐二の顔を覗き込んでくる。

「ありがと……でも、別に出かけるつもりはなかったんだけど」


 一晩ぐっすり寝たが、まだ身体の芯に疲れが残っている。

 午前中は温泉に浸かりながら、好きなウェブ小説でも読んで過ごそうかと考えていたのだ。


「祐二お兄ちゃん、滝を見に行こうよ!」

「あー、それはいいわね。祐二さん、どこの滝がいいですか」


「滝があるの?」

「うん! 歩いていけるところに三つあるよ。少し離れればもっとたくさん」


「へえ、そうなんだ」

「この辺は、山深いですから。自然を堪能するなら、山と川と滝です! 観光名所なら、神社やお寺になります」


「神社とか寺は別にいいかな。あまり詳しくないし」

「若いお客さんは、だいたいそういいますね。では、滝に行きましょう」


「いこー!」

 飯綱と伊吹は、祐二に腕を絡めたまま、グイグイと引っ張った。


「そんなに急がなくても……」

「急がないと、滝の水が終わっちゃうよ!」


「そんなこと、ないから! というか、それはこの辺で使われるジョークなの? ねえ!」

 祐二は、二人に「早く、早く」と急かされて歩き出した。




 祐二が滝を見に行っている間、高級温泉旅館『視楽』へ一人の客が到着した。


「お世話になりますね」

「あら、監視ですか? 比企嶋(ひきしま)様」


 出迎えた野滝は、比企嶋と目を合わせると、「ほほほほ」と上品に笑う。

「いえいえ、休暇を静かなところで過ごそうと思って来ただけですよ」


「そうですか? なにやら不穏な思考が流れてくるのですけど……これは気のせいでしょうか」


「気のせいではないでしょうかね。ですがさすが探女(さぐりめ)の一族。かつて妖怪『サトリ』と怖れられただけのことはありますね」

 野滝の笑顔が、ピシリとひび割れた。


「比企嶋様も、私たちのことを妖怪(・・)と思っていられるので?」

「いえまったく……あっ、でも、事情を知らない一般の人はどうでしょうね」


 今回の旅行は、日本政府の肝いりで実現した。


 その際、鬼島(きじま)家には、祐二が強い魔力を持っていること、この世界には魔法使いがいることを伝えないよう、厳命してある。


 つまり、祐二を一般人として遇し、鬼島家も一般人として行動せよと言われている。

 もし鬼島家の人間が、人の心を読むと分かった場合、祐二はどんな反応をするだろうか。


 少なくとも、いい気持ちにはならないだろう。

「二泊のご予定でしたわね。部屋に案内いたしますわ、比企嶋様」


「ありがとうございます。ごやっかいになります」

 比企嶋は今回、別の人間を通して、この旅館を予約した。


 叡智の会の下部組織である統括会の名前を最初に出せば、「満室です」で断られる可能性があったからだ。


 日本政府と統括会は、互いに協力し合いつつも、祐二の所属先を巡って潜在的に(しのぎ)を削っている。

 いかな統括会と言えども、政府の要請は断れない。


 祐二をこの旅館に行かせることになったが、素直に引き下がっては、祐二の所有権を奪われてしまう可能性がある。

 ゆえに比企嶋は、有給休暇を取って、ここへやってきた。


 彼女にとって、この旅館は潜在的な敵地だが、それでも飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さなかった。

 女将の野滝も、ただの客として訪れた比企嶋を追い出すことはしなかった。


「ほほほほほ」

「ふふふふふ」


 二人は、にこやかな笑みを浮かべた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 未亡人らしきドイツと日本の妙齢の女性の方を主人公の相手役にして欲しいかなぁと。読者としていい年齢になると女子高生ぐらいではヒロインとしてみることがギリギリに。ましてそれ以下の年齢だと主人公…
[一言] ほー、読心能力持ちかあ それすら寄せ付けないってなんだか初めて祐二が強い魔力持ちって実感した気がしますね
[気になる点] 姉妹ちゃん、アレの意味分かっちゃうのか。ほう。
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