097 アルテミス騎士団(3)
マリーは手元のお茶をすべて飲み干した。
日本の古式ゆかしい作法、「ずずっ」とすするようにして飲んだのは、練習したからであろう。
だが冷茶にその作法は合わない。
祐二はもちろん指摘しなかったが。
「大昔からアルテミス騎士団は、叡智の会にちょっかいをかけてきました。多くの場合、叡智の会が暴走をはじめたときのようですが」
「暴走ですか……あまり想像できないんですけど」
人知れず、地球の平和を守っている。それが祐二が持つ叡智の会のイメージだ。
「長い年月の間にそういうこともあるでしょう。……まあ、それゆえ叡智の会とアルテミス騎士団は敵対しているのですけど、過去からいままで共通しているのは、アルテミス騎士団は常に叡智の会を監視しているということです」
「それは聞きました」
「その上で魔法使いの数を減らそうとしているのですから、答えは自ずと出ているのではないでしょうか」
「……? 言っている意味が分かりませんけど」
「魔導師の数が多すぎる。アルテミス騎士団はそう思っているのではないですか? たとえばですけど、遠征に行くくらいの余裕があるのならば、減らしてもいいのではないかと」
「稼働できる魔導船の数を減らすんですか?」
「たとえば、八家ある現状を半分の四家にまで減らすとか……それはさすがに乱暴ですが、一つ、二つなら、と考えているのだと思います。そうすれば、遠征に行くことはできなくなりますよね」
「ええ……基地の周囲を哨戒するだけで手一杯だと思います」
「それが第一段階でしょう。わたしが知っているのは、もうひとつのこと」
「もうひとつですか?」
「魔界に至る穴ですか? それを塞ぐことと、あなた方が魔蟲と呼んでいる存在……それがやってこれないように、山を破壊すればいいと考えているようです」
「山を破壊……シナイ山を破壊だなんて……ッ!!」
魔導船の攻撃力ならば、それは可能だろう。
そして魔蟲は跳ねることはできるが、通常は歩くのみである。
山さえなくなれば、地球に出てくることができなくなる。
「地球が滅んでは元も子もありませんので、実験しつつ段階的にですかね。最終的には魔法使いのいない世の中を目指すのだと思います」
「まさか、そんなことを考えていただなんて……」
「そのまさかですよ。わたしも詳しい事情までは分かりませんが、アルテミス騎士団の目的は昔から変わっていません。ですのでバチカンには、彼らが主張した内容がまとめられているのです」
「…………」
監視だけかと思ったら、魔法使いの人数調整も考えているらしい。
もちろんマリーが言ったことが正しいと決まったわけではないが、わざわざ祐二に嘘をつく理由もない。嫌われたら元も子もないからだ。
「まあ、あれでですね。アルテミス騎士団はどこにでもいます。決して油断なきよう……それではそろそろ失礼いたします」
マリーは「お茶、ごちそうさまでした」と一礼して、去っていった。
翌日の昼過ぎ、祐二は昼食を摂らずに、一年生のいる教室に向かった。
爆弾騒ぎがあったことで、特別科の敷地内にも警備員が常駐している。
別に何も悪いことはしていないのだが、歩く学生一人一人に目をやって警戒している姿を見ると、どうして萎縮してしまう。
腰に吊されている銃が目に入った。
祐二はなるべくそれに目をやらないようにして、夏織を探した。
授業をしていた教室はすでにだれもいない。
食堂か購買に行っているのかもしれないと、そちらに足を向ける。
途中、庭のベンチで夏織とフリーデリーケが並んで座っているのを見つけた。
「壬都さん」
祐二が声をかけると、夏織とフリーデリーケが気付いた。
二人とも目配せし合っている。
「ユージ、どうしたの? お昼は食べた?」
「いや、まだだけど、フリーデリーケさんたちは?」
「私たちは授業が早く終わったから、もう済ませちゃったのよ」
「なるほど。そういえば、教室にはだれもいなかったな」
「教室に来たってことは、何か用だった?」
「ああ、昨日フリーデリーケさんにお願いした内容だよ。捕まった人の……件で」
あえて名前は出さなかったが、夏織はだれのことを言っているのか理解したようだ。
「そのことなら、午前中にフリーデリーケさんから聞いたわ。カムチェスター家を通して、調べてくれるって」
「そっか。だったらよかった。心配しているかもしれないと思ってね」
「最新情報よ、ユージ。といっても、電話で確認しただけなんだけど」
「最新情報? 昨日の今日で?」
「そう。お母様がすぐに本部に問い合わせてくれたの。いまギリシア警察に捕まっているみたいよ。しばらくはそのままだけど、そのうち両国間の取り決めに従って、身柄はドイツ警察に移されるわ。だから、何が動きがあるとしても、そのあとね」
強羅隼人はテロリストとして捕まったが、祐二は当然、それを信じていない。
しっかりと調査すれば分かることだと考えているが、フリーデリーケが言うには、身柄をギリシア警察が押さえているらしい。
いくら叡智の会といえども、リアルタイムで情報を取得できるものでもない。
フリーデリーケの言うとおり、動きがあるとすれば、ドイツに引き渡されてからだろう。
「ありがとう、フリーデリーケさん。とりあえずホッとしたよ。あれは冤罪だから、きっと晴らされると思う」
「ただ叡智の会本部は、そう思っていないみたいよ。この島での行動はほぼ把握できるけど、テロリストの証拠としては、十分みたいだし」
みなまで言わなかったが、フリーデリーケがそこまで言うのならば、かなり不利な証拠が出ているのだろう。
祐二は、それでも信じていると言った。
すくなくとも、魔法使いがらみでテロをおこすような人間でないと、知っているのだから。
「カオリを探していたのは、その話をするため?」
「そうなんだ。ついでというわけじゃないけど、フリーデリーケさんにも話があったんだ」
「私に? なにかしら」
「昨日……アルテミス騎士団の人と会ったでしょ」
夏織の前で話していいのか一瞬躊躇したが、昨日のロゼットの態度からすると、またすぐにでも現れることが予想された。
少なくとも祐二が卒業するまであと三年はある。夏織と一緒にいるときに、ロゼットが現れることもあるだろうと考え、話すことにした。
「お母様にはそのことも伝えておいたわ。かなり驚いていたみたいだけど」
「アパートに帰ろうとしたら、マリーさんに会ったんだ……いや、待ち構えていたみたい」
「バチカンの?」
祐二は頷いた。
「どうやら、港での一件を見ていたらしくて、アルテミス騎士団の目的について話してくれたんだ」
そこで祐二は、マリーから聞いた話をそのままフリーデリーケに伝えた。
途中で夏織が「席を立った方がいい?」と聞いてきたが、フリーデリーケが「関係するかもしれないから」と一緒にいさせた。
結果、祐二を魔法使い以外の人間と近づけさせる話に、大いに驚いていた。
「そんなことする集団がいるんですか」
「普通は監視だけしていて、ここぞというときに邪魔しにくるいやらしい集団なのだけど、今回はユージが狙われたのね」
アルテミス騎士団は、魔法使いの間で有名らしいが、活動頻度はそれほど高くなく、口の端にのぼることはほとんどない。
それゆえ、名前すら知らない人も多いという。
ずっと日本で暮らしていた夏織は、やはりアルテミス騎士団のことを知らなかった。
「本当に嫌なところをついて、ちょっかいをかけてくるわね。……ところでユージ」
「なにかな」
「まさかとは思うけど、すでに美女をあてがわれて、鼻の下を伸ばしているわけじゃないでしょうね」
ジト目で迫られた祐二は、首を勢いよく横に振った。
「誓って、そんなことはないよ。俺もマリーさんに聞かされただけで、まだ彼女から直接聞いたわけでもないんだし」
「……彼女?」
夏織がそこに反応した。
「私たちの前に現れたのは、とってもキュートな少女だったのよ。十五、六歳かしら」
「へえ……そうなの」
夏織の目が厳しくなる。
「もうちょっと上じゃなかったかな?」
「私たちより確実に年下よ。ユージには区別つかないかもだけど」
言われてみれば、若かったかもしれないと祐二が思い始めていると、夏織とフリーデリーケの目がさらに厳しくなる。
「このこともお母様に報告しておくわ」
「なんで!?」
フリーデリーケは、「当然でしょ」という顔を祐二に向けてくる。
カムチェスター家の懸案事項は、次世代にカムチェスター家の血を引いた魔導師が誕生するかどうかである。
顔が綺麗なだけの一般人に祐二を取られては、一族に申し訳が立たず、ご先祖様に顔向けできない。
「ここは厳しく行くべきね」とフリーデリーケが呟くと、なぜだか祐二は首をすくめた。




