096 アルテミス騎士団(2)
「やはりそうでしたか。初めまして、ユージさん。ですが、人の顔を見てため息をつくのはいささかマナー違反ではないでしょうか。アルテミス騎士団のことはすでにご存じのようですが、それで合っていますか?」
「少しだけ……やっかいな集団で、俺たちの敵だと聞いています」
「それはそれは……噂の出所はまあ、置いておくとしましょう。たしかに味方ではありませんね。敵同士と言った方が近いのも事実です。ですがそれはお互いの立場がそうさせるのであり、決して相手が憎いわけではありません。それどころか、救いの手を差し伸べることもあるわけですから」
一方的な言い分だが、敵対勢力だからといって、相手が憎いわけではないのは合っている。
政治の世界では、与党と野党は敵同士であるが、同じ政治家として国民の幸せを願うのは共通だ。
敵味方に分かれて戦うスポーツですら、フィールドの外へ出れば、互いに健闘をたたえ合う関係になったりする。
所属勢力の関係と個人の感情は別物だ。祐二だって、そこは分かっている。
だがフリーデリーケから注意すべき集団と言われたその日に出くわしたのだ。
警戒心が勝ってしまうのは致し方ないだろう。
「俺たちに声をかけてきた理由はなんですか?」
探るように祐二は尋ねる。
「いえ、今日は引きましょう」
「……?」
「予想以上に警戒されているようですので」
ごきげんようと、ロゼットは去っていった。
祐二とフリーデリーケはそれを見送る。
「なんだったんだ……?」
ロゼットの姿が見えなくなってから、ようやく祐二は肩の力を抜いた。
突然現れて、突然去っていった敵対している勢力の女性。
「まさかアルテミス騎士団が接触してきたなんて……よくないことがおこる前触れかしら」
「俺たち……魔法使いにとってマズいこと?」
「ええ、そうよ。魔法使いにとって、騎士団は災いを運んでくる存在ですもの……きっと何かがおこるわ。それもよくないことが……」
アルテミス騎士団は、用事があるときにしか魔法使いの前に現れない。そしてその用事は、得てして良くないことを含んでいるのだという。
「だったら、どうすれば?」
「ああして接触してきたってことは、すでに向こうの準備は整っているはず。私たちは後手に回らざるを得ないわ」
彼らは準備を終えており、こちらは目的すら把握できていない。
どうしたって、先手は取られているとフリーデリーケは言った。
「そっか……一難去ってまた一難だね」
バチカンが魔法使いを内に飼っていたことは衝撃的だった。
そしてロイワマール家が黄昏の娘たちとともに裏切ったのには、本当に驚いた。
しかも、元クラスメイトがテロリストとして捕まってしまった……ここ最近は、多くの出来事があった。
もうお腹いっぱいというところに、今度は敵対勢力であるアルテミス騎士団の登場である。
しかも厳戒態勢のケイロン島にやってきた目的は、どうやら祐二らしい。
今後も祐二は、平穏な学生生活が送れるのだろうか。
それを考えて「無理だろうな」と嘆息するのであった。
フリーデリーケを特別科の寮まで送り届けた祐二は、一人で街灯の下を歩いていた。
日本政府が用意した祐二のアパートメントには、いまだ他の住人がいない。
特別科に合格するような人材がホイホイと出るわけがないからである。
今年、日本からやってきた特別科の新入生は、夏織ひとり。
だが夏織は、日本政府の世話になることを良しとせず、寮暮らしを選んだ。
もっとも、寮暮らしは悪いことばかりではない。
魔法使いの友人がすぐにできるし、学年を越えた繋がりもある。
情報がすぐに入ってくることに加えて、いろいろと守られている。
一人で町を歩く祐二は、ふと視線を感じて、足を止めた。
道の向こうで祐二を注視している人物がいた。
「……マリーさん?」
「はい。あなたのマリーです。ユージさん、お困りではございませんか?」
「えっ? とくに困っては……」
「変な女に因縁を付けられていませんでしょうか」
「因縁? えっ? マリーさん、埠頭のあれ、もしかして見てたの?」
「はい。陰からバッチリと拝見させていただきました」
マリーは指で輪っかをつくって目にあてた。
どうやら覗き見をしていたようだ。
「どうしてマリーさんが?」
「その質問には二つの意味が含まれていますね。どうしてあの場所にいたのかといえば、あの女の跡をつけていたからです。そしてどうしてユージさんの前に現れたかといえば、ユージさんの疑問に答えるためです」
「俺の疑問ですか? もしかして彼女が接触してきた理由?」
マリーはゆっくりと頷いた。
「対応を間違えると、少々面倒なことになると思いましたので、老婆心ながら説明に伺ったわけです。というわけで、ユージさんのお部屋に入れていただいてもよろしいでしょうか?」
祐二の住むアパートメントは、もう目の前だった。
「いや、さすがにそれは……」
「なに、わたしは構いません。なんなら襲ってもらっても一向にオッケーですよ。そのときはひと声かけていただけると嬉しいのですが」
「いや、襲いませんよ、そんな恐ろしい……」
クギを投擲して、敵の額に次々と刺していったアレは、いまだ記憶に新しい。
どこをどう解釈しても、祐二がマリーを襲う発想など、出てこなかった。
「そうですか、それは残念です。でしたら、お話だけということで、入れてもらえないでしょうか」
「……分かりました。どうぞ」
しばらく葛藤したのち、祐二はそう言った。
祐二が日本政府から使わせてもらっているアパートメントは広い。
来客用の部屋もちゃんと整えられている。
マリーをその部屋に入れ、祐二は冷蔵庫から冷たいお茶を出す。
二人分のコップに注ぐと、それをマリーの前に置いた。
「そういえば、日本では最近、冷たいティーを飲む習慣があるようですね」
「最近? そうなのかな」
「お茶は熱いものという常識にとらわれないその姿勢は評価されるべきだと思いますけど、わたしは慣れませんね……ああ、おいしいです」
慣れないといいつつ、喉を潤すマリーに祐二は変な顔をした。
「それで、アルテミス騎士団のロゼットさんが俺のところにやってきたんだけど、マリーさんは、その理由を知っているんだよね?」
「まあ、そのために来たのですから、その問いに関していえば、『ええ、知っています』とお答えできます」
「では話してください」
「この件に関しては、叡智の会と共闘できると思いますので、大胆に話しちゃいますね」
マリーはコホンと咳払いひとつする。祐二を見つめて、ゆっくりと口をひらいた。
「アルテミス騎士団の目的は、ユージさんを叡智の会から引き剥がすことです。もう少し具体的に言いましょう。次代に魔法使いの血を残させないよう、あの小娘が選ばれたようです」
「次代にって……ああ、なるほど」
この所、似たような話ばかり聞いていたため、祐二は何のことかすぐに分かった。
たとえば、カムチェスター家。
カムチェスター家は、祐二がフリーデリーケ、もしくはユーディットと結婚し、次代に魔導師の血を残させたいという願いがある。
他の魔導師の血を入れるとどちらかの濃い方の血が出てしまい、あまりよろしくないらしい。
ゆえにできれば身内で優秀な魔法使いと結婚し、子をなしてほしいと最近はダイレクトに言われている。
人類の未来のためにも、それは望ましいのではないかと祐二は最近考えるようになってきた。
そしてバチカン。
先日の秘儀を見学に行ったとき、マリーが魔法使いであることが分かった。
マリーだけではない。
バチカンは、他にも魔法使いを内に抱え込んでいたのだ。
なぜそんなことをしているのか。
叡智の会が侵略種との戦いに負けた場合、もしくは敵対しているバチカンを滅ぼそうとしてわざと魔蟲をけしかけた場合、それに対抗する手段を有していなければならないからだ。
だが、バチカンの持つ魔法使いの血はそれほど多くない。
そこで目をつけたのが祐二である。
叡智の会に染まっていない強力な魔法使い、いや魔導師である。
もし祐二を引き抜けば、魔導船までついてくるのである。
これは是が非でも、仲間にしたい。
そんな思惑が見て取れた。
このように、祐二の持つ魔導師の血には価値があり、次代に受け継がせることは重要であるとカムチェスター家やバチカンは考えている。
それゆえ、祐二も自身の血については敏感である。
ところがマリーはこう言った。
「アルテミス騎士団は、次代に魔法使いの血を残させないように動いています」
それを聞いて「なるほど」と思う。
アルテミス騎士団は、魔導師が増えてほしくないのだ。
ならばどうするか?
ヘスペリデスのように暗殺するか?
彼らは一般人である。よほどのことがないかぎり、「その血が邪魔だから殺す」とはならないのだろう。
もっと穏便な方法……たとえば、祐二が惹かれるような女性をあてがい、結婚させればいいのである。
千年以上もの間、ずっと活動してきたのだ。
祐二が結婚するまでの数年、もしくは十数年、待てないわけがない。
「あれだけのヒントで分かったようですね。アルテミス騎士団は、祐二さんの子について、自分たちの意志を反映させたいと考えています」
「ええ、さすがに俺の周りで、似たような話をよく聞きますので」
目の前のマリーもその一人だ。だから分かりやすい。
「それでどうします? あの彼女もなかなかの美少女でしたし、騎士団員の中には、映画スターもいると思いますよ」
世界的な映画スターに迫られて、「NO」と言えるのかと、マリーは問うている。
「そのときになってみないと分からないですけど……」
「あら、もう答えは決まっていると言うと思いましたのに」
「うーん、まあそうなんですけど、未来は未定ということで……それより気になった事があるんです」
「何ですか?」
「魔法使いを減らしていったら、侵略種に地球は飲み込まれるんじゃないですか?」
叡智の会は、そうさせないために日夜戦っている。
「なるほど、それについてもお答えできる部分があります」
どうやらマリーは、かなりの事情通らしい。




