094 捕まったアイツ
――ケイロン島 教会
「おかえり、シスターマリー。首尾はどうだった?」
「ただいま、ロッド神父。ええ、上々よ。親しくなれたと思うし、目的を達することもできたわ」
「それは重畳。田舎の秘儀を見せることが、それほど効果があるとは知らなかったな」
「とても有意義な時間を過ごしたと思いますわ、ほほほほ」
マリーの返答にロッドは渋い顔をする。
どうやらロッドの嫌みは効かなかったようだ。
「それよりよく島に入れたな。かなり厳しい制限が課せられたと聞いたが」
「わたしはここの教区ですから、住民票も移しています」
「なるほど、所属を移してあったのか」
「万一を考えた措置でしたけど、功を奏しましたね。そうでなければ、あと二、三日は対岸に留め置かれていたのではないでしょうか。簡単な手続きだけで島に入ることができてホッとしています」
それでも疲れていたのか、マリーは肩を回した。
「それで、これからの話だ。こっちの状況はどこまで理解している?」
「島に渡る前に、だいたいのことは聞きました」
「そうか……ヤツら、爆発物の調査と言って、教会内をさらっていったぞ」
「まあ、でしたらわたしの下着とか見られちゃいましたね」
「お前は……幸い、何も発見できずに去っていったがな。このことは、上から抗議させようと思ってる」
「それは止めておいた方がいいんじゃないですか。あえて貸しということで、押さえておきましょうよ」
「だがな……「シッ!」」
反論しようとしたロッドの口をマリーが塞ぐ。
「「…………」」
マリーとロッドは、音を殺して気配を探る。静寂の中、教会の扉がスッと開かれた。
「お邪魔してもよろしいでしょうか。わたしは、アルテミス騎士団所属のロゼットと申します」
開かれた扉から現れたのは、一人の少女だった。
マリーとロッドは互いに顔を背けた。
瞬時に左右の安全を確認したのだ。
ゼミ見学をした翌日。
祐二はフリーデリーケを特別科のカフェテラスに誘った。
「はい、どうぞ。コーヒーは私のおごりよ」
「ありがとう。俺が誘ったのに……なんで?」
なぜかフリーデリーケは上機嫌なのだ。鼻唄を奏でそうなほどである。
祐二に紙コップのコーヒーを差し出すときも笑顔を絶やさず、逆に祐二が不気味に思うほど。
「……それで話って、なにかしら」
祐二の疑問には直接答えず、フリーデリーケは問いかけてきた。
すでに周囲に人がいないことは確認してある。
祐二はすぐにフリーデリーケを呼び出した目的を話した。
「クラスメイトから聞いたんだけど、俺たちがイギリスに行っていた間に、ここで大変なことがおきたんだ」
「爆発事件でしょ。いまさらなによ」
「うん。そうなんだけど、どうやらその爆破事件の容疑者として、高校の時の同級生が捕まったみたいなんだ」
「この島にいる高校の同級生って……前に声をかけてきた男性よね?」
「そう。……壬都さんに会おうとして特別科の敷地に無断で入って捕まった人なんだ。あれはただの暴走で、これはテロとは関係ないと断言できる。ただなぜか、俺たちがイギリスから帰ってきたときにはもう、テロリストってことになってたんだ」
「ごめん……言ってる意味が分からない」
もちろん祐二だって、自分で話していて意味が分からない。
「ミーアが言うには……あっ、ミーアは会ったことあるよね。特別科のクラスメイトなんだけど、彼女の話だと、一度捕まって警察署に拘留されていたんだけど、警察署が爆破されたときに逃げ出したんだって。たぶんそれでテロリスト認定されたんだと思う」
フリーデリーケの眉が寄る。
「刑務所から逃げ出しただけでテロリスト認定っていうのはおかしいわね。他になにか理由があるんじゃないのかしら」
「かもしれない。けど、これだけは言える。あいつは考えなしだけど、テロとかそんなことを考えるヤツじゃないんだ。魔法や魔法使いについて何も知らない。アイツがそんな複雑なこと考えて、何かするはずがないんだ」
「それなのにテロリストとして捕まっている……の?」
「そうなんだ。何らかの手違いだと思うんだけど」
「……そう。ユージはその人を助けたいのね?」
「助けたいというより、誤認逮捕されているなら、それはいけないことだと思う」
「まあ、そうね。お母様を通して叡智の会に確認とってみるわ。詳しいプロフィールを教えてくれるかしら」
「ありがとう。アイツの名前は強羅隼人。顔は覚えているかな?」
「町中で絡んできた人よね。……ちょっと思い出せないわ」
日本ではイケメンのスーパースターでも、フリーデリーケからしたら、その程度の扱いらしい。
「まあ、名前だけでも大丈夫かな。年齢は俺と同じで、この大学に通っている。……あれ? 俺が知っていることって、多くないな」
「顔は覚えていないけど、テロリストって雰囲気じゃなかったわね。どちらかというと、増長した勘違いクン?」
「まあ……日本じゃモテモテだったわけだし、あながち勘違いってわけでもないんだろうけど」
容姿、性格、運動、学業、家柄すべて揃っているのだから、本来ならば女性が群がってもおかしくないのである。
あのとき祐二と較べられてゴミ以下の扱いを受けたのは、祐二が魔法使いであり、魔導船の船長だからだ。
それを抜きにしたら、祐二は隼人に勝てるとは欠片も思っていない。
「とにかく冤罪はよくないわね。お母様に伝えておくけど……ところでユージ」
「なに?」
「二人だけで少し島を散策しない?」
「そうだね。島は復興に向けて動いているみたいだし、一緒に見て回ろうか」
祐二の返答を聞いて、フリーデリーケはさらに上機嫌になった。
先日、ケイロン島の防衛は失敗した。
囮の船舶を使われ、監視艇の注意がそちらに向いていたところで、小型のモーターボートに脱出されている。
実際、スパイさながらに水中を移動するなど、本格的な作戦が実行された場合、島への出入りは食い止めきれない。
それは分かっていたが、あえてそこまでする価値がこの島にあるとは考えていなかった。そのため……。
「警備の人が増えた?」
「そうね。戒厳令の出た社会主義国みたいな感じになっているわ。なんていうか……そう、威圧を目的としている?」
島を歩く祐二たちが一番目にするのが、制服姿の警備員たちだった。
街角に一人立っているほどの数がいる。
これは島にまだ残っているかもしれないスパイに対しての示威行動だろう。
「ずっとこんなんじゃ、学生たちも萎縮するだろうね」
「そのうち平常に戻ると思うけど、年内はこのままかもしれないわね」
ものものしい雰囲気だが、島内での犯罪発生率は極めて低い。
警備員の姿に威圧されるのは後ろ暗い者たちだけで、通常の島民はあまり気にしていないかもしれない。
「羽目を外せない学生たちが困る……かな?」
「そういう結論になるわね。まあ、学生の本分は勉強なのだし、そこは我慢してもらいましょう」
祐二とフリーデリーケは、しばらく島内の散策を続け、大通り沿いにある小洒落たレストランに入った。
巨大なハンバーガーを出すお店で、ここは数人でシェアして食べるのが定番となっている。
二人が選んだのは、エビと貝のフライがふんだんに使われたシーフードハンバーグ。
イカリングにもタルタルソースがたっぷりかかっており、みるからにカロリーが高そうな一品である。
およそ三十分、二人で悪戦苦闘しつつも何とか平らげた。
「ふう、もうお腹いっぱいだわ」
「俺もだよ」
カラになった大皿には、つけあわせのパセリくらいしか残っていない。
「そういえばね、ユージ。ひとつ注意してもらいたい集団がいるの」
「集団? 黄昏の娘たちみたいな?」
「少し違うんだけど……どちらかといえば、バチカンに近いかしら。あからさまに敵対はしていない……けど、敵寄り? とにかく気を許してはいけない集団ってことはたしかだと思う」
「また判断に困る相手だね」
祐二は苦笑した。
「魔法使いではないけど、魔法使いのことをよく知っている集団ね。鉄の結束によって守られていて、実力行使も辞さない。それでいて、全体像は把握できていない」
「把握できていないの? 叡智の会が調べても?」
「ええ、その通りよ。聞いたことあるかしら。その集団の名は……アルテミス騎士団というの」
「アルテミス騎士団……聞いたことがないな」
「そう……関わらないに越したことないわ。だけど、名前だけは覚えておいて」
「わかった。アルテミス騎士団だよね。なるだけ関わらないようにするよ。もっとも、この島にいる限り、関わることはないと思うけど」
そう言って祐二は笑った。




