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093 ゼミ選び(2)

 教室を出てからのミーアは、やや不機嫌だった。

「少数が虐げられた時代は、もうすぐ終わるわ」


 それは、ミーアが少数民族の出身だからだろうか。

「でも人の意識が変わるのは、時間がかかるんじゃ?」


 先進的な人ばかりではない。

 それどころか、多くの人が保守的だ。


 変化はおこるだろう。だけど、それがすぐに実現するかどうかは分からない。


「たったひとつのパラダイムシフトがあるだけで、人々の意識は急速に変化していくものよ……次は、特殊系のゼミにしましょう」

「特殊系?」


「そっ。ちょっと変わったことを研究しているゼミね。たしかこの階だったと思うけど……」

 いくつかの教室を通り抜けて、ミーアが見つけたのは、『ガイド人研究ゼミ』と書かれた扉だった。


 ちなみに他のゼミはみな教室で行っていた。

 ここは違う。倉庫のようだ。


「ここでいいの? なんか、いままでと違う雰囲気なんだけど」

「いいんじゃない? だってプレートもあるし」


「ガイド人ってあれだよね。魔導船を造ったとされる……」

 ガイド人は魔導船を造った種族と言われているが、人類はいまだ出会っていない。


「私たちの導き手という意味を込めてガイド人と名付けたけど、実際には何も分かってないのよね」

「それを研究しているゼミって……」


「だから特殊系ってことかしら。ちなみにガイド人は人型って言われてるわ」

「魔導船を見れば明らかだよ! というか、判明しているのって、それくらいじゃないの?」


「そうね。侵略種(インバジブ・アルテン)に滅ぼされたのかすら謎。……というわけで、どんな研究をしているのかしらね。さあ、入りましょう」


 開き戸を開けて、ミーアは中に入る。

 窓にカーテンが敷かれており、室内は薄暗い。


 テーブルが真ん中にひとつだけあり、三人の学生が座っていた。

「おじゃましま~す。見学いいですか~?」


 薄暗い室内では、学生の顔もよく見えない。

「見学かね。どうぞ。それと、扉は閉めてくれるかな」


 部屋の奥から声が聞こえた。

「あっ、はい。いまのゼミの教授ですか? そこにいたんですね」


 年配の男性の声だった。

 祐二が目を凝らすと、部屋の奥にダーク系のスーツを着た人物がいる。


 扉を閉めたあとでは、身体の輪郭すらよく分からない。

 祐二は無意識に手探りで壁を探す。


「ここが何をするゼミか分かっているのかね?」

「はい、ガイド人を研究するところですよね」


「よろしい。適当に座りたまえ」

「はーい。座らせてもらいます」


 祐二とミーアは椅子を探して座った。


「では続きから」

 教授の言葉と同時に、ホログラム映像が浮かび上がった。


 映画でみかけるような濃い水色の映像ではなく、複数の色が使われている。


「あれ、きっと3Dホログラムディスプレイよ。もう実用化されていたのね」

「実用化はまだだが、開発は終了しておるよ」


 どうやらミーアの囁きは、教授に聞こえていたらしい。

「すごい技術だね……それであれは、魔界?」


 祐二は息を呑む。半球になっているのは魔界だろう。

 複数の魔界がトンネルで繋がっている。


「トンネルみたいなのは魔窟ね」

 魔界を3Dでみると、まるで蟻の巣のようだ。


「叡智の会に頼んだのだが、結局すべてのデータを使わせてくれなかった。だが、これだけでも分かることがある。魔界の位置をよく見てほしい」


「ユージ、どういうことだと思う?」

 ミーアは分からないらしいが、何度か魔界に赴いたことのある祐二は、直感で理解した。


「位置というのは、魔界の高さのことだと思う」

「ほう、気付いたか」


「えっ? どういうこと?」

「魔界だと、変質した魔素が下に溜まっていくよね」


「ええ、非常にゆっくりと下におりていって、最終的に海のようにたゆたっているのよね。その境界面はマギル平面って言ってたはず」


「うん、あの3Dホログラムの映像だと、マギル平面の高さが同じに見える」

 祐二がそれに気付いたのは、やはり魔界へ赴いた経験ゆえだろう。


 ミーアと祐二の会話を聞いていたゼミ生も納得したのか、感嘆の声が漏れた。

 ここにいる学生の中で、実際に魔界へ赴いたことのあるのは、おそらく祐二のみ。


「さて、簡単に気付かれてしまったが、マギル平面……つまり、変質した魔素の高さは、どの魔界でも一定かもしれない。まあ、これは仮説だが」


「なぜ仮説なのですか? 計測すれば検証できると思いますが」

「魔界と魔界を繋ぐ魔窟が、まっすぐ高低差なく伸びているという保証はない。そもそも世界が違うのだから、同一の計測は難しいと言える」


「あ、そうか」

「あれ? ではどうしてマギル平面の高さが同じだと分かるんですか?」


「そもそも、なぜ同じ高さになるんだ?」

 ゼミ生の間から、疑問が続々と湧いて出た。


「小型魔導船の高度限界をマギル平面からの距離で測ったのだよ」

 予想されていた疑問だったのか、教授は穏やかに答える。


「昔の魔法使いはこう考えていた。『魔導船が到達できる最高高度は一定だ』とね。すべて説明すると少し難しい話になるので、かいつまんで説明しよう」


 3Dホログラムの映像が切り替わった。

 番号が振られた複数の魔界が並べられている。


「マギル平面から計測した小型船の高度限界は、どの魔界でも一緒だった。この計測結果から勘違いしたのだろうね。それもかなり長い間、そう考えられていた」


「……実際は違ったと?」

「40-11-3-8番魔界にはマギル平面がない。なぜだか分かるかね?」


「新しくできた魔界だから、まだ変質した魔素が溜まっていない……とかですか」

「そう考えることもできるが、純粋にマギル平面より魔界が高い位置にあると考えたらどうだろうね。そうすると見えてくることがある。先ほどの小型魔導船の高度限界だ」


 3Dホログラム映像に40-11-3-8番魔界が追加された。同時に小型魔導船の上昇限界が表示される。

「……低い?」


「そう。なぜかこの魔界のときだけ、小型魔導船は低い位置しか飛ぶことができなかった。なぜだろうと考えた人がいたわけだ。そこで気がついた。発想を逆にすればいいのだと」


「つまり……小型魔導船の最高高度が下がったのではなく、魔界の位置が高かったと?」

 暗くて見えないが、教授が頷いたようだ。


「そう考えると、マギル平面がないことと、小型魔導船の高度が低いことの説明ができる。そのかわり別の問題が出てくる。マギル平面はどの魔界でも共通なのかと」


「魔界には外壁がありますよ、先生」


「そうだ。進行不可能な壁のことを我々は『概念の壁』と呼び、概念体(がいねんたい)と同じ存在だと考えている。……魔界に充満している魔素は概念の壁を越えると考えられているが、だったら変質した魔素は? あれも概念の壁を越えてもいいのではないか? そう考えるとひとつ、面白いことが分かる」


「面白いことですか?」


「小型魔導船にも計器はある。高度を指し示すものだとずっと思われていたが、先ほどまでの話を鑑みると、別の見方が出てくる。分かるだろう?」


「マギル平面との距離を計測していると?」

 ゼミ生の一人が言った。ホログラム越しに教授は頷いた。


「その辺の検証はすでに終わっていてね。この辺も詳しく話すと長くなるので割愛するが、魔導船を造ったとされるガイド人は、なぜ魔界の地表ではなくマギル平面が大事だと考えていたのだろうね。マギル平面の高さは一定ではないのに」


「…………」

 だれも答えない。答えを持たないからだ。


「大昔はもっと、マギル平面は低かったと考えられている。いまでも毎年、少しずつマギル平面は上昇している」

 たしかになぜガイド人は、そんな曖昧なマギル平面を基準にしたのだろうか。


「……っと、時間になってしまった。今日のゼミはここまでにしよう」

 そう言うと、教授はカーテン(と祐二が思っていたが、実は暗幕だった)を開けた。


 西日が部屋に差し込んでくる。

 教授は3Dホログラムのスイッチを消すと、祐二たちに笑いかけた。


「とまあ、私たちはこんなことを話し合っている。あまり発展性のある内容ではないので、魔導船の船長にはいささか意味のないゼミではないかな」


 教授は祐二のことを当然知っていた。ただし、ゼミ生たちは驚いていた。

「あっ、カムチェスター家の?」

「暗くて分からなかった」


「なんで船長が? 魔力量からしたら、どんなゼミも入れるだろう」

「政治系に行った方がいいんじゃない? これから先、有用だろうし」


 教授は手をパンッと叩き、「さあ今日は解散だ」と締めくくった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 魔導船の船長といっても成り立てほやほやですからねえ こういうところで独自に学びを得るのも悪くないかもしれませんね
[一言] これはじまりの地ってある意味沈んでるんじゃぁ……
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