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092 ゼミ選び(1)

 放課後、ミーアに腕を取られ、祐二はゼミを見学して回ることになった。

「ほらっ、早く、早く!」


「急がなくても、ゼミは逃げないよね」

「それが逃げるんだって!」


 いつもよりもテンションが高いのは、祐二の心を慮ってか。

 ミーアが真っ先に駆け込んだのは、魔法使いの歴史を研究している『魔法古代史ゼミ』だった。


 ゼミが解禁されたせいか、同じ二年生の見学者が数名いた。

 祐二はそっと会釈して彼らに混じる。


「いま、何をやってるんです?」

「今年度の発表の順番決めみたいです」


 小声で尋ねると、すぐに答えが返ってきた。

 ホワイトボードに各回の発表内容が書かれている。


 ゼミ生はそれを見て、何番目の発表を選ぶか、話し合っているらしい。

 テーマはすでに決められていて、発表者はそれにそって勉強するのだろう。


「へえ……第一回が、交換期における詠唱魔法の変遷とその歴史的意義……」

 もうタイトルの時点でチンプンカンプンである。


 ミーアを見ると、早くも「うへー」という顔をしている。興味がないらしい。

 といってもミーアは、他の大学を卒業している。秀才のはずである。


 だが、どうにもこの分野は苦手のようだ。

「……出ようか?」


 囁くと、ミーアはコクコクと頷いた。

 次々と発表のテーマが板書されているが、ミーアは一度として目を向けることはなかった。


「いや~~、ああいうのは駄目だわ。眠くなるというか、眠らずにはいられないというか。眠りを強制してくるのよね。あれもきっと魔法よ」

 最初から小難しい内容だったので、興味がなければ眠くなるのは頷ける。だが、魔法ではない。


「その割には人が多かったけど、なんでだろ?」

 そこが不思議だった。正直、人気が出るような分野ではないと祐二は思ったのだが。


「あれは実践じゃないでしょ。それに科学系じゃないからね。安パイってことで、人気があるんだと思う」

「実践というと、魔法を実際に使うとか?」


「そうね。魔道具なしで魔法を使う人は限られているけど、使えなくても魔法実践系のゼミに入るみたい。ただ、厳しい教授が多いって話」


「そうなんだ」

 Aクラス生の中でも、魔道具なしで魔法を発動させる者はそれほど多くない。意外と『魔道具なし』の壁は高いのだ。


 そのせいか、実践ゼミに足を運ぶ者は多くないようである。


「他にも、科学系も敬遠されてるって聞いたかな。あれは魔法を科学的に解釈しようとしているから、最先端の知識がどうしても必要になってくるんで、予習が大変みたい」


「よく知ってるね。……そういえば、ミーアの専門は呪術だっけ。そういうゼミはないの?」


「調べたけど、なかったわ。メジャーじゃないし、そもそも発展性もないから、あっても昔の研究をなぞるくらいじゃないかしら」


「そうなんだ」

「呪術系ってさあ、偽物が多い世界だから昔の伝承や史料も眉唾なものが多いのよね。そういうのを一つずつ真偽を明らかにするのは意義あるとは思うけど、私はやりたくないわ」


 どうやらすでに、ミーアの中では結論が出ているらしい。

「それじゃ、次はどこに行く?」


「経済系を覗いてみましょう。まずは……『金融理財(きんゆうりざい)ゼミ』がいいわね」

「なにそれ」


「お金を集めて運用するゼミのことね。ゴランの投資部門なんかに就職したい人たちが集まるみたい」

「それ魔法、関係ないよね」


「まあね……あっ、ここだ。たのも~!」

 教室に入ると、理知的な顔をした学生たちがミーアをジロリと睨んだ。


「ちょっとミーア」

 ゼミ生たちは真剣そのもの。陽気なミーアは、場違いなほど浮いていた。


「見学させてクダさ~い」

 だれだお前的な空気が読めていないのか、ミーアは明るい声で許可を求める。


 ゼミ生が教授に確認を取る。

 教授が静かに頷くので、「後ろで見学してください」と声がかかった。


「ありがとうございまーす。ユージ、こっち座ろ」

「あ、ああ……」


 祐二たちが邪魔にならないように後ろの隅っこに座ると、ゼミが再会された。


「試算によれば、十年で投資金額が回収できる」

「それは順調に行った場合であって、七割で計算した場合……」


「さすがにそれは厳し過ぎだろう」

「いや、不測の事態に備える意味もある。平均利率は厳しめに試算してこそ……」


「いくら意味があろうと、絶対に勝てる投資などありはしないのだ。リスク面ばかり強調していても……」

 喧々囂々(けんけんごうごう)のやり取りが、ゼミ生の間で交わされている。


 傍聴していて、およそのことが分かった。

 まだ大規模農業がそれほど導入されていないアフリカ諸国において、収益性の高い作物を育てようという案をベースとして、最終的には独立採算が可能かどうかの議論が行われているのだ。


 アフリカの国々は広くそしてまだまだ発展が見込まれる。

 大規模農業の工場プラントを導入し、単一作物を育てれば、それなりのリターンが見込める。


 どれくらいの資本を投下するのか分からないが、市場で求められている作物を安定供給できるのならば、資本の回収は容易なのかもしれない。


 彼らがベースにしている案では、すでに作物の選定が終わっており、耕作に適した場所も決まっているらしい。

 では何が問題となっているのか。


 資本が回収されるまでの間に起こりえる問題を洗い出し、その対策法を考えている最中なのである。


 世界規模でこれから先、ずっと需要が見込まれる作物を育てるにもかかわらず、かなり慎重な態度だなと祐二が感心していると、隣でミーアがクスリと笑った。


「見学者は、どうやらお気に召さないらしいね」

 じっと黙って聞いていた教授がそう発言した。ゼミ生の視線がミーアに集中する。


「何か不満でも?」

 ゼミ生の一人が代表してそう問いかける……というよりも、詰問していると言えるほどの鋭さだった。


「え~……そんな、別に……」

 人差し指をアゴに添え、明後日の方を向くミーア。一部のゼミ生は挑発されたと思ったのか、顔を赤くする。


「意見があるのだろう? 言ってみたらどうなんだ?」

 別のゼミ生が喧嘩腰で聞いてくるため、ミーアは再度「どうしようかな~」と呟いたあと、手を挙げて立ち上がった。


「質問してもいいですか?」

「……ああ」


「ポリコレについて、どう考えていますか?」

「……はっ?」


「えっ?」

「なんだって?」


 虚を突かれたのか、ゼミ生の多くが戸惑いの声をあげた。

「知りませんか? ポリコレ」


 ポリコレとは、ポリティカル・コレクトネスのことで、性別や宗教、人種などによって受ける差別や偏見をなくして、公正、中立な立場で発言することである。


 企業も私人も、言葉選びには気をつけましょうという意味だが、何を意図してそんな発言をしたのか。


「知ってるに決まってるだろ!」

「いきなり、何を言ってるんだ!?」


「収益の回収とポリコレは関係ないだろ!」

 やはりというか、ゼミ生からはそんな意見が飛び出した。


 だが、ミーアは動じない。

「……続けなさい」

 教授の言葉にミーアが頷く。


「ポリコレって、ハラスメントとかいじめ、ヘイトスピーチなんかと絡めて話されることが多いじゃないですか」

 ゼミ生たちも頷く。


「いまは広告やSNSにさえ注意していればいいですけど、これから先はどうですか?」

 そう言われて彼らは考えはじめる。


「……アパレルの広告に太った人物を採用している会社があったな」

「演劇の主人公を原題とは別に黒人を採用したってニュースを読んだ」


「そうですね。とくに弱い立場だと言われている黒人や女性などがポリコレの対象になりやすいんですけど、すでに言論を越えて影響力を持ち始めているんですよね。……で、アフリカで行う大規模投資ですけど、労働者はどのような方で?」


「そりゃもちろん、現地の黒人を雇っ……」

 ゼミ生の一人がハッとした。


「賃金は?」

「……現地の労働者のそれに合わせる予定だ」


「労働者の待遇は……まあ、具体的な案はないでしょうけど、昇進や昇給について……そして役員ですけど、どのくらい現地の人を入れます?」

「…………」


 現状、搾取とは言わないまでも、欧米の労働者よりも安い賃金で労働力を確保する計算になっている。

 だが、それがこの先不可能になったら?


「十年後を考えたとき、ポリコレ運動が労働者の権利や、現地住民の権利拡大にまで発展する可能性って、どれくらいあります?」


 ミーアの問いかけに、何人かのゼミ生が俯く。

「だっ、だが、フェアトレードコーヒーだってある」


「そうですね。労働者にしっかりとした利益を確保させる目的で、末端価格を跳ね上げさせたわけですけど、思ったほど労働者の待遇がよくなってないって知ってます? 結局、中間搾取の量が増えただけだったりするんですよ。高いコーヒー豆を先進国が買っても、太ったのは中間業者なんですよねえ」

「…………」


「ひとたび人道上の問題が持ち上がれば、現状、企業は負けが確定ですよね。そういったリスクについて、どうして話し合わないのかなぁと思って」


「リスクはあるが、確定したわけじゃないだろ」

 ゼミ生の一人がそう反論するも、ミーアはニヤリと笑みを浮かべた。


「そうですね。コロコスで椰子の実ジュースの取り扱いをしなくなったんです」

「それと黒人にどんな関係が?」


 コロコスとは、会員制の巨大スーパーだ。業務用とも思える大量の食材や日用品を売っている。

「取り扱いを止めたのは、ココナッツミルクの粉末もですね。なぜかというと、椰子の実を収穫するのに、一部伝統的な手法が使われているからです。何だと思います?」


「……?」

 そう言われても、ゼミ生たちに思い当たるフシはないようだ。当然祐二も分からない。


「サルなんですよ。調教したサルを木に登らせて、椰子の実を囓り落とさせるんです。それが『残酷』だって意見がでて、大企業が追随したんですね。伝統的な手法だし、サルを酷使しているとも思えないんで、半分は言いがかりかなって思うんですけど、それがまかり通るのがいまの世の中です。商品を取り扱わなければ、椰子の実を取っている業者の生活が成り立たない。だから酷使されるサルが減るっていう論理なのかもしれませんけど、弱者……ここではサルですけど、その権利を守るためによくやりますよね。サルに人権ありましたっけ?」


 つまりミーアはこう言いたいのだ。

 低賃金で働かされる労働者をなくすため、企業そのものを成り立たなくさせてしまおうと考える人たちがいると。


 得てして、そういう人の声は大きい。

 結果、工場は撤退し、黒人の職がなくなる。だがそれは彼らにとって成功なのだ。そう考える人たちがいるのだと。


 十年後、たしかにどうなるか分からない。

 だが十分起こりえることでもある。


「…………」

 結果、ゼミ生のだれもが言い返せなかった。


 祐二はその空気に耐えきれず、ミーアを促して教室を出ようとした。すると……。


「そのことは次回に扱おうと思っていた。良かったら、また来なさい」

 退出間際、教授がそんなことを言った。


「はーい」

 ミーアは頭を下げて、出て行った。



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― 新着の感想 ―
[一言] そして猿の飼い主は職を失い、腹が減って猿を食べました。 搾取される猿はいなくなったよ!やったぁ!
[良い点] 欧米人って、歴史的に糞みたいな悪行を世界中で大量にやらかしてるせいか、道義的な正義でマウント取りたいって欲求が強いんだよね。 その建前を、知的エリートが振り回してマウントを取った後、衆愚が…
[一言] インターネットの普及により ノイジーマイノリティの声が騒音レベルに拡大再生産され 全世界に届けられる時代になった訳ですが 実際のところノイズの発生源はどこで、どの程度存在しているのか まった…
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