091 クーデターその後
クーデター発生から三日が経った。
ロイワマール家が黄昏の娘たちと組んだ衝撃は大きかったものの、その主体となる者たちが魔界の奥に消えていったことで、表面上は平静を取り戻している。
いまは、事件の前後関係を含めた調査が行われている段階だ。
まず発端となったのが、叡智大での爆発事件である。
実行犯は島の外から侵入した一名と、叡智大の職員が二名。
この三名はすでに拘束されている。
この事件の前に、叡智大の一般学生が特別科の敷地内に侵入し、捕縛されている。
一般人の侵入を許したことは、警備を担当する者たちにとっても屈辱のこと。
背後関係を洗うとともに、警備体制の見直しが図られていた。
通常とは違う警備体制だったことが、爆破犯にとって最大の誤算となった。
本来、もっと多くの爆発物を設置する予定だったようだ。
破棄されたモーターボートの中には、まだまだ多くの爆弾が積まれていた。
何度も往復して、ケイロン島の各所に爆弾を設置する予定だったようだ。
爆発物の設置中に見つかったことで、彼らは急遽、爆破を早めた。
島内が混乱しているうちに島から逃げ出し、合流する手はずになっていたのだろう。
だがモーターボートは出発し、残された彼らは捕縛された。
現在も真相究明にむけて、彼らへの尋問が続いている。
叡智大で爆発がおきた直後より、ロイワマール家の当主を含めた者たちは、すぐに行動をおこした。
本来、叡智大の爆破は深夜に行われる予定だったらしい。
つまり、あと半日かけて、爆弾がセットされる予定だったのだ。
叡智の会の注意がケイロン島に向いたあとで、ゆっくりと魔界門の制圧を行う予定だったのだろう。
実行犯の尋問から分かったことは多い。
計画には第二案が存在し、島でのテロが失敗したときには、魔界門への強行突破が予定されていた。
事実、魔界門を守る傭兵たちは倒され、突破されている。
ではロイワマール家の船団は、どこへ向かったのか。
尋問に屈した爆破犯たちも、その先については知らないという。
彼らは叡智大の職員であるため、普段から魔界に赴いているわけではない。
ヘスペリデスについても詳しいことは知っておらず、持っている情報はそれほど多くなかった。
彼らは捨て石として選ばれていたのだ。
尋問は続けるが、これ以上の情報は得られない可能性が高かった。
――カムチェスター家屋敷 ヴァルトリーテ
祐二とフリーデリーケは魔界から戻ったあと、屋敷に寄らずに大学へ行った。
そもそも屋敷にヴァルトリーテたちはいなかったので、戻る意味はなかったのだが。
クーデター発生から三日経って、ようやくヴァルトリーテとエルヴィラは本部から屋敷に戻ってきた。
「79番魔界に消えたとはね……あの先には砦があるさね」
「廃棄された……砦ですか」
ロイワマール家の船団は、79番の魔窟へ消えていった。
「すでに物資や食糧を砦に運び込んだ後だろうね」
「砦に物資を……ということは、遠征を使って?」
エルヴィラは頷いた。
「そうなるさね」
百年以上昔、79-22-8番魔界に、巨大な砦が建設された。
遠征時の拠点とするためである。
その後、何度か大がかりな改修が施されている。
だが現在では、その砦は破棄されている。
技術の進歩で、賞味期限が五年以上もある保存食が普通に作られるようになったのだ。
砦に魔法使いを配置し、拠点とするようなことをせずとも、長期の遠征が可能となった。
1970年代になって、人材をそこに留めておく費用や手間は無駄と判断され、すべての砦が破棄された。
79-22-8番魔界も同じころに破棄されている。
若い頃一度だけ、エルヴィラは稼働している砦を見たことがあった。
船団を収納できるだけのスペースを確保した、それはとても大きなものだった。
「前も言ったが、魔導船は貴重だ。破壊するわけにはいかない」
「はい……」
クーデターに参加したのは、ロイワマール家の血を引く者の三分の一。
魔導船を取り戻せれば、新たな当主と船長を迎えて、ロイワマール家を再出発させられる。
それゆえに、魔導船を破壊したくない。
「魔窟の出口は見張らせているが、戻ってくることはないだろうね。ヤツらはその先を目指しているはずさ」
「では、『はじまりの地』がその先に?」
エルヴィラは首を横に振った。
「もし連中が、『はじまりの地』へ至る道を知っていたなら、とっくに向かっていっただろう。そもそもなぜ私たちと共有しなかったんだい?」
「それは独占したかったからじゃ?」
エルヴィラは首を横に振った。
「独占してどうなるものでもないさね。それに千年以上探し求めてきた場所が、そんな簡単に見つかるのかね? あたしゃ、とても信じられないよ」
「でも叡智の会では、『はじまりの地』へ至る道が見つかったから裏切ったと思っているようですが」
「可能性のひとつくらいに留めといた方がいいさね。物事はそこまで単純じゃないかもしれない……まあ、その辺はおいおい分かるだろうさ」
「各家の足並みが乱れなければいいですが……」
「外敵がここぞとばかりに、攻めてくるかもしれない。いや、それよりまたローテーションに影響が出るんだが、そっちはどうなるんだろうねえ」
八家が七家になったことで、これまでのローテーションが崩れることをエルヴィラは心配した。
祐二とフリーデリーケは、船でケイロン島へ戻ってきた。
「警備が物々しいわ」
「さすがにノーチェックとはいかないようだね」
船長である祐二と当主の娘であるフリーデリーケは、これまでならば、ほとんどノーチェックで島へ渡ることができた。
専用のヘリすら、許可が下りたのである。
だが爆破事件を受けて島の警備は何倍にも強化され、本人確認のみならず、持ち物チェックまでもがかなり厳しく行われることになった。
「前はパスポートの提示だけで済んだんだけど……仕方ないか」
「そのかわり、島の中は安全と思いましょう」
ちなみにケイロン島はギリシアが所有している島のひとつだが、ドイツ領扱いとなっている。
日本にある米軍基地のような感じだ。
そのため、ギリシアから渡るときは、外国に赴くのと同じ手続きが必要となる。
ドイツから直接渡る手段は存在していないため、島に入るには必ず入国手続きを受けなくてはならない。
そうすることによって島内に不審人物が入り込まないようにしていたが、事件はおきてしまった。
万全を期すため、より一層の警備強化は致し方ないことであった。
「やっほ~、大変だったね~、元気してた~?」
教室に向かうと、ハイテンションのミーアが祐二を迎えた。
「おはようミーア。朝から元気だね」
「まあね。ほら、あんなことがあったでしょ。みんな不安そうだからさ」
よりにもよって、この島で爆破テロがおきたのだ。
たしかにクラスメイトの顔は冴えない。
ミーアは一人一人に声かけをして、元気づけているのだろう。
「俺は大丈夫だよ」
「そっか。よかった……なんか一般科の方で変な噂も流れてるしさ。気にしないならいいけど」
「変な噂?」
「ここの敷地に入って捕まった学生いるでしょ。あの人、テロリストの仲間だったみたい」
「捕まったって……隼人のことか!? えっ? テロリストってどういうこと?」
「噂だから私も詳しいこと知らないのよね。ただ、警察署から逃げ出したのを見たって人がいたみたい。あの爆発事件も、脱出させるために仲間がおこしたんじゃないかって」
「いや、そんなはずは……」
強羅隼人のことは、高校の時から知っている。
少なくともテロリストと関係するような人物ではなかった。それだけは断言できる。
では噂は間違っているのか? 祐二は考えた。
「まさか、テロリストに間違えられたとか?」
「どうしたの、ユージ?」
「ああ、うん。その件、ちょっと調べてみるよ」
「そう? 私も詳しいことは知らないんだよね……あっ、そうそう。私たち二年になったから、ゼミが解禁されたのよ。まだすぐ必要ってわけじゃないけど、Aクラスは結構考えている人、多いみたい」
「ゼミかあ……まだ早いけど、どうしようかなぁ」
特別科のゼミは、二年生から所属できるようになっているが、卒業に必要な単位が取れるのは、四年生のときのみである。
四年になってから所属しても問題ないのだが、各ゼミには定員があり、さらに通年で研究した者のみを四年で受け入れるとしているゼミも多く、ほとんどの学生が三年次にはどこかのゼミに所属している。
二年生の場合、雰囲気を感じるためにお試しで入ったりすることが多い。
ミーアはそのことを言っているのだ。
「まだ決まってないなら、一緒に回ろう! それでいいよね?」
「えっ? まあ、いいけど……」
何にでも興味を示し、色々と誘ってくるのがミーアのいいところである。
「じゃあ、さっそく今日の放課後から見て回りましょー!」
「……おー」
やや低いテンションで、祐二は同意した。
本日より新章(第四章)『侵略種襲来』編がはじまります。
七家になったあとに不穏な副題ですが、地上の方もいろいろ騒がしいようで。
そして第一話に登場した『アルテミス騎士団』が徐々に姿を現して……四章はどうなるのでしょうか。
そしてコロナにかかりました。
子供が外からもらってきて、あっという間に家庭内に拡散です。
「コロナかも」というので病院に行かせたらドンピシャでした。
私は今日で感染三日目。熱は一日で引いたのですが、喉が荒れて咳がまだ出ます。
近日中に仕上げないといけない仕事が残っているので、だましだましやりながら、あとは寝ていると思います。
みなさんも十分ご注意ください。
それでは引き続きよろしくお願いします。
 




