ペツーア大統領の悪夢
今回はペツーア大統領の視点です。
統治とは力なり! 単純にして明確な理論であり真理である。
ソビエト連邦崩壊後、初代大統領は縁故による利権の独占に固執する余り内政、外交に支障をきたし経済は悪化し、旧連邦国の多くを離脱、独立させる事になってしまう。
次の大統領はリベラル化を進め経済を重視した結果、国内政治と治安が大いに乱れ、競争力で欧米諸国、急成長する中国に敗北し国力を大きく衰退させ大国としての影響力を著しく低下させてしまった。
私は旧ソ連時代に代諜報部のトップとして政治、経済、軍事に於いてあらゆる情報の統括、他国への謀略、連邦内の反乱および敵対組織の粛正等裏表問わず様々な汚れ仕事をしてきたが、ソ連を崩壊させた最後の書記長と二名の大統領の無能さに怒りを覚えていたものだ。
私が大統領に就任後は国家経済の立て直しのため企業と公共事業の再国有化を行った。もちろん対外的には民間企業のままだが賄賂や不正の温床になる為に国家指導の下、徹底的な管理を行い私服を肥やしていた政治家や経営者は全て粛正を行なった。
政治面に於いてもリベラル派は欧米諸国の回し者として収容所に送り込み、強固な国家基盤を作り上げ連邦に属する共和国の自治権も制限したが大国としての地位を取り戻すためには他国に大きく水を開けられた経済と科学及び軍事技術の向上が必要不可欠であった。
連邦の共和国の一つであるオムスムルグ、ロシア帝国に支配される前は数百年の歴史をもつ王国だった。帝国に統合された後もオムスムルグ王家は解体されずに残され、ロシア革命後もソビエト連邦の重鎮として高待遇を受けていた。なぜならばオムスムルグ王家は学者の家系で代々数学、科学の分野で帝国、連邦の発展に貢献してきたからだ。
数年前、オムスムルグに駐在する中央政府行政官からオムス塩湖の水位が下がり巨大な人工物が水面から見られるようになったと報告があった。さっそく調査チームを派遣したのだが近付く人間は血液を沸騰させ死亡、無人機も回線がショートして接近することも出来ない。
科学者の見解によると接近するものに対して強力なマイクロウエーブを照射する防衛機能が作動しているようだ。湖底に沈んでいるとはいえ、このように巨大な物が今まで誰にも気付かれる事無く存在していたとは思えず、オムスムルグ王家に残されている文献を調査させた結果、驚くべき事実が判明したのだ。
人工物は十七世紀に不時着した宇宙船であり、オムスムルグ王家が代々優れた科学者を輩出出来た理由が異星人に教育を受けていた結果である事が発覚した。私は大統領命令により即座にオムスムルグ首相であるイゴール=アダモヴィッチとその妻、そして側近達を拘束し宇宙船の秘密を暴く為にオムスムルグの主権に制限をかけた。
調査の結果宇宙船のセキュリティー解除をする為の起動キーはアダモヴィッチ家の長女以外の者が触れると宇宙船と同じくマイクロウェーブによるセキュリティーが作動するようだ。現在長女であるウリアーナ=アダモヴィッチは起動キーと共に日本に留学していると言う。私は速やかにウリアーナの身柄の拘束と起動キーの回収を部下に命じた。
結果、作戦に従事したSVRの精鋭全員は記憶を消去されて赤の広場を彷徨い歩いていた。追加で送り込んだ陸軍特殊部隊も全員同じ運命をたどる事になる。
どういう事だ? 日本はスパイ天国と言われる程に程諜報員、工作員に対するセキュリティーが甘いはず。同じく環境技術を盗む為に日本企業銀河バイオに送り込んだ諜報員も十一名が消息不明、十三名が記憶を操作され赤の広場を徘徊していた。
いったい日本で何が起こっているというのだ? いくら弱腰国家の日本とは言え「うちのスパイが記憶をいじられて強制送還されるんだがどういう事だ?」と聞くわけにはいかない。どうしたものかと思案していたら、それどころでは無い事態が連続で起こったのだ。
まず、身柄を拘束していたイゴール=アダモヴィッチとその妻と側近達が何者かの手引きで脱出し、ノルウェーに亡命した事だ。それをきっかけに連邦共和国の反ロシア派及び独立派の動きが活発になる。
続けて中東で我が国が支持援助していたシリアのアシュラフ政権が倒れ、武器、物資を提供していたムスリム帝国を始めとするテロ組織、武装集団が相次いで壊滅。そしてどういう訳かイスラム諸国が安定するための橋渡しをしたのはアメリカでも我が国でも中国でも、ましてやEU諸国でも無く、今まで国際情勢に於いてアメリカの追随ばかりをしていた日本だ。しかも軍事以外の分野で民衆をまとめて絶大な支持を受けているらしい。
さらにサイバー攻撃に偽情報で我が国を振り回す者がいる。我々は反ロシア派の制圧と謎の敵対組織に対抗するためにオムスムルグとその周辺国に海軍を除く全ロシア軍の四割を集結させたが航空戦力を配置していたケロメア共和国の基地が二時間足らずで制圧され航空戦力は倉庫ごと破壊…….いや消滅させられていた。
しかもケロメア基地を壊滅させたのは一台のバイクと空を飛ぶ半裸の若い女性だと! ふざけているのか!? それとも集団催眠……もしくは幻覚剤を使用されたのか!?
意味のわからない報告に苛立ちながら執務室に入ると更に理解不能な事態が私を待ち構えていた。入室した途端にSP二人が意識を失うという突然の異常事態に対しすぐに拳銃を引き抜き周囲を警戒する。そして見慣れた執務室の風景が歪むと私の席に何者かが座っており左右に男が立っていた。
私は即座に発砲したが見えない壁に弾かれてしまう。
「残念だが我らにそのような武器は通じん。さらに監視カメラを始めとするセキュリティーも全てハッキングしてこちらでシステムを掌握してある」
右に立つ白人男性が芝居がかった口調で声高らかに言う。
「貴様等は何者だ!」
拳銃を構えたまま恫喝すると左側に立つ貧相な東洋人が人を喰ったような飄々とした態度で言う。
「怪しい者ですよ。我らの君主があなたとの会談を希望していますので少々強引な手段を取らせていただいたのです」
私の席に座る背の低い人物が私に幼さの残る声で話しかける。
「初めましてペツーア大統領、僕たちは地球に変革をもたらす組織秘密結社ギャラクティカダーク。そして僕は当主のイーマブルグだ」
「子供だと!?」
驚く私に対し子供は髪と瞳の色が変化し、白人男性は額から角が生える。異星人だと!? そうかオムス塩湖の宇宙船の関係者か、我々に対し技術を提供しようとする雰囲気では無さそうだな。
秘密結社ギャラクティカダークだと!? 日本を拠点に活動する組織で銀河バイオは彼らの下部組織であると言う。潜入した諜報員を記憶操作しウリアーナ=アダモヴィッチの確保を妨害したのは彼らで間違い無いだろう。
さらに彼等の目的はオムス塩湖の同朋の救出と連邦共和国の独立支援だと言う。首都のしかも大統領の執務室で我が国に敵対を宣言するとはいい度胸だ。
「キミの敵ではあるが善良なるロシア国民の敵では無い」
しばらくの沈黙の後、イーマブルグの瞳が淡い光を発する。
何だこれは!? 子供にしか見えないイーマブルグから凄まじいプレッシャーを感じる! まるで偉大な王に……蘇った歴史上の偉人に相対したような……幼少の時に偉大な父に叱責されるような感覚が私を襲う。
瞳の光が消えるとプレッシャーは無くなったが、イーマブルグはオムス塩湖の宇宙船と共和国の独立に関して手を引くのならば。私の行いを不問とすると言うが……。
「愚かだな、諜報員を撃退し軍事基地の一つを潰したところで勝ったつもりなのか? 貴様等の組織がいかに超技術や特殊能力を持とうとも大国である我が国の圧倒的物量に勝てると思っているのか?」
そう、地の利はこちらにある。これまでの戦略を見る限り敵は少数精鋭、いかに特異能力を持つ異星人であっても無人兵器を使ったとしても波状攻撃を続ければ疲弊するはず。最終的に勝利すれば我が軍がのほとんどが失われようとも異星のテクノロジーが手に入るのだ、多少の犠牲など安い代償である。
イーマブルグが正式に宣戦布告を行うと私の意識は途絶え、目を覚ました時には彼等はいなかった。だが夢や幻では無い、倒れたSPと私の机に置かれているふざけたデザインのカードが何よりの証拠だ。
直ちに緊急事態宣言を出し国防委員会を開く。奴らは敢えて我々に明日の早朝ケロメア共和国を発つ事とオムスムルグへの進行ルートを大統領直通メールで送って来ている。罠の可能性もあるが地の利はこちらにある。敵の侵攻方向に一晩で集められる可能な限りの陸軍の戦力を投入し航空戦力、ミサイルもいつでも使用可能な状態にしてある。
翌朝、予告通り敵はケロメア共和国を出発した。超大型の装甲車が一台か……陸上戦力とミサイル、航空戦力で集中攻撃をしながら後続部隊を矢継ぎ早に投入すればさすがに疲弊するであろう。
私は陸軍大隊の司令官に敵装甲車迎撃の指示を出し、空軍に戦闘機爆撃機の発進準備、ミサイル発射の準備を其々の責任者に命令して執務室に戻る。
共和国の反乱分子の資料に目を通していると陸軍参謀総長がノックもせず乱暴にドアを開けた。その表情があまりにも悲壮だった為、ノックをしなかった事を咎めることを忘れてしまったのだ。
「何があった?」
「敵装甲車を待ち伏せていた陸軍大隊が一台のバイクにより全滅しました」
「……何を言っている?」
「ですから! 7200名の兵士! 30両の戦車! が二時間足らずで全滅したのです! どのような兵器を使ったのかは不明ですが兵士は全員戦闘不能、戦車は全て動力部を破壊された模様……詳細は通信が完全に途切れた為に不明です!」
私は直ちに現時点で発進可能な航空戦力をスクランブル発進させ、発射可能なミサイルを全て装甲車にむけて発射させた。
「戦闘機、爆撃機全機撃墜!」
「ミサイル全弾迎撃されました! レーザー兵器のようです!」
私は万一の為に用意していた核弾頭搭載のICBMの発射ボタンを押す。今思えば想定外すぎる出来事の連続で少し正気を失っていたのかもしれない。しばらくすると管制官が完全に生気の抜けた声で報告をする。
「大統領…….先ほど発射した核弾頭ですが未確認飛行物体に捕獲されたようです」
私はもう声を出す事が出来なかった、想定外どころか現実離れし過ぎている。思考が全く着いて行けずに呆けていると管制官の声が生気の抜けたものから悲痛な絶叫に変わる。
「未確認飛行物体! 核弾頭を持ったまま真っ直ぐこちらに向かって来ます! 速度……マッハ5! 間も無くクレムリンに……核弾頭を? もうダメだぁぁぁぁ!」
大統領府の敷地内に落とされた核弾頭は爆発しなかった。数分間作戦司令室の全員が茫然としていると情報管制官が叫び声を上げる。
「未確認飛行物体、ソマリア沖を航行中の我が国の原子力ミサイル巡洋艦に接近!!」
モスクワを飛び立ってから数分経つんだ!? マッハいくら出ているのだ!? それとも瞬間移動なのか!?
「ミサイル巡洋艦ピョートル原子炉停止! 未確認飛行物体ロスト!」
爆発しない核弾頭に機能停止した原子炉……まさか! 奴らは核分裂、核融合を阻害する技術を持っているのか!? 驚愕していると司令室のモニターが眼鏡をかけた若い東洋人女性の顔で埋め尽くされる。
「ロシア政府のみっなさぁぁぁん! こぉぉぉぉんにっちわぁぁぁぁ! あれ? まだ午前中だっけ? まあいいや」
我々は完全に思考停止状態だったがSVR長官セルゲイが驚愕の声を上げる。
「キョウコ デモン!?」
「およっ!? 僕の事知ってるなんて、さっすがスパイの親分!」
「知っているのか?」
「三年前に起きた全世界規模のサイバーテロの容疑者です。CIAの調書では異星人に拐われたとありましたが……まさか事実だったのか?」
「まあその辺はどうでもいいんだけどね。あっ、そうそう今からウチのボスがそっちに行くから接待してねー。イーマ様はカスタードのシュークリームが好きだよ」
突然司令室の壁を強烈な光が貫く、直径五メートル程の穴が空きそこから白い羽毛に覆われたドラゴンが入って来た、もう現実感など全く無い。そしてドラゴンの背中からイーマブルグが舞い降りる。
「覚悟は出来たかい? ペツーア君」
もはやここまでか。私は懐から拳銃を取り出し口に咥える、拳銃で確実に死ぬ為には脳幹を打ち抜くことだ。その時何者かに腹部を強打されて拳銃を取り上げられると関節を極められ拘束される。
「自殺は認めない! 君にはこれから僕達の手によって変革する世界を見届けてもらいたいんだ。これから然るべき場所に来てもらうよ」
この瞬間私は大統領では無くなっしまったのだ。




