魂
東京での面倒臭い用事も片付き、銀河バイオの新商品の開発と中東の環境改善システムの最終調整も終わってようやく自分の研究に戻ることが出来そうだ。
中東で得ることの出来た貴重なデータの整理と分析をしていると今日子から「幸四郎さん専用戦闘機の最終調整終わったよ〜」と連絡が入ったので一時中断して共同研究室に向かう。通路を歩いていると執事服のマインがティーセットを乗せたカートを押して研究室に入って行くのが見えた。
研究室のテーブルセットには先に来ていた今日子と清志が座っていてマインが紅茶を入れている。今日のオヤツは洋梨のタルトだな、俺も席について紅茶を入れてもらう。
「マイン、ここの生活には慣れたか?」
「はい、みんな優しいし働くのがとっても楽しいです。みなさん本当にありがとうございます!」
マインはピョコンとお辞儀をするとカートを押して部屋を出て行った。席に着くと今日子が紅茶にドバドバ砂糖を入れてザリザリと混ぜている、清志は普通にティースプーン一杯とレモン一絞り、俺はせっかく良い茶葉を使っているからストレートで飲もうかな。
「ぷぷぷっ、真人さんが引き籠もって研究している間キヨピーったら故障寸前だったんだよー」
「いや、アレは冗談抜きで精神がやられるかと思ったぜ」
今日子が楽しそうに、清志が口一杯に入れられた苦虫を噛み潰したような表情で言う。
「何があったんだ?」
「えっとね……」
俺が自分の研究室で一日中個人の研究に取り掛かっている時、マインが自分の新しい身体について聞きたい事があると共同研究室を訪ねて来て「私の新しい身体なんですけど穴が無いんです」と言ったのが事の発端らしい。
最初は二人共何の事だか分からずにキョトンとしていたが少し考えると今日子がピーンときて「あー! 君たちには高効率な消化吸収機能とエネルギー循環機能があるから排泄の必要がないんだよ」と言うとマインがとんでもないことを口走ったのだ。
「えっと……男の人への奉仕は口だけでするんですか?」
二人共しばらくの間放心状態だったがその意味を理解した時の清志の顔は傑作だったと言う。その時の清志の表情を思い出した今日子は笑い転げていた。
「ヒィーヒッヒッ……キヨピーったら白目剥いて口から魂出てたもんね」
「まだ、初潮も終えてない子の口からそんな生々しい言葉が出たからショックのあまりにな……俺は確かにロリコンだが皆が知っての通り紳士ロリだ。いつも言っているように幼い子供を性のはけ口にする行為は決してさん!」
マインはテロ組織で暗殺者として教育されただけでなく構成員たちの性奴隷のような扱いを受けていた。そのためにHIVに感染しAIDSを発症して幼い命を散らしたんだ。
「なるほどな、マインはうちで使用人として働いているようなもんだがテロ組織では構成員の世話の中に性処理も含まれていたんだろうな」
「マインには僕から言っておいたよ。もうそんな事しなくていいよ、文字通り生まれ変わったんだしさってね」
「そのとおりだ! なあ真人、お前が言っていたソウルコアに基づく生物の定義だとアイ、マイ、ミー、マインの身体は人工物だが生きている事になるんだよな」
ソウルコアを基準に考えた場合はソウルコアの有無が生物、非生物の区別になるから彼女達は生物と言える。
「ああ、彼女達は生きている」
二人は腕を組んで「うんうん」と頷くと、今日子が不意に眼を見開いて顔を上げる。何かを思い出したみたいだ。
「本題忘れてた! 幸四郎さん専用戦闘機のOSとゼロとの調整終わったから、あとはテスト飛行するだけだよ」
そう言うと今日子は洋梨のタルト二切れ目を大皿から自分の皿に移すがいつの間に一切れ食べ終わったんだ? 美味そうなので俺も一口食べてみる。流石だなウチのメイドロボ達は、一流シェフやパテシエのレシピや技術をプログラミングしてあるがソウルコアがあるせいか心がこもっている。
試しに全く同じ性能、プログラムを載せたAI仕様のメイドロボに同じ料理や家事をさせてみたが、なんだか味気なかった。せっかく作ったのでユウと名付けて掃除や調理補助で活用している。
「じゃあ早速幸四郎さんとゼロに連絡しようぜ。機関部と操縦系統の調整はバッチリだ」
清志が豪快に手掴みでタルトを食べ、レモンティーを喉に流し込んで言う。俺の担当部位である生体部分とゼロとの接続部はもちろん完璧に仕上げてある。
「ねえ、さっきの話だとゼロと一体化する幸四郎さんの専用機も生きているって事になるのかな?」
「広義の意味で考えればそうとも言えるな、じゃあ準備にかかろうか」
幸四郎さんに連絡をすると、明日にでも乗ってみたいと返事が来た。やっぱり自分の戦闘機が嬉しいんだろうな、珍しく声が弾んでいてテンションが高かった。明日に備えて生体部分とソウルコアのチェックの為にゼロを呼び出す。
「真人さん、いよいよ明日なんですね。幸四郎さんと空を駆けることが出来る日が来るなんて夢のようです」
「ああ、上手くソウルコアが定着したから良かったよ。予備のブロックでマインも作ることが出来たから成果は上々だったしな」
「マインちゃんとは仲良しですよ。彼女は妹でアイさん達はお姉さんだと思ってます」
まあ事実上その通りなんだよな。ゼロの調整が終わると視界が赤くなったので夕食を食べて眠る事にしよう。今日のメニューは鶏モモ肉のトマト煮込みに卵とチーズたっぷりのシーザーサラダがメインだ。俺の食事は幸四郎さんの指示によりボリュームがあるものが用意されている。出された物は食べるが食べることにあまり関心が無い俺は栄養不足で体重が激減したので食事と体調を管理されているんだ。
その分安心して研究に没頭出来るのだからありがたいことだ。
風呂を終えて自室に向かう途中、思うところがあり地下のギャラクティカダーク号のほうに足が向いた。中東で瀕死のマインを診た時からソウルコアに関する感覚が鋭くなっている。メイドロボ達とゼロは間違いなく生きている、そしてギャラクティカダーク号にもソウルコアが存在する。
メインコンピュータの所に来ると前よりもハッキリとソウルコアの存在とその意思を感じる。今日は何も語りかけてこないが俺のことをハーリーと呼ぶ何者かが存在するのは確かだ。
「お前は生きているのか?」
「そのうち分かるよハーリー」
ギャラクティカダーク号の意思は俺の問いに短く答えると再び沈黙した。




