小さな一歩、巨大な影響
シリアの元外交官であるロトゥフは三年ぶりに祖国に帰って来た。国境警備の兵士がそろって敬礼をする中ゆっくりと歩いて公用車に乗り込む。美形の白人と初老で少し貧相な東洋人が助手席と後部座席に同乗するが二人が何者かは兵士にも運転手にも知らされていない。
公用車は砂漠の真ん中にある要塞のような施設に入っていく。外は無骨な印象だがセキュリティーシステムも管理体制も最新のものだ。
三人は最も厳重に警備されている一室に案内される。中には頑丈そうな椅子に座り両手両足を拘束された男性がロトゥフを睨みつけていた、両端には銃を構えた兵士が立っているが男の護衛ではなく明らかに監視役だ。
「お久し振りですねアシュラフ大統領」
「元を付けたらどうだロトゥフ、どうせ暫定政府の首席として呼び戻されたんだろう? 欧米の傀儡政権の首席の座を手にしていい気分か?」
「何故欧米の傀儡政権だと思うんですか?」
「突然のクーデターによる大統領府の制圧、テロ組織及び武装集団の壊滅。我が国だけでは無く中東地域の広範囲で武装解除が行われ、イランやパキスタン、インドまでもが核を放棄すると宣言しているではないか! 欧米諸国の陰謀以外の何があるというのだ!?」
感情的になるアシュラフ元大統領にロトゥフの右側に立っている貧相な東洋人が話しかける。
「今の欧米諸国にはここまで中東情勢に介入する力も覚悟もありませんよ。我々が世界に与える影響を測る為の試金石として不安定な中東情勢を利用させてもらっただけです」
「まさか中国……」
今度はロトゥフの左側にいる美形の白人男性が首を横に振る。
「我々は地球上のどの国家にも組織にも所属していない独自の機関だ」
困惑するアシュラフに対しロトゥフは哀れみの目を向ける。彼の狼狽ぶりは二ヶ月前の自分自身を見ているようだからだ。
「アシュラフ大統領、二ヶ月前の巨大な龍によって国際テロ組織、武装集団が壊滅的な打撃を受け、シリア、イラン、パキスタンの軍事拠点が襲撃され核兵器や細菌兵器、化学兵器が無力化された事件を欧米諸国の陰謀だと思うのは無理の無い、それどころか当たり前の思考だと思います」
ロトゥフは両端に立っている東洋人と白人男性を交互に見て深いため息を吐きアシュラフに強い口調で言う。
「おそらくあなただけでは無く、多くの人間が巨大な龍の存在を集団幻覚やトリック、もしくは捏造された物だと思っているはずだ! しかし私は見てしまったんだ! 知ってしまったんだ! 我々の常識が全く通じない地球の文明を遥かに超越した存在を!」
今にも取り乱しそうなロトゥフの鬼気迫る表情にアシュラフは恐怖を覚えた。もう彼の言葉を戯言や虚言などと言うことは出来そうに無い。
アシュラフはロトゥフの両端の人物を恐る恐る交互に見る。
「ロトゥフは私と方針が合わず解任したが、優秀で強靭な精神力を持つ人間だ。彼がそこまで怯えるお前達は何者だ?」
「私は日本人の社会心理学者でしたがムスリム神国に拉致され処刑される所を彼らに救われ、それ以来は組織の構成員として働いています」
東洋人が白人男性に目配せすると彼の額から大きな角が生えた。
「しまっておけるとはいえ、やっぱり窮屈だな。アシュラフ君と言ったか? 見ての通り私は地球人では無い」
擬態を説いたルークの姿を見てアシュラフは拘束された椅子から逃れようと暴れ、兵士は思わず銃口をルークに向ける。
「銃を下ろせ! 彼に手を出すと死ぬだけでは済まんぞ!」
ロトゥフは兵士に指示を出し銃を収めさせるが2人の屈強な兵士は怯えた顔で全身に冷たい汗をかいている。そして恐怖に震えるアシュラフがかろうじて声を出した。
「シャ、シャ、シャイターン!?」
「悪魔とは失礼だな、私はこの星の出身では無いが立派な知的生命体で祖国では地球で言う伯爵の地位を与えられていた貴族だぞ」
「アシュラフ大統領、私はここにいる東洋人ヒョエとは旧知の仲で彼を通じて異星文明の担い手である秘密結社ギャラクティカダークの存在を知り、彼らの中東での活動に同行したのです」
「い、異星文明……うっ、うっ、宇宙人!?」
アシュラフと監視役の二人の兵士は怯え切っている、寿命が縮むくらいの恐怖を感じているに違いない。
「それにしても凄い怯えようだな、幸四郎も真人と今日子も予備知識無しで我々と対面したが平然としていたぞ。元大統領とエリート軍人がこの程度だからこの地域が不安定なのではないか?」
心底呆れた顔で言うルークにヒョエは苦笑いする。
「普通の反応はこんな感じですよ、あの三人は元々超人ですからね。他のメンバーは幸四郎さんからスカウトされましたから。ミリオネル王国の方々との初対面だって予備知識を得た後の御前会議ですよ」
「結果的に決起集会だったな、最近の事なのに懐かしいな」
理解不能状態で半パニックになっているアシュラフにロトゥフは真剣な顔でゆっくりと話しかける。
「アシュラフ大統領、彼らの中東地域での活動によってこの地域だけでなく全世界のパワーバランスは大きく変わる事でしょう。ですが彼らがどんな下準備をしてどれ程の労力を使いどのくらいの人員でこの戦果を上げたと思いますか?」
「わ、わ、分からないが……相当の準備期間と予算、人員を使って……」
「龍の実験の為にとほとんど思いつきで実行した作戦なんですよ。準備期間は必要な装備の開発で二ヶ月足らず、経費については私も知りませんが作戦に参加した人員は僅か十七人です。しかも実戦部隊はたったの四人で他は指揮官、科学者、王族とその執事、侍女、交渉担当です」
アシュラフと兵士の顔色は極めて悪い。理解の遥か外側にあり過ぎる現実に全くついて行く事が出来ていないのだ。
「まあ、これは我等「秘密結社ギャラクティカダーク」が地球で活動を開始する小さな一歩だ。これから徐々に介入して世界に変革をもたらし、我々の主君であるイーマブルグ様が治める新しい地球文明を築くのだ」
ルークが爽やかな笑顔で宣言するとロトゥフが混乱の極みにあるアシュラフと兵士に対して追い討ちをかける。
「彼等はあれだけの事をさっき言った少数の人員で、しかも合間にティーパーティーをしたりこの砂漠で入浴を楽しみながら片手間にやってしまえるんです。しかも武力だと一ヶ月で世界征服が可能で、生物を死滅させるなら一週間、地球その物の破壊なら一瞬だと笑いながら言える存在ですよ」
アシュラフは両端の兵士に呟いた。
「その銃で私の頭を撃ち抜いてくれないか……」
呟きを聞いたヒョエが意地の悪い笑顔でアシュラフに言う。
「ダメですよ元大統領、あなたにはこれから変わっていく世界を見ていただいて感想を聞かせていただきたいんですから。それに彼らは出来るだけ手荒い真似はしたくないのです」
「咎人は別に死罪で構わんのだがな、仮にも一国の元首だった男だ。然るべき責任は取っていただこう」
ルークの言葉を最後に彼らは収容所を後にした。ロトゥフは大統領府に向かいギャラクティカダーク一行は完全自動操縦にカスタマイズされたステルス偵察機に乗り込む。中東に残っているメンバーはヒョエ、ルーク、スカーレットの三人だ。
「幸四郎たちは本部で次の作戦の準備か……中東での政治的な駆け引きと交渉は我等の仕事だな」
「そうねルーク、ようやく私達の出番がきたわね」
「お二方、こんな短期間で地球の政治を把握して交渉できるなんて凄いですね」
関心するヒョエに笑いかけるルーク。
「似たような政治体系の惑星や地域はあったからな、元々為政者としての教育は受けていたし実績もあるから問題無い。それよりも地球に来て初めて役に立てる事が嬉しいんだ」
「じゃあ次はイランに行きましょうか」
「そうですねえ、みんなが準備と休息を取ってる間は我々が仕事をしましょう」
同じく微笑むスカーレットとヒョエ。
ついにギャラクティカダークのメンバー全員が機能し始めた、それが地球文明にどんな影響を与えるのか? それはまだ誰にも分からない。
ロシアのウクライナ侵攻前に執筆したものなので現代の世界情勢と若干合わない部分があることをお詫びいたします。




