第2章 月の神官 ーアテーナの記憶 ー
第2章 月の神官
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アテーナの記憶
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「姫、こちらにお座り下さい」
そこは広い、天井の高い部屋だった。背もたれに美しい装飾を施した椅子にツクネが座ると、セイナは横に立った。
ツクネは一晩中泣いたせいで目を腫らしていたが、頑丈な建物の作りと警備に、抵抗しても無駄だと悟り、まずは、言うとおりに朝食を取り、言うとおりにこの部屋に通された。
「すげー大きな部屋。ここは何の部屋?」
「ここは謁見の間です。アテーナ姫は外部からの使者や上級市民と会う時はこの玉座に座って対応します。そして、それが本来の皇女としての仕事でもあるのです。」
「うへえ。なんか、いろんな人と話すのって、面倒くさい。」
「ふふふ。アテーナ姫もそうおっしゃっていましたよ。」
そう言ってセイナは笑った。
「しばらく、姫の記憶が戻るまではツクネとお呼びした方がいいでしょう?」
「うん。その方がいい。」
「では、そうしましょう。本来のあなたのことを話すときだけアテーナ姫とお呼びしますね。
では、さっそく、私の自己紹介からお話しします」
そう言ってセイナは、ツクネの前に出ると、右手を胸に当てて深々とお辞儀をした。
そして、ゆっくりと話し出した。
「まず、わたしの名はセイナ。正式には、セイナ・ロース・アリア。
この国の神官を務めています。
身分としては元々光の国の皇子でしたから、王族ということになりますが、神に仕えることが仕事ですので、政権や結婚といった俗的な物から一切一切離れております。
姫の兄役と話しましたが、兄役とはつまり教育係です。ご両親がいない姫を守り、育てるのが私の仕事です。」
「セイナ・ロース・アリア か。
ふうん。カタカナばっかりだと覚えられないんだよねえ…。」
「セイナでいいですよ。」
「うん。セイナでいいよね。そう呼ぶわ。
…でもさ、育てるって言ったってそれほど年ははなれてないじゃん。
二十歳ぐらい?
で、姫とは?
その…、恋人同士とかじゃないわけ?」
するとセイナは笑っていった。
「ふふふ。あなたはストレートですね。
もちろん、私と姫とは何もありませんよ。先ほども言いましたように私は神官です。
神官は、異性と恋愛はできないのが決まりです。
そして、だからこそ、姫の兄役がつとまるのです。
姫と恋愛をすることのない神官だからこそ、光の国の王の後継であるアスラン皇子の代わりに姫のそばにいることができるのですよ。」
すると部屋の隅に控えていた大臣が口を開いた。
「アスラン皇子はセイナ様の弟君で、次期「光の王」になられる方でいらっしゃいます。
そのお力は剣の腕といい、魔法の強さといい、セイナ様と互角。」
「へえー、次期「光の王」か。いかにもなんかすごそうじゃん。
てか、次期王様と互角なんて…。逆に、セイナもそんなにすごい人なの?」
「いいえ。やはり、それはアスランの方が上ですよ。
それに、兄と言っても少し早く生まれただけで、年は一緒ですから。」
そう言ってセイナはにっこりと笑った。
「なあんだ。そうか、同じ歳か。
てか?ん?
同じ歳?どういこと?
1月と12月とかに生まれたの?
それにさ、セイナの方がお兄ちゃんなんだよね?
んじゃ、普通、長男が光の皇子なんじゃないん?」
ツクネが不思議そうに言うと、セイナは少しうつむいた。
「いいえ。私は正当な後継者ではありません。
…実を言うと私の母は現父王の妹なのです。
ですから、私とアスランは実際には従兄弟ということになります。
……母は、私が生まれてすぐになくなってしまいました。
それで父王が私を引き取り、アスランの兄として今日まで育ててくれたのです。」
「へえ、本当のお父さんは?」
「さあ、他国の貴族だったと聞いていますが…。」
「ふうん…」
「アスランと私は、本当の兄弟のように育てられました。
しかし、十歳を迎えたときに、まずは光の国を離れなければならないと思いました。」
「なんで?」
「だんだんと物心が付いてくれば、自分の置かれている状況がわかります。
幼い私なりに、皇子と呼ばれる者が二人いては国がまとまらないと考えました。
世の中には、父王の政治をよしとしない者もいるのです。
となると、父王の正式な後継者であるアスランのこともよしとしない者がいるでしょう。
そのような者たちの中には、私が王になることに期待をかける者もでてくるかもしれません。
私が他国の神官になれば、皆、私が後継者という地位に興味がないことがわかってくれる。現国王やアスランを疎み、私を後継者にしようとする不穏な動きを防ぐことができる…。
ですから、成人してすぐに私は光の国を出て、この国の神官になることを希望しました。そして貴方の兄役となった。
それは、陰ながら皇子と姫を支えるためには今の状態が一番よいと考えたからこそです。」
「ふうん…。よくわからないけど、なんだか王族とか皇子とかって大変なんだね。でも、そうなるとアスランと姫ってうらやましいよね。まあ、あたしのことだけどさ。でも、そんな風に影で支えてくれる人がいるなんてね。それも、こんないい男で。」
ツクネが感心していると、セイナの横から突然ルキアが現れて答えた。
「そ・れ・が、腹立つんだ。・・・こんなにセイナは二人のことを思ってるのに、アスラン皇子の方はちっともセイナのことをわかっていない!」
「あ、がきんちょ、いつのまに?」
「ルキア・・・」
セイナが話を止めようとしたが、ますます勢いをつけてルキアが話し始めた。
「だって、そうじゃないか!アスラン皇子はいつもセイナにちょっかいをかけるんだ。ふざけてるっていうかさ・・・。見ていて本当にイライラするよ!!」
すると、セイナはくすくす笑った。
「そうですね…。ルキアにはそういう風に見えるのかもしれませんね。でも、実はそうでもないですよ。
・・・彼は私の従兄弟であり、兄弟であり、親友であり、よきライバルなのです。
私は光の皇子である彼に一目置いてますし、彼も私の話なら聞いてくれます。私達は昔からそういう関係なのですよ。
とはいえ、時々、私に突っかかってくるのは、きっと私の方がアテーナ姫と過ごす時間が長いので嫉妬しているのでしょう。そういう意味では意地悪をしているのは、実は私の方なのかもしれません。
私はこの国に来て姫の「兄役」としての権利を得ました。たとえ闇を封じても、兄である私が認めなければ二人は結婚できないのですよ。まだまだ、あなたとアスランは結婚するには未熟ですから、当分、二人が結ばれることは、認めるつもりはありません。」
セイナは微笑みながらも、きっぱりとした口調で言った。
「うっひゃー・・・。怖いお兄さんだね」
ツクネがそう言うと、セイナはいたずらっぽくにっこりと笑った。
「ええ、それが私の勤めです。」
「ねえねえ、セイナ、俺のことも話してやってくれよ!」
ルキアが半分ふざけたように飛び跳ねながら騒いで言った。
「そうですね。かれはルキア。火竜族の末裔です」
「末裔?」
「火竜族を背負う、ただ一人の後継者です」
「ふーん。兄弟とかいないの?」
「いないよ。それに今、国が闇にやられちまってさ。大変なんだ」
ルキアがふてぶてしく言った。
「闇?闇と言いますと?」
すると、セイナがルキアの頭をなでながら説明した。
「この世界には唯一闇を封じることができると言われている「聖域剣」と呼ばれる剣があります。
この剣は代々ルキアたち火の国の火竜族が守ってきたものです。
「聖域剣」は全部で7本あります。」
「7本?」
「はい。実はこの7本の剣は、もともとはそれぞれの国の王が、その国の象徴として持っていたものです。
光の「明龍」、火の「炎龍」、地の「大龍」、水の「氷龍」、風の「嵐龍」、月の「清龍」そして闇の「星龍」。
それぞれが、それぞれの国の持つ力を唯一抑えることができる剣として各国でまつられてきました。
ですが、1000年前に光の王が世界を統一した際に「平和の象徴」として各国の7本の剣を集め、その剣を作ったと言われる火の国、火竜族のもとへ納め、その力を封印したのです。
その後、世界が乱れることは無かった。しかし、月の国の後継者が貴方一人しかお生まれにならなかったことをきっかけに、闇の国が動き出したのです。
まず、世界を我が物にしようとする闇はその剣、特に「星龍」が他国の手の中にあることをおそれ、火竜族をおそい、奪い取ろうとしました。
知らせを聞き、私達の援軍が向かいましたが、間に合わず…。
火竜族は闇の手にかかってしまいました。
そして、いよいよ聖域剣が闇に渡ろうとしたとき、長の娘であった彼の母が、その力でもって、7本の剣を各国の王の元へとばしたのです。
しかし、闇の「星龍」だけは、闇の元へ戻すわけにはいかず、この世界のどこかへ隠した。ですから、聖域剣「星龍」を先に手に入れ、なんとしても、闇の力を封印しなければならないのです」
「ルキアはどうして助かったの・・・・?」
「ルキアは、火竜族の長とともに親衛隊に守られ、なんとか逃れることができました。
実は、火竜族は3人生き残っています。
一人はルキア。
そして長であるかれの祖父。かれの祖父は今、アスランとともに戦っています。
そして、母親。母親は…」
「かあさんは、闇の王のところにいるんだ。」
ルキアが下を向いて答えた。
「げー!!なんで?捕まえられているとか??」
「それが…。闇の王から聖域剣を隠すために、あのとき母さんは持っているすべての力を使ったはずだ。だから、生きているわけがないんだ。
なのに、生きているんだとしたら…、
たぶん、剣を探し出すために闇の王が母さんになにかをしたのだと思う。剣は火竜族の力がないと探すことができないから。」
そう言って、ルキアは目に涙をためた。
「そっか、ただのうるさいガキだと思ったら、違ったのね・・・」
「・・・・・・・・こら。慰めになってないぞ!」
ツクネの言葉につっこむようにして、ルキアは元気に顔を上げた。
「つまり、・・・・光の皇子のところにおじいちゃん竜、闇の王のところにお母さん竜、月の皇女のところにお子様竜のあんたがいるわけね。それで、みんなで「聖域剣・星龍」を探しているんだ。」
ツクネが確かめるように聞くとセイナはうなずいた。
「ええ、光と闇は戦いながら剣を探しています。そして、私達、月も…。
姫、あなたの婚約者はアスランです。なぜなら、月の国に男子が産まれず、皇女だけの場合、その皇女は光の皇子と結婚し、子を産み、またその子が月の国を治めることにより国の繁栄をつなぐという、いにしえからの定めがあるからです。
しかし…光と月が一緒になることは闇にとって大きな脅威です。
そして、何より闇の王も…跡継ぎを為すために、あなたが欲しいのです。ですから私達、月は姫を守って闇から逃げ、光を支えながら剣を探さねばなりません」
「へえ。おそろしい三角関係。そりゃ大変やねえ…。」
「ツクネ、あなたにはまだ記憶がありませんが、私達の旅につきあっていただかねばなりません。」
「旅といいますと??」
「実は聖域剣「星龍」を操ることができるのは、「星龍」と同じ天空の力を持つ、光、闇、月を司る者だけだからです。・・・・あなたの体をよく見てください・・・・竜の紋章がありませんか?」
「・・・・・・・・ああ!!」
ツクネはスカートを少しめくった。
「ほら、ここ、ここ、これこれ、太モモのとこ、これ、そうでしょ?タトウ-みたいになってるの。これ、これ」
「こら、あんまり服をめくるな!!はずかしいだろ!!」
ルキアがつっこんだ。
「ああ、あは…」
「ええ、それです。そして、それが何よりの月の皇女の証拠。
竜の紋章を持つ物だけが聖域剣を使うことができるのです。ですから、光の王からすでに王位を約束されているアスランと、各国の王…そして闇の王にも紋章があるはずです。
竜の紋章を持つ者だけが聖域剣を手にすることができる。しかも、「星龍」を手にして闇の力を封印することができるのは闇の王自身か、あなた、アスランだけ。
アテーナ姫は剣術は優れていましたが、今の貴方、ツクネには以前ほどの腕はないはず。ですから、私達は剣を探し出し、一刻も早くアスランに渡さねばならない。
聖域剣は竜の紋章を持たない者を激しく拒みます。時には死に至ることも…。
ですから、それを彼に運ぶことができるのは、あなただけなのです。」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと!!!」
ツクネはあわてて答えた。
「えええ、どうしよう。そんなこといわれたってさ。
旅っていったって、修学旅行なんかと訳が違うし。よわったな。
だってさ、聖域剣って簡単に見つからないんでしょ?
しかも、闇が追いかけてくるんでしょ?捕まっちゃったらどうしよう。」
「大丈夫…あなたは私が守ります。」
セイナはそう言うと萌々を真っ直ぐに見つめた。
「・・・・・・・・・」
優しい瞳の奥に、冷たい氷のような輝きがあることに気づき、ツクネは一瞬、息が止まりそうになった。
しかし、自分を取り戻すようにして、ツクネがたずねた。
「…ねえ、セイナ。その、アテーナ姫のことも教えてよ」
「ええ、もちろん・・・・。アテーナはあなたと同一人物なのですから。」
セイナはにっこりと微笑んだ。
「そうですね。
アテーナ姫は…、大変かわいらしい方です。」
「へえ、かわいらしいんだ。でも、なんかさ、こういう「お姫様」ってなんかすごく美人で上品なイメージがあるんですけど・・・」
「ええ、大人になればきっとすてきな女性になるでしょうね。でも、今は少年のような、短い髪が似合う、活発な方です。・・・・本当に、今のあなたのよう」
「でも、髪の色はこんなに汚い色じゃないぞ!!」
褒められてうれしそうにするツクネに意地悪をするようにルキアが言った。
「きれいな碧がかった黒髪だ!!それに、姫は俺のことをガキ扱いしない!!俺はお前が『ツクネ』のうちはお前を姫とは認めないぞ!!」
きいきい声をたてて言うルキアを見てセイナはくすっと笑った。
「確かに、一度記憶をなくして違う世界で暮らしていたわけですから、多少はちがうでしょう。
ツクネ、あなたはストレートで飾らない人ですね。
そんなところはやはりアテーナの面影があります。
できれば、あなたが向こうでどうしていたか聞きたい。・・・・話してくれますか?」
「・・・・・私。私は・・・・・」
ツクネは話そうとして口を閉じた。
「・・・・。無理に話す必要はありません」
セイナが優しく声をかけた。あわててツクネは言葉を返した。
「い、いや、話したくないわけじゃないんよ。
ってかさ、改めて考えてみると
向こうのあたしって、何だったんだろうな…。
って、思っちゃって」
そう言ってツクネは少し間をおいてから、話し始めた。
「えーと…。
…向こうのあたしはさ、小さい頃に両親が離婚しちゃって、さらにどっちも病気と事故で死んじゃって。
それで施設にずっといたんだ。今は里親と一緒に暮らしてたんやけどね。
施設でも幸せだったし、里親のお父さんとお母さんも厳しくて優しくて本当の親子のようで不満なんかないんだけど、なんかこう、なんかこう。振り切れない何かが心の中にずっとあって。
だからさ、よくあっさりしてるように言われるんだけど、本当は自分ではこの性格、いまいちなんだよね。意外と妙に考えなくていいことをぐでぐで考えちゃうしね。
…なんであたしは生まれてきたんやろう?
…だいたい私は望まれて産まれてきたのか?
…そもそも、本当に生まれる必要があったのか?
そして、これからどうやって生きていけばいいのだろう…?
ってさ。
ずっとそんなことを考えていた。
でも、全部、うそ設定やったんやね。
よかったような、悪かったような…。」
最後の方は、ぼそぼそと話すツクネをセイナはなぐさめた。
「こちらの世界に戻ってくるときに、あなたが向こうの世界に未練をあまり残さずに戻ってこれるよう、そのような記憶を植え付けたのでしょう。
でも、そうでしたか。
きっと、私達が思っている以上にあなたは考え、悩んできたのでしょうね。
実は、私も母の顔を知りません。
もちろん父の顔も知りません。
現父王は、実の息子、光の皇子であるアスランのことが気がかりで、ほとんど私に声をかけることはありませんでした。
本当に私を育てたのは乳母ですから。
ほら、少し向こうの世界のあなたと似てるでしょう?」
「うん。似てるね…。」
セイナの声に甘えるように、ツクネは笑いながらぼろぼろと涙をながした。
「おれとも似てるぞ」
ルキアもツクネの顔をのぞき込んでいった。
「そうだね。…ありがとう。すまん。へんなタイミングで泣いてすまん。」
「ツクネ」
セイナは玉座の前に立つと少し腰をかがめて、座ったままのツクネをゆっくりと抱きしめた。美しい透けるようなセイナの銀色の髪がベールのようにツクネを覆った。
「ツクネ、今はどうぞ泣いていいのです。
ただ、こちらへ戻ってきた以上、はあなたは月の皇女。
月の国の運命を、あなたが背負わねばならない。
だからこれからはどうかもっと強い女性になってくださいね。」
セイナはツクネの頭を優しくなでると、またゆっくりと萌々を放した。
「さあ、これからの旅のことについて話しますね。」